弐の歌
パパが好きじゃなーい。
周りのみんなも、
「だよねー、ウザイよねー」
と同意してくれる。
この春に第一志望だったハシコー、都立大橋高校に合格し、晴れて女子高生になったのであーる。ママの母校でもあるこの高校は、第二学区の都立校としてはまーまーの進学率で、毎年早慶に二十人くらいは行ってるらしい。
ホントはもっと低めの高校、たとえば新町高とか玉川高とかなら楽しょーだったんだけど、一つに新玉一本、ドアツードアで二十分で通学できること、そして一つにももかの大好きなママの母校ということで、第一志望に選んだのだった。
パパは女子校や大学の付属校をしきりに勧めていたけど、あんま好きじゃないパパの意見はほぼ無視した形となって、入学後もやや気まずい雰囲気がリビングやダイニングルームに流れてるのだ…
逆にママは自分の母校に入学したももかに大喜びし、毎日美味しいお弁当をこさえてくれるのであーる。
六月も終わりに近づき、もうすぐ梅雨明けだよーって言われてる今日この頃。そろそろ期末試験という地獄に向き合わねばならない…
あー、ゆーうつ。ママの作ってくれたお弁当を大事にカバンにしまい、今日も遅刻スレスレでももかは家を出るのであーる。
玄関を出てすぐに傘を忘れたことに気が付き、慌てて戻って傘を手に取る。雨の中、小走りで家を出て、何気なく我が家を振り返る。
ちょっと、いやかなり古めの我が家は何でも戦前から建ってるらしい。木造の二階建て、パパとママ、そして私の三人で住むには広過ぎっ 重っ苦しい瓦が屋根に所狭しと並んでいて、屋根の両側の鯱鉾が偉そーに町を見下ろしている。
テニスコートくらいの庭には松やら桜やら色々生えていて邪魔くさい。特に庭の真ん中で偉そうに生えてる梅の木は何でも由緒正しいものなんだって。そんなの知らんわ、いっそ全部切り倒して、バスケコートにしちゃいたい!
おととし死んじゃったママのママ、すなわちお婆ちゃんが超お金持ちで、この辺の土地をいっぱい持ってて、それを人に貸したりしてたそーな。それをママが受け継いで、家賃とか借地代とかの経理のお仕事を毎日してるのさ。
パパは新聞社の編集の仕事をしてて、朝から夜までずっと新聞社。なんなら土日も祝日も新聞社。今年の三が日も社で仕事してたっつーから、どんだけ仕事好きなの!
もーかれこれ半月は口きいてない気がする。たまーに顔を合わせると、
「勉強してるか? 宿題ちゃんとやれよ」
とか、
「母さんの手伝い、ちゃんとやれよ。自分の食器は自分で洗えよ」
とか、
「友達は良く選ぶんだぞ。不良やチャラチャラした奴なんかには近づくんじゃないぞ」
ハー、ウザい。信じらんない。
それって、仲良しグループのアッコ、ノッコ、ミッチの全否定じゃん…
全然ももかのことを分かってないっ!
全然ももかのことを信用してないっ!
あー、パパのこと考えてると腹が立って仕方ない。
…おっと、こんなことを考えてるヒマはない、またまた遅刻しちまうぜ… 慌てて自宅に背を向けて、傘を前に突き出しながら駅まで猛ダッシュするのであーる。
駅に着くと、ほぼ体の正面がずぶ濡れ… 気持ち悪いよお… サイアク…
こんな気分の時には、今年の夏休みのことを考えるに限―る!
初めての高校生での夏休み! 仲間と過ごす、青春の一ページ!
もう、期待感しかない。
神宮のプール行って、としまえんのプールに行って、多摩テック行って、ディズニーランド行って!
湘南の海に行って、横浜の中華街行って、つくば85に行って!
そーいえば、高校生になってなんか男子との距離が遠くなったかも。中学までは一緒にみんなで遊んでたのに、急にスカしちゃって。話しかけてもクールぶって。なんかつまんない。
だから神宮やとしまえんでナウい男の子と仲良くなりたいなあ。サーファーもいいよね、一緒に湘南とか行きたいなあ。
やっぱり、ノリが大事。うん。間違いないっ クールボーイよりもとんねるずみたいなノリが良くて面白い男の子が好きっ 今日の夕やけニャンニャンも楽しみ!
なーんて考えてたら、ホームに到着っ 家から駅まで走って十分、歩いて十五分。
新玉川線はまだ出来て六、七年? 新しい電車は乗っていて気持ちがいいな。駅ごとに色分けされてて、ももかの駅は黄緑色。今までの路線と違って駅のホームの壁の色見れば何駅か分かるって、マジ最新。イケてるよね、新玉は。
渋谷とかもバス使わないであっという間に着いちゃうから、しかも駅の真上がマルキューとか最高イケてる。パルコもすぐだしセンター街抜けてけばスペイン坂とかもすぐだし。東急ハンズにもすぐ行ける、新玉サイコー。
ただね、山手線とかほどじゃないけど、満員電車なのが残念。何がイヤかって、それはもう、アレよアレ。
痴漢!
四月から乗り始めたんだけど、まあ週に二回はしっかりお尻触られて。夏服になったら、後ろからブラ外されそうになったり。信じらんないよ、このスケベ電車。
友達に聞くと、それほどでもないよってみんな言うけど。いや絶対おかしいって、この電車。先週なんか、週六回。すなわち毎日お尻触られるは揉まれるは、ひどい時はお尻の穴に指入れられそうになったし。さすがにその時はキャアって叫んじゃったよ、恥ずかしかったあ。
あーあ、今朝もえっちなことされちゃうのかなあ。なんか学校行きたくなくなってきたよ…
痴漢ばかり 憂きものはなしであーる…
それでも真面目なももかは学校に行くのであーる!
なるべく人が並んでない車両を見つけ、そこに並ぶのだ。
その結果。一番後ろの車両になっちゃった… ここだと駅についてから階段まで遠いんだよなあ、でもえっちなことされるくらいならマシか。
仕方ない、人生は苦労の連続だってお釈迦様も言っていた気がするし。ここで我慢しますか。
電車がやってくる、ものすごい風圧だ。独特の匂いがホームに押し寄せ、急激にスピードを落とし電車は止まる。ドアが開いて大学生っぽい人達が続々と降りてくる。けどそんなに多くないから車内は混雑したまんま。なんだよお、最後尾なのにけっこう混んでんじゃん…
がっくりしながら電車に体をねじ込むと間も無くドアが閉まる。はー、二駅の辛抱、辛抱。
家から学校はほんと微妙な距離なのだ。歩いたら四十分くらいかかり、チャリンコだと三十分くらい? でもチャリ通は禁止なので、選択外。バスは渋滞がすごいから時間読めなくて、結果この新玉での通学が一番なのだ。
最初の頃はよく通学定期を家に忘れ、泣く泣く切符を買ったものだった。でも今はスペイン坂の大中で買った財布と定期入れが合体したやつを使っているので、その心配はないんだよね。人間は失敗から学ぶって誰の言葉だろ。
無事に電車に乗り込み、おニューのウォークマンを取り出す。ソニーの最新のやつはマジで軽くて音質最高! これでメタルテープだったら天国行けちゃうかも。
クロームテープにダビングした佐野元春を再生する。五月にアッコから勧められて聞いてみたら、最高! 即ファンになってしまったよ。
ノッコからは安全地帯、ミッチからはアルフィーを勧められたけど、やっぱ元春最高! いつかアッコとコンサートに行く日を夢見ているのだ。
アッコ、通称、山部明子。学校ではクール美女と名高く男子の間でも大人気。背が高く、細く、どんだけ食べても絶対太らないアッコは私らグループのリーダー格。
中学の時に処女を捨てており、常にイケてる彼氏がいたらしいのだけれど。
先月彼氏と別れて以来、ずっと処女だそーだ? 意味が分からん。要は現在、彼氏募集中。
電車が三軒茶屋に停車する。ここはガラが悪いので滅多に遊びに来ない場所。中学の時の友人がこの辺でツッパリにナンパされ怖かったと聞いて以来、絶対降りないし行かない駅。まあ行っても何にもないし、せいぜい下北のアメカジ屋を覗きに行くときにここからバスに乗るくらいかな。下北最近行ってないなあ。今度ノッコと一緒に行こうっと。
ノッコこと、大江伸子はミーハーだけど、実は勉強が一番できるすごい子なのだ。代沢に住んでいて電車は井の頭線を使っているから一緒に通学はできない。
その代沢のお屋敷街の一角のすっごい大きな家に住んでおり、親は代々土地持ちの大金持ちなんだって。って、ウチのママと一緒かも。
小さい頃から家庭教師がついていて、今でも東大生のカテキョが週一で勉強をみてくれているらしい。
学校に内緒でパーマを当ててるしたまに化粧したりするけど、でも学校の実力テストでは常に十位以内、ももかからすると雲の上の人なのであーる。小さくて丸顔で、笑うとエクボが可愛いノッコが、ももかは大好きだ!
曲がお気に入りの『ダウンタウンボーイ』になる。直訳すると『下町くん』。そっか、世田谷だとちょうど三茶の辺りかも。ドアが閉まり、電車が動き出す。おお、最後尾の車両、いいじゃん! 全然チカンに会わない… と思いきや…
お尻をおっきな手が触れてくる。目の前がくらーくなる。マジかよ、ここもかよ… サイテー…
せっかくお気に入りの曲が頭蓋骨に響いているのに、お尻はでっかい手がモミモミ。気分はすっかり下がっちゃう。
やだな、気持ち悪いな、やめて欲しいな。でも大声で叫んだりしたらダサいしみっともない。学校の誰が見てるかわかんないし、こんな公共機関のど真ん中で目立ちたくない!
しかし。だんだん手がいやらしい動きになってくる。右のお尻と左のお尻の真ん中に指が入ってくる。思わずヒッと声を立て、慌てて口を塞ぐ。恥ずかしい、
あと一分で駅に着く。もう少しの我慢だ。我慢、我慢…
だが、その手は信じらんない動きをしだす、スカートをめくろうとしているっ!
頭にカッと血が上り、思わずやめて! と叫んでしまう…
ああ、やってしまった…
…嘘でしょ… 一瞬その手は怯んだのに、まだスカートをめくろうとしている、このままでは直接パンツを触られてしまう… そんなの絶対イヤだ、絶対…
思わず涙が込み上げてくる。口が閉じたまま震えている。汚い手が、ももかのパンツに…
「やめろよ! 彼女いやがっているだろう!」
急にお尻から手の感触がなくなる。同時に背中の方で諍いが始まる。
「なんだ君は! 手を離しなさい!」
「アンタのやっていることは、法に違反していることだぞ! いい大人が恥ずかしくないのか!」
どうやら犯人は中年のサラリーマンのようだ。恐る恐る振り向くと、メガネをかけたハゲの親父だ。こんな男に尻を触られてたかと思うと、我慢していた涙が溢れ出してしまう。
そして、この親父を止めてくれたのは、さっき三茶で乗ってきた長身の学ランの高校生の男子である。ひと目見てうちの高校ではない、濃紺の学ランだ。
電車が駅に到着する。ももかは恥ずかしさのあまり、ドアが開くと同時にホームに駆け下りそのまま小走りで改札に向かう。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい…
お尻を触られた以上に、痴漢されていたことがあの車両内の人々に知れ渡ってしまったのが恥ずかしい。もう二度とあの車両には乗れないし乗るまい、なんなら電車の時間を変えてしまいたい。もっと言えば通学方法を変えちゃいたいっ
改札で定期をちゃんと見せなかったので駅員さんに大声で呼び止められてしまう。ああ、これも恥ずかしい… サイテーだ、サイテーの月曜日だ…
ああ、もうこのまま死んでしまいたい。今日を限りの命ともがな、であーる…
* * * * * *
「ももかー、それちょっち違うんじゃね?」
ミッチがいつもの鋭い視線でももかを突き刺す。怖いっ
「それ、そいつに礼言わねえと、仁義に反するぜ。マジで」
出たーーー 仁義発言!
そう。ミッチこと、壬生良子は中学の時に目黒の中学でバンを張っていた、バリバリのツッパリ少女だったのだ。それゆえ未だに高校の校則を楽勝で無視し、足首までの長いスカートをマジで引きずって歩いている。
さすがに高校に不良グループは存在しないので、本人いわく『孤高のダークエンジェル』なのだそうだ。一緒に歩いていて、目つきの悪い相手とすれ違うといつもガンの飛ばし合いになり、それでも一歩も引かずに最後は相手に詫びを入れさせる、とても怖い姐さんなのだ。
だが、こっそりアルフィーが好きだったりファミコンのドラゴンなんとかにハマってたり。嘘や言い訳が大嫌いな、ももかの守護天使なのであーる。
「そいつ、満員電車の中で困ってるももかを助けたんだぜ、勇気ある気合い入ったヤツじゃねえかよ。」
すっかりミッチは気に入ったようだ。
「…今度、紹介しろ…」
それがねえ、三茶で乗ってきたこと以外、イマイチなの。顔も覚えてないし、声もウォークマンしてたから、ももかよくわかんなーい
「ったく、このぶりっ子が。いーから、これから毎日おんなじ電車乗って、そいつ見つけ出せ、そんで紹介しろっ!」
てか。ミッチさあ、まず髪を黒く染めて直毛にして、眉毛剃るのやめてちゃんと伸ばして、化粧やめて普通の標準服着て、普通に話せば確実にモテるよ、アッコとおんなじくらいに。
「あ、あんな明菜カットできるかよっ ダサいって。このソバージュいくらかかったと思ってんのよ… あー、焦ったい焦ったい…」
おっ 急に少女が出てきた。この少女Mめ。
だけど、ミッチの話にも道理がある。確かにももかは助けてもらったよ。だからせめてちゃんとお礼ぐらい言わないとダサいかも。うん。
一日はあっという間に過ぎ去り、間も無く下校の時刻ですうー
朝方あれだけ降っていた雨はすっかり止んで、傘はいらない感じ。持って帰るのめんどーだから、置き傘にしちゃおうっと。
仲良し四人組はだーれも部活やってないから帰りはいっつも一緒。今日も渋谷、センター街やスペイン坂の辺りをクレープ食べながらおしゃべりしつつ歩き回るっ
ミッチが見るからに怖いからあんまりナンパされることはないけれど、たまに私立の男の子たちが声かけてくるのがドキドキでなのであーる。知るも知らぬもスペイン坂かもっ。
というか。こっちは四人組、相手も四人組という組み合わせ自体が中々成立しないのが現状かも。大抵男子は三人組か五人組、なんで偶数じゃないのよお、渋谷の都市伝説なのかも。
「全く、ももかの頭はお花畑だよね。」
「そーそー。ちょっと変わってるよねー」
なんて言われてちょっち照れてしまうー
その時。
あああああーーーーーーーーー!
思わず叫んでしまう!
「なになに、どしたももか? イケメンサーファー? どこどこ?」
違ーう! あの制服! 今朝ももかを助けてくれた男子が着ていた制服と、おんなじ!
ももか達の前方を歩く二人組の濃紺の学ラン、間違いないっ 今朝の子のとおんなじ!
こんな時の行動力は、もちろんこの子が一番! スタスタと早足で歩いて行き、二人組の片方の肩をギュッとつかみ、
「おい、ちょっと。」
振り向いた男の子の恐怖の顔は見ものだ。自分と同じ背丈の茶色いクルクルパーマの目つきの悪い女子に睨まれたのだから、まあ当然かもー。
「あんたら、どこの学校?」
少年は震えながら、
「大久保、だけど…」
おおおおお! 都立大久保高校! 第二学区でダントツ優秀な都立高校じゃああーりませんか! 東大に何十人も行っちゃう、ももか達の高校に比べて大分偏差値も上のエリート校なのであった!
「ふーん。アンタ何年?」
「い、一年、ですけど…」
「新玉の三茶から通ってるヤツ、誰?」
うわ… なんと直球勝負? さすが目黒のスケバン、無駄がない…
「三茶? って、三軒茶屋? 誰かいたっけ?」
どうやら自分がカツアゲされるのでないと分かったからか、肩をつかまれた少年は少しホッとした様子で相方に声をかける。
「いや… うちのクラスには、いないんじゃね?」
ミッチは舌打ちし、
「ももか、ちょっち来て!」
すると、アッコとノッコがスタスタと彼らに歩み寄って、
「ねー、今何してるの?」
「忙しいの? 暇ならさ、どっかでお茶しない?」
逆ナンし始めたじゃあーりませんか…
「ウチも、一学年八クラスで三百人以上いるからね、よく分からないよ」
「へー、ウチらと一緒。女子は半分くらい?」
「そー。だけどみんなガリ勉女ばっかで、キミらみたくイケてる子達なんていないし」
アッコとノッコの目が輝く。
それから主にアッコノッコペアが主導権を握り、それは仲良くお茶をしましたとさ。おしまい。
「ももか、なんか手がかりねえのかよ?」
ミッチがマジな視線をももかに向けるけどお… うーん、背はこんくらい? 声は…イマイチ覚えてない? うーーん…
「ちっ。よし、おいお前。今から家帰って、学校の住所録持ってこい。」
ものすごーくいいムードだった四人が固まる。へ? 俺が? え、今から?
「そー。それまでコイツはアタシらが預かっとく。早く戻らねえとコイツどーなっても知らねえからな!」
どーされるか分からん方の子がキョトンとなる。醤油顔の中々なイケメンくんで、どうやらノッコが唾つけたようだ。
「じゃあさ、私が一緒に行ってあげるから。いいでしょ?」
すかさずアッコが走り出す。おい彼、アッコと一緒に帰宅なんてちょっとぜいたくなんじゃね? 案の定そのソース顔の彼は顔が赤くなり、そんじゃ行こっか、と席を立ち、瞬く間にアッコと二人消えて行った。あ、これ絶対戻ってこないパターンじゃ…
三時間後。外はすっかり暗くなり、三杯目のマックシェークが胃の中でドロドロしてる頃、二人はすっかり打ち解けた感じで戻ってくる。
「っセーよ。まさかそいつんちでニャンニャンしてたんじゃねーだろーな?」
声、大きいっ アッコとその彼が真っ赤な顔になる。って、アンタらまさか…
「はいこれ。ちょっと見てみたんだけど、土地勘ないからよく分からないー」
確かにアッコは笹塚に住んでいるので、世田谷の辺りはよくわかるまい。ここはももかとノッコの出番であーる。
住所録をひったくり、ノッコと首っ引きで探し始める。三茶を使うとなると、住所的には世田谷区三軒茶屋、太子堂、若林、と言った所か。ギリ下馬もアリかも知れない。
一組。うーむ、該当者なし
二組。若林、が居たけど女子なのでボツ。
三組。下馬一人発見!
「んー、知らない。」「俺も」
四組。該当者なし。
「俺たち四組なんだ。」
そこで初めて、彼らが青葉台に住む周防くんと千駄ヶ谷に住む西園寺くんと判明する。うわ、アッコはわざわざ千駄ヶ谷まで行ってくれたんだ… 感謝。
五組。三軒茶屋に一人発見!
「聞いたことない…」「全く、知らん」
…大丈夫かこの子達…
六組。該当者なし。
七組。該当者なし。
これまでの候補者、二名。そのどちらかがももかを助けてくれた子なのかなあ。
八組。若林と下馬の二人!
これで四人。だいぶ絞れてきたかも。
九組。太子堂にひと…
これまで直感って信じたことなかった。ピンときたことなんて一度もなかった。
でも。ああ、この人だ。間違いない! 名前を見ただけで、ももかはハッキリと分かってしまった…
菅原健司。
絶対、この人だ。
「コイツ、結構有名だぜ。背高くてカッコよくて。ウチの学校の女子の人気、一番じゃね?」
「そうそう。頭良くてスポーツ万能。本当はコイツと連みたいんだけど、家がな…」
家が、何?
「親父さん一人らしいんだわ。それもあんま働いてないんだって。だから毎日バイトしてるんだってさ。」
あらら… 片親って、ミッチの家もお父さんいなくって、お母さんだけかも…
「ああ、菅原ならやりそう。困っている人を平気で助けちゃいそう。」
「こないだも試験でカンニングした奴、一生懸命庇ってたよな。」
正義感、強いんだね。納得。うん。
ふとミッチを見ると、目が異様に輝いている! あは、結構お似合いなのかも。
* * * * * *
翌朝。
本当は二度とあの車両に乗りたくないんだけど。ミッチのたっての命令によって、ももかはまたもやあの車両に乗っている。
最後尾の車両、遅刻ギリギリの時間。ももかは目を伏せうつむき、音楽に没頭しようと試みる。
なんかジロジロ見られている気がして落ち着かない。イヤフォンから流れる元春が頭蓋骨まで入ってこない。
昨日の中年メガネ親父は見当たらない。さすがに恥ずかしくて別の車両にしたのかも、でそこでまた別の女子のお尻を揉んでいるのかも。
黄色の壁が通り過ぎていく、三茶に電車がゆっくりと入っていく。何故か胸がドキドキしてくる。電車が停止する。ドアが開く。
いた!
濃紺の学ラン。長身。
初めてちゃんと顔を見る。
息が止まる。思考が停止する。
なんて… あまりに…
カッコよすぎ…
ももかは唖然として彼を、菅原くんを見上げる。ちょっとカールのかかった髪の毛。涼しげな目元、スッと伸びた鼻。優しげな口元。
こんなに素敵な男子を見るのは初めてかも。
その彼がチラッとももかを見ると、彼は目を大きく開き口をポカンと開ける。多分ももかも同じ顔をして彼を見ているかも。
やがて電車が動き出す。目の前の、それこそ十センチ先の背の高いイケメンを見上げながら、ももかは何も言えず硬直状態のままなのであーる…
無情にも、非情にも電車は到着してしまう。あっという間の時間。長くもながと思っちゃうよ… お礼しなきゃ、何か言わなきゃ…
駅員さんの笛がホームに鳴り響く、ももかはハッとして慌てて電車からホームに降りる、そして彼と見つめ合う。
ドアはゆっくりと閉まり、窓ガラス越しの彼と対面する。彼が口で何か言っているけど声が聞こえない、よくわかんない!
え? あ、い、あ?
あいあ? 何それ?
あー、ちょっち待って、電車、行くの待ってえーーーーーー
彼を乗せた電車は行ってしまった。ももかの思いを乗せたまま…
「で? 会えた? しゃべった?」
教室に入るとミッチが真っ先に飛んできて畳み掛ける。
咄嗟にももかは首を振りながら、いなかったよ。別の車両か時間が違ってたのかも、と言ってしまう。
ミッチはガックリとなって、
「そっか。仕方ないな…」
と寂しそうに自分の席に戻っていく。
どうしてももか、嘘ついたんだろ。
それはきっと、彼がすっごく素敵だったから。ミッチに会わせたくなかったから。間違いない。うん。
ミッチはとってもとっても大切なマブダチ。だけど、彼とのことは全く別の話。どうしてももかが彼をミッチに紹介しなきゃいけないの?
昨日までだったら、喜んで紹介でもなんでもしてただろう。でも。今朝、見ちゃった。知っちゃった。彼、菅原くんを。今まで会ったことない程素敵な男子だったことを。
でも。明日からはももかは別の車両に別の時間に乗ることにする。
何故? ちょっち怖いのだ。本気で好きになっちゃうのが、怖いのだ。恋に溺れ自分を見失うのが怖いのだ。乱れそめにし ももかならなくに、なりたくないのだっ。
まだももかは十五歳。いっぱいしたいことあるし、アッコたちといっぱい遊びたい。だから特定の彼氏作ってみんなで遊べなくなるのが、マジ辛いかも。
夏休みにみんなで一緒にプールや遊園地や海に行きたい。一度しかない高校生活の思い出をたくさん作りたい。
正直、今、彼氏とか要らない、必要ない。
えっちにはちょっち興味はあるけれど、彼氏作って経験したい、とまでは思えない。
なので、彼とは距離を空けることにするのだ。数日すれば今のこの胸のざわめきも取れるだろうし、すぐに忘れてしまうだろう。
これまでの日常に早く戻りたい。彼と出会う前の日々に戻りたい。
ただそれだけなのであーる。
だけれど、そんなももかの決意とは裏腹に、外堀が埋まって行ってしまう。それはさながら、大阪夏の陣前夜のように…
「日曜日っ 後楽園ゆうえんち、十時集合ね!」
アッコが周防くんと連絡先を交換しあい、昨夜電話で四対四で遊ぶ約束を取り付けてしまったらしい。
ノッコは狂喜乱舞、ミッチはクールにフンと頷く。
「男子二人探しとくって。できれば菅原くんだって!」
ミッチの目が怪しく光る。
ん? ちょっち待てい!
もし菅原くんが来たら、ももかの嘘、ミッチにバレちゃうじゃん!
ヤバ…
明日、口裏合わせなきゃだわ…
こうして明日もあの時間あの車両に乗らねばならない羽目となるのであーる。
* * * * * *
「どうしたの、大きな、溜め息、なんてついて。まるで、オヤジよ」
ママが健康ぶら下がり器から息も絶え絶えにももかに話しかける。
それ本当に健康にいいの?
まるで動物園のナマケモノのようなママに、今度の日曜日のことをかいつまんで話す。
エイッとぶら下がり器から飛び降りて、汗を拭きながらソファーに座り、
「ふうん、日曜日にみんなで遊園地ねえ。でもいいじゃない、大久保高校の生徒なんて。前途有望のエリートくん達じゃない。いい人いたら唾つけちゃいなさいよ」
汚いって。ドン引きされますって、そんなことしたら。
「お願いだから本当に唾液をなすりつけたりしないでね。桃香は本当にやっちゃいそうで怖いのよね。恐ろしい子…」
あー、今の絶対ガラスの仮面のパクリだし。ママの漫画好きもどうなんだか。ももかは漫画とか全然読まないし。ましてやアニメとかゲームとか、ダサ過ぎて駄目だし。
この秋に流行りそうなブランドをOliveでチェックしながら、ママの戯言を受け流す。
「それより桃香、冬休みにさ、北海道のニセコにスキーに行かない? パパ抜きで二人で、三泊四日くらいで!」
それは! 是非! スキー!
今絶好調に大学生の間で流行っているスキーに行けるとは! これは冬に向けてテンションハイですな。うれぴー。
本当はアッコ達とみんなで行きたいのだが、ノッコは運動音痴、ミッチはお金に余裕なさげなのでそれは無理だろう。
でもまあ、パパ抜きでママと二人で旅行なんて初めてだから楽しみ!
「はあ? いきなり何言ってるの。変な子ねえ」
夕食時。ママは高校生時代に彼氏いなかったの、と聞いてみた。
「いたわよお、ママ、モテモテだったからー」
そうなのであーる。ママはちょっとビックリするくらいの美人さんなのだ。ももかもママに似て美人さんよねーなんてよく言われるが、全くモテた記憶はない。しゅん。
どんな彼と付き合ったの、と聞くと
「んんー、告白されたら片っ端から。だから一時期四人の子と付き合ってたこともあったわ」
なんじゃそりゃあ! 真面目だと思ってたママが、まさかそんな悪魔のようなオンナだったとは… で、ではパパはその中の一人…?
「違うわよお、お見合いよ、お見合い。あれ前言わなかったっけ?」
うーん。記憶にございません。パパがママに釣り合うイケメンじゃないので、その辺のことはずっと謎だったのだが。この際聞いてみますか。
「実はねえ、高校時代にずっと好きだった人がいたのよ。でもその人とは付き合うことがなくって。でもずーっと引きずってて。短大卒業する前にお婆ちゃんにお見合いしなさいって言われて、それでスッパリとその人のこと諦めたの。」
それがパパ? ねえ、パパの何がよかったの? 別にカッコよくないし大学も早慶じゃないし。
「うーん、普通? 平凡? それが良かったのかな。この人といると、不思議と落ち着ける。そう思ったのよ。」
そうなんだ。結婚って、そんなもんなんだ……
ん? ちょっち待てい。
ママが何年も忘れられない程、好きな人がいた? それは初耳だ。
えー、誰々? どんな人? カッコよかった? イケメンだった?
「えーー、内緒。死ぬ間際に教えてあげる」
じゃ、今死んで!
さすがに菅原くんのことは言い出せなくて。
別に話しても良かったんだけど、でも別に付き合いたい訳じゃないし。
確かに彼はカッコいいし、イケメンだ。男らしく勇気も度胸もあり、背も高くてスポーツマンタイプの好青年である。
だが。
ももかは、彼を好きなの?
全然。だって付き合いたいと思わないし、二人きりで遊びに行きたいとも思えない。
でも、ミッチにはウソついちゃった。
だって、それは……
分からん。自分が、よう分からん。
好きではない、でも無性に気になる、親友に紹介しようとは全く思えないほどに。
なんか、頭では拒否ってるんだけど、心が求めてる感じ?
あ、別に彼に抱かれたいとか、そーゆーんじゃなくって。
あえて言うなら、会うべくしてようやく会えた、って感じ?
さらに言うなら、こないだ化学で習った遺伝子の叫び、って奴?
んーー、分からん。さっぱり分かりませぬ。
布団の中で何度も寝返りを打ち、転げ回ってみても、全く答えが導き出せない。時計をチラ見すると一時。このままでは、長々し夜を一人かも寝むだ。いや、別に逢いたい訳ではないのだが。
それよりも。彼が口パクで言った、あ・い・あって、なんだろ。昨日からずっと考えてるんだけど、サッパリ分からない。朝電車で会った時、聞いてみようと決める。
決めた、のだが。
あれから一睡もできず、朝を迎えて学校へ行く。いつもの電車、車両に乗り、三茶で彼を迎える。
そして今。
目の前に立っている彼に話しかけることすら困難だ。何と切り出せばよいのか? 時間もない、あと四十五秒くらいか?
彼もしきりにももかを眺め、何か言いたそうなんだけど、何も言わない。二人の間に微妙な空気が流れまくっている。
ああ、ホームが見えてきちゃった… だみだこりゃ…
ミッチについた嘘の擦り合わせも済んでないのに… あー、ももかのバカバカバカ!
そう、友情を守るためには力技も必要なのよ、ももかは勇気と愛を振り絞り、ドアが開くと同時に彼の腕を掴み、ホームに引きずり出す!
呆気に取られた彼の顔を睨みつけ、手短にミッチについた嘘について話す。最初はぼーぜんとしてたけど、さすがに頭いいからすぐに状況を把握してくれ、
「あ、ああ、分かった、君と同じ電車には乗ってないし会ってない、と西園寺達に言えばいいんだな?」
イエース。それでいいっす。あと、できれば遊園地のお誘いをお断りしてくださると…
「行かねーし。そんな子供の行くとこ、行かねえーよ。ま、ディズニーなら行ってもいいかも」
ほお。ネズミーランドですか。ももかも未だ行ったことないんですよ。
「ふーん。そーなんだ。」
そんなことより。
あ・い・あって何なのさ? アンタあいあの何なのさ!
「は? へ? 何それ?」
昨日! 電車の中からももかに何か言ったじゃん! あ・い・あって!
「あーーー。いや、別に、その…」
何よ、ハッキリしなさいよ! イケメンのくせに何ぐずってんのよ!
「だから… 「あした」って、言った…」
あした? 明日? 明日何なのよ?
「だから… また明日、って感じ…」
おい。あいさつかよ。またねーって感じのあいさつだったのかよ!
二十四時間も苦悩して損した。大きな溜め息をついてると次の電車がやってくる。じゃーね、さっきのことヨロシクと念を押してホームを歩き出す。
バッカみたい。あ・い・あ。確かにあ・し・た、だわ。口元だけ見たら母音の形しか見えないのかー。ま、一つお利口になったと思おう。さ、学校、学校。
* * * * * *
「明後日、楽しみー。菅原くん来てくれるかなあー」
「いや、来ねーだろ。」
ミッチが吐き捨てるように言うと、
「わかんないよおー、西園寺くん達が上手く誘ってくれるかもだよお」
残念ながら、彼は来ませぬ。それは事実なのです。但し、目的地を変更すればその確率は飛躍的に拡大するかと思われ…
その夜。
「って訳でー。東西線の浦安の駅に九時集合ねー。明後日、楽しみー。」
アッコからの電話であった。
西園寺くん、周防くんはやり遂げた。菅原くんを連れ出すために、目的地変更まで試みそして成功させた。
明後日、菅原くんが来る!
「もうさ、ミッチが大喜び。あの不良少女白書が、だよ。これ上手く行ったら、ももか、ナイスアシストじゃん!」
面白くない… ちっとも嬉しくも楽しくも、ない。
どうして、菅原くんとミッチが? すでにみんなの中ではそんな流れになっちゃってるらしく。
最初に知り合ったの、ももかなのに。なんでミッチに?
明日の朝、彼を問い詰めてやるのだ。なぜディズニーなら行くなんて言ったのかを。
「それは… その…」
昨日と同様、池尻大橋駅に彼を引きずりおろし、一体どーゆうことなのか問い詰める。
「あいつらに、しつこく誘われて… 行き先も変更してくれたし、正直、ディズニーランドって、行ってみたいし」
ももかは大きなため息を吐き、それなら、くれぐれもももかとこうしてしゃべってること、内緒にしとくよーに、人に知られで、だよと念を押す。
「わ、分かったって。ところで、さ?」
何ですか? さわやかイケメンくん?
「君の名前、教えて、くれない?」
ワオ… そーいえば一回も名乗っていなかったのであーる
「藤原、桃香ちゃん… 良い名前だね。」
真顔かつ直球で言われ、思わず赤面してしまう。
「あの、その…」
何よさっきから。ウジウジして、ハッキリしなさい!
「明日、一緒に、浦安の駅、行かない?」
一瞬胸がドキッとするも、行かないよ。一人で行くよ。もし二人でいるとこ見つかったらミッチに…
ミッチに悪い?
何それ?
なーんでももかが菅原くんと一緒にいることが、こんなにも後ろめたい?
…ああ。これが友情と何とかの天秤ってやつなのですね。
まあ、別に彼のこと好きでもないし付き合ってもないし。まあ、知り合い? そんな感じだから、別にミッチと菅原くんが盛り上がって付き合ったりとか…
イヤ、だね。
それじゃももかがミッチに菅原くんを譲った感じ? じゃん。それ、なんか違うし。絶対イヤだし。
頭では二人を許しつつ、心では激しく拒否っている。何これ、かなりキツいんですけれど…
「あの、俺行くから… 明日、八時に、いつもの電車で… 明日…」
あ・し・た。
さー、どーすっかなあ…
いや、マジで参ったあ。
親友の恋路を取るか、ちょっち気になる男子を取るか。もし彼が全然ももかと関わりのない人だったら、全力で応援すんだけどお。でも、彼とのキッカケは、この私なの。心がどーしてもダメ出ししているの。だから、簡単にミッチにはいどうぞ、って訳にはいかないのだ。
けれどももかは菅原くんのこと、全然知らないのも問題であーる。もし彼が一緒にいて楽しい人だったり、本当にいい人だったら、ミッチに譲るわけには…
いや、ホント参ったよお。まさかこんな事態がももかに生じるとは… 誰かに相談したい。死んだお婆ちゃんに相談したいよマジで。
ママにはちょっち相談しずらいなあ。きっと、
「とりあえず、キープしときなさいよ」
くらい言いそうだ。
アッコやノッコに相談するわけにもいかないし。ああ、こんなことならもっと恋愛小説やマンガを熟読しとけばよかったよ。
布団に入っても全然眠れないっ 今からこっそりママの部屋からときめき何とかってマンガ持ってきて読んでみようかなあ。あ、ここは魔界じゃないから意味ないかも。
せっかく明日は初のディズニーなのに。ジャングルクルーズとかすっごく楽しみなのに。久しぶりの男子とのお出かけなのに。
ベッドサイドのデジタル時計は二時。寝屋のひまさえ つれなかりけり、今夜も眠れそうにないなあ…
「ももかあー、あんた今日アッコちゃん達とお出かけじゃないのー?」
ママの怒鳴り声が遠くで聞こえる…
ん?
時計を見ると、七時四十五分じゃあ、あーりませんか!
ヤバヤバヤバ…
慌てて支度をし、お気に入りのパーソンズのTシャツを頭から被り、Kスイスのスニーカー履いて家を出る頃には既に八時十五分…
駅までの猛ダッシュを覚悟して玄関扉をガラガラ引くと、庭の真ん中の梅の木の下で仕事で朝帰りのパパが魂を抜かれたよーにボーッと木を見上げているではありませんか…
パパは振り返り、慌てふためいているももかをジッと眺めた後、
「これから出かけるのか。車で駅まで送ろうか?」
マジ、なのですか?
数週間ぶりに話したかも。そんな疲れきってるパパに無情にも笑顔で頷くと、
「じゃあ、行こうか。」
ウソみたい。マジで助かるんですけれど。あ、お助けついでで恐縮なんですが、何なら三茶の駅までお願いできませんかねえ?
「ああ、お安い御用さ。」
ももかは単純なのだ。今日からパパのこと、すこーし好きになっちゃうぞ!
元々無口なパパが黙々と運転している。徹夜仕事でヘトヘトな筈なのに、男の子とチャラチャラ遊びに行こうとしている娘のために、車を走らせてくれている。
お説教を覚悟していたのだが、そんな空気は一切なく。
ふと、この人に菅原くんの話をしてみよう、突如そんな気になり、かいつまんで話してみる。別に好きじゃないけどすごく気になる人がいるんだけど。どうしたらいいかなあ、的に。
「桃香と、同じ価値観を持っているなら、いいと思うよ。」
たった一言。パパはそう呟く。
おんなじ価値観。むむむ… 中々核心をついた答えに深く頷いてしまう。
同じ価値観かあ。
要は、同じものを一緒に見て経験して、それが同じ意見だと言うことだよね。
パパは静かに深く頷く。
それが何故大切なのか聞こうとしたら、もう三茶に着いてしまった…
今夜にでもじっくり聞いてみたくなり、その旨を告げて車を飛び出す。駅の階段を降りる前にチラリと車を見ると、パパがそっと手を振っていた。
パパの姿 しばしとどめむ。
駅に着いたら八時半。菅原くん、さすがに先に行っちゃっただろうなあ。ちょっと申し訳ないな、なんて思っていると…
黄色の壁にもたれた菅原くんが、仏頂面で待っているじゃあ、あーりませんか! あちゃ…
「八時、って言ったよな?」
昨日の夜、宿題とか試験勉強やってて遅くなっちゃったの。と他愛もないウソをつくと、
「へー、藤原さんって案外マジメなんだ。」
うっ 信じるのか? このももか様の大ボラを…
「大学はどこ狙ってんの?」
んー、まあ、フツーに私立文系ですが。
「そっか。」
そちら様は、赤い門の大学狙いでしょうか?
「うーん、出来れば、かな。ウチ貧乏だから、私立は無理なんだよ」
おおお。ストレートに語ってくれてありがと。実はさ、ウチもそんなに裕福ではない… そこまで嘘つくことはないので、我が家の経済状態はサラリと流し、耳を傾ける。
「ウチはさ、お袋が去年病気で死んじゃって。親父がそれから仕事しなくなって、区からの生活保護と俺のバイト代で何とか、さ。」
生活保護… アルバイト…
うわ… ガチじゃん…
なんか申し訳ないな。てか、今日とか平気なの? 割とディズニーの入場料高いじゃん?
「まあ、たまにはさ。せっかく西園寺達が誘ってくれたし、それに、その、あの…」
何よ急に。何で顔真っ赤にして照れてんのよ! 女子と遊びに行くのがそんなに恥ずかしいの? そっちだって共学でしょ、それに菅原くんカッコいいから、彼女の一人や二人いるんでしょ?
「ハア? 何その一人や二人って… 付き合うなら一人だろ。あ、ひょっとして藤原さんは彼氏が二人や三人いるのか?」
いませんよ。一人もいませんから。いたら日曜日にみんなで出かけたりしませんから。彼と二人でラブラブしてますから。
「そ、そうなんだ。で、何そのラブラブって?」
あーーー、頭硬っ。頭良すぎて調子が狂いまくりんぐなんですが。ももかみたいなおバカには合わないのかも。これってパパの言う価値観が合わないってことかな?
「合わないって… なんかゴメン…」
いや否定しろよ。俺も実はおバカだから平気くらい言えよ! もー、マジメすぎ。ママと一緒。あ、ママは男関係は不真面目だけど。
なーんておバカな話をしているうちに、渋谷駅に到着。ここから銀座線に乗り換えて、日本橋まで行って東西線に乗り換えるのだ。
渋谷駅で菅原くんがももかの分の切符を買ってくれる。悪いから払うよと言うと、
「じゃあ帰りは藤原さんが買ってくれる?」
ほう。なかなかスマートじゃないの。本当は交通費ぐらい男の子が持つのがジョーシキだけど。別に付き合っている訳でもないので、それでいいよ。
切符を渡される時に指と指が触れ合う。その瞬間、電気が走ったような気がして慌てて手を引っ込める。あービックリした… ヤバい、胸がドキドキして身体中が熱くなってきた…
四月からの絶え間ない痴漢攻撃によって、ももかはすっかり男性不信なのであーる。ボディータッチどころか手が触れるだけで吐き気がするほど。でもでも、どうして菅原くんの指に触れて胸が痛いくらいにドキドキするのだろう。
そんなことを考えていていたので、銀座線特有の車内の照明が一瞬消えることをすっかり忘れてて、思わずキャッと叫んで菅原くんの腕につかまっちゃった!
「えっ だ、大丈夫?」
照明がパッと点いて見上げると、正に目と鼻の先に菅原くんの端正な顔が…
アクアフレッシュっぽい爽やかな息。心臓が握り潰されるような感覚になる。苦しい。辛い。でも…
* * * * * *
「もおーーーー 信じらんないっ 三十分遅刻って。ももかのバカ!」
と言う割にはアッコもノッコも激怒した様子ではない。待っている間に男子達との会話が弾んでいた様子であーる。
ただし、ミッチはももかと菅原くんが二人で現れたことに不機嫌な様子なので、日本橋でたまたま一緒になったんだ、と大ウソをこくと、
「あ、そーなのか。ハハ、待ち合わせて一緒に来たのかと思っちまったよ」
あああああ… また、やってしもうた…
ウソをつかなければ角が立つ。ウソを突き通せば流される。笑って誤魔化せば窮屈だ。兎角人の世は住みにくい…
問題は、ももかの優柔不断さにある。
ももかが初めから菅原くんは私の唾付きだよーんと言っておけば、話はここまで拗れることはなかったのだ。
いやいや、それも違う。ももかは菅原くんのことを好きだとか気になるなんて、思ってもいなかったからこそ、こうなったのだ。
それならばミッチにハイどうぞ、とお譲りしてしまえば万事解決なのだが。
のだが。
それが簡単にハイどうぞが出来ない、ももかの器の小ささが問題なのかも知れない。
いやそれは違う。
やはり心の叫びが頭の理性を優越しているから?
んんんんん…
誰かっ ももかはどーすればいーのよおーーー
満員のバスに乗って、浦安の市内を抜けてディズニーランドに到着っ おおおおお… 広い、きれい、美しいっ
テレビで見たまんまのディズニーランドの入り口に、みな大興奮であーる。入り口付近にいる着ぐるみのミッキーやミミーを捕まえて、大写真大会っ
そして、アーケードをくぐってシンデレラ城! うわ、マジで夢の国… みんなが幸せいつでも夢の国って、どーなのと思ってたけど、これは確かに… うん。だけどー…
皆もボーゼンと景色を眺めていて。涎垂らしそうな女子たちにちっちゃな子供みたいな目を輝かせてる男子達…
ん? 一人だけ醒めた表情で薄ら笑いしてるヤツがいる。その名は、菅原! 一体どーゆーこと?
「まあ、なんか作り物って感じ? 映画のセットを見ているみたいで、別に感動とかないな」
んまあ!
「壮大な人工空間だよね。自然の介在が一切ない。ここにいると一人の人間と言うよりも、」
ディズニー映画の出演者?
「それそれ! ディズニーの世界に浸りきらねばならない。菅原健司、藤原桃香ではいられない。そんな雰囲気を感じるね」
うわっ 驚き桃の木だよ… ももかと全く同じ感想なのですから。
もしもディズニー映画をこよなく愛しその世界に溶け込みたいと思っている人々には、本当にここは理想の世界だと思う。だけどそうでない人は無理矢理ディズニーの世界に己を変えなくてはならない。ミッキーに、ミミーに自分を投影させなければならない。
自分がありのままの自分でいることを否定されるような、そんな半分強制変身を迫られている感を、実は菅原くんも感じていたとは…
あれ? これって、パパの言う価値観が同じ…?
「これがアメリカって国の本質なのかも知れないね。」
うーーん、それはどうかな…
そんなハリウッド陰謀論を交わしていると、他の六名はようやく正気に戻ったようだ。まずはスペースマウンテン! アッコの掛け声に皆が賛同の意を示し、団体は移動し始める。
男子は西園寺くん、周防くんの他に、右近くんというニューフェースが登場している。いつもこの三人で連んでいるそうで、細くて背の高いまあ好青年である。その青年がやたらとももかに絡んでくるので困っていると、ミッチがしっかりと菅原くんと絡んでいるのに気付く。
ああ、今日はそういうことなんだ… アッコと西園寺くん、ノッコと周防くんは既に組み合っていて、おニューの右近くんがももか、菅原くんがミッチ、そんな組み合わせが事前に練られていたようなのである…
右近くんはよく気が利く子で、話も面白く、全然悪くない。やたら肩とか背中を触ってくるのには閉口しているが、それ以外は一緒にいてまあまあ楽しい感じかな。
それにしても、こんな目が垂れて口元の緩んだミッチは見たことねえ。一体彼女に何が起こっているのか。答えはただ一つ。
恋。
今日のミッチはいつもの怖そうな私服ではなく、アッコから借りたビギのワンピースがよおく似合っている。髪もポニーテールにし、白いリボンを付けちゃって。普段からこんなカッコしとけばいいのに。化粧も薄めでとっても女子高生らしい。すれ違う大学生っぽい人たちが思わず振り返ってるよ…
それに対し、我が菅原くん。フツーの白のTシャツにエドウィンのジーンズ。足が長いから501とかにすればもっと似合うのに。足元は…アシックスの運動靴? うーん、まあ、いっか。
二人とも背が高いので、目立つ目立つ…
すれ違う男子も女子も振り返る、美形カップルなのであーる。
何故か胸がチクチク痛い。
マジックジャーニーっていう、変なメガネをかけて映画を見るアトラクションに入った時。
「壬生さんと話合わないよ… 俺、ゲームもアニメも全然知らねえし。どうしよう…」
暗闇に紛れて彼がボソッとももかに呟く。知るか! なんとかしろ! ひたすら頷いてりゃいいんだよ!
「そっか。分かった。そうする…」
相当困った顔をしてるんだろな、暗くて見えんけど。
やがて映像が始ま… うぎゃ、なんじゃこれ! 気球が目の前に! おお、手で触れそう… ふと周りを見ると、皆が手を前にしてあたふたしててダサい、けど面白い!
「ナニコレ… マジおもろかったんですけど」
「ねー。これからは3Dの時代になるんだねー」
「テレビも全部これになるかもね」
(なるわけねーじゃん)
ボソッと聞こえた菅原くんの呟き。うん、ももかもこれはないと思うぞ。だって目がメチャクチャ疲れるし、手で触れそうで触れないのがストレスだし。
その後、グランドサーキット・レースウェイとかいうゴーカートに皆で乗る。右近くんはイキって運転してるけど、これ所詮ゴーカートですので。
そのお隣にある、スタージェットとかいうブンブン空中を回るアトラクション… ナニコレ、完全フツーの遊園地にあるやつじゃん… テンション下がるなあ、と思っていたら、ミッチが
「乗りたい! 乗りたい!」
ははは、飛行機乗ったことないもんねー、ミッチ。その隣で微妙な顔をしている菅原くん。あ、ひょっとしてキミも飛行機まだ?
ちなみにももかは昔、お婆ちゃんとママと三人で飛行機で福岡に行ったことがある。三人で屋台で餃子食べたりラーメン食べたり。
食いしん坊だったお婆ちゃん、懐かしいな。天国でも食い散らかしてるのかなー。
ふと、今朝のパパとの小ドライブを思い出す。
なんか今年の冬のママとのスキー旅行に、パパも連れて行ってもいいかな、
今夜、話してみよう。仕事が忙しいと言ったら、一緒に来ないとグレると言ってみよう。どんな顔をするか楽しみになって一人ほくそ笑むと、
「ね、ね、楽しいよね、これ!」
と隣の右近くんが絶叫している。はあー、右近くんを思う故に もの思う身は……
空の旅を満喫した後、我々はファンタジーランドに突入!
空飛ぶダンボを全力で阻止し、イッツ・ア・スモールワールドへ!
ああ、これぞディズニーではあーりませんか! 素晴らしい! ここは子供と一緒に来たいなあ、なんて思って隣を見ると、右近くんがつまらなさそうにボーッとしている。
うん、この人とは価値観が違いすぎる。
いいね、ディズニーランド。自分と相手との価値観を測るには最適な場所である、と本日一番の大発見でなのであーる。
そして本日の目玉の一つ、ホーンテッド・マンションへ…
ももかは実は、お化け屋敷がだーい好き! このアメリカンなお化け屋敷をチョー楽しみにしていたのだあ。
ところが、であーる。さっきから右近くんがももかの腕をガシッと掴んで、
「俺、こーゆーのちょっと苦手… ヒッ」
とか、有り得ない。男がお化け屋敷で女子にすがる? ないない。有り得ない。こーゆーので母性本能くすぐられる女子もいるかもだけど、ももかは違―う。むしろ突き放す方向で。
ねえ、男子がこーゆーのビビるって、情けなくない?
「えっ…」
暗闇で硬直する右近くん。そう、ももかはこれ以上ウソや誤魔化しはしなーい。ありのままに生きてやる!
ハッキリ言って情けないよ。悪いけどその手、離してくれないかな。そう言ってももかは一人歩き出す。
あースッキリ。これで存分にお化け屋敷を楽しんでやr…
んーー
ん?
むむむ…
ふーーむ。
結論。全然大したことなし。ナニコレ? ただの暗い洋館じゃん… もっとエクソシストとかオーメンみたいのを期待してたんだけどなあ…
「ヤバい、きてたわー」
「怖かったあー、もー無理」
「やっぱ遊園地のとは全然チゲーよな、おっかなかったあー」
へ? そうか?
ももかの頭にはてなマークがぴょこんと飛び出る。まいっか。よし、次行ってみよう!
ウエスタンランドへ!
照りつける太陽がアメリカ西部の寂れた町を想起させ… ないわ。全然。ここも菅原くんが言った通り、作り物感が半端ない。
蒸気船マークトゥエイン号は芦ノ湖の海賊船パイオニアの方が全然イケてるし、ウエスタンリバー鉄道は多摩テックのワイルドリバーアドベンチャーの方が全然マシ。
なんだろーね、全てがイマイチ感が半端ないんすけどー でも皆は目をキラキラさせて楽しんでいるので、これでいーのかな。
「全然楽しんでないだろ?」
そ、そんなことないっす。
「藤原さんはすぐ顔に出るから、分かりやすい」
な、何よその上から目線。アンタだってちっとも楽しそーじゃないじゃん!
「いや。皆で遊園地なんて初めてだし。それにアメリカの雰囲気を楽しめてるから、中々楽しいぜ」
ふーん。アメリカ行きたいの?
「そうだね。こんなバブルで浮かれている国なんかより、アメリカに裸一貫で行ってさ、一旗揚げてみたいよ。」
おおおおお! 少年よ大志を抱け。頑張りなさいな。
「藤原さんは将来、どんな夢があるんだい?」
夢…
…考えたことない。まだ高一だし。大学もどこ行くか考えてないし。
「そっか。俺は海外に出たい! できればアメリカ。アメリカの大学行って奨学金取って、卒業したらアメリカの企業に勤めて。」
それって、日本に、と言うか実家に居たくないってこと?
「…藤原さん、案外鋭いよな。そう、早く自立して家から出たいんだよ。できれば日本からも出たいんだ。そうすれば、親父も…」
サクッと聞いた話だと、お父さんが酒浸りで家でゴロゴロしてるとか…
「俺がバイトで稼いだ金で酒買って。俺、一体何のために働いてんだか…」
菅原くんが大きな溜息をつく。
「ジャングルクルーズへようこそ! 私が船長のタカハシです! これからみなさんを危険がいっぱいのジャングルへとご案内いたしまーす」
いきなりハイテンションのキャストが叫び出す。ももかと菅原くんは目を見合わせる。
「何が起こるかわからないジャングル。二度と帰って来れないかも知れません。見送りの人たちにお別れの手をふりましょう、バイバーイ!」
菅原くんは唖然とした顔の後、突然爆笑して、
「バイバーーイ!」
思いっきし手を振るのであった。
いやあー笑った! 何ここ、めちゃくちゃ面白いんですけど。最近のジャングルが不景気で、首狩り族も首がまわらないって、サイコーウケた!
最後に忘れ物に子供が多く、実は船長さんのタカハシさんもその一人だったって… 爆笑ものだよ。
菅原くんも腹を抱えて笑っていて、
「俺も、ここに親父置いてこようかな」
なんて言ってるし。
「でも、秀逸だね。素晴らしいよ。このジャングルで最も危険で恐ろしいところが、この文明社会か。やっぱりアメリカ、早く行きてえなあ」
分かる! 分かるよ菅原くん。
すごい。ももか、彼の言ってること感じていること、全部分かる! こんなの人生で初めてだよ。これぞ価値観の共有ってやつだよ。
パパ、この人かも。
同じ価値観だよ、ももかと菅原くん。この人となら、この先ずっと……
ふと鋭い視線を感じる。
ミッチが慌てて視線を外す。
なんだか、なあ…
* * * * * *
夏も近づき日暮れも遅くなってきている。それでも辺りはすっかり暗くなり、我々の本日の最大の楽しみ、エレクトリカルパレードの時刻が刻々と近づく。
「早くみたい早く!」
「今何時? あと何分?」
場所取りしながら我々のテンションは上がっていく。
あの後、ももかはずっと菅原くんとペアになって回っている。ミッチと右近くんがつまらなそうに一緒に回っているのは申し訳なかったのだが。
アッコとノッコは西園寺くん、周防くんとガッチリペアペアで、すんごく楽しそーだ。ももかは右近くんを蹴散らして以来、中々楽しく過ごしている。
ミッチが。
菅原くんをももかに取られて以来、本当に不機嫌そうになっている。
それでも仲間意識の強いミッチはももかに何を言うでもなく、右近くんを引き連れ歩いている。
不思議とミッチに申し訳ない気持ちや済まない気持ちが湧いてこない。むしろこれが当然だと思う気持ちのほうが強い。
ミッチは大事な親友だ。しかし、それとこれは全然違う。
正直、これ以上右近くんと回るくらいなら、ももかは一人帰る。それくらい彼と一緒は嫌だ。価値観が違う人と一緒にいる辛さは、親友と言えど譲れない、決して。
だからももかは、菅原くんを渡さない、離さない。
辺りはすっかり暗くなってきた。これでミッチの顔を見なくて済む。
ミッチの泣き出しそうな顔を、これ以上見なくて済む。
ふと見上げると、シンデレラ城の上に満月が顔を出している。苦い思いが千々に心、いや頭の中を駆け巡り、やけに物悲しくなってくる。我が身一つの 秋にはあらねど。
宴は終わり。シンデレラタイムの終了だ。
我々は家路を急ぎ、超満員のバスに揉まれながら浦安駅に到着する。
「今日はサイコー楽しかった! またみんなでどっか行こうねー」
終わりよければ全てよし? な感じでアッコが叫ぶと、皆満足そうに頷く。ミッチも硬い笑顔で何度も頷く。あの右近くんもすっかりエレクトリカルパレードのキラキラに当てられたのか、夢笑み心地の表情で、
「またどっか行こうよ、ね、壬生さん!」
とか曰うている。
ホーンテッドマンション以来、ももかとは決して顔を合わせない右近くんがしきりにミッチに連絡先を求めているが、ミッチは固く軽く受け流している。
帰りは東西線にみんなで乗り、日本橋でそれぞれ散らばって行く。
ももかと菅原くんは来た時と同じ、銀座線に乗る。
ねえ、楽しかった? と聞いてみると、
「まあ、良かったよ。」
と一言。そっちは、と聞かれたので、まあまあかな、と答えると、
「藤原さん…」
何よ?
「あのさ、連絡先、教えて、くれないかな…」
何よ。いいけど。別に。
「あ、ありがと」
今日一番の笑顔を見せてくれる菅原くん。
きっとももかも同じ笑顔を返しているんだろーな。
人知れずこそ 思いそめしか