9.これからに向けて
ややあって、二人とも落ち着いたので、とりあえずお互いの関係を紹介しあった。
改めて、こんな一般家庭に未来の国主二人が居るという非現実的な状況であると認識する。
それだけでも十分おかしいのに、婚約者同士が離れてルナは隣でわたしと手を繋いでいるのがさらにおかしい。でも、王子にルナを『どうぞ』したら王子からもルナからも猛反発を受けて今に収まっている。実はこの二人、息ピッタリの仲良しさんなのでは?
「まさか、サラまで変装してたなんてね。確かにこんな綺麗な髪、目立つものね」
妾云々の誤解は解けて、レオに怒っていたことはもうどうでもよくなったらしい。元々ここには気晴らし来ただけで本気で怒っていたわけじゃないみだいだし、説教が気晴らしとはルナも中々良い性格をしている。
ルナは手を伸ばし、わたしの髪に指をすぅっと通してくる。先まで滑り落ちたと思ったら、また上に登って滑り直す。大事な商売道具なのに、遠慮のない手付きだ。まあ、友達料金としてルナにはタダにしてあげよう。
しかし、触られっぱなしもつまらない。
「ルナの髪もすごくきれいだよ」
「ひゃっ!くすぐったいわね……。私のこんな暗い色よりもサラみたいな明るい色の方が綺麗に決まってるわ。ねえ、ヴィクタレオン殿下?」
「うん、とても美しい」
「ほら、殿下もそう言ってるのだからサラの方が綺麗なのよ」
「今の会話、ちゃんと噛み合ってる……?」
レオの視線は私の髪に向いてなくて、なんかわたしとルナを俯瞰して捉えているように感じる。
あれかな、遊んでる妹二人を優しく見守るお兄ちゃん的なノリ。遠巻きに見つつ、危ないことをしてたら止めに入ってくれそうだ。
「ところでサラ。その、さっきの話なのだけれど」
髪に指を埋もれさせたまま梳くのを止めたルナが、気恥ずかしそうに顔を俯かせる。
さっきと言われてもいっぱい話したからどれのことか分からないけど。まあ聞いてる内に分かるよね。
「うん、何かな?」
「その、本当に私のこと嫌いにならない?」
「あーそれね。ならないならない。だってルナはわたしの一番の友達だもん」
ルナを嫌いになったって良いことが一つもない。わたしの人生の楽しみがゴッソリ持ってかれるだけだ。
「そう、良かった……」
「あ、でも、今回みたいに急に会えなくなると、嫌いにはならなくても寂しくなるからさ。来れなくなる前にせめて一言言ってよ」
「善処するわ。私も寂しくてどうにかなりそうだったもの」
肩が触れ合うくらい身を寄せてくるルナ。寂しさの埋め合わせって感じだ。
もしわたしとルナが本当に姉妹だったら、わたしが姉なんだろうな。なんて思い浮かべてしまうような構図に笑みが溢れる。
「……そういえば、サラが夕暮れの宝石姫ってことは、誕生日に殿下が下さったあのパンは、サラが作った物だったのね」
「おぅっと」
微笑ましい雰囲気に闇を差し込まないでほしい。
黄昏の宝珠は、あくまで購入者の勝手な勘違いによるものながら、わたしが作っているということになっている。勘違いだからこちらに落ち度はなく、訂正するのを忘れているだけだ。
だから、こんな純粋に信じる瞳を向けられると、弱ってしまう。
「どうしたの?あのパンとても美味しくて、サラが作ったのならそれも納得、って言ってるのよ」
「そうだねえ、オレンジが美味しかったのなら、そうかもね」
「え?どういう意味?」
何とか逃げ切れないかな、と思考を巡らすも、やはりわたしを信じる純粋さからは逃げられなかった。
わたしは結局夕暮れの宝珠の闇をルナに打ち明け、しょんぼりなルナの顔を見せられるはめになった。
……これからはもう少しわたしが手を加える割合を増やそうかな。そしていつかわたしが一から作った黄昏の宝珠をルナに食べてもらえたら、なんか、なんだろう、良い感じ?になるんじゃないかなー。大した設計図の無いわたしの将来が、少し彩りを得た気がする。
ルナと王子が帰り、夕方の仕事も終えた。喉の渇きが自ずと足を動かし台所へと辿り着く。
この時間はお母さんが夕食を作っているはずだ。お母さんは料理が上手いだけでなく、アイディアも豊富だから、毎晩の夕食が楽しみだ。優しいし商売上手だし、どこから見ても尊敬できる素敵な母親。……ただ一点を除いては。
「――だから言ったでしょ?私に任せておけば万事解決!って」
あー、またやってる。周りには誰も居ないのに、誰かと会話するように楽しそうな喋り声を台所に響かせている。まさか今切っている玉ねぎが話し相手というわけではないだろう。
「え?当初の予定と全然違う?細かいことは気にしないの!とにかくこれでこの国は安泰よ」
いつもよりも弾む会話(?)に、わたしは縮こまって台所の外で待つ。割って入りづらいし、収まってから素知らぬ顔で入るのがいい。
この一人喋りさえなければ、完璧なお母さんなんだけどなー。娘の喉がカラカラだよー。早く終わって~。
「でもまさか、サラちゃんじゃなくてあの子の方が嵌っちゃうなんて、私も予想外だったわねぇ」
……ん?わたしの話?それにあの子って、誰?この独り言に意味があるとは到底思えないのに、どうしても気になってしまった。
「あ、そろそろサラちゃんが来そうな予感がするから、切るわね。またねぇナマラちゃん!」
それっきり、お母さんは喋るのを止めた。やっと終わったらしい。今日のはいつにも増して謎だった。いつもなら『今日の天気がー』とか『今日の売り上げがー』とかかなりどうでもいい話ばかりなのに。
聞いていたのがバレないように少しだけ間を空けて、わたしは台所に入る。
「おかーさーん、喉乾いたー」
「あらサラちゃん。お仕事お疲れ様。しっかり冷やしたお水があるわよ」
「うぁーい」
お母さんから水の入ったコップを受け取り、それを一気に喉へと流す。冷たくて、おいしい。これがあるから仕事も頑張れる。なんて言うのが烏滸がましいくらい適当な仕事ぶりの毎日だった。
「今日の晩御飯なに?」
「今日はぁ、ハンバーグとカルボナーラと唐揚げ!」
「おー、超豪華!」
フライパンを覗き込むと、ホワイトソースの絡んだパスタが程よくチーズを香らせていたので、一気にお腹が空いてきた。隣のフライパンでジュージュー音を立てているハンバーグの完成が待ち焦がれる。
それにしても何だか気合が入ってるなあ、とお母さんを見ると、わたしの考えを読み取ったらしく優しい微笑みを浮かべた。
「ふふっ、今日は特別な日なのです」
「あれ、何かの記念日だったっけ?」
「今日生まれた新しい記念日ね」
「おー新鮮だ」
よく分からないけど、良いことがあったらしい。思えばわたしも今日は色々あって、びっくりさせられることも多々あったけど、ルナとそして一応レオとも親密になれたし、特別に良い日だった。今日の延長線上にあるわたしの人生は、きっとより輝かしさを増すことだろう。
「で、何の記念日なの?」
「うーん、名付けて、"世界平和記念日"?」
「思ったより壮大だった」
大きすぎてちょっと真実味が薄れてきた。お母さん、さっきの独り言の世界に埋もれすぎていないだろうか?国が安泰とかなんとか言ってたし。
「やっぱ平和が一番よ。サラちゃんもそう思うでしょ?」
「そうだねぇ。この国が平和過ぎるお陰で中々ユニークな友達もできたし、賛成かな」
「うんうん。サラちゃんがちゃんと自分の人生を楽しんでくれてるならそれが一番なんだから、平和万歳!」
お母さんが、ハンバーグを上手にひっくり返しながら言う。少々甘やかし過ぎじゃないかと小言を挟む脳内お父さんを押しのけて、わたしはわたしのやりたいようにさせてくれるお母さんに寄り添う。
「そうだお母さん。黄昏の宝珠のオレンジの切り方とクリームの盛り方教えてよ」
自分の意思で、少しだけ上の自分へと踏み出す。
「あらどうしたの急に?もしかして、やっと夕暮れの宝石姫としての矜持が生まれた?」
「まあ、遠からず。流石に騙してる感が強すぎて、もうちょっとわたしも頑張って見るべきなのではと思いましたが故」
とりあえずの目標は、つつかれて正直に答えても詐欺とは言われないくらいに黄昏の宝珠の製造に関わること。そしてそれを食べたルナに笑顔になってもらうことだ。
伸びなかったのでこれにて最終回とさせていたただきます。
小説としては自分史上一番上手く書けたと思ったんですが、全然見てもらえませんでした。もっと上手くならないと駄目みたいですね。
もし最初から最後まで読んで下さった方が居ましたら、最終回だけでも『いいね』してもらえると励みになります。今後もこういう雰囲気の百合作品を書いていきますので。