プロローグ 5
◇ ◇ ◇
戦闘を終えて、一度僕の暮らしていた家へと戻り、ひと晩を明かした後、準備を整えて街を発つことにした。
先の戦闘でも思い知ったことだけれど、やはり、僕も姫様――クレアも魔法師なので、前衛として戦ってくれる相手がいたほうが助かる。毎度、ぼろぼろになりながら、ギリギリの戦いをしていたのでは、必ずどこかでやられてしまうことだろう。
そのための仲間を募らなくてはならないし、一つの街に留まり続けるのは危険だ。加えて、他の街の状況も知っておきたい。
しかし、その前にすでに問題が発生していた。
「すみません、クレア。うちにはクレアに合うような服の持ち合わせがありません」
暮らしていたのは男の僕一人だ。女物の服などあるはずもない。
しかし、占拠された王城から急ぎ出てきた姫様に、荷物などあろうはずもない。もちろん、着替えも含めて。
「仕方ありません。路銀は道々稼ぐとして、とりあえず、準備を済ませましょう」
ということで、うちにあった大き目の服で変装して、二人で街へ買い物に出かけた。
変装せず、姫様がこんなところにいると知られると厄介なことになるだろうことは目に見えている。
魔法師なら大抵はそうだけれど、姫様も《収納する魔法》を使うことはできたため、かさばるなどの心配はなさそうだけれど。
「どうですか、ルシオン。これなら万事隠せますよね?」
とりあえず、歩いているだけで姫――王侯貴族とわかるような、僕たちのような市井の民からすれば華美なドレスをなんとかするところから始めなくてはならなかった。
ローブをお持ちではあったけれど、旅をするなら、着替えが一着だけというわけにもゆかないし。
あとは、まあ、男の僕が目にしたり、口出ししたりすることを憚られるような買い物も済ませ、ある程度の食料を分担して《収納する魔法》で持ち歩く。言うまでもなく、はぐれたりした場合でも、それなりの時間を過ごすことができるようにだ。
「鍋とか、毛布とか、そんなものならうちにもありますが……」
ほかに必要なものといえば、ナイフとか、皿とか、タオルとか?
テントもあったほうが便利だろう――なくてもなんとかなるとは思うけれど――し、糸や針、杖なんかも。
「必要最低限で構いません。持ち出せた路銀もそれほど多いわけではありませんでしたから。なにせ、急だったもので」
「では、当面は金策のためにも依頼をこなしながら先を急ぐという形になりそうですね」
協会は各地にあるし、魔物の討伐や荷馬車の護衛、探し物に清掃など――その他、人の助けになりそうなこと――種類もばらばらで、その土地で仕事を探して困るということはないだろう。
「しかし、クレアに仕事をさせるというのは――」
「問題ありませんよ。大抵のことであれば、上手くこなせる自信はあります」
いや、そうではなくて、その姿を晒して人前に出続けるというのは、それだけ、情報が回りやすくなるということにもなるのでは? 僕一人なら気にされないだろうけれど、それで、その魔王? とやらに報告が上がって、追手がかけられると面倒なことになりかねない。
「いずれにせよ、魔王は私のことを探しているはずです。城からただ一人逃げ出したのですから。それに、私に相手の注意をひきつけられて、国民の安全が守られるというのであれば、それに越したことはありません」
それだと、姫様の身に危険が――。
「私のことはルシオンが守ってくれるのでしょう? 一人より、二人のほうが稼ぎもいいですし」
「……わかりました。ですが、本当に危険なときには、御身の安全を第一にお考えください」
僕の代わりはいるけれど、姫様の代わりはいないのだから。
そう口にすると、姫様はじっと僕を見つめてきて。
「どうかしましたか、クレア」
「ルシオン。あなたももう少し、私と共に行動するということを自覚してくださいね」
はあ。
それは十分に自覚しているけれど。
「今、この場に私を守ってくれるのは、あなたしかいません。あなたがいなくなると、私は即座に捕まるか、殺されるか、いずれにせよ、まともな未来は待っていないことでしょう。私を守ってくれるというのは嬉しいですが、自分のことも大切にしてください。いえ、自分のことも大切にしなさい、ルシオン・グレイランド」
いいですね、と念を押され。
「わかりました、クレア。善処します」
しばらく探るような視線を向けられたけれど、まあいいでしょう、と姫様はひとつ息を吐き出され。
「それで、クレア。仲間を募ると言っていましたが、どうするつもりなんですか?」
僕のことはまあ、おいておくとして、その辺の人を捕まえて、一緒に魔王を倒すために来てくれますか、などと言ったところで、相手にされないことだろう。
それに、城の騎士でも制圧されるほどの相手だ。
僕に言えることではないけれど、素人を誘ったのでは、無駄な死体を晒すだけの結果にもなりかねない。
「可能性の問題です。どのみち、私たち二人だけでは――べつに、ルシオンが悪いと言っているわけではなく――魔王に対抗することは、現状、困難だと言わざるを得ません。ならば、手当たり次第でも、出会う相手から情報を仕入れてゆけば、きっと、志を共にしてくれる戦士を見つけられるはずです」
腕が立つことも重要だけれど、まず、なにより、心の強さが必要だということだろうか。
「たとえば、昨日の時点で依頼をこなしに出かけていた冒険者などに巡り合うことができたのなら、僥倖と言えるでしょう」
基本的に、冒険者になろうということは、まあ、稼ぎがいいということもそうだけれど、人のために戦える心を持っているということだからな。
それは、冒険者の仕事が、魔物の討伐やら、商隊の護衛やら、物資の採掘などになっていることからも明らかだろう。
「まずは、このまま東へ進みましょう。森に入ったほうが、魔王――仮に魔王軍と言っておきましょうか、魔力を消して潜伏しながら進めば、魔王軍も私たちを見つけにくくなるはずです。森には魔物がいますからね」
それらの発する魔力を僕たちのものと誤認させることで攪乱すると。
「どうでしょうか?」
「クレアはもっと自分の意見に自信をもって言い放ってください。どちらにせよ、余程のことでない限りは、クレアの望みを叶えるように進むつもりですから」
おそらく、僕なんかより、よほど賢いクレアの考えならば、ただなんでも黙って従うだけの人形になるつもりはないけれど、基本的には良い結果になりそうだし。
「さて、これで当面必要なものは揃いましたね」
街の手伝いなど、協会で出ていた依頼をいくつかこなし、路銀を稼いだ数日後、ようやく準備も整った。
この街では、姫様が公に正体を明かして依頼をこなすというのは難しく、それなりに時間が必要だった。
残念ながら、クレアのお目に敵ったらしい冒険者はいなかったようだけれど。
あらためて、僕なんかで良いのだろうかと、いまさらながらに不安にもなる。
「大丈夫です、自信を持ってください、ルシオン。あなたを選んだのは、他でもない、この私ですから。そして、あなたには私と一緒に魔王を討とうという勇気があります。今はそれだけで十分です」
「勇気ですか……?」
そんなものを示した覚えはなかったけれど、クレアがそう言うのなら、きっとどこかにそういう部分があったのだろう。
クレアは基本的に嘘をついたりはしない人だから。
「それに――いえ、これは言うのは止めておきましょう。とりあえず、出発しないことには始まりませんから」
今のままでは、この前の戦闘を考えるに、魔王とやらには敵わない。
仲間を集め、僕たち自身も強くならなければ。
「そうですね」
僕はクレアの隣に並んで歩きだした。