プロローグ
「……よし、魔物はいねぇみてぇだ。この先に進むぞ」
番長をやってるヤンキーの本郷虎雄が曲がり角から顔を出し、何も居ないのを確認してからゆっくりと先頭を進む。その後ろを残された俺たちも付いて行く。出来るだけ足音を立てないようにだ。
「弱気になるな、自分が……生徒会長である自分がしっかりせねば……」
「あまり思い詰めないで下さい会長。きっと……きっと大丈夫ですから……」
精神的に追い詰められている生徒会長の八重樫憲語を副会長の戸田優奈が元気付けようと必死だ。でもこの状況じゃな……。
「永遠、愛、私……どうしたら……」
八重樫と同じく精神が崩壊寸前のクラスメイト――神崎藍梨が俺の前を歩きながら呟く。本人が言っていた2人――綾小路永遠と一ノ橋愛は、彼女と仲の良かったクラスメイトだった。
「……足音? おいマズイぞ、何かが後ろから近付いてくる!」
「「「!?」」」
最後尾にいた俺の親友――利根川和人の警告でその場の全員が直立不動に。だが直後……
「走れぇぇぇぇぇぇ!」
本郷の怒声を合図に一斉に走り出す俺たち6人。そう、ここに至るまでで既に9人とクラスメイトとはぐれて――いや、正直に言おう。その9人はほぼ死んでいると。
「も、もう嫌だよ~ぉ、お願いだから夢なら早く覚めてぇぇぇ! ――キャッ!?」
「「藍梨!」」
目の前で転んだ神崎を俺と利根川で強引に引っ張り上げ、本郷に離されないよう速度を上げて走る。
「落とし穴だ、飛べぇぇぇ!」
ガコン!
床の僅かな違いでトラップを見抜いた本郷が大ジャンプを披露。同時に床が左右に大きく開き、後続の俺たちも危なげなく飛び越えて行く。
このトラップにはクラス一の天才と評価されていた瓶底学が引っ掛かり、床下に吸い込まれていったんだ。アイツの犠牲を無駄にしないためにも同じトラップに掛かるわけにはいかない。
グググ……
「チッ、次は落下天井だ、ダッシュで走り抜けろ!」
本郷の怒声が再び響く。少し前にもこのトラップに遭遇したが、その時は不運にも気付くのが遅れてしまった。そのため逃げ遅れた緑川雫と足の遅い大恩寺力が犠牲になってしまった。
「おいお前ら、アレを見ろ!」
本郷のこれまでとは違う声のトーンに全員が前方を注視する。一瞬行き止まりかと絶望しかけたが、扉のようなものが見えるんだ。
「出口……なのか?」
「きっとそうですよ、行きましょう!」
にわかに平常心を取り戻しつつある会長と希望に満ち溢れた声の副会長。藍梨までもが早足になった感じがするのは気のせいじゃないだろう。
やがて扉の前までやって来ると、全員で扉を押し開けていく……が、一度はとおざかったはずの足音が大きくなってくる。人1人がようやく通れそうところで足音の主が視認出来る距離に迫った。
「クソッ、あの巨大なゲジゲジモドキだ、早く入れ!」
振り向き様に和人が叫ぶ。背後に迫るバケモノには加瀬光太郎、安土桃香、小早川巻斗、那須要子の4人が食われちまったんだ。
「キシャーーーッ!」
「来てるぞ、早く閉めるんだ!」
バタァァァン!
全員が扉を潜り、間一髪で閉めることに成功。その後は扉をブチ破るような様子もないし、視界から消えたことで追跡を逃れたのかもしれない。
「助かった……のかな?」
「いや……」
すがるような藍梨の呟きを本郷が否定、黙って前方を指す。どうやらここは先ほどまでの通路とは違い、体育館ほどの広さが確保された1つのフロアーのようだった。他にも3畳ほどある小部屋のようなものが幾つか点在するが、中の様子は窺えない。
いや、それよりもフロアーの奥だ、奥から人間らしき見知らぬ青年が近付いてくる。本郷が指したのはこの人物だろう。
「おい、テメェは人間か? というかこんなところで何してやがる? そもそもここは何処なんだ?」
「ほ、本郷くん、いきなり失礼な態度を取るのは……」
敵ではないのなら会長の言ってることは正しかったのかもしれない。だが目の前の青年は不適に笑うと、信じがたい事を口にした。
「へ~ぇ、なかなか冷静じゃないか。殺さないよう加減してたとは言え、非武装の人間がここまで来れるとはね」
殺さないよう加減だと!? つまりコイツは! それに気付いた俺はすぐさま本郷に警告する。
「気を付けろ本郷、ソイツが元凶だ、クラスメイトを殺ったのも全部コイツだ!」
「ああ、俺もそう思ったところだ。ダチの仇は取らせてもらうぜぇ、オラァァァ!」
ガンッ!
「グッ……こ、拳が届かねぇ……だと?」
本郷の拳はバリアーのようなもので防がれ、青年を殴るには至らなかった。
「ハッハッハッ! 無駄だよ。キミたちのような何の能力もない人間がボクに勝てるとでも? 1000年経とうが有り得ないよ」
「クッソがよぉぉぉ! 俺たちにゃ死んだ仲間の仇を取ることすら出来ねぇってのかよぉぉぉ!」
無駄だと分かっていながらも本郷は拳を打ち続ける。ヤケクソで俺と和人が加勢するも結果は変わらず。すると敵の青年、常識を覆すようなフレーズを放ってきた。
「死んだ仲間? ああなるほど、キミたちは死んだと思っているのか。そんなに落ち込まなくても彼らは生きているよ、ほら」
グィ~~~ン……
青年がパチンと指を鳴らすと9ヶ所ある小部屋の壁が上にスライドし、鉄格子で四方を囲まれたクラスメイトたちが現れた。その光景で呆気に取られたが、我に返った本郷が囚われのクラスメイトたちに向けて叫ぶ。
「お、お前ら、生きてたのか!?」
「そうとも。手荒な真似はしたが治療もしてある。あのグルグルメガネを掛けた少年なんかは落とし穴に掛かった上で剣山に全身を貫かれたんだけどね、ご覧の通りピンピンしてるだろう? もちろん偽者なんかじゃない。キミたちがよ~く知っているクラスメイトたちだよ。まぁ破れた服だけは勘弁してくれよ? さすがにそこまで修復するつもりはないからね」
余裕の笑みを崩さない青年。いったいコイツは何者なんだ? なんだってこんな真似をする?
「フフ、顔に出てるよキミ。ボクの目的が知りたいんだろう? まぁ隠すことじゃないし教えてあげるよ。会話から察するにキミたちは異世界から来た――そうだね? 長年ダンジョンマスターをやってはいるけれど、異世界人が15人も手に入るなんて滅多にない。だからこうして保管してるんじゃないか。せっかくのモルモット、簡単に死なれては困るんだよ」
コイツ、俺たちを実験台にする気か。
「けど無様だねぇ、15人もいながらロクに戦闘も出来ないなんて。ボクとしては見たこともないスキルの発動を心待ちにしてたんだけども。それとも何かしらの条件が必要なのかな? う~ん、それなら……」
再びパチンと指を鳴らすと、フロアーの奥の壁がズズズっと開く。
「見えるかい? あそこがコアルームだよ。分かるように説明すると、あの中にはダンジョンコアというダンジョンの心臓ともいえる結晶が有るんだ。それを壊せばダンジョンは崩壊するしボクも死ぬ」
コイツ、自ら弱点を晒した!? その行動に本郷と和人も噛みつく。
「……テメェ、ふざけてんのか?」
「ここに来て舐めプとはいい度胸だな!?」
「おや、怒ったのかい? そこは喜んで欲しいところだけど。まぁいいさ、これはちょっとした催し。さしずめ歓迎会ってところかな? フフ、良かったねキミたち、脱出できるチャンスだよ!」
完全に舐めてやがる。だがチャンスがあるなら掴み取るしかない。それは他の面々も同じようで、互いに頷き合うと一斉に青年へと飛びかかった。
「おっと。フフ、そう来なくちゃね」
「テメェ、余裕ぶってられるのも今のうちだ。――藍梨、コイツは俺たちが押さえ付ける、お前はコアルームにあるダンジョンコアを破壊しろ!」
「え……私?」
「そうだ、俺たち全員はそれに賭けるしかないんだ!」
「頼むよ藍梨くん、キミしか居ないんだ!」
「コアルームに走れぇ!」
「わ、分かった!」
コアルームに駆け出す藍梨。それを横目で見届け、俺たちは全力を振り絞り青年を押さえ付ける。
「ふ~ん? あくまでも物理的行動しか起こさないのかい? それともそういう主義? どっちにしろ詰まらない――とだけ言わせてもらうよ。――ハァ!」
「「「うわぁ!?」」」
青年が叫ぶと、俺たち全員が強く弾かれた。やはり力で制圧するのは無理なのか。
けど他に方法はなく、出来ることと言えば悔しげに青年を睨むだけ。
「残念だったねぇ? まぁ端から期待はしてなかったけれども。けど心機一転これからはボクのモルモットとして第二の人生を歩んでよ、死ぬまでね? クク、じゃあそろそろコアルームのあの娘を止めようか。整った環境を荒らされたんじゃ仕事が捗らないからねぇ。そういうわけで――」
そう言って青年がコアルームへと向き直ったその時、予想外の展開が!
バチィィィ!
「ガァ!? ァ……ァァ……」
「このぉ……苦しめぇぇぇ!」
コアルームに向かった筈の藍梨が何故かそこに居た。右手にはスタンガンが握られており、それで青年を攻撃したのだろう。
だがこれは大チャンスだ、本郷や和人も同じ考えのようで、瞬時に青年の首に手をかける。
「んにゃろう、よくもやってくれたなぁ? 今度はこっちの番だ!」
「そうだぜ、コイツだけは許しちゃ置けねぇ!」
「俺たち全員の命がかかってるんだ、お前が死ねば俺たちは助かる!」
「ゴォ……ェ……」
最後まで油断は出来ない。既に本郷の手だけで口から泡を吹いている青年だが、その本郷の手の上から和人が、さらに上から俺が押さえ付ける。
「そ、そうだ、ボクらはまだ助かるんだ、助かるんだ!」
「そうです、コイツを殺して私たちは生きるんです!」
「苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめぇ!」
これだけでも過剰だが更に会長と副会長が両手を押さえ付ける。その間にも藍梨はスタンガンを当て続けていた。
もう全員が極限状態。その鬼気迫る俺たちを見て青年はどう思ったか。いや、考えるのは止めておこう。
「…………」
「……やった……か?」
「ハァハァ……本郷……ハァハァ……それフラグ……ハァハァ……」
結論から言うと、青年はアッサリと事切れた。但しその後10分以上も会長と副会長は絞め続けてたが。
そんな風に息切れを起こしていた俺たちに新たな展開が待っていた。
シュィ~~~~~~ン!
「な、なんだ、コアルームが光ってるぞ?」
その不可思議な現象にヘタリ込んでいた面々も起き上がり、コアルームへと視線が注がれる。
そして間も無く、俺たちの脳裏に謎の機械音声が響き始めた。
『ダンジョンマスターの死亡を確認。ダンジョンの崩壊を防ぐには新たなダンジョンマスターの設定が必要です。候補者は15名。我こそはと思う者は立候補を』
しぱしの沈黙。最初に我に返った本郷が全員の顔を見渡しながら呟く。
「き、聴こえたか……今の?」
「うむ。ダンジョンマスターがどうとか言っていたが……」
「幻聴じゃない……ですよね?」
「わ、私も聴こえた」
会長や副会長、藍梨も同じか。俺と和人も顔を見合せ、互いに頷き合う。
でも誰も立候補はしない。そりゃそうだ、訳の分からん場所でダンジョンマスターをやれだ? やるわけねぇっつ~の。
しかし、再び聴こえた機械音声が更に俺たちを驚愕させた。
「立候補の確認が出来ません。ダンジョンの存続を優先するため、15人全員をダンジョンマスターとして登録します」
「「「なんだってぇぇぇ!?」」」
「はい、主人公の鳥居進です。ここでは登場人物の紹介などを行いますんで今後とも宜しく。……え、どうせなら女生徒を出せ? は~い善処しま~す。ちなみに神崎藍梨を下の名前で呼んでる理由は次回で明らかになるぞ~」
名前:鳥居進
性別:男
年齢:15歳
誕生日:12月30日
備考:名もなき片田舎の高校に通っていた1年生。倉庫の掃除をしていると突然謎の光に包まれ、気付けばダンジョンに転移していた。物静かな性格だが好奇心は旺盛。珍しい物が大好きですぐに調べようとする。
名前:利根川和人
性別:男
年齢:15歳
誕生日:9月11日
備考:名もなき片田舎の高校に通っていた1年生。転移の過程は主人公と同じ。主人公とは席が近かったのもあり、すぐに親友となった。容姿に自信があり、女子の前ではすぐに格好つけるタイプ。しかし残念ながら面食いな女生徒は居らず、単純にお調子者の面白い人という総評を下されている。
名前:本郷虎雄
性別:男
年齢:16歳
誕生日:4月25日
備考:名もなき片田舎の高校に通っていた1年生。転移の過程は主人公と同じ。金髪でリーゼントをきめたヤンキーで、番長を自称するだけあって喧嘩も負け無し。自分の道は拳で切り開くタイプ。