イモルテルの森妖精 6
◇ ◇ ◇
「本来なら、暮らしてゆく中で、ゆっくりと、時間をかけて力をつけるものですが、今回はそうはゆきません。もちろん、寝て起きたら強くなっている、などということはできないわけですから、修練の内容のほうを詰める必要が出てくるわけですが……」
木の中の不思議な空間ではなく、結界内とはいえ、外にその修練場は作られていた。
修練場といっても、なにか特別な設備があるわけではなく、ただ、開けた空間をそう呼んでいるだけみたいでもあったけれど。
「やはり、基本的な魔法力の底上げをして行きましょう。そのためにもまず、あなたの現在の実力を知る必要があります」
リクリスはじっと僕を見つめてから。
「そうですね。最初にルシオンの魔力を調べておきましょうか。今、この場で目一杯の魔力を放出してもらえますか?」
「え? 目一杯って、それは大丈夫なんですか?」
魔力への対策をしている学院でも、ふざけ合って壁を壊したり、グラウンドに穴をあけたりして怒られていた人たちがたくさんいた。
自然物程度の構造力では、すぐに壊れてしまうと思うのだけれど。
「私の測ることができる程度のあなたの魔力であれば、問題はありません。それに、この空間は、もともとの保護魔法だけでなく、私も防御していますから、遠慮なくなさってください。これから鍛えようとする相手の全力を知っておかなければ、鍛えられたかどうかわかりませんから」
僕たちは普段、基本的には魔力を抑えて生活している。
魔力を普段から放ち過ぎると、その魔力の強さに引きつけられて、魔物に襲われやすくなるからだ。だから、僕たち魔法師は、学院へ通う前から魔力の制御というか、抑制技術を学ぶのだけれど。
もっとも、それはただ体外に流れる魔力量を抑えるというだけで、本気で隠匿しようとしているわけではない。
「わかりました」
師の言うことには従わなければならない。
教えて貰う立場だというのに、文句は当然、疑うことすら、するべきではないはずだ。
リクリスが大丈夫だと言うのだから大丈夫だろうと、僕よりもずっと実力の高い彼女を信頼して、僕はありったけの魔力を放出した。
「それで限界ですか?」
呼吸などにより普遍的に取り込まれる魔力素を魔力に変換することで魔法として放つことができる。
つまり、一定時間内に魔力を放出する量には限界がある。当然、取り込んでいる魔力素以上の魔力を振り絞ろうとすれば、平時、体内に蓄積されていた魔力を使うことにもなる。
「はい、これが限界です」
「わかりました。もう結構ですよ」
僕は小さくため息をついて、魔力の放出を止める。全力で魔力を放出するというのは、たしかに疲れるものだ。
「では、これより、開始したいと思いますが」
リクリスはふわりと浮かび上がると、そのまま一定の距離を取り。
「私を地面に横たえさせることができたらお終いです。それまでは、食事も、睡眠も、ありません。もちろん、魔法で水を呼び出して摂ることくらいは許可しますが」
「あの、リクリスは女性ですよね」
それだけは確認しておかなくてはならない。
セクハラだと訴えられて、修行をつけてもらえなくなったりしたら困るし、そもそも、男として、敵対しているわけでもなく、害意を持っていない女性を相手に手をあげるというのは、気が引けるというか。
「ええ。それがなにか?」
「男尊女卑だとか、そういう考えは全く無いのですが、その……」
まったく気にしていない様子のリクリスに、僕のほうが戸惑ってしまう。
一応、僕は男なのだけれど。やましい気持ちは全く無いとはいえ、抵抗などはないのだろうか。
「問題はありません。今のあなたでは、私に膝をつかせるどころか、この場から動かすことも難しいでしょうから」
いや、さすがにそれは、どうだろう。
「もちろん、この場をどのように破壊しようと、構いません。修復いたしますから。もちろん、できるのなら、ではありますが」
いつでもどうぞ、とばかりにすました顔でいるリクリスの度肝を抜いてやろう、というくらいの気持ちで、とはいえ、直接攻撃することは躊躇われて。
「《炸裂させる魔法》」
事前に限界を聞き、その上で防御をしているということは、おそらく、リクリスの結界や防御魔法を直接突破することは難しいのだろう。もしかしたら、不可能であるように設定しているかもしれない。
僕の魔力を上回る出力の魔力防御を展開されていては、絶対に敵わないのだから。
それとも、そうして僕に全力を出し続けさせることが狙い?
わからないのであれば、とりあえず最初は。
「わかりましたか? まだ、絞り出し方が甘いということが」
僕の放った《炸裂させる魔法》は、リクリスの防御魔法どころか、修練場の壁にすら、わずかなへこみを作ることさえできなかった。
先程、リクリスは、この場が傷ついても修復するから問題ないと言っていた。
修練場、という名前のとおり、おそらくは、普段、ここに暮らすエルフの人たちが自分を鍛えるために利用してもいるのだろう。周囲の壁や床には、傷がいくつもつけられている。
もちろん、もともとそうやって造られた、という可能性もなくはないけれど、それにしても、この修練場に傷をつけるだけの威力を持った魔法を放つことは可能だということだ。
それにもかかわらず、今の僕の魔法では、ほとんどなにも事象改変を起こすことは適わなかったということになる。
「ここの構造物にすら傷をつけられない程度の魔力、あるいは魔力操作しかできないあなたが、私の防御を突破することはありません。ですから、遠慮なく、全力でかかってきてください。そうでなくては、意味がありませんから」
「わかりました」
淡々とした口調ではあったけれど、呆れられているわけではない。リクリスは、ただ、事実をそのまま口にしているだけだ。
「では、今度こそ、本気でやってください。私も、今のところはアリーゼ様に頼まれましたし、この役を引き受けてはおりますが、あまりにも可能性が無いようであれば、私では不可能だということを進言に行かなければならなくなりますから」
とはいえ、どうするのかということは問題だ。
今のは、ほとんど掛け値なしに、僕の全力だった。もちろん、無意識のうちに、このお邪魔している場所を壊すまいとして、力を加減した可能性はありえなくはない。
しかし、無意識の加減程度を克服したところでどうこうできるほど甘いものでもないだろう。
ましてや、リクリスの防御魔法は、この空間の構成よりも強固だということ。つまり、あの防御魔法を使えば、この空間を破壊することもできるという意味にはなるのだけれど、それはひとまずおいておいて。
真正面から、正攻法で敵わないのであれば、変化をつけるしかない。
とはいえ、全方位防御をしている相手の隙なんて、どこに――。
「うっわ!」
突然、砲撃が飛んできて、慌てて防御魔法を構築する。
この場にいるのは僕とリクリスの二人だけなので、誰のものであるかは明白だった。
「反撃しないとは言っていませんし、こちらから攻撃しないとも言っていません。そもそも、攻撃――敵意に晒されて反撃してこないものはいません。それがたとえ逃走という手段であっても」
このまま、相手の攻撃を防御しているだけではじり貧だ。
リクリスのほうが魔力が上なのはわかりきっていることだし、どちらの魔力が先に尽きるのかなんて、調べたり、確かめたりするまでもない。
長距離の戦いでは分が悪いか。
本来の趣旨とは違う気もするけれど、魔法力を比べたのでは勝ち目がない。




