フロリア山での邂逅 4
◇ ◇ ◇
シュロスがパーティーに加わったことは大きな変化だった。
二十人いるパーティーに一人加わっても大勢に影響はないだろうけれど、もともと、僕とクレアだけの二人しかいないパーティーだったところに、しかも、丁度足りないと感じていた前衛が一人加わったのだ。
問題があるとすれば、シュロスは前衛として優秀だったため、僕とクレアの手を出さなければならない場面が大幅に減ってしまったことだろうか。
咄嗟の事態のために魔力を温存できるのは良かったけれど、いずれ魔王を倒そうという僕たちにとっては、訓練というか、経験が必要不可欠だったからだ。
「それなら、二人で修行でもしてたらいいんじゃねえか?」
朝飯を食べながら、シュロスはそう口にする。
「たとえば、今日の昼飯の準備の時間だって、そんくらい、俺ひとりでできるしな。あとは、なんだったら、少し入っていって、木の実とか探してくるような時間を作ってもいいし」
「それは、シュロスが詳しいフロリア山のこの付近にいる間は可能かもしれませんが、後々のことを考えると、検討しておきたいと思いまして」
クレアは眉を寄せる。
いつまでも、この山の中から抜け出さないというわけにもゆかないし。
「そんならのんびり時間をかけて進めば――ってわけにもいかねえのか」
強くなるためには時間をかける必要があるけれど、国を救う――魔王を倒すのには、あまり時間をかけたくはない。いや、どうしても、時間はかかってしまうのだけれど、今から十年修行しました、とか、それだと困るだろう。
だからこそ、仲間を募る旅をしながら、日々遭遇する魔物や、魔族との戦闘以外にも、訓練する時間を設けたいと思ったということだ。
「こればっかりは仕方ありませんね。強くならねば打倒できないというのであれば、時間をかけてでも、修行や実践を繰り返すしかありませんから」
クレアの言うとおり、おとぎ話ではないので、不思議な力でパワーアップとか、神様が力を授けてくれる、なんてことはない。
「僧侶や司祭などは、神のご加護として、特別な力を授かっていると聞きますが」
僕も少し学院で耳にしたくらいだけれど、聖典に記されているという、その道を志した魔法師にしか使えない魔法というものもあるらしい。
たとえば、そういう人たちの使う回復魔法は、僕たちが使えるものより強力だとか、あとは、呪いを解くなどの魔法もあるという。
実際にその場面を見たことがあるわけではないけれど、実際、僧院や霊堂へ向かう人たちがいるのは、敬虔な信者というだけではないのだろう。
もちろん、そういうところでは司祭はきちんと料金をもらうということだけれど。
「そうですね。城にも教会はありましたから、知識としては私も知っています。私には使えませんでしたけれど」
とにかく、特別というのは、僕たち普通の魔法師の魔法とは違う体系の魔法ということであって、一気に魔族を滅ぼすことができるとか、そういう類のものではないということだ。
まあ、そんな魔法があるというのであれば、そもそも、城が魔王だか魔族だかに占拠されるわけもないだろうし。
「とにかく、努力は無駄になるかもしれませんが、しなければ身になることはありえませんから」
だからこそ、冒険者と呼ばれる人たちはパーティーを組むのだろう。
人間の寿命なんてせいぜい、長くて百年くらいのもので、そのうちの前線で戦える期間なんて、数十年なのだから。
戦士としての技量も、魔法師としての技術も、どちらも伸ばそうとするには、人の寿命では限界がある。
もちろん、その人の人生だ。
戦士としての技も、魔法も、どちらも習得したいと考える人も、いないわけではないみたいだけれど、大抵はどれか一つに絞るものらしい。学べたとしても、特化したほうには及ばないから。
「とりあえず、今日のところはこの街に泊まることにしましょうか」
山中の盆地で偶然、近くに村があるところを通りがかったので、今晩はそこに宿をとることにした。
村があるということは仕事があるということで、路銀の調達もできるだろうし。
クレアの提案に、僕とシュロスも異存はなかった。
「屋根のあるところで眠れるのは久しぶりな気がします」
そうはいっても、数週間とか、ひと月ぶりくらいのものだけれど。
まあ、クレアはこうして旅に出るまで、城くらいにしか寝泊まりすることはなかっただろう、正真正銘のお姫様だから、そう思うのも仕方のないことだろう。
もっとも、僕だって、それほどたくさん野宿を経験しているわけではないから、偉そうなことを言えた義理ではまったくないのだけれども。
「私だって、アステーリオの王城以外に寝泊まりしたことはありますよ」
「ああ、クレアは学院に入学したということでしたからね」
学院には、全員が強制されるわけでもないとはいえ、寮もある。
毎日、王城から出かけていたのでは大変だろうし、この春の数日くらいはそこに泊まったりしたこともあったということだろう。
「……ええ、まあ。それに、隣国の式典などに呼ばれることもありましたし。友好関係の証として」
それは、結局城に泊まったのでは?
その見栄にこの場でなんの意味が?
「へえ、おまえさんたち、学院なんかに通っていたのか。偉いじゃねえか」
「シュロスは学院に通ってはいなかったのですか?」
魔法師ではないから、同じ学院に通っていたのではなかったことは確定だろうけれど。
たとえば、城に登用される騎士とか、そうでなくても、警邏とか、貴族の雇われになるとか、そういう戦士を育てる学校も、たしか、王都にもあったはず。
もっとも、魔法師だって、学院に通わない、たとえば、それこそ、僧侶やら司祭などといった――もちろん、この場合は見習いとつくだろうけれど――人たちはそれぞれ、僧院とか、教会なんかで修行をつけてもらうらしいし、一概にこうと言えるものではない。
もちろん、独学で身につけるということも、特定個人に弟子入りするということもあるだろうし。
シュロスの育った地域に、そういう学び舎があったのかどうかは知らないけれども。
「まあ、俺は物心ついたころから、いろいろと見て回りたいと思っていたからな。人の寿命でできることには限りがあるし、学院の勉強なんてするより、戦士としての技量を磨きたかったからってのもある」
そうして、旅先で出会う人たちに、時には師事させてもらいながら、旅を続けていたらしい。
「もちろん、学院での同級生との出会いってやつも捨てがたかったけどな。旅先でも、可憐なお嬢さんとか、綺麗なお姉様に出会うことは、まあ、たくさんあったから、とんとんだな」
なにがとんとんなのかは聞かないでおこう。
「あなたたち、王都のほうから来たんだって? なんだか、今は魔王軍とやらがはびこっているって話だけれど、大丈夫だったのかい?」
夕食を運んできてくださった宿屋のおかみさんに尋ねられ、僕たちは顔を見合わせる。
クレアの身の上を話すことは簡単だけれど、いたずらに恐怖を煽るものでもない。もちろん、そういうものたちがこの国を支配しようとしつつあるということは、警戒してもらう意味でも知っていてもらったほうが良いかもしれないけれども。
「ええ。僕たちもその魔王軍を倒そうと、こうして修行の旅に出ているところなんです」
嘘ではない。
ただ、今のところ、魔王軍と正面切って戦おうというつもりでもない。
いずれはそうするけれど、今はまだ、仲間を集め、自分たちの力をつけている最中だから、もうすぐ平和が戻ってくると思われても、そんなに早く期待に沿うことはできないというか。
「必ず、やつらは倒します。ですから、今は信じていてください」
クレアはおかみさんを真っ直ぐに見つめて言い切った。
まだ被害が及んでいないところでは、想像しにくいだろうけれど。