フロリア山の迷宮 12
◇ ◇ ◇
氷のトンネルの最後のほうは、滑らかな岩肌に戻ったので、僕は慎重に出口付近の魔物などを探知する。
「まあ、ある程度予想はしていたけれど……」
ありえないだろうなとは思いつつ、それとは相反する、なんとなくそうなのではないだろうかというな気もしていたけれど、その階層は溶岩地帯だった。
本当、順番を逆にしてほしい。
しかし、それは探索者側の視点であり、当然、迷宮側にはそんな事情を考慮する理由はない。むしろ、冒険者を振るい落とすのが目的なら、そういう順番になっているほうが理にかなっているのかもしれない。
「それにしても温度差がひどいな」
シュロスはコートを脱ぎ、袖を捲る。
たしかに、風邪をひいてもおかしくなさそうだ。
一応、防御魔法を展開しつつ移動して、ということもできなくはないと思うけれど、やはり、持続時間の問題から、止めておいたほうが無難だろう。長時間維持できる防御魔法はあっても、永遠に使っていられる防御魔法はないからな。
「クレア。暑いのなら、我慢しないで言ってくださいね」
現状、クレアは長袖のシャツに、膝丈くらいのスカート、ストッキング(あるいはタイツ)まで着込んでいる。
さすがにさっきまで着ていた防寒着は、シュロスと同じように脱いでいるけれど、まさか、それ以外を堂々と着替えるということもしないだろうし。
「今はまだ大丈夫です。それより、今日のところはこのまま休むことを提案します。先ほどイエティの大群、および、階層の主だった氷の女王と接敵したばかりです。それ以外にも、今日はガーゴイルやワームの群れとも戦闘をこなしています。迷宮内部では時間経過はわかりませんが、この疲労具合からして、おそらく外はすでに夜になっていることでしょう」
実際に時計を確認してみれば、今の季節を考えても、とっくに月や星が顔を出している時間帯だった。
「じゃあ、とりあえず、今日はここで寝泊まりするってことでいいか?」
僕僕たちはさっそく、さっきのイエティの肉などで夕食を済ませる。
「しかし、休むと言っても、ここは迷宮内部だろ? 魔物もそうでないのも、いくらでも湧いて出てくる場所だ。寝てる間に襲われたらたまったもんじゃないぜ」
普段休む際には、小さな洞穴を掘って風雨を防ぐこともあるし、見張り番も交代で務めたりする。
しかし、今は足元からでもいきなり魔物の湧く迷宮内部。
気がつけば、寝込んでいる間に穴を掘って現れたワームの腹の中でした、などということになっていたら、笑えない。
「安全そうな場所を探しましょうか。魔物の現れる痕跡のない場所も、探せば見つかるはずです」
あるいは、たとえばカーバンクルのように、こちらが手を出したりさえしなければ、人を襲わない魔物しかいないとか。
しかし、さすがは迷宮内というべきか、魔力の痕跡はそこら中にあり過ぎて、どこが安全なのかはさっぱりわからなかった。
別の階層を探せば見つかるかもしれないけれど、どこにあるともわからないものを探し回って、結局見つけられないで休むことになるという可能性が高いのならば、体力もある今のうちにここで休むべきかもしれない。
あと一時間だけと区切りを決めて、僕たちは階層の移動をするようなことはせず、安全に休めそうな場所を探した。
「ここならいいんじゃねえか?」
シュロスが見つけたのは、岩棚になっているところだった。
広いわけでもなく、魔物の巣になっているなどということも、奥から気配がする、ということもなさそうだ。
ここは洞窟内で、空が見えるということもなく、急な雨に降られるという心配もいらないから、天井がある意味はないけれど、休むには十分、僕たちが三人、足を伸ばして横になることのできるだけのスペースはある。
「それじゃあ、今日の戦利品を仕分けておきましょう」
とはいえ、シュロスにたくさんは持たせられないので、多くは僕とクレアで分けることになる。
僕たちは《収納する魔法》のおかげで、重さを感じることはなく、持ち運んでいることでの違和感などもなにもないけれど、そうでないシュロスには戦いのために身体を動かす邪魔にしかならないだろう。
「それから、今日はもう戦わない、休むということですし」
僕は今から寝そべろうとしていた地面を砂にまで変える。
そこまで寝相が悪いわけではないと思うし、砂を食べてしまうことにはならないだろう。
「ルシオン。それなら、テントを出しましょう。下が砂なら、より快適だと思います」
先程までは岩肌だったため、ペグを指すのも大変だった。
魔法や剣で開けるにしても、小さい穴を開けるのはわりと大変だし。
「《地面を砂に変える魔法》」
もう少し詳しく言えば、見えている足元の岩肌を粒子状にまで砕く魔法、とも言えるだろう。
そこにテントを乗せて、中では寝袋か、毛布に包まれば、それなりの柔らかさは感じられると思う。すくなくとも、ごつごつと硬いところで寝て身体が痛くなってしまったら、せっかく休んでいる意味がないからな。
「じゃあ、最初はいつもどおり、僕が見張りに着きますから」
クレアとシュロスをテント内に見送って、僕もその場にイエティの毛皮を敷いて座り込み、探索魔法を広げる。動いているもの(風や、その風に吹かれた石とか、流動する溶岩など)、命のあるもの、敵意の反応、など条件を絞ってゆけば、ある程度の選別はできる。
トカゲのような外見を持つルートワラや、溶岩色や熱を帯びたスライムが視界の端のほうに姿を見せたりもしたけれど、幸いというか、自身らのテリトリーではなかったからなのか、襲い掛かってくるようなことはなかった。
それから、多分クレアには無理だろうし、シュロスには不可能だけれど、僕にはできることもある。
上半身を裸になっても、この空間ならそれほど寒くないというのもいい。
「《水を操る魔法》」
最初に空気中の水分をかき集める。
大気の中には水の元となる成分が確実に含まれているため、割合など、細かいことは知らずとも、子供だろうと、魔法師ならば、水を作り出すことができる。
多めに作り出した水で、自分の身体を覆いつくし、そのまま水を動かして身体の汚れを落とす。少量でも、石鹸を混ぜておけば、効率も良く、綺麗になる。
同じ要領で、身体中を洗いつくし、タオルと《風を起こす魔法》、それからここの空間の気温も合わさって、すぐに清潔感を取り戻せたと言えるだろう。
クレア――女の子と一緒に過ごしているのに、汚れたままではいられないからな、男同士なら……まあ、それでも多少は許容できる、という程度か。
それから、タオルで水気を拭い去り、タオル自体の水気も飛ばして。
「よし」
見張りをしていてもできる自己鍛錬はある。
魔力の放出を抑える特訓だとか、コントロールの訓練だとか、あとは、いろいろ想像することだ。
魔法の源は想像力であるのなら、想像できることが多ければ多いほど、詳しければ詳しいほど、魔法の威力も上がって行くに違いない。
もちろん、単純な筋力トレーニングも忘れない。
仮に魔力が切れるようなことになれば、魔法師の戦いでは大抵は負けだけれど、僕が今こなしているのは、魔力が切れたから負けました、では済まされないことだからな。
そんなことをしていれば、時間なんてあっという間だ。
本当は、クレアやシュロスにはもっと休んでいてもらってもいいくらいだけれど、等分にしないと旅の道中、僕が疲れを残したりして足を引っ張るわけにはゆかない。それが、見張りを引き継がなかったせいだなどとは言わせたくない。
「クレア。時間ですよ」
だから、僕は時間どおりにクレアに小さく声をかける。




