イモルテルの森妖精 2
とはいえ、森の中の詳細な地図を誰かが所有しているというわけでもなく、たまに出会う人でも、そんな集落の場所を知っている方は皆無だった。
エストや、エルフの集落の話を信じていないわけではない。
ただ、このままでは、そのエルフの集落とやらに着くよりも早く、クレアの反応のある場所へと到着してしまうのではないかと、不安にもなる。
僕たちは、日がな、エルフの集落を探すことに集中していて、ジェラスを倒せるようにという鍛練をほとんどしていない。もちろん、日課としてというか、習慣としての鍛練はしているけれど、今までと同じやり方では意味がないことはわかっている。
しかし。
「見つかりませんね」
その日の探索も空振りに終わり、途中で倒した魔物や、採集した薬草、果実、野草なんかで食事を作る。といっても、火を焚いて鍋で煮るだけの簡単なものだけれど。
「まあ、もともと、本当にこの辺りにあるのかってのが、眉唾な話だからな」
シュロスは、拾った小枝を折って、焚火に投げ込む。火は魔法で起こすけれど、継続的に燃やし続けるには、魔力を消費するより、木の葉や小枝を利用するほうが良い。
「どうかしましたか、エスト」
僕とシュロスが話し合っている間、エストは黙ってじっと焚火を見つめていた。
クレアがいないから物が喉を通らない、ということではない、と思う。現に、今朝までも食事をとらなかったときはないし。
ただ、人の心情なんて、ほんの少しのきっかけで変わるものだ。
魔王軍のひとりに敗北し、人質まで連れて逃げられた、しかもそれが同性で、自分より年下だったという事実――加えて、この国の王女様だったこと――が重くのしかかっているのはわかる。まるきり同じとはゆかないかもしれないけれど、僕たちだってクレアのことを思えば気が気ではないのだから。
「エスト。こんなこと、俺に言われるまでもなくわかってるんだろうけど、あえて言っとくぞ。姫さんのことは、今気にしててもしょうがねえ。なにか具体策があるわけじゃねえからな。けど、絶対取り返すって、それだけは本気だぜ」
シュロスが同意を求めるように僕に視線を向けてきたので、そんとおりだと、僕も力を込めて頷いた。
「あっ、いえ、すみません。おふたりの気持ちを疑っていたとか、クレア様が心配だったとか――もちろん、心配は心配ですけれど、そういうことではなくてですね」
しかし、エストはなんだか難しい顔で。
「私が気にしているのは、なんだか、この森に入ってから変な気を感じるからなんです。魔力の気配と言ってしまえばそのような気もするのですが……ルシオンさんはなにか感じたりしてはいませんか?」
「変な気配って……それは、具体的にどんな感じですか?」
魔物なんかの気配なら、しょっちゅう感じてはいるけれど、どうも、そいう感じではなさそうだし。
探知魔法を広げて見ても、特に誰かに見られている、ということは感じない。
「私の感覚ですから、説明するのは難しいのですが、こう、拒まれているような」
拒まれる? エストが?
「気のせいと片付けるには、結構な頻度でしたから」
そう言って、エストがその感覚に陥った場所を地図上に示してゆく。
「もう少し詳しく、もしくは、それを最も強く感じるところに案内してはもらえますか?」
聖域――教会とか、霊堂とか、そういった場所を魔物が拒むという話ならば聞いたことがあるけれど、逆に、拒まれるという話は聞いたことがない。
もしかして、魔族や魔物の根城には、聖職者がそういう風に感じるようになっているとか?
「わかりました。ただ、明日、夜が明けてからでも構いませんか?」
地図を見れば僕たちでも辿り着くことはできるかもしれないけれど、実際にその感覚を得ているエストの案内のほうが確実だろうし。
僕とシュロスに否などあるはずもなく、夜を明かして。
「最も強いというより、どこからも同じ感覚ですが、ここから伸びている感じです」
エストが手を伸ばす先は、一見、なにもない、普通に森が続いているだけの場所に見える。
しかし。
「本当ですね。なんだか、魔力を感じます」
本当に、微かに感じる程度なのだけれど。
しかし、よく感覚を集中させてみれば、ただの連続している空間ではなさそうだという気配がある。
「空間、ということは、結界ということでしょうか?」
結界に関しては、クレアも含めて、僕たちの中でエストが最も熟達している。
「近いとは思いますが、本当のところは、詳しく調べてみないとわかりません。ただ、干渉することはできるのではないかと思います」
エストは、そこに壁があるかのように手を添えると、目を瞑り、集中し始める。
「あっ」
手のひらを向けるように差し出していたエストの左手首から先が、あたかも、空間に吸い込まれたかのように消える。《収納する魔法》を使うときと同じような感じだ。
ただ歩いているだけのように、連続している空間を渡っているだけ、という雰囲気ではない。
「ルシオンさん、シュロスさん、手を」
言われるがままに、伸ばされたエストの右手を掴み、僕の右手をシュロスが掴む。
直後、光の壁のようなものを抜けた感覚がして。
「これは……」
その結界を抜けた先は、今までの森の中とは、雰囲気が違っていた。
魔力素が濃い気がするし、空間転移でもさせられたのではないかと思えるほどだ。
「なんだここは」
そんな、様子の違う僕たちに、一人、その感覚を得ていないシュロスが尋ねてくる。あるいは、呟いただけかもしれないけれど。
「わかりません。しかし、あの結界は自然発生したようなものではないと思います――」
そこまで口にしたところで、何者かが近付いてくる気配を感じた。
クレアたちを探すため、常に探知魔法は用意していたので、僕たちは背中合わせに警戒する。
おそらくは、誰かが張ったのであろう結界と、急に視界の変わった見慣れない風景の場所、侵入した直後に迫ってくる気配。
それで警戒するなというほうが無理だろう。
とはいえ、最初は様子を見るためにと、防御魔法を展開していると、飛んできたなにかがぶつかって地面に落ちる。
「なんだ、これ、矢か?」
拾ったシュロスがまじまじと見つめ。
「待ってくださいシュロス。防御は僕たちがしますから」
剣に手をかけかけたシュロスを押しとどめ、探知魔法の反応を伺う。
数は、二つ。
先程のものが結界だとすれば、引っかかった侵入者に対する、さしずめ、門番といったところだろうか。
「ロミア、あいつら、僕たちの矢を防いだよ」
「油断しないで、ロマナ。気配を誤魔化しているだけで、不浄のやつらかもしれないわ」
探知魔法の反応どおり、現れた影は二つ
肩のところで綺麗に切り揃えられた美しい金の髪は、男の子のほうはまとまるように、女の子のほうは広がるようにされていた。
男の子のほうは長いマントと、同じ色で同じ柄の、長袖長ズボン、女の子のほうは膝丈くらいのスカートを履いている。
「どうする、ルシオン。多分、あの子供二人ならわけないと思うが」
「シュロス。僕たちは戦いに来たわけではありません。おそらく、しばらく待っていれば、大人が来てくれることでしょう。それまで、待ってみましょう」
もちろん、こちらから手を出すことは、防御魔法を除いて、一切しない。
助けを求めてきたのに武力行使など、最終手段でもありえない。
「エスト、結界の維持はどれほど大丈夫ですか? もし、大変なようなら、途中で交代しますけれど」
永遠に維持できる結界などあるはずもなく、いくら、僕の何倍も優秀でも、エスト一人に任せきりにするわけにはゆかない。
「いえ、心配はいらないと思います。というのもですね、おそらく、それよりも早く、向こうで動きがあると思いますから」




