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1.少女と塩と幽霊と

 俺は死んだ。何処かの酔っ払いが運転したトラックにはねられて死んだ。


 しかし実感もないし、死ぬまで何をしていたのかも思い出せない。


 所謂、幽霊となった俺は自身が死んだであろう場所で胡座をかいていた。


 「……幽霊じゃなくて、どうせなら転生とかの方が良かったなぁ…」


 取り敢えず、今の状況に不満を垂らしてみる。が、そんなことをしてもどうにもならないのでいっその事楽しむことにした。


 考えてみれば覗きし放題のこの身体。今の俺は司法の裁きすらも、ものともしない究極なゴーストなのだ。


 「てなわけで、道行く皆さん今日はどんな下着を身に着けているんですかね〜?」


 浮足立って、通行人のスカートを下から眺める。しかし俺の視界に映るのは絶景でなく、軽蔑一色の女の顔であった。


 「サイッテー。」

 「お、お前俺が見えるのか!?」

 

 「見えないわよ。そんな大の字になってローアングルで女子高生の下着を見ようとしてる男なんて見えやしないわよ。」

 「がっつり見えてんだろ!どんだけ認めたくねぇんだよ!」


 高い金髪サイドテールの女は足を閉じて俺より先を足早に行ってしまう。

 だが、俺を見える人間を逃したくはない。


 そのため何が何でも女子高生を追いかけることにした。


 「ちょっとついてこないでよ!しっしっ!あっち行きなさい変態!」

 「へっ。それは断るぜ。ってうわっ、やめろ。塩を投げるな!辞めろ!」


 必死に塩を振りかけられる俺。ナメクジではないはずだが、なんだか体が溶けてしまう気がした。


 それでも、塩にも負けず俺は女子高生の足にしがみつく。

 「俺だって好きで幽霊になったんじゃねぇよ〜。なぁ俺が見えるんだろ!なら何とかしてくれよ〜」


 「私は便利な子育てロボットじゃないのよ!何とかしてくれで何とか出来るわけないでしょ!」

 

 ずるずる引きづられながら一緒に歩く。時間は夕方。彼女は下校中なのだろうか。


 「いいのか?このままだと俺はお前の家まで着いてくからな!」

 「良いわけないじゃない!あーもう!何が未練で成仏出来ないのよ!」


 「未練…?うーん。あっ、パンツでも見れたら成仏出来そうだ。」

 「…………あっそう。良いわよ。ついてきなさい変態。」


 溜息つく女子高生は決心したようにそう言う。まさか本当に見せてくれるとは、言ってみるものだ。


 浮足立って、今はとりあえず彼女について行った。

―――――――――――――――――――――――

 「ほら、拝みなさいよパンツ。」

 彼女がそうして差し出したのは、先程買ったばかりのブリーフだ。


 「男物の下着見て成仏するわけないだろ!?」

 「と、言うと思って女物のも買ってきたわよ。それっ。」

 興味を失いつつある女子高生は適当に下着を投げる。

 だが、どうにも乗り気にはならない。それも当たり前だ。俺の望む下着は天然ものであり人工的なものではない。


 「そうじゃねぇんだよ…俺は履いてるところを見てぇんだよ…」

 「我儘な変態ね…はい、これでいい?」


 女は近くの犬の銅像に下着を履かせた。公園に鎮座するその像は、心なしか嬉しそうだ。

 「良いわけねぇだろ!俺はケモナーじゃねぇよ!つぅかこの犬が変態みてぇじゃねぇか!」


 「あら、よく気付いたわね。この犬は生前、町中の下着を掻き集めた変態ドックなのよ。」

 「んなもん銅像にすんじゃねぇよ!」


 変態ドックの頭を叩く。銅像というのは讃えられるべき対象を後世に残すための物だと思っていた。

 どうやら俺の価値観はアップデートすべきなのかもしれない。


 「はぁ。仕方ないわね。ちょっと待ってなさい。」

 女は次に、携帯電話で何処かへ連絡していた。じゃらじゃらストラップをつけた携帯はいかにも女子高生らしい。


 携帯本体にはプリクラが貼ってあった。そこに映る女は似ても似つかないが。

 「目でっか。プリクラの良さとやらが俺には分かんねぇなぁ。」

 「うっさいわよ!黙って待ってなさい!」


  何やら策があるらしい女子高生。兎に角、今は待つことにした。


―――――――――――――――――――――――

 「ごめんね〜リカ。コイツがパンツ見ないと成仏出来ないみたいでさ〜」

 紹介されたのはリカという女。

 「…女?」


 「乙女ヨ!乙女!」

 訂正されたが彼女、彼の広い肩幅と周囲を寄せ付けぬ剛毛な脛毛は女と認めるには不十分な要素だった。


 「ちょっと恥ずかしいケド、特別に見せてあげるワヨ〜。」

 「や、辞めろ!これで成仏したら、俺はお前を女と認めることになっちまう!」


 「失礼言ってんじゃないわよ!ほら、ありがたく拝みなさい!」

 「うわっ、辞めろ!」


 俺の頭を掴んで、固定する。これで、どう頑張ってもリカのパンツは視界に入る。

 成仏してしまったらどうしよう。 


 「はっ!いや、まだ手はある!」

 瞼に力を入れて閉じる。これで視界は真っ暗に。安心も束の間、頭を掴んだ手とは逆の手で瞼を開けられる。


 「いででででっ。目にっ、目にっ入ってる!」

 「今よリカ!さぁパンツを!」

 「えぇ。ちょっとだけヨ〜。」


 嬉々としてスカートをたくし上げたリカ。その逞しい足にはフリルの付いたキューティクルパンツが身につけられていた。


 バッチリ目視したものの、成仏する気配はなし。

 これはつまり、俺の中ではリカは女でないという証明。


 今度こそ、真なる安堵感に包まれた俺は息をつく。

 夕日が傾いたのをぼんやり眺めていた所に暖かい風が吹いた。


 いたずらなその風は女子高生の履いていたスカートを揺らす。

 チラリと、俺の視界には映った。


 「ツヤツヤなクロ…大人びやがって…」

 「アンタの最期はそれでいいの!?」


 遂に天然ものの下着を目視した俺の気分はヘヴン。このまま天国へ行くのだろう。

 と思ったものの、それは叶わなかった。


 「成仏出来ない…まさか、お前おと…ぐっ。」

 「黙りなさい!私は女よ!成仏出来ないのはアンタの未練が別にあったってだけよ!」


 拳を飛ばされて、地面に伏す。成仏は出来ないはずであるが、あの世に逝ってしまう様な気がした。


 「あらら大丈夫かしラ?」

 「あ、ありがとうリカ。」

 彼女、彼の優しさが俺には染みた。そんなリカとは対照的に、女子高生は冷静である。


 「アンタ、他に未練を思いつかないの?」

 「……思いつかん。というか思い出せん。」


 「うーン、舞。この子、貴方の所デ面倒見てあげた方がいいんじゃなイ?」

 「リカ…。そうね。仕方ないわね!変態、名前はなんていうのよ!」


 リカに介抱された俺は、改めて自己紹介をする。


 「八塩(やしお)(しず)だ。これから世話になる。」

 「よろしく。私は高田(たかだ)(まい)よ。変なことしたら即、塩掛けるからね。」


 差し出された手を握る。記憶が戻るまで、というリミットはあるものの俺は女子高生舞と生活することになった。


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