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思惑(しわく)の30分

作者: 松本ねね

数年前の5月末の走り梅雨の頃だった。

施錠の確認を終え、セキュリティをセットして会社を出て5分ほどで駅に着くと、いつもより1本早い電車に乗れた。毎日終電近い時間の電車に乗る私には、1本早い電車に乗れたことでも、ちょっと幸運に思えた。


いつもの指定席のドア傍の席に座って、ふと向かいの窓を見ると雨が降り出していた。

「もう少し早く降り出していれば会社に置き傘があったのに」

やっぱり運が悪いなぁ…そう思ってスマホに目をやると、手摺に、ビニ傘が下がっているのに気づいた。


忘れ物か…。


 そう言えば午前中も降っていたなぁ、この傘を忘れて行った人は、がっかりしているだろうな。傘を電車の中に忘れた事に、気づいただろうか。そう思いながら次の瞬間、自分に幸運が舞い降りたと思った。この忘れ物の傘、使っちゃおうかな?そうすれば家まで濡れずに済む。

いま、同じ車両に乗っている数人の人は、この忘れ物のビニ傘は、私のものだと思っているに違いない。こそっと貰って行っても大丈夫かな!?忘れ物なんだし。


 いやいや、忘れ物とは言え人のものだ。さすがに貰って行くにはちょっと後ろめたいし、ホンの少々勇気が要る。でも、近頃のビニ傘 結構高いよなぁ。

誰かがちょっとだけ不幸になって、別の誰かが少しだけ幸運になる。それも有りだな。


 幾つかの駅を過ぎた時、向かい側に40代くらいの男性が座った。

あの向かい側の男性が、私と同じ駅で降りて、傘がない私の後ろから「よかったらご一緒に」なんて、見知らぬ男性と相合傘もいいかもと… 妄想もここまでくればかなり笑える。

それとも私が駅で降りる時、あの男性が私に向かって「あの、傘 忘れてますよ」って言ってくれないかな。そうすれば、堂々とこのビニ傘を持って帰れる。


本気か?もしそう言われたら、自分の傘の様に本当に持っていけるか?

頭の中に色んな声が聞こえて来た。


 前にコンビニでビニ傘を買ったら¥700だった。家の傘立てにある、数本のビニ傘が頭に浮かんだ。¥700払うなら、駅からタクシーに乗っても同じくらいの金額だ。いや、もしかしたらタクシー代の方が安いかもしれない。家に帰るだけとはいえ、なるべくなら濡れたくない。


どうする!?手に持ったスマホに集中できないまま、あれこれと心の中で格闘すること30分。

降りる駅に着いた。


後ろ髪を引かれる思いで電車を降り、改札を出ると雨は更に強く降っていて、怯弱で無駄な正直さが、私を駅前のスーパーまで走らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の 揺れ動く心情がしっかりと出ていて 次も期待したくなります。 ねね先生のブロック解除お願いします。
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