フロリア山の迷宮 3
基本的には、自らの領域をやたらと侵略してくるなど、こちらから仕掛けなければ、襲われたりはしないはずだけれど、この場を彼らが、自分たちの領域だと定めていた場合には、無益な戦いが起こることに間違いはない。
ただし、僕たちはこの空間――洞窟と呼ぶべきか――のどこまでが彼ら領域なのかを十分に理解していた、というより、じりじりと滲み寄らせることによって測ることはできていた。
「クレア、どうしますか? 一旦、戻って別のルートを行きますか? それとも、このまま斬り結びますか?」
僕たちのパーティーの頭はクレアだ。特に話し合いをして決めたわけではないけれど、一応、そういうことにしている。
日常から――まあ、クレアはお姫様だから、本人が望むと望まざると、わりと普段からそんな感じだけれど――なんでもかんでも言いなりになるような、そんな関係性ではないけれど、いざというとき、リーダーを決めておくことにより、行動に一本芯を通すというか、指針を決めることができる。
もちろん、クレアに責任を丸投げするために便利に使う言葉ではない。
「戦闘になり、仮に直接的な触れ合いが発生したりすると、怪我はともかく、病気に至る可能性もあります。ここで無理に戦闘する必要性は、今のところありません。他の道が全て魔族により偽装などが施された結果、封鎖されているなどといった場合にはここから進むしかないわけですが、今のところは、引き返して別の道を確認するくらいの余裕はあるはずです」
カーバンクルであれば、額の宝石のおかげで見返りのほうが大きいというか、換金額が桁違いになるため、多少の無理をしてもいい気にはなるけれど、洞窟鼠からはそういったものは得られない。
聖女様や司祭様がいない今、どの薬草が効くのかわからないタイプの毒などをもらうと厄介だし。
僕たちは彼らを刺激しないようにゆっくりと離れ、完全に視界から消え去ったところで、急いで元の入り口のところまで引き返した。
別のルートはあと三本。
もちろん、それらが今のルートより楽だという保証はないわけだけれど、今のルートを進むのにかかった時間は数時間程度だろうから、さしたロスになるわけではない。
「よっと」
シュロスが剣で岩壁に斬りつけて、印をつける。どのルートを探索したのか、印をつけておくためだ。
ついでになにがあったのかもメモとして残しておいたほうがいいだろうかとも考えたけれど。
「その心配はいりません。私が覚えていますから」
それなら、印も必要ないのでは? と思ったけれど、まあ、いいか。
なんらかの不測の事態、事情が発生しないとも限らないわけだし。もっとも、クレアと離れなければならないというのは、相当な事情だけれど。
「それじゃ、気を取り直して、二本目行くか」
シュロスが今戻ってきた坑道の隣の道へと進んで行き、僕たちは後に続く。
いちいち戻るというのは、安全ためには仕方ないというか、必要な作業だけれど、できるのなら、早々に決着をつけたい。
あの橋を何度も渡るのは心臓に悪い。
もっとも、一度は探索し、なにがあるのかはわかっているため、もし、次回があるのなら、飛んで渡ってもいいだろうとは思うけれど。
一応、地図は作成しながら、元来た道を戻り、二本目の、隣のルートへ足を踏み入れる。
「ちょっと待った」
すこし進んだところで、先頭を行くシュロスが手で僕たちを制し、足を止める。
「おそらく、そこの床、罠があるな」
シュロスは、一本の綺麗な線の入った箇所を指差している。
下から刃でも飛び出してくるのか、あるいは上から降ってくるのか、しかし、わざわざ確かめる必要もないだろう。
「そっちの床も踏むなよ。おそらく、天井が降ってくる」
また別の場所では、赤黒く染まった箇所を回避しながら、あるいは、避けようのない場所もあり。
「ガーゴイルだな。この空間で一定以上に踏み入ると襲ってくるだろう」
その部屋の四隅には、まったく同じ、大きな翼と二本の角、尻尾の生えた石像が設置されていた。
「しかし、シュロス。ここまで来たからには避けようはないですよ」
僕も、頭だけ出して、部屋の様子を確認するけれど、ほかに目立った仕掛けはなさそうだ。
圧感知系の床なら、踏み入った時点でアウトだろうし、距離的な問題ならば、飛行魔法で通過しようとしても不可能だろう。
「ガーゴイルには特殊な力はありません。石化の視線を持ち、溶解液を吐くバジリスクや、生命エネルギーを吸ってくるアンデッド、あるいは精霊などの類でもありませんし、《炸裂する魔法》で普通に倒すことができる程度には、比較的、楽な相手です」
もちろん、危険な魔物には違いがないけれど――上を見ればそれこそドラゴンなんかの最強種まで果てしないけれど――毒なども持ってはおらず、さっきのカーバンクルよりは戦いやすい相手といえるだろう。
もちろん、報酬のことを考えるのなら、カーバンクルのほうが何倍も価値はあるけれど、生命の危機的に考えれば、感染などを警戒しなくて済む分、こちらのほうが楽なはずだ。
「ほかに、入るための罠は……なさそうだな。どうする? あと二本も調べてからにするか?」
完全に安全策をとるのなら、そうしたほうが良いのだろう。
ただし、ここはまだこの迷宮の序盤もいいところのはずだ。比較的戦いやすい相手なら、経験を稼ぐという意味でも、戦って突破するのはありだろう。
「人数的に負けているところは気になるところですが、僕としては、このルートを踏破するのは無難かと思います。一応、確認しておきたいのですが、ガーゴイルが襲ってくるときには、石像から肉体のある姿に変身する魔物でしたよね?」
シュロスの主な武器は剣であり、石像を斬るのには、些か問題があるようにも思える。
もっとも、シュロスのこの部屋を確認してはいるし、問答無用で引き返そうと言わなかったことから、ガーゴイルと戦闘になっても問題はないということだろう。
実際、学院で習ったところでは、それから、実習で戦った際には、ガーゴイルは石像から肉体のある姿に変身して襲ってきたため、ここが特殊だなどというのでなければ、問題はないはずだ。
「ええ。私は直接、戦う機会があったわけではありませんが」
クレアも大丈夫そうに頷く。
ガーゴイルの――石像の数は四体で、僕たちは三人。ただでさえ、人数に差がある状態でクレアのサポートまでできるかどうかは不安だけれど。
そんな僕の不安を見透かしたように。
「ルシオン。私のことならば心配無用です。いえ、ありがたくは思いますが、任せてください」
パーティーを構成する強みの一つは連携だけれど、正反対であっても、別々の問題に対処できる、というところもある。
最初の一手で、三人で同時に一体を攻撃し、無力化してしまえば、残りは三体、こちらも三人。数の上では互角に持ち込める。
ガーゴイルの使ってくる魔法が不明な点が懸念されるけれど、それは、どこでどんな魔物と戦っても同じことで。
「わかりました、クレア。ただし、無茶はしないでくださいね」
「あなたもですよ、ルシオン」
そんな僕たちのやり取りを聞いてから、シュロスは頷き。
「そんじゃ、最初に潰す一体を決めとくか。こっから見える、奥にあるうちの一体、そうだな、右側の一対を一斉に攻撃するという手筈でいいか?」
それから、向かって右下を僕が、左上をシュロス、左下のものをクレアが対処するということで話はまとまり。
「そんじゃ、行くぞ」




