アマティスタの神官 3
正確には、身体の末端だろう触手はダメージが入っていたけれど、それはキャティネーレにとって、行動に支障が出るほど、大した問題ではないということのようだ。
自由意志で動かしているみたいだったから、神経は通っているものと思ったのだけれど、やせ我慢しているだけなのか、それとも痛みに鈍いのか、もしくは他の理由があるのか。
「上手そうなやつが二匹、おしいが三対一じゃあちと分が悪いんでな。ここは一旦、引かせてもらうぜ」
欲望に忠実で、傲慢を体現したような魔族であれば、三対一であろうとクレアたちを狙ってくるかもしれないと思っていたけれど、どうやら、引くつもりらしい。
「逃がすとお思いですか?」
もちろん、怒るクレアがそれを許そうはずもない。
即座に追撃を行うため、《飛行する魔法》で追いかけようとするけれど。
「いいや、逃げるね。おまえらの相手はまた今度してやるよ。今はそいつらに遊んでもらいな」
突如、目の前の地面がひび割れ、隆起して、大きな魔力を感知する。
飛んでいるクレアはまだしも、座り込んでしまっている女性のほうは危ないかもしれない。
「すみません。失礼します」
初対面といっていいだろう相手にいきなり魔法を使うのも失礼な気がして、僕はいわゆるお姫様抱っこの格好で抱き上げると、《飛行する魔法》でクレアと同じ空に避難する。
直後、地面を突き破って出てきたのは、首、といっていいのか、いくつもに枝分かれしたそれぞれの先に、鋭い牙の生えた口を持つ植物の魔物と、木にも見紛うほどの太い茎を持った毒々しい色の花を咲かせる植物の魔物。
いや、魔族が召喚したのだから、これも魔族なのか? まあ、倒せばわかることだから気にしても仕方がないか。
しかし、見た感じではあれらに対空の攻撃手段は――。
「――っ、今のは?」
花のほうの魔物は、花弁の先の部分を合わせ、膨らませたかと思うと、なにか飛ばしてきた。
防御魔法による防御は間に合ったけれど、いきなりだったせいで、ギリギリのタイミングだった。
「……あれが植物の亜種――と言うべきかはわかりませんが、見た目どおりなら、飛ばしてきたのは種子でしょう。植物としての性質を持っているのであれば、自身の子孫を残そうと種子をばらまく、飛ばすというのは、よくあることですから」
つまり、放っておくと、あれが次々飛んできて、そこら中に種がばら蒔かれ、ここいら一帯をあの花の魔物が支配してしまうかもしれないということだろうか。
「今、対処するしかなくなりましたね」
クレアが冷静でいてくれて助かった。
「《炸裂させる魔法》」
魔力の光が放たれた直後、僕たちの元へ、クレアが放ったものと全く同じ魔法が返された。
詠唱は聞こえなかった。
直前まで魔族と相対していた中、魔力探知は怠っていない。近くにいる魔法師は、あの魔物を除けば、僕とクレア、そしてこの女性だけだ。
とすれば。
「反射されましたか」
クレアがすぐに結論に思い至る。
はっきりと見えたわけではないけれど、状況を考えるに、それしかありえない。
あの魔物が《炸裂させる魔法》に代表される攻撃魔法を使用できるのであれば、本能に忠実な分、今、種子の弾丸を飛ばすという攻撃以外に魔法による攻撃を仕掛けてこない理由が思い浮かばない。
「ここからの攻撃では何度繰り返しても同じでしょうね。少なくともあちらの植物型の魔物を相手にする場合には、近付く必要があります」
そして、現状、二匹が近くにいるため、どちらを攻撃しようとも、あの植物型の魔物の防御範囲に入ってしまうだろうし、そうなれば、魔法による遠距離攻撃は、おそらく、ほとんどが反射されてしまうはずだ。少なくとも、そう考えていたほうがいい。
「こんな状況で尋ねるものでもないかもしれませんが、お名前を伺っても?」
「エスト・トリアです、クレア・フェルティローザ第一王女殿下」
案の定というか、当然というべきか、クレアの正体はとっくにばれていた。もっとも隠そうともしていなかったわけだけれど。
「では、エスト。あなたは、自分で飛べますよね?」
神官服を着ているようだけれど、彼女からは魔力を感じるし、そもそも神官だというのであれば、魔法を使えないはずはない。
しかし、それが最初に尋ねることだろうか? いや、まあ、僕としては、腕が自由になったほうが戦闘もしやすいし、今の状況ではそれが正しいのかもしれないけれど。
「はい」
エストが大丈夫ですというように見上げてくるので、僕は頷いてから、ゆっくりと手を離した。
神官や僧侶なんかの修行する魔法は、僕たち一般の魔法師とは違うという話だけれど、さすがに《飛行する魔法》は問題なかったらしい。
「ですが、申し訳ありません、クレア様。ご存知かも知れませんが、私ども、神官はその仕事上、修業する魔法が治癒や防御のものに偏ります。敵を退けるための魔法も、ある程度でしたら修めるのですが」
教会勢力がどこかに直接攻め込むということはないからな。
基本的には来るもの拒まずの精神だけれど、稀に、悪人――害されそうになった場合、対処するための自衛手段がわずかに存在するだけで、国というか、ほかの機関からも、むしろ、治癒などに優先して当たってくれと言われるくらいだという。
最低限というか、《浄化する魔法》は使えても、ある程度以上にしっかりと形を持って存在してしまっている魔物の相手は、こと、攻撃に転ずる、戦って相手取る、というのは苦手としているのかもしれない。
「わかっています。では、エスト、あなたは私とそちらのルシオンのサポートに回ってください。その間に、私たちのほうであれに対処します」
「お任せください。ですが、その前によろしいでしょうか」
失礼いたします、とエストが胸の前で手を組むと、淡い光が僕たちを包み。
「天より我らを見守りくださる光よ。かの者にあなた様の御慈悲をお与えください」
エストから、そんな祈りの言葉が聞こえたかと思うと、瞬く間に怪我と痛みが引く。
今回は大きな怪我ではなかったから違いもそれほど出ていたわけではないけれど、それでも、明らかに僕たちが使う治癒魔法より早い。
「これって、その」
通常、神官の方に治癒してもらうのには、神殿だろうと、どこでであろうと、代金を支払う必要がある。
そういうところには、国から補助金も出ているみたいだけれど、治療行為も立派な収入源のひとつだからだ。
神に仕える身として清貧を心掛けるという教義はあっても、やはり、金が無くては生きてゆけないのだから。
しかし、エストは小さく首を横に振って微笑むと。
「いいえ。今回は、危ないところを助けていただいたお礼ですから、対価という意味ではすでにいただいております。これ以上、いただいてしまうわけには参りません」
僕はクレアと顔を見合わせる。
一応というか、クレアはこの国の、今の状況では代表を務めている身だ。
「ここはご厚意に甘えておきましょう、ルシオン」
不正……とまで言ってしまうべきかどうかはわからなかったけれど、当人がそう言うのであれば問題ないだろうと判断することにして。
「ところで、エスト。あの魔族――キャティネーレがこの辺りに姿を見せたのは最近のことですか?」
「クレア様のおっしゃる最近というのが、どの程度の期間までを差しているのかは存じませんが、おそらくは、御想像のとおり、王都で魔王なる者が現れたという噂が聞こえ始めるようになってからのことです。それ以降、魔族との交戦は続いております。もっとも、私共で退けたものもいますので、初めてというわけでもありませんが」




