イモルテルの森妖精 8
「……そうですよね。すみません、私、無神経で」
そんなことを言わせたかったわけではなかったのに、エストをしゅんとさせてしまう。
「元はと言えば、僕のほうがエストに調子を尋ねたことが原因みたいなものですし……」
そもそも、自分ではエストに調子を尋ねておいて、いざ自分のことを聞かれるとクレアのことを持ち出すというのは、いささか、卑怯な気がしないでもない。
どうしても、会話も暗い感じのものになってしまう。
これは別に、クレアに限った話でもないだろう。たとえ、同じようにシュロスが誘拐されても、エストが人質にとられても、きっと同じような感じになるはずだ。
僕は頬を叩いて気合を入れる。
エストも、あまり表面に出していないだけで、気持ちは落ち込んでいるに違いない。それなのに、僕のほうばかり後ろ向きでいるわけにもゆかない。
小さくない、なにかを打ち鳴らすような音が聞こえた。どうやら、シュロスが手を叩いたらしい。
「そのへんにしとけ、二人とも。責任の所在なんて気にしても仕方ねえ。悪いのはだいたい魔王軍のせいだ。そうだろ?」
シュロスに言われて、どちらからともなく、謝り合う。
こんなことをして、のんびりとしていて大丈夫なのだろうか。
僕たちはできることをやるだけで、今は仲間同士で争い、というほどでもないけれど、とにかく、言い合いをしている場合でもない。
「二人とも、それだけ言い合いをする元気があれば、この後の鍛練はもっと厳しいものにしても大丈夫そうですね」
しかし、そのように、おそらくは冗談めかして言ったつもりだったのだろう、リクリスにとっては。
「ぜひ、お願いします」
僕とエストの声が揃い、リクリスは目を丸くして、僕たちは顔を見合わせる。
「……ルシオンは倒れていましたし、正直なところ、まだお二人を侮る気持ちがあったようですね。すみませんでした」
いや、リクリスに悪いところは別にない。
そんなことより、ようやくリクリスから一本取ることができたと、わずかににやけそうな気持ちを抑えるのに必死だった。
こんなことで一本取ったところで仕方ないのだけれど。
「いえ。どちらかと言えば、リクリスにそう思わせてしまっていたのは、僕たちが不甲斐ないせいもあったと思いますから」
倒れた――と言っても、意識を手放したわけではないけれど――ことは事実なわけだし。
リクリスは平気な顔をしていたから、おそらくはリクリスくらいのエルフにとっては、なんということのない鍛練内容だったのだろう。
それにもかかわらず、僕が倒れたものだから、余計な心配をかけてしまったのに違いない。
食後すぐに運動するというのは、横腹を痛める可能性もあったけれど、《消化吸収を助ける魔法》なる魔法により、それから、エストやシェスタの治癒、回復魔法により、即座に運動しても問題はなくなった。魔法とは、かくも偉大なものだなあ。
「良くついてきますね、ルシオン。私たちの子供――私が産んだわけではありませんし、そもそも、私は産んだことも、結婚したこともありませんが――では、もっと早く音を上げるものでしたよ」
リクリスは良い師だけれど、この模擬戦闘の鍛練では、僕が一方的にぼこぼこにされているだけだからな。普通に考えたなら、その差に悲観しても無理はないだろう。
もちろん、根を上げられない、強くならなければならない、ということに関して、直近で魔族を打倒しなければならないという具体的な理由があることは事実だけれど。
「本来、鍛練などは辛く、大変なものですよね。しかも、数千年以上生きるエルフの方たちには想像するのは難しいかもしれませんが、僕たちの時間はせいぜい百年、全盛期という意味では、数十年程度しかありません。今やらなければ、この先、クレアを助けるとか、魔王を打倒するチャンスなど、永遠に逃してしまいますから」
いや数十年も全盛期がある人は稀だ。
魔力は鍛えれば鍛えた分だけ強くなるかもしれないけれど、体力に関しては確実に、肉体のピークがあるからな。最も充実しているという意味では、十代後半から二十代にかけての体力を越えることは、まあ、基本的には不可能、できるとしても、それこそ、それだけに打ち込むような、想像を絶する鍛錬を続けることが必要になるだろう。
もちろん、武術の習得など、技術面ではそれをカバーし得るかもしれないけれども。
たとえば、三千年くらい生きているというアリーゼは、人間の見た目と同じように考えれば、それこそ、せいぜいが二十代後半、よくて三十代前半くらいにしか見えない容姿をしていた。リクリスなんて、十代後半と言っても通用しそうだ。知られたら、世の女性たちから、相当な羨望を向けられることだろう。もちろん、今でも噂というか、知識としては出回っているだろうけれども、実際にエルフと出会ったことのある人は稀だろうし。
エルフ式アンチエイジング。問題は、人という種族では実現不可能なところです……いや、エルフと人間の子供ならばあるいは……って、それは純粋な人とは言えなくなるのか? ハーフエルフ? そんな人がいるのかどうかは知らないけれど。
冗談はともかく、その肉体年齢を維持できるというのであれば、百年かけて鍛練をこなして成果を得ても、それほど問題にはならないのだろう。それでも、人生の十分の一程度だ。それは、なにも肉体的なことに限らず、魔法的な技術でも、学術的な研究でも、同じことが言えるだろう。
しかし、僕たち人間は違う。そんな風に先延ばしにしていては、あっという間に最盛期は過ぎ去ってしまうし、すぐに寿命もやってくる。その場合、後世に託す、という方法しか採れなくなる。そして、その方法だって、学問や研究など、採ることのできるものは限られている。
だから、おそらくは、人がエルフよりも音を上げないというのは、そのあたりの種族差というか、そういったことが関係しているのだろう。
特段、僕たち個人が我慢強いとか、根性があるということではない……ないわけではないとは思っているけれども。
「そうなんですか」
僕が自分の年齢を告げると、さらに驚かれた。
「その年齢で、よくそこまで精神が……いえ、人の寿命ということで考えれば、およそ五分の一ということになるのですから、私たちに換算すると、何年になることか」
「まあ、そんなに単純なものでもありませんけれどね」
年齢に精神が比例しているというか、エルフの感覚と人間の感覚は違うし、社会構造も、生活様式も、あらゆることが違うのだから、単純に比較できたりはしないだろう。
人間の中にだって、当然、個体差は存在するわけだし。
「私、あなたたちに、人間に興味が出てきたかもしれません。よろしければ、もっと詳しく教えてはもらえませんか?」
「もちろん、構いませんが。僕もこうして魔法の教えをいただいているわけですし」
とはいえ、人間についてなんて、いまさら教えるまでもないことだと思うけれど。
大体のところは知っているみたいだし。
「そんなことはありません。ぜひ、ゆっくりと聞かせていただきたいです。そうです。今日の鍛練が終わったら、近くに普段私たちが利用している温かい湧き水の出ている泉があるのですが、疲れを残さないよう、そこでお湯にでも浸かりながら、じっくりお聞かせ願えないでしょうか」
えっと、それは、一緒に入るという意味で?
いかん、そんな風に集中を切らしていては、師に対して失礼過ぎる。
なぜか、クレアの笑顔のまま怒っている表情が浮かんできたことにより、どうにかその場を乗り切ることができた。感謝。




