10 三人目の被害者の証言
夜の九時に外に出る。俺は目立つ大通りをゆっくりと歩いた。騎士たちは少し離れて、俺を囲むように足並みを揃える。
しばらく歩き回っていたが、外出を禁じているから、誰もいない。しんと静まり返っていて、不気味な印象を受ける。
街を歩き回って疲れてきたから、近くのベンチに腰を下ろした。
通信機のボタンを押してネクターに繋げる。
「大通りは歩き回ったから、狭い路地とか入ってもいい?」
『今日はやめておこう。スタンを守っているみんなが戸惑う。狭い道なら隊列を考えないと、襲われた時に君が危ない』
「わかった。また大通り歩き回るよ」
通信を終えて大きく息を吐き出す。気合いを入れるために頬を叩いて立ち上がった。
「ぎゃー!」
男の悲鳴が静寂をかき消した。
辺りに緊張が走る。
どこから聞こえた? 様子を伺っていると、ルプスがいち早く駆け出す。
「全員俺について来い」
聴力が秀でたルプスは、正確な位置を把握できたようだ。
高級ショップが並ぶエリアの、一番初めの路地に入る。
短い金髪と濃い緑色をした瞳の男が、尻餅をついて身体を震わせていた。
ネクターの読み通り、金髪で緑色の目が狙われていることが確定した。俺は犯人に見向きもされなかった。
彼の周りには、金貨や宝石が散らばっている。麻袋が引き裂かれていて、そこから落ちたのだろう。腹部あたりの服も麻袋と同じように引き裂かれていたが、出血はしていない。
「……強盗か」
被害者に近付くネクターの靴音がやけに響いて聞こえた。
「今日は外出を禁止されていた。だから宝石店を狙ったのだろう。誰かこの近くにある宝石店に向かってくれ。一人で行動はするな」
はい、と声を揃えて三人の騎士が駆けていった。
「腹に盗んだ物を入れた袋を隠していたんだな。だから服と袋が破れていても、身体は無事。犯人は騎士が近付いてているのに気付いて逃げたか」
ルプスのおかげで助けられた。
強盗なんてせずに家でおとなしくしていれば、こんな目にも合わなかったのに。
「すみません、失礼します」
アンディが被害者に近付くと、彼は「くるな!」と腕を振り回す。手がアンディの頬に当たった。
「ヴァンパイアは近付くんじゃねー!」
歯をガチガチと鳴らしながら、悲鳴のような叫び声を上げる。
アンディは下唇を噛んで俯いた。
「強盗の次は種族差別か? 私の部下は優秀だ。そのような態度は許さん!」
ネクターが冷たい目で被害者を見下ろした。被害者は首を振って、慌てて弁明する。
「ヴァンパイアなんだ。俺を襲ったのは! だから咄嗟に出てしまった。すまない」
被害者はアンディに頭を下げる。
獣人が犯人だと思われていたが、被害者の証言からヴァンパイアが犯人だと確定した。ヴァンパイアも鋭く丈夫な爪を持っている。
ハーフのアンディも爪は丈夫だ。でも剣を握るのに邪魔という理由で、いつも短く整えられている。
「いえ、襲われたばかりなら仕方ないかもしれません。ですが、少し匂いを嗅がせてもらってもいいですか?」
被害者が頷くと、アンディは爪痕に顔を近付ける。鼻を鳴らして嗅ぎ、ルプスに目を向けた。
「僕にも花の熟れたような匂いがわかりました。僕が聞き込みをした限りでは、同じ匂いの人はいませんでした」
「そうか。話を聞く対象にヴァンパイアはいなかったからな」
ルプスは腕を組んで頷く。
「騎士団本部に連れて行け。この宝石や金貨についても聞かなければいけないからな」
ネクターの指示で、被害者は騎士に挟まれるように連れて行かれる。
大きなため息をつき、ネクターは目頭を揉んだ。日に日に目の下の隈は濃くなっている。ネクターが倒れてしまわないか心配だ。
俺の囮は意味がないとわかり、俺とアンディは帰らされた。
家に帰って眠り、朝はエミリーちゃんを迎えに行く。今朝もノリスの姿は確認できなかった。
食堂まで送り、執務室に入る。
「おはようございます」
「おはよ」
挨拶をすると、その場にいる全員が口元で人差し指を立てて、静かにしろ、とジェスチャーで伝えてきた。
ジュリアが指を差した方に目を向ければ、ネクターがイスに座りながら眠っていた。ネクターはここにいる誰よりも働いている。それを全員がわかっているから、時間まで寝てもらおうということだろう。
俺とアンディは口をつぐんで、音を立てないように席に着いた。
始業時間になると、ルプスが執務室に入ってくる。ネクターは瞼を持ち上げて、立ち上がった。全員が居住まいを正してネクターとルプスに注目する。
「早速だが、昨日の事件についてわかったことを報告する。被害者はオレリアン・フレミング、二十八歳。夜の外出が禁止されたことで、店舗が無人なのをいいことに、宝石店から宝石や金貨を盗んだ。それを入れた麻袋を腹に隠して帰宅する途中で襲われた」
腹に盗んだ物を隠していたおかげで助かったのだが、そもそも外出しなければ襲われなかった。
悪いことを考えなければ、怖い思いもしなかったのに。
「被害者の証言を伝える。犯人は作り物のように綺麗な顔をした女のヴァンパイア。黒髪黒目で年齢は二十代くらい。突然目の前に現れて『羨ましい』と呟いて爪で腹部を攻撃された。犯人は散らばる宝石や金貨に驚いた様子で目を見開き、すぐにハッとして駆けていった。その後俺たちが到着したから、犯人は俺たちが近付いてくるのがわかったのだろう」
ルプスに伝えられた内容を書き留めておく。
第三の被害者の証言で、だいぶ犯人に近付けた。
「オレリアンにナージャとラフィットの写真を見せたところ、全く知らない人だそうだ」
「オレリアンが被害にあったことで、犯人は金髪で緑色の瞳の人物を選んでいることがわかった。念の為にオレリアンの知り合いたちに聞き込みをして、前の被害者であるナージャとラフィットとの繋がりがないかも調べてくれ」
ルプスの言葉に、全員が声を揃えて返事をする。
ネクターが顎に手を添えて難しい顔をしていた。
「今回の事件は不可解なことが多すぎる。ヴァンパイアが起こす事件は、ほとんどの目的が血液だ。三人とも血液を取られてはいない。……アンディは血液が流れていて、飲みたいと思ったことはあるか?」
「ありません。僕は血液の匂いには敏感ですが、今まで口にしたこともないです」
「アンディはハーフだからだろうが、犯人もそうなのか? 私は騎士団にいるヴァンパイアから、ヴァンパイアについて詳しく聞いてくる。みんなも事件解決のために、少しでも情報を集めてほしい」
解散になり、俺はネクターに駆け寄る。
「俺もヴァンパイアについて知りたい。連れて行ってほしい」
「僕もお願いします」
アンディと真剣な目でネクターを見据える。
父さんはヴァンパイアだ。でも村人を殺した時に血液は摂取していない。
今回の犯人もそうだ。ヴァンパイアのことを知れれば、父さんのこともわかるかもしれない。
ネクターは小さく頷いた。
「わかった、ついてこい」
アンディと顔を見合わせてホッとする。ネクターの後に続いて執務室を出た。