フロリア山での邂逅
僕とクレアの目的は、今は王城、そしてこの国、いずれは世界をも支配しようとしているらしい魔王を打倒すこと。そのための仲間を探すというのであれば、フロリア山を行くことは、あながち、間違いとも言い切れない。
たしかに、人里離れた、というより、魔物も多く徘徊する地に住処を設けようなどと考えるのは、余程奇特な人物だろうけれど、もうひとつ、戦闘や生活においてかなりの実力者だという証明にもなる。
なぜ、人が山中に居住地を求めないのか。
住みにくいということもあるけれど、そう頻繁に魔物なんかに襲われるような場所での生活など、普通はしたいと思わないし、できないものだからだ。大抵の人が求めるような、安全や安心からはかけ離れている。
だからこそ、ここに住んでいるような人物がいるとすれば、それは、日常的に魔物の危険に晒されても苦にすることなく、また、生活する知恵も多く持ち合わせている人物ということになる。
ようするに、仲間になってくれれば心強いということでもある。
もちろん、ただの変人という線もありえないわけではないけれど、実力には問題がない。いい人だけれど戦えない、性格に問題は見られるけれど実力は折り紙付き、ならば、どちらを仲間に加えたいのか、比べるまでもない。
もっとも。
「ダメですね。まったく、引っかかりません」
日の光はわずかに零れる程度にしか届かない、森深く、クレアは探知魔法を使うのを止め、首を横に振った。
クレアが探知魔法を使っている間、僕は周囲を警戒していたのだけれど、幸い、魔物や獣に襲われることはなかった。
探知対象はもちろん、このあたりにいる人の気配だ。
戦士どころか、人っ子一人反応がない。
「気を落とさないでください、クレア。そもそも、分の悪い賭けですから」
まず、本当にこの森に暮らしている人がいるのかどうかというところにすら、確証はなにもない。
たしかに、食べても問題なさそうな木の実や果実はなっているし、実際に食べて問題はなかった。
他にも、魔物でない獣、猪や鳥、おそらくは野菜と思しき果実、薬になる草木の植生も見られたため、暮らしていけないということはないだろうけれど、危険な獣や植物も、同じか、それ以上にたくさんある。
いつも、僕が入っていたころには、こんなに奥まで入ることはなく、街からほど近い場所でも獲物には困らなかったわけだけれど、さすがに、こんなところまでの地図は頭に入っていない。
「なにも、ここで見つけなければならないというわけでもありませんし、もうすこし、気を楽にしてください。気を張り過ぎていて、倒れてしまわれると、そちらのほうが困ります」
ここまで入ってくる間にだって、魔物に襲われなかったわけではない。
こうして二人で無事にいられることからわかるように、幸い、今まで大きな問題――対処不能な事態には巡り合っていないけれど、この詳しくはない土地で、どちらかでも行動不能に陥ることは、死、と言っても過言ではないだろう。
休めるときに休んでおくことは大切だ。
「わかりました。しかし、ルシオン。ここではなく、もうすこし、水場に近いところにしましょう」
水は確かに重要だ。
しかし、僕たち魔法師にとっては、絶対に自然水の近くに陣取らなければならないというほどのものでもない。
大気中の水分を用いて水を生成することは、生死に直結するためか、学院でも最初期に習う、初歩の初歩だからだ。
たしかに、イメージできない魔法は使用できない。厳密に、大気の中にどのくらいの割合で、どのように水が混在しているのかを正確に知る人間は、それほど多くはないだろう。とくに、学院に通ってすらいない子供には。
にもかかわらず、大抵はどの生徒も、学院で授業を受ける前から、ごく当たり前に魔法で水を創り出すことができるのは、それだけ、僕たち人間と水が密接に関わり合っているからだろう。人体を構成する八割は水分だというし。
そんな、大抵はどこにいても(さすがに、川の中や海の中なんかでできるかどうかは不明だけれど)調達できる水の近くに陣取るというのは、どのような理由からだろう。
むしろ、魔族も水を必要とするのだとすると、水場がかち合う可能性もあって危険ではないだろうか。
「ルシオンも言っていたように、私たち魔法師は水を生成できます。それは、魔族とて例外ではないはずですよ」
クレアも同意見らしい。
それはそうだ。僕たち、人間の魔法師にすらできる初歩の初歩が、魔族にできないはずはない。もちろん、魔族は水を必要としない、という可能性は残っているけれども。
「それより、人間ならば、水の確保は必要不可欠です。とすれば、この森に人が住んでいた場合、水を手に入れられる環境に拠点を置くのではありませんか? それが、魔法を使えない――魔法師でないのなら、なおさら」
つまり、この森に暮らす人間で、水場の近くに住んでいるようであれば、強い戦士である可能性は高いと。
「たしかに、やみくもに探し回るよりは効率がいいですね」
そういうわけで、僕たちは見つけた水辺、川になっているところに沿って探索を続けた。朝露など、植物からも水が得られないこともないけれど、生活するなら、ある程度大量に必要になる。
川になっているところというのは、空が開けているという意味でもあり、空を飛ぶ魔族に発見される可能性が高まりそうだったため、なるべく、森の中から川辺の様子を観察して進む。
そうして進むこと、二日。
「見てください、ルシオン」
なんでもない獣道で、クレアがしゃがみ込んだ。
「おそらく、ここの近くに人が住んでいるのではないかと思われます」
クレアの指さすあたりの地面は、踏み鳴らされているだけではなく、周囲の草木も刈り取られ、せいぜい、靴底の高さしかない。
「もしかしたら、魔物かもしれませんよ?」
学院の授業でも習ったけれど、擬態して、人を騙して狩りをする魔物がいるように、もしかしたら、人が住んでいるかのように偽造して、自分たちの巣におびき寄せようという、魔物の知恵かもしれない。
「ならば、討伐すればいいだけです。飛び込んでみなければ、真偽は確かめられません。もし、ルシオンが様子を見るというのであれば、私が一人でも確認してきますが」
「それは、実質、僕に選択肢はないのでは?」
クレアをひとりにするわけにはゆかない。
いくら、探知魔法で居場所はすぐにわかるとはいえ、この前みたいなことにならないとも限らない。どころか、現状、その可能性のほうが高いともいえる。
「ルシオンが私を信頼してくれるというのであれば、問題ないはずですけれど?」
「信頼していないわけではありませんが、同じくらい、心配もしていますので」
いや、同じくらいではないかな。心配している割合のほうが高い。
一応、攻撃ではなく、防御の魔法をいつでも使えるように準備しつつ、周囲の確認を怠らずに、二人で道を進んで行く。
仮に、相手が人だった場合、いきなり攻撃しようなどとした場合、いろいろと面倒なことになりかねないし、その後の交渉というか、話し合いもスムーズにゆかなくなる可能性が高い。
そう思っていた矢先。
「ルシオンも感じましたか?」
「ええ」
微かに、探知魔法に反応があった。
魔力を持っていない相手だったので、いや、正確には、魔力に似たなにかを感知はしたわけだけれど、おそらくは、人間の反応だった。
これは、当たりか?
相手は一人……と一匹。
おそらく、一匹のほうは食料となり得る獣だろう。
向こうは僕たちには気付いている様子がない(こちらに接近する速度を緩めるつもりがない)らしいので、おそらく、敵ではないと思うのだけれど。