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ハロウィンの訪問者

作者: いぶき

この作品は、「学生小説書く&読むのが好きな人ー!」というオープンチャット内で投稿した作品に、加筆修正を加えたものです。

「トリックオアトリート! 」

 今年も、もうこんな季節か。

 町内を徘徊する子供の声が、おれにそう思わせた。きっとどこかで、ハロウィンパーティーでもしているのだろう。

 そんな俺の脳内に、一年前のあいつとの会話が蘇る。

 『ハッピーハロウィン、暁人あきと! お菓子くれないといたずらするぞー! 』

 『は? 何子供みたいなこと言ってんだよ。』

 『いいじゃん別に。ほら、早くあめちゃんちょうだい。』

 俺の名は小町暁人こまちあきと。冴えない、どこにでもいる一般的な学生だ。

 一年前、当時付き合っていた藤原神奈ふじわらかんなを亡くした。あいつは自殺した。

 去年の11月の1日の早朝、自宅のマンションの屋上から飛び降りた。

 取り調べ後警察から聞いた話では、どうやらあいつは家庭内暴力を受けていたらしい。飯を与えられず、家事を押し付け、父親からは機嫌が悪いからとサンドバッグのように殴られる。時には、性的暴力も受けていたそうだ。母親は我が子が殴られ、蹴られ、泣き叫ぶ様子を笑い転げて観ていたと。

 ひどい話だ。

 今思えば、あいつが年中冬服を着ていたのは、傷を見せないためだったのかもしれない。家族の話をしなかったのも、虐待を受けていると気づかれないようにしていたのだろう。

 いかにも、あいつのやりそうなことだ。どんなに苦しいことがあっても、辛いことがあっても笑顔を絶やさなかった。

 俺はあいつのそういうところに惹かれたんだよな。

 偶然を装って一緒に帰った帰り道、別れ際に告白した時のあいつの驚いた表情は今でも鮮明に思い出せる。

 「本日はハロウィンということで、突然ですが××さん。ハロウィンの由来って知っていますか? 」

 突如、俺の意識は現実に戻された。 

 それは、それはテレビから聞こえた。そういえば、つけっぱなしにしてたんだっけ。

 ハロウィンの由来。どこかで聞いたことがある気がする。

 ハッと気づいた。

 「ズバリ、死者と共にこの世へやってくるお化けを、追い出すためなんです! 」

 『ねぇ、暁人知ってる? ハロウィンの日はね、死者と魔物が現世にやってくるんだよ! 魔物を怖がらせて追い出すために、仮装するんだってー。』

 アナウンサーと記憶の中の神奈の声が重なる。神奈が自殺する前日、二人でハロウィンパーティーをした時の記憶だ。

 その後、神奈はこう言ったはず。

 『だから、私が死んだら魔女になって、暁人に悪戯しに来るからね。覚悟しとけよ! 』

 そうだ。そうだった。

 あいつは確実にこう言った。

 あれは、俺へのさよなら。別れの言葉だったのだ。

 それなのに俺は、冗談だと思って深く考えなかった。しかも、今の今まで、忘れていた。

 神奈という存在も、記憶から消そうとしていた。

 神奈の事を思い出すと、懐かしい、楽しい思い出が蘇って、涙が堪え切れなくなる。後悔と申し訳なさで、立っていられなくなる。叫ばずにはいられなくなる。

 俺は自分を守るために、神奈を、神奈との思い出を無かったことにしようとしていた。

 「そんなの、神奈が可哀想すぎるじゃないか。」

 生前は暴力に怯えながらも、必死で取り繕って他者に迷惑をかけないように。それだけでも、充分辛いのに、死後は忘れ去られようとしていた。

 これ以上の、不幸なんてあるはずがない。

 俺は床に手をつき、思いっ切り殴ろうとした。振り上げた右手は、そこで元気を失い、ゆっくりと床に墜落した。

 咆哮が喉から生まれようとしていた。だが、実際には掠れた蚊の鳴き声が生まれた。

 「神奈......ごめん......。」

 喉から辛うじて絞れ出たのは、それだけ。

 これが俺の限界だった。

 「暁人。」

 俺の背後から、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 よく耳になじんだ声。俺が好きだった声。

「神奈。」

 振り返った先には、神奈が立っていた。まるで、今も生きているように。自殺した時と同じ、冬の制服を身にまとって。

 それが、さも当然であるかのように。

 「神奈! 」

 俺は神奈に手を伸ばした。今すぐ抱きつきたかった。

 俺の手は、虚しく宙を切った。

 その瞬間悟った。神奈は、もう此の世の者ではない。だから、触れることはできない。

 諦めて、その場に座り込む。神奈も、俺に目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 「ごめんね暁人。急にいなくなちゃって。何も言わずに、独りで抱え込んで......。」

 「違う!! 」

 神奈の言葉を途中で切った。俺の視界はぼやけて、神奈がどんな顔をしているのか、全く分からない。きっと、びっくりしてるだろう。俺がこんな大声出すなんて、一回もなかった。出ることもないと思ってた。

 「悪いのは俺だ。何も気づかず、助けれなかった。その後も、自己防衛のためだって言って、お前を忘れようとしてた。ごめん。本当にごめん。俺は最低だ。本当、最低だよ......。」

 改めて声に出すと、一層罪悪感が強まって、どうしようもなくなる。俺は、その場に蹲ってしまった。

 「そんなことないよ。」

 上からふわりとかけられた、暖かい毛布のような言葉にハッと顔を上げる。

  『そんなことないよ。』ずっと、俺の中で残響している。

 「暁人は、自分がしたことを悪いと思って、私に謝ってくれたんでしょ。私は、それだけで十分嬉しいよ。本当に悪い人は、謝ってなんかくれないし、悪かったとも思わない。」

 忘れられたのは、悲しいけど。そう、神奈は笑った。

 信じられなかった。まさか、許されるなんて。こんな人間が、地球上に存在するなんて。

 

 そうか。

 今目の前にいる神奈は、神奈じゃない。

 俺の脳が見せた幻覚だ。

 そうじゃなきゃ、死んだ人間が目の前にいるなんて有り得ない事だ。

 だから、全て俺に都合がいいんだ。

「なぁ、神奈。」

 例え、目の前の神奈が俺が作った偽物でもいい。

 俺が神奈にしてしまったことは、変わらない。

 それでも。

 「お菓子やるから、ずっと俺のそばにいてくれよ。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 切なくも美しい作品ですね。
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