とある公爵令嬢の日記②
《665年9月6日》ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・
むりだ?
うん無理
今日あったことは日記に書けない
何が
何が
何が
何が何が何が??起こったの
《665年9月7日》
寝て少し落ち着いた。
状況を整理するためにまだ朝だけど今日の分の日記を書く。
書くのは昨日のことだから少しややこしい。
でも細かいことを気にしてる余裕はないのでただ書く。
昨日の要約。
サラにオススメの恋愛小説を渡したら、いつの間にか私はサラの指を口に含んでいた。
ずっと私の心を占めていた、サラを味わいたいという叶わぬ熱願が、叶ってしまった。
最初さえ通ってしまえば後はスルスルと過ぎていく針の穴の糸のように、何でもない事のように。
結論として、サラの指は想像していたように甘くはなかった。
サラの体温と肌の感触を帯びた塩の味、その中に微かに含まれる紙の味。
よく感じ取らないと紙の味が分からないので、紙の味が分かるようによく感じ取った。
違う、別に紙の味はどうでもいい。
ただサラの指を合法的に合意の上味わう権利を限界まで行使する以外の選択肢が無かっただけだ。
サラの表面を覆っていた物を全て舐め落とし、味はすぐにしなくなった。
それでも、私はサラの指を解放する気には全くなれなかった。
重要なのは、味ではないと悟った。
最初は異なっていた体温が一つに溶けていくのが、どうしようもなく気持ちを高揚させた。
ザラザラとした指紋の感触が、通う血の赤い脈拍が、私の舌の上に永遠に留まる事を本気で願った。
残念ながら、サラはそれを望まなかった。
当然で分かっていた事。
そして、起きた出来事は覆らない。
私は逃げ出した。
次からどんな顔して会えばいいの?
……お腹が空いた。
口の中の名残を惜しんで昨日から何も食べていない。
《665年9月8日》
サラに会いたい。
でも、サラという名前を思い浮かべるだけで心臓が激しく鳴り、思うように身体を動かせなくなる。
動こうとすれば逆に深みに嵌まる沼に落ちていた。
《665年9月9日》
今日こそは蔵書館に行こうと思った。
けれど、いつもはツバメのような足の羽が、ニワトリのように地に縛られていた。
表現を変えただけで昨日と何も状況は変わっていない。
《665年9月10日》
サラに会いたい。
サラにずっと会えてない。
会えてない間サラは私のことを考えてくれるのだろうか。
《665年9月11日》
日記帳にサラとたくさん書くことで気を紛らわした。
全部消したら大きな空白だけが残った。
消さなければ良かった。
書き直すのも、別のもので埋めるのも気が進まない。
《665年9月12日》
サラに会いたい。
《665年9月13日》
サラに会いたい。
《665年9月14日》
サラに会いたい。
《665年9月15日》
会いに行けばいいのに。
《665年9月16日》
日記が空虚に埋まっていく。
日記は後世に残り続けるものだからちゃんと書かないと後悔すると教育係に言われたのを思い出す。
でも、偽りないものを書いてこれなのだから、仕方ない。
他に取り立てて書くことなんて、私の人生に有りはしない。
《665年9月17日》
最近ヴィクタレオン殿下の動向がおかしいらしい。
多分私の方がおかしいからどうでもいい。
《665年9月18日》
ヴィクタレオン殿下が夕暮れの宝石姫などと呼ばれているパン屋の娘に足繁く会いに行っているらしい。
王子として相応しくない行動を諫めるのは婚約者たる私の務め。
一喝すれば、気晴らしくらいにはなるかもしれない。
《665年9月19日》
明日八つ当たりして、そうしたら気持ちを入れ換えてサラに会いに行こう。