フロリア山の迷宮 16
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クレアは近接での戦闘を学びたいと言っていたし、それは大切で、必要なことだと思うけれど、今から武術だとかを学ぶのは違うと思う。
クレアに適性があるのは明らかに魔法師のほうだし、その魔法の使い方を磨いていったほうが、結局は役に立つことが多くなるだろうから。
「まあ、簡単なのは軽い武器の使い方とかだな」
シュロスは荷物の中から短剣を取り出し、クレアに手渡す。
「予備の予備の武器だ。一応、手入れはしてあるから、使い勝手に問題はないはずだ」
シュロスが主に使うのは、背中や、ときには腰に下げている直刀の長剣だ。魔法が込められているわけではないらしく、伸び縮みするだとか、重さが変わるとか、毒が流れている、みたいなことはない。
「これなら軽くて姫さんにも持てるだろ?」
「そうですね。このくらいの長さがあれば。必要になるのは、魔法の使用も難しくなるくらいに接近された場合の牽制だけですし」
クレアが手にしているシュロスの短剣は、刃渡りでせいぜいクレアの掌くらいの大きさしかない。
「ルシオンは、大丈夫だよな?」
「ええ。僕は自前で持っていますから」
普段は気にならないような差し方をしているけれど、一応、僕の腰にもホルダーがついていて、そこにナイフが収められている。
こうして旅に出る前は、基本的には一人で協会の依頼などを受けることが多かったので、ナイフ程度は日常的に使えたほうがなにかと便利だったから。
たとえば、薬草の採集をするときには、またそこに生えてくるよう、根からは引き抜かない(効能が強いのは花や根だけれど)のが基本だった。
もちろん、群生している場合には根から引き抜いて持って帰ることもある。
というのも、根から引き抜かなければ短期間ですぐにまた草は伸びてくるからで、しかし、いちいち《斬撃の魔法》を使うというのも、威力を調整するのが大変だったり、周囲への配慮とか、いろいろと面倒が多いから、大抵はナイフで刈り取る。
「ホルダーは……おまえさんたちには《収納する魔法》ってのがあるんだろ?」
「ええ。ただ、今の魔力を考えると、どれくらいならば入れられるのか、少し不安でもありますけれど。あれは、空間を転移して引き寄せているのではありません。あくまで、魔力で構築された空間に物を仕舞っているだけです。これから先、もちろん、魔力の鍛練を続ければ容量は増えるでしょうが、着替えや食料も大切ですし、優先度――仕舞っておく優先度で言えば、それらのほうが高いでしょう」
着替えもそうだけれど、食料は特に、外に出して持ち運ぶことはできない――より正確に表現するなら、そうすると面倒だ――からな。すぐに腐ってしまうし、その肉を狙った他の獣や魔物をおびき寄せ、狙われる原因になる。
たとえば《保存する魔法》もあるにはあるけれど、そこに《匂いを漂わなくする魔法》とか、いちいちすべて処理するのは手間だ。
それに、ナイフが必要になる場面は、超近接戦闘時もそうだけれど、魔法師にとっては基本的に魔力が空になったときだ。そうなれば当然、《収納する魔法》も使えず、物を取り出すことも、仕舞うこともできなくなる。
ならば、魔法が一時使えなくなったときの使用を主に想定しているナイフは、常に腰に下げているくらいの感覚で良いのかもしれない。
「そうか。だったら……ちょっと待ってな。それから、あれ出してくれるか、イエティの皮」
なにに使うのかと思ったけれど、とりあえず取り出したイエティの皮を受け取ったシュロスは、一部をナイフで裁断して。
「おまえら、どっちでもいいけど、糸とか針とか持ってる?」
それなら、この旅に出かける前、一緒に買い物をして揃えたので、僕もクレアもある程度は所持している。
「これでいいですか?」
「十分だ」
僕が手渡せば、長さなどは感覚で理解しているのか、地面に座り込んだシュロスは、鮮やかな手つきで針と糸を操り、小一時間もしないうちに、見事な小物入れというか、皮のナイフケースを作り上げた。
「姫さん、ベルトって持ってたか?」
「一応、似たようなものなら」
クレアは収納していた自前の綺麗なベルトを取り出した。
「ベルトなんて持っていたんですね」
基本的にというか、クレアはスカートとかドレスばかりの服装だから、ベルトなんて持っていないと思っていた。ないようであれば、僕のものを一本――もちろん、今使っているものではないものを――とりあえずこの場では、差し出すつもりだったのだけれど、その必要はなさそうだ。
「ええ。腰にかけるタイプのポーチというのもありますから。そのポーチの部分を外せば、ベルトとして使えなくもありません」
正確にはベルトではなかったみたいだけれど、とりあえずは、今必要なだけだ。仮のものでも構わないだろう。
「じゃあ、ちょっと借りるけど、大丈夫だよな?」
一般人である僕たちからしても、そのポーチは、それなり以上には高価そうに見えた。もしかしたら、王都では有名な店のものかもしれない。シュロスが確認したのもわかる話だ。
金貨で十枚ほどしますけれど、なんて言われてしまうと、困るというか、大変というか。
「いえ。これは、ルシオンと合流してから最初の買い出しで手に入れたものです。値段的な意味では、あまり高価なものではありませんから、惜しくはありません」
「そんなもの買っていたんですね」
はっきり言って、僕たち魔法師にとっては《収納の魔法》さえ使えるようになれば、それ以上の余計な収納するための道具は不要に思えるけれど。
とはいえ、クレアは女性だし、装飾品と似たような感覚なのかもしれない。
「じゃあ、これを。言うまでもないと思うが、ナイフなんかは自分に合ったものを使ったほうがいい。手に合う、合わないはあるからな」
「ええ。それに、これはシュロスのナイフですから」
クレアはペンを取り出すと、手渡されたナイフケースに魔法陣を刻印してゆく。
付与魔法と呼ばれるものの一種で、バフやデバフ、後述詠唱による強化、身体の強化、武器や道具などに効果(たとえば、切れ味を鋭くするとか、この前の炎を宿すなどもその一種だ)を付与するなどの使い方がある。
その中のひとつに、刻印術式と呼ばれるものがあり、魔法陣や文言などを描くことでその効果を付与するという魔法がある。
これにはその魔法陣が消えたりしない限り、効果が持続するという性質がある。普通の魔法は、長くても、新たに発動することなく、一日とか使い続けられるものではないけれど、刻印術式は、一度刻印してしまえば、以降その維持に魔力を消費しないという利点がある。
もちろん、利点だけではなく、作るのは手間で、一ヶ所でも綻びがあるとまったく機能しない、ゼロが一かという面倒極まりない代物で、学院でも非常に手間と時間のかかる授業のひとつだったということはあるのだけれど。
そんな代物を、クレアは一発で仕上げた。
「これ、もう新しい物を買う必要はないのでは……?」
さすがに、職人が作った物には劣るだろうけれど、これでも十分、店に並んでいてもおかしくない出来だと思う。
むしろ、クレアのお手製ということを考えると、付加価値が相当なものになるのでは? 少なくとも、アステーリオの国民にとっては、かなりの……いや、今はそんなことを考えている場合ではないな。
「それじゃあ、次は手入れの仕方とか教えていくぞ。魔物でも、獣でも、斬ったときには血や油で汚れるし、手入れをしないとすぐに切れ味が落ちて使えなくなるからな」




