表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

8.確認

「――よろしいですか?別に女遊びをするなと言うつもりはございません。むしろ妾を10人でも20人でも作ってそちらと仲良くしていてくだされば、この国の運営はわたしが何とでもします。しかし、こういうことをやるならコソコソせずにもっと堂々と――」

「いや、これはそういうのじゃなくて……」


 あ、怒るのそこなんだ。王子がコソコソと何かしているせいで、わたしが妾などという在らぬ噂が貴族界隈に流れだしているらしい。

 説教を聞きながら、机にあったクッキーを頬張り、紅茶で流し込んで、なんとか気分を切り替えた。その上で考えた。

 まず、私の正面で怯えた顔をしているレオがこの国の王子、ヴィクタレオン殿下であるのは確定。

 そして、私とレオの間で鬼の形相をしているラクシュルナさんは公爵令嬢でありレオの婚約者であることも確定。

 そしてそして。このラクシュルナさん、髪色以外がわたしの友達のルナと完全に一致している。

 レオが婚約者を恐れていること、そしてルナの知り合いが同じく婚約者に恐れられているという話。レオの婚約者とルナの誕生日が同じだった事実。

 髪色、名前、知り合い。噛み合わない部分が全てルナの欺瞞だとすれば……。繋がる。

 どうやらわたしは、そうとは知らずにやんごとないお二方とお近づきになっていたようだ。こんな偶然そうそうあるものでもなく、今の内にまとめてサインを貰っておけば後々自慢できるかもしれない。

 とまあ冗談はさておき、状況は一応整理できた。

 で、どうしようね?この状況。ルナことラクシュルナさんは髪色のせいかわたしに全然気付いてないみたいだし。

 ひとまずルナが元気そうなのは何よりだけど、蔵書館に来なくなった理由は未だ分からない。わたしに原因があるなら、おいそれとわたしがサラだって明かして良いものか。


「さて、他人事みたいに見てるけれど、次はあなたの番よ」

「はい、なんでしょうラクシュルナ様ふ」


 わざと声を変えてみる。売り子を始めたての頃の、少しは媚びを込めていた時に寄せて。

 でも駄目だ、全然気付かないルナが面白すぎて笑いが抑えられない。


「……何を笑っているの。わたしはあなたにも怒っているのよ?夕暮れの宝石姫か何だか知らないけれど、ヴィクタレオン殿下を何度も誘惑して事態を面倒にしてくれたのだから」

「いや、聞いて欲しいんだけど彼女は」

「関係ないとは言わせないわ。妾になりたいなら、最低限の思慮は身に付けてから行動して貰わないと」


 あ、レオが大事なことを言えずじまいに。多分、わたしがルナの友達なのを言おうとしてたよね。王子を容易く黙らせるなんて、ルナ恐ろしい子。


「レオ、じゃなくてヴィクタレオン様の妾だなんて、わたしにはそんなつもりは一切ありませんよ。ていうか彼はただのお客様で、王子なのは今初めて知りました」

「……ただの客を、家に招き入れたと?」

「えー、それは、彼が急に家に押し掛けてきて、それからは」

「押し掛けた、ですって?……はぁ。つまり、自分に非はなく、全て殿下が悪い、と言いたいのかしら?」


 うわー、またルナの眉間に皺が。

 事実を言っているだけなのに、こんな恐い顔で睨まれるなんて。ルナに恐い顔されるのは初めてだから、ちょっと楽しい。


「悪いも何も、やましいことは何もしてないですよ。ちょっと相談に乗ったりしてただけですし」

「そんな言い逃れが通用するとでも?殿下があなたのような平民に相談なんてするはずがないわ。相談を口実に逢瀬していたのでしょう」

「疑うのもごもっとも。ですが、わたしはこう見えて人の相談に乗るのが得意でして」


 ルナに探りを入れるならここかな、と適当な事を言う。野次馬や対岸の火事は好きだけど、困った人に寄り添って相談に乗るのは全く得意ではない。前回の実績が如実に語る。


「ラクシュルナ様も何か悩んでいるのでしょう?こうして会ったのも何かの縁。わたしに相談してみませんか?」

「何を偉そうに!平民に相談することなんて一つも……」

「恐らくあなたは友人関係のことで悩んでいるはずです。最近会えていない友人が居ますよね?」

「!?ど、どうしてそれを!?殿下にもお話ししていないのに!」


 相当虚を突かれたのか、ルナのわたしを責め立てるようなふんぞり返った姿勢が前にグラつく。

 良かった。これでもしルナが何にも悩んでいなかったら、わたしだけが一方的に深刻に考えてた恥ずかしいやつになるところだったよ。


「ふふ、数多の相談に乗ってきたのですそれくらい顔を見れば分かります。少しでも話してみれば、気が楽になるかもしれませんよ?」

「そんなこと言われても、人に話せるような内容じゃ……」

「また言えないようなことかあ」

「え?またって?」

「おっと何でもございませんこっちの話です」


 いけないいけない。口がすぐに滑りそうになる。

 それにしても、またわたしのことで人に言えないようなことってなんだろうね。この前の誕生日を言い出せなかった件はまだ分かったけど、今回は流石の名探偵サラちゃんにも分かりかねる。こういう時は助手のポロっとした呟きが事件解決の突破口になったりするんだけど、今助手枠になりそうな王子はルナに黙らされたまま縮こまってしまっている。

 つまり、信じられるのは己のみ、だ。


「ちなみに、ラクシュルナ様はその友達に対して怒ったり恨んだりしているのですか?すごく嫌なことをされたとか」

「!!違うわ!サラには何も問題はなくて、私が勝手に一人で盛り上がりすぎてる的なアレで……」


 あれ?何とかわたしに対してのお気持ちを聞き出せないかと思ったら、案外簡単に聞き出せた。そういえば、前にルナが隠してることを聞き出そうとした時、わたしへの悪口なのかとか聞いた時はすごく食い気味に否定してきてたね。なんか、すごく大事にされてる感じがして、嬉しさが熱を持って胸の辺りをじわじわとチリつかせてくる。

 とりあえず、わたしが嫌われたわけではないと分かって大収穫。本当に良かった。面倒くさがりでおよそ人付き合いに向いていない性格なわたしとここまで仲良くしてくれる子は貴重だから、嫌われてたら正直かなり凹む。

 さて、もう恐いものは無い。わたしに非が無いのなら、もう正体を明かしても大丈夫。ただ、どうやって明かそうね?

 盛り上がりすぎてる的なアレとかいうやつも気になるし。ルナは何を一人で盛り上がってるというのか?誕生日のお祝いはもう大分前に済んだことだし、あの後に会った時は普通だったはずだ。


「なんだか知らないけど、一人で盛り上がるくらいなら一緒に盛り上がればいいんじゃない?」

「それができるならそうしたいわよ……。けれど、今会っても恥ずかしくてまともに顔も見れないし、暴走して嫌われてしまうかもしれないと思うと、動けなくなるの……」

「大丈夫。大切な友達の事、嫌いになんてならないよ」

「部外者のあなたに無根拠に言われたところで気休めにもならないわ。ていうか、急に馴れ馴れしい口調になって何なのあなた?」


 ルナが怒っているという程でもない訝しむような目で睨んでくる。

 喋り方を普段通りにしたら気付くかと思ったのに、先行イメージのせいかまだ気付かれていない。流石にここまできたら気付いて欲しかったなあ。これ以上ヒントを出すと負け感はあるけど、かくなる上は仕方ない。


「『わたしはあなたの永遠の友達よ』」

「は?急に何を言って」

「『たとえ夜明けが私達を引き裂こうとも』」

「!?『夕暮れと共に何度でも影は踊るわ』……え?なんであなたがそれを、え?うそ?うそうそうそよね?」


 はい、ここでネタばらし。わたしたち以外に知る者なんてほとんど居ないであろう小説『月影日記』からの引用だ。日の光に当たると灰になってしまう呪いを受けた男『カーモミル』と夜の町の人々が織り成す、切なくも心暖まる小説はわたしもルナもお気に入りである。


「『だから、月が満ちたらまた会いましょうね』、ルナ」

「サ……ラ……?」


 わたしはどのような反応が返ってくるのか心待ちにする。


「さぁら?」

「はい、さぁらです」

「はぇ」


 あれ、思ったよりも反応が薄いな。な、なんだってー!くらいのノリで返してくれたらやりやすいのに。口元をはわはわさせるばかりでダイナミックな反応が返ってこない。


「……あー、これは幻覚ね。サラは蔵書館でしか会わないはずだもの。私がサラに会いたいあまりに。思えば言ってることが私に都合良すぎるものね。あはは……」


 ルナがなんかおかしな事を言い出した。反応が薄かったのは、現実だと受け止められなかったからか。

 なら、これが現実だって分からせてあげないとね。


「幻覚なわけないでしょ。ほら、ちゃんと触れる」

「ひゃわっ!?」


 わたしは立ち上がり、ルナの左手を取った。このまま繋いでおけばまた走り去られる心配もない。


「わたしも会いたかったよ。だからとりあえず、ルナも座ってさ。ゆっくりお話ししようよ」


 手を引き、ソファーへと導く。

 座らせてからルナにも落ち着いて貰おうと口元にクッキーを差し出してみたけど、小さく開いた口はクッキーを全く介さないように微動だにしなかった。ただ、脈打つほど手のひらだけが熱く滾っていた。


「サラ、君は気付いてたんだね」

「そりゃあ、これだけ情報が揃ってれば気付きますよ。それとは別に信じられないですけどね。ルナが公爵令嬢で、レオさんが王子だなんて」


 ルナの放心状態を見て、黙らされていたレオがやっと禁を解かれたように話し出した。


「僕も驚いてるよ。君たちは本当に仲が良いみたいだし、ラクシュルナが人に懐くのなんて初めて目にした。二人はどこでどんな風に出会ったんだい?」


 レオの目線が、わたしとルナの繋がれた手に注がれる。そんなに珍しいものだろうか?わたしからすれば、ルナの手ほど取りやすい手はないと思うんだけど。繋いでいても、嫌なものが一つも流れてこない。あるのは温かさと簡単には離れそうにない接着力だ。


「ルナとは蔵書館で会って、それから仲良くなったんです」

「蔵書館?ラクシュルナはともかく、君が歴史的資料を必要としているようには見えないけど」

「甘いですね。あそこは宝の山、と言えるほどアタリがあるわけではないけど、時々金の出る石山です。だよねぇ、ルナ。ほら、お食べ」

「んむぅ」


 そろそろ意識が戻ったかなと、再度クッキーを口元に押し当ててみる。小さく動いた口に無事クッキーが吸い込まれていった。


「今日は指を食べないでね」

「あぅ……」

「まだ全快じゃないかあ。ん?王子どうしました?」

「い、いや、君たちを見ていたら、急に……。うっ」


 視界の端に映ったレオが妙な動きをしたので見ると、どういうわけか、何もしていないレオが胸の辺りを押さえていた。……本当になぁぜ?


「クッキー食べ過ぎましたか?ちょっと待ってくださいね。ルナに食べさせ終えたら紅茶を注ぎ直しますから。ルナ、全部入れるから、喉に詰まらせないようにね」


 高貴な人たちは結構世話が焼けるなあ。この国の将来がちょっと心配だけど、親しみやすいと無理矢理変換してしまえばそんな統治者も悪くないかもね。知らないけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ