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2.騒々しい朝

 パン屋の娘の朝は遅い。仕事は夕方限定のため、日が上りきるまでに布団から出ればいい。

 これは別にわたしが怠け者なわけではない。わたしはわたし自身の価値を保つ為に、人前に出てはいけないのだ。昼間から夕暮れの宝石姫がその辺をうろついていては、その呼び名に傷が付いてしまう。だから、引きこもるのが最善手。なんて素晴らしい。

 今日だって、朝ごはんを食べて、軽く部屋の掃除でもしたら、ベットに戻ってうたたた~と寝っ転がって、それから――。


チリンチリン


「……」


 家の呼び鈴がわたしの優雅な朝活に水を差した。両親が買い出しで出掛けている平日の朝を狙って家に来るなんて、きっとロクな人間ではない。たまに居るのだ、夕暮れの宝石姫の居場所を特定して押しかけてくる厄介な輩が。そんなのを相手にするのは馬鹿のやることなので、ここは気軽にスルーを決める。


「ちょっとー、サラちゃん居るんでしょ~?出てきて欲しいんだけど~」


 ……お隣さんのおばさんの声だった。よく野菜とかくれたりする。ありがたい反面、オフ時でも構わずわたしが出るまで呼び鈴を鳴らすお困りさんでもある。こうなれば、わたしにはドアを開ける以外の選択肢は無くなるのだ。


「は~~~い……。おはようございます」


 しぶしぶと、寝起きの身体を動かして応じる。接客時よりも不愛想なわたしを前にしてもニコニコを浮かべていられる穏やかな婦人は、珍しく手ぶらでの来訪だった。


「あらあら、もう"こんにちは"、の時間よサラちゃん」

「そりゃ失礼。それで、何の用ですか?」


 暗に、手短に、と物申してみる。長話を許せば1時間は拘束されかねない。おばさんはそうそう、と言いながら背後に親指を立てて何かを示した。


「あの人がね、サラちゃんを探して広場をずっとウロウロしてたの。どうにも急ぎの用があるみたいなのよ」

「うぇえ、そういう人を家に連れて来られたら困りますよ。厄介な客に家を知られたら後々面倒に……。って、あの人」


 店を出している広場で待つなんてやっぱり厄介客じゃないか、とドアで身を隠そうとする。しかし、チラっと見たその相手は、昨日の最後の客である金髪少年であった。

 であれば、彼の狙いは私ではないかもしれない。どちらにせよ嫌な予感ではあったが、わたしに責任が無いとも言えない事情を察してしまった。

 おばさんにはもう場を離れてもらい、少年を手招きで家の中へと誘う。少年はわたしを見て一瞬ぽかんと呆けるも、すぐにホッとした顔になった。呆けた理由に関しては聞かずとも愉快ではないものがあると分かる。


「こ、こんにちは。夕暮れのパン屋さんの売り子さん、だよね?」

「違うと言ったら何も言わずに帰ってくれる?」


 信じてもらえないならその方が都合がいいかもしれない。夕日の光を受けていないわたしの髪はさほどのものでものなく、寝起きということもあってあらゆる部分に手入れがされていない酷い有様だから、別人で通せなくもないはずだ。


「い、いや、失礼。あまりにもその、雰囲気が違ったもので。黄昏の宝珠を二つもらえれば、後は何も言わずに帰ろう」

「あー、やっぱり……」


 面倒なことになった。思った通り、勘違いされていた。昨日、わたしは彼に『複数購入するなら、もっと早い時間帯にお越しください』と伝えたのだ。早い時間帯、それは開店直後であるとは言うまでも無いことだと私は思っていたが、言葉足らずだったらしい。世間知らずへの対応は難しいものだ。

 ともあれ、昨日と同じく無いものは無い。その事実を伝えるより他にわたしにできることはない。


「悪いけど、まだ準備できてないよ」

「え、でも昨日はもっと早く来いって」

「早くってのは、いつもの開店時間の後すぐに、って意味だったんだよね。つまり、開店より4半日早い今は、一つも準備できてないってわけ」

「そ、そんな……。これから婚約者と二人で会う約束をしているのに」


 昨日と同じく、いや一層悲嘆を浮かべる少年が少しかわいそうに思えてくる。余程、婚約者のことを大事にしているらしい。


「夕方に延期できないの?一番に買いに来れば、まだ明るい内に婚約者と会えると思うけど」

「夕方からは誕生日パーティーがあるんだ。二人でゆっくりできる時間は無いし、午前の内に済ませないと」

「パーティーねぇ……。それなら、別の店で代用品を探せばいいんじゃない?」

「いや、僕は黄昏の宝珠が良いんだ。昨日味わってみて、これなら絶対に彼女にも喜んでもらえるって確信したから」


 代替案を出してみても、退くつもりはないらしい。ポロっと出たパーティーという言葉も気になる。二人でゆっくりもできない誕生日パーティーなんて、かなりの上級貴族なんじゃないだろうか。……いや、でもそういうことなら。


「頼む、二つだけで良いから、今すぐ用意してもらえないだろうか?」

「あのねぇ、二つだけって逆に難しいんだよ?パンは大量にまとめて焼くから利益が出るし、二つだけなんて温度調節も滅茶苦茶になるんだから」


 上級貴族相手にこんな話し方でいいのだろうか。まあ、相手も身分をひけらかす様子は無いし、いいか。


「それなら、たくさん作ってくれて構わない!もちろん代金は作った分だけ全て払う!」

「ほほーう?」


 分かってるじゃないか君ぃ、と脇腹をつつきたくなるのを抑えて。お金の臭いがしてきて、少しはやる気が出てきた。そしてわたしはこれでも商売人の端くれだ。更なるお金の臭いが嗅覚を刺激し、不敵に笑う。


「そういうことなら、と言いたいところだけど」

「ま、まだ何か!?」

「うちでパンを焼いているのは、お父さんなんだよね。その父は今市場に出かけていて、パンを焼くとなるとそれを呼び戻しに市場まで言って探すという大きな労力がかかるわけでありまして」


 さてどうしましょうね、そんな目線をチラリと送る。勤務時間外の労働者を動かすための簡単な物を、このお坊ちゃんは理解してくれるかな?


「そ、それなら、その分の手数料も込みで支払う!今はこれしかないが、全部持って行ってくれ!足りなければ必ず後日持参しよう!」


 ゴン、と銭袋が机を叩いた。上級貴族ならもっと大きいのが出て来るかと思ったけど、見たところ中身は銀貨40枚と言ったところか。まあ、黄昏の宝珠が一つ銀貨1枚だから、ざっくり計算でも普通に売るより少しの利益が見込めるだろう。

 目論み通り。臨時収入に気分が良くなり、鼻歌が混じりそうになるのを抑えながら、見せてもらうね、と銭袋を開ける――るぁ?


「る……ぁっしゃいませぇ!!!今すぐ父を呼び戻してきますので、どうかどうかお待ちを!!」

「え、あぁ……?」


――足と手と口が()()()への対応を勝手に始めた。決して逃がしはしない。紅茶を丁寧且つ迅速に準備し、椅子にうちで最も言い敷物を敷き。家に外から鍵をしようとまでしたけどそれはやめとけと理性が何とか止めてくれた。

 それから、人生でこれまで全力で走ったことは無いと断言できるレベルで市場へと向かい、呑気に精肉店のおじさんと話していた父を誘拐。その背中に肘打ちをしながら急かして帰宅を果たした。

 その様子を町の人に見られていたら、夕暮れの宝石姫の名が地に付いていたかもしれない。そんなのを気にする余裕も無くなるくらい、袋の中の黄金の輝きがわたしの目を奪った。ザッと、本当にザッとだけど、金貨が40枚。全部持っていっていい、と言った顔は冗談を言っているものではなかった。

 これが、全部。利益換算で、えーと、とりあえず通常の100倍とかその辺。いやそんなのを考えるのは後でいい、今は速やかなる任務の遂行が求められていた。




「またのご来店をお待ちしています!」

「えぇと、……うん。婚約者の反応が良ければ、また来るよ。無理を聞いてもらってありがとう」


 あまりの勢いに呑まれたのか、困惑を浮かべながらも、少年は黄昏の宝珠二つの入ったケースと同時に焼いたパンの詰まった袋を抱えて、お礼を言って去って行った。銭袋は宣言通りそのまま丸々置いていった。

 息が止まるような金貨の山。事情を後から話したらお父さんは相場違いすぎて受け取れないと言っていたけど、お母さんに話したら貰えるものは貰っとけの一言で片付いた。

 ボーナスのお小遣いがたんまり貰えて、わたしも商売上手になったものだ。うふうふ。

 普段なら去った後の客の事など微塵も考えない私が、黄昏の宝珠の力であの少年が婚約者とより上手くやれていればいいな、と願いをかけるくらいには良き出会いだった。そんな一方的な気持ちで一日を締めくくった。

 

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