ダンジョンバトル
突如として始まったダンジョンバトル。切っ掛けはガリアーノの酒場で本郷に喧嘩を売ってきたダンジョンマスターの眷属。そして今、バトルの火蓋が切って落とされようとしていた。
「行くぜお前ら、あの生意気そうな中年オヤジに分からせてやろうぜ!」
「「「はぁ……」」」
やる気MAXの本郷とは対称的に、他の面子はゲンナリした様子。
「おい、もうすぐバトルが始まんだぞ? もっと気合い入れろや!」
「そうは言うがね本郷くん、聞けば些細な出来事が切っ掛けではないか。もう少し理性的な行動をだね……」
「るせぇ! 先にガン飛ばしてきたのは相手のクソ野郎だ、黙って殴りかかって何が悪い!?」(←普通に悪いです)
「「「…………」」」
本郷に向けられてた視線が俺とカズトに移される。その目には「なぜ止めなかったんだ」という文字が浮かんでいるように見えるが、無茶を言うなと、俺たちは保護者じゃねぇんだと、んなもん暴走して本郷が悪いだろと。(←せやな)
「はぁ……、やってしまったものは仕方ありません」
「そうだな。……で、本郷くん。そのダンジョンバトルとやらはいつ行われるのだね?」
「は? んなもん、あと10分もすりゃ始まるだろ」
「キ、キミという奴は……」
「問題ねぇだろ? テスト前の一夜漬けなんざ当たり前なんだからよぉ」
昨日の今日かよ! こりゃ正直勝てないかもなぁ。
「これも1つの苦い経験だと割り切る、それしかあるまい。して本郷くん、バトルというからには当然何かを賭けたのだろう?」
「おぅよ、俺が負けたらダンジョン丸々くれてやるって啖呵きってきたぜ!」
「「「はぁあああ!?」」」
はい、何も聞いてません。俺とカズトも知らなかった。てっきり賠償金なり払って終わりかと思ってたからな。もう怒る気力も失せてきた……。
「本郷くん! まったくキミという奴はいつもいつも――」
「か、会長、今はダンジョンバトルの準備を進めなくては」
「う、うむ。まずは戦わせるモンスターを選定し――」
「会長ーーーッ! そんなことしてる暇は有りません!」
「まぁ落ち着いて。ここは1つ巌流島の決闘に遅れてきた宮本武蔵のごとく、敵の足並みを乱すのが得策では」
「そんなこと言ったって、向こうから攻め込まれたら意味ないじゃん」
「やはり守備デス、守備を強化し、相手の出方を窺うデス」
「その時間が無いって話じゃなかった?」
「まどろっこしい。さっさと力押しで攻め滅ぼして差し上げますわ!」
「待て待て、バトルには観客がいるのだろう? 観客席や軽食も用意せねば――」
「軽食ならオラが用意するど!」
「「「お前が食う気だろ!」」」
不味いな、収拾がつかなくなってきた。
「ったくコイツらはよぉ。しゃ~ねぇ、俺らだけで進めんぞ」
「お前が言うのか本郷さんよ」
「けどふざけてる場合でもないしね。先方も早くダンジョンを繋げって言ってるし、モンスターの転移場所を設定するよ。ススムと本郷は戦わせるモンスターを集め……あ、あれ? おかしいな」
「どうしたカズト?」
「いや、転移陣が起動しないんだ」
おいおい、ここにきてトラブルか?
「チュイチュイ」
「ん? なんだい緑丸……え、セキュリティが邪魔してるんじゃないかって?」
「チュイ!」
「なるほど。なら全てのセキュリティを一時的に切ってみようか」
ジュワ~~~ン!
「お、起動したな。ってか広場のど真ん中じゃねぇか!」
「他に場所がなかったんだよ。なに、住民には屋内に避難するよう通達してあるから大丈夫さ」
ゴゴゴゴゴ……
「この地鳴りは……まさかもう攻め込んで来やがったのか!?」
「確かに開始時間は過ぎているけど、そんなに早く?」
「なんでもいいだろ、さっさと魔物を突っ込ませて――」
「GUOOOOOOOOOOOO!」
「「「!?」」」
な~んか聞いたことあるような叫び声――というかひっでぇノイズ!
「おい、アレ見ろアレ! アイアンゴーレムが動いてやがる!」
「「はぁ!?」」
どういう事だ――って忘れてた! セキュリティを解除したんじゃねぇかよ!
「おいカズト、早くセキュリティを!」
「ダメだ、すでに拘束していた磁場から離れてる!」
「そ、それじゃあ!」
シュン!
「「「あ……」」」
ヤッベェ、あのゴーレムが転移陣に触れて向こうのダンジョンに行っちまった。
「おい、どうするよこれ……」
「どうすると言われてもねぇ……」
これだとこっちから攻め込むことはできない。進軍させるにはアイアンゴーレムを撃破する必要があるからな。
しかも中継地点であるダンジョンにはトラップを仕掛ける事が出来ないときた。こうなりゃ完全に……
「何か有るまでシカトすっぞ、それでいいよな?」
「「おけ」」
ぐだつく話し合いが続く中、野良のモンスターによってダンジョンバトルが荒らされようとしていた。
★★★★★
ダンジョンバトルを行う際、ダンジョン同士を繋ぐための中間地点となるダンジョンが追加される。そこでは審判を勤める天使や神たちにより観戦が行われ、敵同士となるダンジョンマスターもそこに集う事となっているのだが……
「遅い……遅いすぎる……」
俺の名はバスケス、ガリアーノの街を裏から支配するダンジョンマスターだ。昨日は俺の眷属がライジングバレーのダンマスに難癖付けられ、ダンジョンバトルをする羽目になった。そして今日がバトル当日!
……だと言うのに、向こうのダンマスは一向に現れず、審判を勤めるクロノス様がイラついてるのが伝わってくる。
「あの野郎、確かホンゴウとか言ったか? まさかとは思うが、バトルを遅延させてクロノス様の怒りの矛先を俺に向ける気じゃないだろうな?」
「いえ、それはないでしょう。クロノス様を怒らせるのはあちらにとってメリットが有りませんから」
「む、それもそうか」
傍らの眷属――フランジェに言われて納得する。
……が、そもそもこの男がホンゴウに舌打ちしたせいで、このような状況に追い込まれてるんだ。
「フランジェ、お前はもう少し軽はずみな行動を控えろ」
「ハッ、申し訳ありません。相手の顔面偏差値が連れの美女とはあまりにも釣り合ってなかったものですから、つい脳裏で罵詈雑言を浮かべつつ舌打ちを」
「……どんな言葉だ?」
「俺が教育してやる、おとなしく尻を出せ――と」(←一応男です)
「…………」
「誰にも聴かれてないだろうな?」
「大丈夫でしょう。しかしあの男の肉体、とてもそそられるものがあります。自分好みに調教し、磨き上げたいと思うのは自然ではないでしょうか」
「…………」
眷属にする奴を間違えたかもしれない……。
「ど、どうでもいいが大丈夫なのか? まさか敗北なんか……」
「アンタは黙ってろ。しゃしゃり出るような真似されちゃ足手まといだ」
「何!? こ、このワシを――」
ガシィ!
「ひっ!?」
「その汚い手を離せ、糞ジジイ。貴様と違ってバスケス様は優秀だ、そこらのダンマスに遅れを取ったりはしない」
「わ、分かった」
フランジェに威圧され尻すぼみするカマセドッグ。この際だ、はっきりさせておこう。
「カマセドッグよ、ガリアーノの支配者は貴様ではない、この俺だ。そして貴様が独断で攻めたライジングバレーに今度はこちらが脅かされている。この不始末、貴様の命で償っても良いのだぞ?」
「ひぃ! そ、それだけは……」
「フン、ならば黙って見ているがいい。ここは俺の手腕を発揮すべき場所なのだからな。どうしても落ち着かないのならクロノス様のご機嫌取りでもしてこい。そうだな、貴様自ら椅子になるとでも言ってみろ」
「は、はぃぃぃ!」
これで少しは静かになったな。そう思った矢先、思わず耳を塞ぎたくなるような大声がフロアに響いた。
「おっはよーーーっ! ダンジョンバトルの対戦に来ましたーーーっ! あたしがライジングバレー代表の緑川雫で~す! ブイブ~イ♪」
どういうつもりだ、大声で動揺を誘おうという狙いか? だが生憎だったな、そんなもので動揺するほど小者ではない。
いや、そもそも……
「……貴様、ホンゴウではないな? 奴はどこにいる?」
「本郷くん? アイツはね~、急に熱が冷めちゃったみたいで、どっか遊びに出掛けちゃった、テヘッ♪」
「テヘッ♪ ではない。あれだけのビッグマウスをかましておきながら逃げただと? そんな輩がダンマスとは、眷属のお前も運が無かったな。ダンマスが居なければ魔物やトラップの制御は――」
「お、お~い、大変だバスケス殿、アレを見てくれ!」
「ん?」
クロノス様のところに向かったカマセドッグがアタフタと戻って来ると、しきりに何かを指している。
奴の示す先にはクロノス様が――なっ!?
「な、何だアレは! クロノス様のテーブルが観賞用の華が飾られた豪華なものと差し替えられているだと!?」
「あ~アレね、客席が必要だと思って用意したんだよ~」
まさかこの女、少しでも有利にするため心証を良くしようという魂胆か、小賢しい真似を!
「でもね~、ちょびっとだけ問題があるんだよね~」
「……何?」
「あの豪華なやつね、高砂って言うんだけど、アレってホントは結婚式で新郎と新婦が座るやつなんだ~。でもね、今のクロちゃんって御一人様でしょ? これだと結婚式当日にドタキャンされて逃げられた新婦みたいで、大草原不可避なんだよ~」
「「「ブフッ!」」」
ハッ!? マ、マズイ、思わず想像して吹き出してしまった! これでは俺の心証が悪くなるではないか!
いや、俺だけじゃない。同席しているアズールとセレも必死に笑いを堪えている。
「ちょ……止めて。言わないように我慢してたのに……」
「…………」プルプル
「も、もうダメ……ククッ……アーーーッハッハッハッ! まるで鬼上司の末路って感じじゃない!」
「よ、止せ……そのように爆笑されては私の我慢も……ククッ……ブッハハハハ!」
「…………」
バチバチバチバチ!
「「アガガガガガ!」」
アズールとセレに雷が落ちたらしい。
「観戦中は静かになさい」
「い、いや、まだ始まっては……」
「なぜ私まで……」
「……何か?」
「「いいえ、何でもありません!」」
フゥ、あの2人が注意を引き付けたお陰で俺が笑ってたのはバレてないな。(←多分バレてます)
「良かった、喜んでくれたみたいだね~」
「喜んではいないと思うが。それより貴様、そちらの魔物が来てないぞ。さっさと転移陣を開放しろ」
「あ~、それなんだけど……メンゴ♪ 先に謝っとくね」
「……は?」
何を言ってるんだコイツは。そう呆れていると、転移陣から魔物が送られてきた。
「整ったみたいね。それではガリアーノとライジングバレーのダンジョンバトルを始めます。レッツ――――バトル!」
さて、進軍開始だな。とは言え、この戦いはすぐに幕引きとなるだろうが。
「おい貴様、ミドリカワとか言ったな? 俺からも謝っておこう」
「どして?」
「ライジングバレーのダンジョンは誕生してから一週間程度、そうだな?」
「そだよ~」
「対してこちらのダンジョンは半年を越える。つまり、歴で言えばこちら側が圧倒しており、貴様らのような弱小では相手にすらならんのだ。今の貴様は己のダンジョンが崩れ落ちるを見届けることしかできない。フッ、哀れだな」
さぁ、では見ていこうか、我がゴブリンファミリーの実力を――
「GUOOOOOO!」
「ん? 何だ、今の咆哮は……」
「ゴメンね~。このアイアンゴーレムって謂うこと聞かなくって」
ハッ? アイアンゴーレムだと? ゴーレムの中でも上位に位置するあのアイアンゴーレムの事か!?
いや、落ち着け。一週間ほどのダンジョンでアイアンゴーレムが手に入るわけがない。
「聞き間違いか? アイアンゴーレムという風に聴こえた気がしたが」
「間違ってないよ~。ほら」
――って、マジやんけ! 両手振って暴れとるがな!
「マズイですバスケス様、先行したゴブリン隊が瞬く間に蹴散らされました! もうすぐこちらのダンジョンに侵入されます!」
「クッ、防御を固めろ、あんな巨体が暴れたら一溜りもない!」
「ダメです、守備隊間に合いません、ダンジョンに侵入されます!」
マズイぞ、このままではやられる!
「肉の盾だ、下級のゴブリンを盾にしてゴブリンナイトで突っ込ませろ!」
「同胞を盾にせよと!? しかし、それでは指揮が下がる恐れが」
「かまうものか!」
敗北すればガリアーノを失うのだ、ゴブリンごときを犠牲にして生き残れるなら御の字だ。
「GUOOOOOO!」
「ダメです、ゴブリンナイトの突撃ではダメージを与えられません!」
「グゥ……。こうなれば最後の手段だ、ゴブリンキングの周りをゴブリンジェネラルで固め、奴が突っ込んできたら一斉に反撃するんだ。ゴブリンメイジの魔法支援も怠るなよ!」
「了解です!」
よぉし、後は正面から来るように誘導するのみ。そうすれば背後はがら空き、一斉攻撃で沈めてやる。
「あ、分かれ道だ」
「フフ、良いことを教えてやる。そこの通路を右折すればコアムームへの近道だぞ?」
「そうなの!?」
「ああ」
ククッ! バカめ、おいそれと近道を教える奴がいるか。正解は左が近道で、右はトラップゾーンとなっているのだ。そこで少しずつ耐久を削り、ゴブリンキングの前で叩きのめすのだ!
「う~ん、でもな~」
「な、なんだ、俺の言うことが信じられないとでも?」
「そうじゃなくてね、あのゴーレムって野良モンスターなんだ~。だからこっちの指示には従わないんだよね~」
「はぁああああああ!? アレが野良だとぉぉぉぉぉぉう!?」
「うん。倒せなかったから封印してたんだけど、転移陣を使ってそっちに行っちゃったんだよね~。あ、遠慮なく倒していいから。むしろ倒してくれたらラッキーみたいな?」
「ほげぇぇぇぇぇぇ!」
話が違うぞおいぃぃぃ! ああ、しかもあのクソゴーレム、右じゃなく左に行きやがった!
「た、大変ですバスケス様、待機していたゴブリンメイジがアイアンゴーレムの奇襲で全滅、間も無くゴブリンジェネラルも倒されてしまいます!」
「んんぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
このままじゃコアルームに突入されてダンジョンコアが壊されてしまう!
「こ、降参だ、降参する!」
「え!? こ、そんな、待ってくださいバスケス殿!」
「うるさい! ガリアーノなんぞ知ったことか! 俺は自分のダンジョンを護る!」
「でも降参したところであのゴーレムは止まらないよ~?」
しまったぁぁぁ! アレって野良モンスターじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!
「ク、クロノス様、降参致します、あのゴーレムを消し去ってください!」
「はぁ、世話が焼けますね。まぁ楽しめたから良しとしましょう」
シュン!
「ふぅ、助かった……」
「じゃああたしたちの勝ちってことで」
「勿論だ。もう二度と貴様らには関わらん、絶対にだ!」
こうして俺は泣く泣くガリアーノ手放す羽目に。しばらくは極貧生活だな……。