捕虜と中毒者
私はサリアン、ガリアーノの騎士団に所属している者だ。領主の横暴により無理やり軍隊に組み込まれライジングバレーを攻め落とすよう命じられたのだが、情けなくも返り討ちに合い捕虜となってしまった。
「サリアンさん、俺たちこれからどうなるんでしょうか……」
「我々の作戦はすでに筒抜けとなっていました。逃げた連中の中に内通者がいた可能性も……」
考えたくはないが有り得る話だ。そもそもガリアーノの領主は腹黒いことで有名でありり、それに揉み手をして従う私兵たちも良い噂は聞かない。あの隊長を見れば頷ける。
「悲観しても始まらん。我々が敗北したのは事実なのだ、大人しく裁きを待――」
「冗談じゃねぇ、こんなとこで大人しくなんざしてられっかよ!」
私の言葉に被せてきたのはウォッカ。亡き隊長の腰巾着だった男だ。コイツに触発され、同じく腰巾着だったニックとソルティも声を荒らげた。
「こうして捕まったのもテメェのせいだぞサリアン! テメェが投降するなんて言い出さなきゃこうはならなかったんだ!」
「そうだ、俺たちゃみんな被害者だ、どう責任とるつもりだ!?」
なんと白々しいことか。この三人は投降すると決めた瞬間、真っ先に武器を捨てて駆け出して行ったのだ。それが私のせいだと? 笑えない冗談だ。それに……
「もともと今回の作戦には反対だったのだ。味方の街を攻めるなど愚行でしかない。それを無理やり私兵団に組み込んだのは領主なのだ、文句を言うなら領主に言うのだな」
「チッ……」
領主に文句は言えないようで、三人は舌打ちをした後に押し黙る。
「サリアンさん、アイツらの事は気にしないほうがいいです」
「大丈夫だ、元より気にしてはいない」
しかし何も出来ないというのは歯痒いことだ。可能なのは殺風景な地下牢を眺めるか、隣の牢に捕らわれている執事のような男の独り言を子守唄にて一眠りするくらいか。
そう思いウトウトしてきた瞳を閉じようとしたその時、執事風の男が信じられない行動に出た。
キィィ……
「「「なっ!?」」」
なんと自力で牢を開け、外に出たではないか! しばらくは開いた口が塞がらなく男の行動を黙って見ていたが、我に返ったウォッカが声を荒らげる。
「おいアンタ、どうやって牢から出やがった!?」
ものは試しと鉄格子に手を掛けるも鍵はしっかりと掛けられており、武器のない我々では成す術がない。
肝心の男はというと水瓶に汲まれている水を飲み、何事もなかったかのように元の牢へと戻って行く。
「何やってんだよおい、脱出できるんならこっちの牢も開けてくれ!」
「止さないかウォッカ、あんまり騒ぐと番兵が来る。それに脱獄しようものならどんな目に合うかも分からないのだぞ?」
「るせぇ、俺に指図すんじゃねぇ! ――お~い、聴こえてんだろアンタ、早くこっから出してく――」
「フフ、無駄ですよ」
「「え?」」
こちらに振り向くことなく男が答える。
「彼らに捕らわれたら2度と助からない。害を及ぼすと気付かれた時点で敗北は決まっていたのです」
「ア、アンタ、何を言って……」
「そもそも敵対すること自体が間違いなのですよ。盗賊も、傭兵も、軍隊ですら彼らには敵わない。刃向かった者は皆ダンジョンの糧となりました。そう、彼らに逆らわないこと、それが長生きの秘訣なのですから」
軍隊で敵わないのは思い知らされた。傭兵も無惨な姿になっていたし、その前に襲撃したであろう盗賊も同じ目に遭ったのだろう。
しかしダンジョンとは何だ、この町にダンジョンが存在するとでも言うのか?
疑問が多すぎて混乱する頭をフル回転させ、ウォッカを退け説明を求めた。
「貴殿は捕まっている、なのに自由に出入り出来るのは何故です?」
「フフ、私はあなた方とは違う。自ら望んでここに居るのですよ」
「「「はぁっ!?」」」
「フフ、おかしいですか? まぁ当然かもしれませんがね、私も以前はあなた方と同じだったのですよ。領主を裏切りエルバドールと内通した私は彼らに捕らえられ、ここに放り込まれました。ええ捕虜ですとも。いつ殺されるか分からない恐怖の中、ソレとの出逢いは突如として訪れました。フフ、まさに幸福ですよ」
理由は分からないが自分の意思でここに居るのは本当だろう。自由に出入り出来るのが証拠だ。
「だが今は違うと?」
「ええ。もはや私の存在は脅威ではないと判断され、解放すると言われました。当然私は憤りましたよ」
「……な、何故です?」
「運命的な出逢いはここで果たされたのです。ここを離れてしまってはソレを食する機会が失われてしまう、それはどんな拷問よりも耐え難い! そう、私の舌がカレーとの決別を断固として拒否しているのです!」
「…………」
カレー……だと? 聞いたことのない料理だな。それに肝心な部分が不明のままだ。
「事情は分かったが、それがどうやって地下牢に入る事に繋がるのだ?」
「フフ、愚問ですよ。牢に入った者は捕虜として扱われる、しかし地上で暮らすなら自立した生活が求められる。地上に戻ればカレーを食べられないじゃないですか! それは死ねと言われてるに等しい! だから私は懇願した、カレーを――カレーを食べさせてくださいと!」
なんと奇妙な男か。食事のためだけに捕虜のままで居るなど、とてもじゃないが真似する気にはなれん。
「バカは放っておこうぜ。いつまでもこんなとこに居るから頭がおかしくなっちまうんだ、見張りが居ないうちにさっさと脱出するに限るぜ!」
ソルティが鍵穴に何かを差し込んだ。
「へっ、そうこなくっちゃな! 早く開けちまえよ」
「おぅやれやれ! 逃げちまえばこっちのもんってな」
ウォッカとニックもそれに便乗し、急かし始める。コイツら、鍵を抉じ開けて脱獄するつもりか!
「バカな真似は止せ、逃げたところでトラップに殺られるだけだぞ!」
「ハッ、だったらテメェは残ってな。一生涯ここで暮らすといいぜ」
「俺たちゃゴメンだ。こんなところでくたばってたまるかよ!」
聞く耳持たず……か。武器も無しに脱出できるつもりでいるとは哀れな連中だ。
そんな冷ややかな視線を向けていると、隣の牢から奇妙な叫び声が聴こえてきた。
「おお、おおおお! この嗅ぐわしい香りはまさしくカレー! カレーの時間だぁぁぁぁぁぁ!」
「「「!?」」」
例の執事の声だ。同時にソルティも鍵開けに成功したらしく、他2人に向けてサムズアップをしていた。
「っしゃあ! さっさと――」
「待て、不味いぞソルティ、確かにいい匂いがする。きっと昼飯を運んで来たんだ」
「何だって!? クソッ、こんなタイミングで……」
暗闇の奥から何かを持った少女が護衛を引き連れて現れた。
「カークランドさんお待たせ~、お昼のカレーだよ~」
「おおおっ、この食欲をそそる香り、まさしく、ザ・カリー! ありがとう御座いますぅぅぅ!」
一心不乱にカレーに食いつくカークランドという男。男を背にこちらへと向き直った少女が放った言葉に我々は戦慄した。
「で、どうして脱獄しようとしたの~?」
「「「!!!」」」
そう、全てがバレていたのだ。慌てた腰巾着の3人が首を振って否定しようとするも、護衛の兵士が剣を突き付けてきた。
「鍵、抉じ開けてたよね~?」
「そ、それは……、そ、そうだ! そこにいる上官に指示されたんだ!」
「なっ!?」
「そうだ、俺たちゃ悪くねぇ、全てその女が悪いんだ!」
「仕方なかったんだ、立場を利用されちゃ逆らうわけにもいかねぇ」
コイツら、私に擦り付ける気か!
「卑怯だぞお前たち! それでも人を護る軍人か!?」
「るせぇ! 元々テメェは気に入らなかったんだ、年下のくせに命令してきやがって。そうだろみんな!?」
「ああ、俺も同じように感じてたぜ」
「女のくせに生意気だ!」
「威張ってんじゃねぇぞクソ女め!」
反感を買っているとは思っていたが、捕らえられている半数が便乗しようとは。
「待てよ、なんで副隊長が悪いって流れになってるんだ!」
「そうだ、脱獄しようとしたのはそこの3人だろう!?」
「上官を売るような真似をして恥ずかしくないのか!」
残りの仲間は庇ってくれたが、内部分裂は避けられない事態に。
そして次に発せられた少女の台詞により完全に真っ二つへと分かれてしまった。
「それじゃあグループ分けしま~す! そっちの副隊長さんが正しいと思う人は白線の奥に移動して、反対意見の人は白線の手前に移動してね」
これにより私を庇った仲間と腰巾着に着いた者とに分かれた。いったい何をしようというのか? 戦々恐々としていると……
ガコン!
「「「うわぁぁぁぁぁぁ!?」」」
なんと、腰巾着側の床が突然開き、殆どが床下へと落ちていくではないか! そう、まるでダンジョンのトラップのよう――
「ハッ!? ま、まさか本当にここはダンジョン!」
「そだよ~。地上で発動してたのもぜ~んぶトラップ。よく出来てるでしょ~? もち脱獄しようとしたのはそこの3人だって最初から知ってたもんね~」
ニコニコ顔で少女が答える。その返答に思わず苦笑いを浮かべたが、すぐに笑い事ではないと思い直して真顔になり、しぶとくも鉄格子に掴まったままの3人を見下ろす。
「な、なにボケッとしてやがる、早く助けろよ!」
「死にそうな仲間を見殺しにする気か!?」
何を自分勝手な。
「全ては自業自得、自ら招いた結果だろう」
「その通り。副隊長を陥れようとした罰だ、諦めるんだな」
「クッソォォォ!」
いまだに粘る3人。そこで少女は次なる手を打ってきた。
「カークランドさ~ん、しぶとい3人を蹴落としてくれる~? 終わったらカレーのおかわりあげちゃうよ~」
「はいぃぃぃ、やりますぅぅぅ!」
とっくに食べ終わり皿を舐めていた男がユラリと立ち上がり、腰巾着共の前までフラフラと移動。血走った目を見開き、3人を蹴りつけ始めた。
「よ、よせ、やめろぉ!」
「うるさい! 全てはカレーのため、文字通り糧となれ!」
「グホッ! や、やめ――うわぁぁぁ!?」
散々顔を蹴られたであろうソルティが落下していく。
「まずは1人!」
「ままま、待ってくれ! そ、そうだ、カレーならいくらでも食わせてやるからソイツらを倒してくれ、そうしたら――」
「黙れ! 軽々しくカレーという文字を口にするとは無礼な! 例え神が許しても私が許さんぞぉぉぉ!」
「ゴフッ、ガハッ、ブヘッ! 分かった、謝るから、謝るから蹴るのだけは――」
「トドメだ、神の右足!」
「グッハァァァァァァ!?」
続いてニックも落下。残るはウォッカただ1人。
「や、止めろ、死にたくねぇ、俺は死にたくねぇんだ、意地でも離さねぇぞ!」
「無駄だと言っている。――フン!」
「ギャハァ!? テ、テメェ、よくも俺の指を!」
躊躇いもなくカークランドは持っていたナイフでウォッカの指を切断し始めた。
「フフ、この指が全て無くなる時、私は新たなカレーと出会えるのです。さぁ私の糧となりなさい!」
「ふ、ふざけんな! この人でなしめ――うぎゃっはぁぁぁぁぁぁ!?」
耐えきれるはずもなくウォッカも落下して行き、床は閉じて元の状態へと戻った。
「これで不要な人たちの始末完了っと」
「ふ、不要?」
「うん。落ちてった人たちって、ずっと敵対心持ったままだったんだよね~。あのまま捕虜にしとくのも有りかと思ったんだけど、食事の手配とか面倒だしまとめて片付けちゃった♪」
「…………」
何故だか言葉の最後に「テヘペロ」という知らない単語が浮かんできた。いや、浮かんできただけで意味は知らない。
「あ、そうそう、会長からカークランドさんに提案したことがあるんだって。カレーの用意は出来てるから先に行っててね~」
「分っかりました~! カレーカレー、ユートピア~♪」
カークランドを見送った少女が、今度は真剣な顔で私たちに語り掛けてきた。
「このまま逃がしてあげてもいいんだけど~、よかったらこの町に住んでみな~い?」
「ここに住む? それはいったい……」
「ここの住人にならないかってお誘いだよ~。どうせガリアーノに戻っても冷遇されるだけでしょ~? だったら兵士なんか辞めてここに住んじゃいなYO!」
兵士であることを辞める――か。どうやら他の仲間は少女の案を受け入れるつもりらしい。
「どうする~?」
「そうだな、私は……」
「は~い、みんなちゅうも~~~く! 第1章の最後はあたし、緑川雫が案内しちゃうよ~! なんだかコアルームが騒がしいけれど、それは次回のお楽しみ。何が待っているかはその目で確かめよ~う!」
登場人物紹介
名前:サリアン
性別:女性
年齢:24歳
種族:人間
備考:ガリアーノの街で騎士団に所属していた女騎士。領主によって無理やり私兵に組み込まれ、ライジングバレーに送り込まれた。主人公たちに捕らえられた後にガリアーノとは完全に決別。ライジングバレーで騎士として働くようになる。
名前:ウォッカ、ソルティ、ニック
性別:全員男
種族:全員人間
備考:ガリアーノの領主の私兵。隊長の腰巾着だった3人だが、ライジングバレーの地下牢から脱獄しようとして失敗。最後はダンジョンに吸収された。
「以上で~す♪ んん? 人物紹介が雑? 下っ端を省いたところで誰も困りませ~ん♪ それでは第2章で会いましょう、シ~ユ~♪」