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プロローグ 2

 記憶を辿ってみても、そんな話を持ち掛けられたことは一度もない。

 おそらく、今姫様がおっしゃられたように、貴族家からの横やりで、僕以外の誰か……次席だったフィロメナのところにでも話がいったに違いない。彼女はたしかに貴族のお嬢様だったし。

 誰からうかがっていたのか、というところは少しだけ気になりはしたけれど、すでに僕とは関係のない世界の話だ。もちろん、城の魔法師に登用されるチャンスだったということは、かなり残念に思うけれど、そんな宮廷作法とか、一国民でしかない僕にきちんと務まったわけはないからな。その点、フィロメナならきっとうまくやれるに違いない。

 しかし、学院で最優秀だったというだけで、世間には大人たちが、僕なんかよりずっと優秀な魔法師や戦士がたくさんいるはずだけれど。


「魔王の手がどこまで伸びているのかという確証はありませんでしたから。優秀な対抗勢力となりそうな協会の関係者には真っ先に手をかけようと思うかもしれませんし」


 言われてみれば、城を制圧されて、騎士や衛兵、魔法師団が動けない以上、次の脅威となりそうなのは冒険者協会だろうからな。

 彼らは基本的に国政には関わらないとはいえ、有事の際にも無関心を貫き通すような、冷めた心持の人間ばかりが集まっているわけでもないだろう。というより、僕も実際に何度かお世話になっているし。

 人の危機に立ち上がるのが冒険者だというのであれば、城が占拠されるなどという事態は――手に負えるかどうかは別として――間違いなく、国の、ひいては国民、つまりは人の危機であることに違いはないのだから。それこそ、組合のように、国家を超越する事態に発展することだって、考えられないとは言えない。

 もちろん、政に関わる立場とはいえ、国王様や王妃様、そして、国政において、まだそこまでの関りを持ってはいらっしゃらないだろう姫様とて、その対象であることには違いがない。

 そして、身の安全、情報などのため、万が一にも捕まったりするわけにはゆかなかった。

 その点、僕は所詮、学院主席の卒業生だというだけだ。


「同様の理由で学院にも行くことはできませんでした。次代の育成を担う学院を予備軍として警戒したかもしれませんし。その点、すでに学院とは関係のなくなっているあなたであれば、ひとまずは、問題ないだろうと考えました」


 なんてタイミングで侵略しようなどと考えてくれたものだ。

 もちろん、タイミングなど関係なく、侵略なんてやめてほしかったところではあるけれど。

 

「それで、姫様。なんとなく事情は把握しましたが、もしかして、その魔王を打倒すべく行動を共にしてほしいというわけではありませんよね?」


「話が早くて助かります、ルシオン・グレイランド」


 なんてことだ。僕は頭を抱えそうになる。

 魔王というのがどのような相手か知らないけれど、城を占拠するような相手に立ち向かえだって?

 誰であっても大した違いはないかもしれないけれど、それでも、僕には荷が重すぎる。


「――そうですか、残念です」


 そう思ったことが表情に出てしまったのか、僕が答える前に姫様はそれだけおっしゃられると、立ち上がられて。


「お茶、御馳走になりました。お元気で、ルシオン・グレイランド」


「え? ちょっ、ちょっと、待――お待ちください」


 すぐにでも家から出てゆこうとされるので、僕はつい、呼び止めてしまった。

 

「お元気でって、これからどうされるおつもりですか?」


「もちろん、仲間を募り、力を蓄えます。私はこの神聖アステーリオ王国第一王女、クレア・フェルティローザ。魔王などという輩に国民の暮らしを脅かされたままいさせるわけにはゆきませんから」


 そんな無茶な。

 だいたい、仲間を募るって、どこで、どうやって。

 最初にここへ来た時点で、そもそも、冒険者協会にも、騎士団、魔法師団にも頼ることはできないと言っていたじゃないか。できるのなら、護衛もなく、一介の、卒業直後である、ひよっこの魔法師のところになんて来るはずがない。

 実際に見に行って……いや、どんな相手なのかほとんどなんの情報もない状態で向かえば、瞬殺されて終わるに決まっている。少なくとも城を占拠するだけの力はある相手なのだから。

 もしかしたら、まだ手が伸びていないかもしれない。けれど、制圧されていた場合のリスクは死か、捕縛か、なんにしても、天秤にかけられたものではない。

 姫様の実力を知らないからなんとも言えないけれど、一人で抗しうるとは思えない。それなら、初めから城を抜け出す理由がない。


「心配してくれてありがとうございます、ルシオン。ですが、たとえ無謀と言われようと、為さねばならないのです。それが、王族としての責務ですから。ただ座っているだけの王には誰もついてこようとは思わないでしょう?」


 姫様は虚空からローブを取り出されると、すっぽりとその長い銀の髪を覆い隠され。


「あなたが達者でいてくれるのなら、それが私の希望にもなります。時間もかけられるわけではありませんから。それでは、また」


 それだけおっしゃられると、今度こそ、姫様は出てゆかれた。もちろん、外に隠れて人が待っていた、などということはない。まあ、その場合、そもそも僕が帰ってきた時点で声をかけられているだろうけれど。

 慌ただしい人……いや、今は一刻さえ惜しいということか。

 その時間を割いてまで僕のところへ訪ねてきてくださったのに、断ってしまって、申し訳なかったかな。

 いや、でも、いきなり来られて『魔王を打倒するために力を貸してください』と言われても、信じられるというか、おいそれと頷けるはずがない。

 もちろん、彼女が姫であることは間違いないと思えたし、ならば、語られた内容にも嘘偽りはないのだろうけれど。

 だいたい、姫様も魔法師であるのなら、誘うのは戦士――前衛が良いのでは? 僕だって、多少は武術も嗜むけれど、本当にいざというときのためだし、本職には到底及ばない。もちろん剣の――あるいは他の武器であっても――腕前も似たようなものだ。

 しかし、事態は今まさに進行しているのであって、今から剣術を磨くというのでは、どう考えても間に合わない。

 そもそも――。


「なに?」


 言い訳のように理由探しをしていたところで、森のほう――つまり、姫様の走り去ったほうから大きな音が響いてきた。

 魔王を打倒するだとか、そんな大それた目的を僕に達成できるとは思えない。

 しかし、ここで女の子を見捨てるようなことになれば、夢見は悪いだろうし、なにより、男としてそんな真似はできそうになかった。

 姫様とはつい今しがた、直接会って、話までさせてもらった。探知魔法は、まったく見たこともない相手であれば働かない――たとえば、このあたりで最高の戦士を探し出してくれと言われても不可能だ――けれど、関りを持った相手であれば探し出せる。

 

「あっちか」


 とるものとりあえず、仕事から帰ってきた身のまま、その辺りにあった食材なんかを適当に《収納する魔法》で放り込み、《飛行する魔法》で姫様の反応のするほうへと飛び出した。



 僕が依頼をこなしていた森の中から、反応は続いている。

 すでに周囲は暗くなりつつあり、この街を拠点にしている冒険者であれば、すでに宿なんかに戻っていることだろう。異変に気付いていなければだけれど、僕だって姫様から聞いていなければわからなかったし、考えようともしなかっただろう。

 この森はそれほど街から離れているわけでもなく、むしろ、街から続いていると言っていいほどの場所にあり、わざわざ、魔物やらに襲われるリスクを冒してまで、森の中に泊まる必要はないからだ。路銀を惜しむという考えもあるかもしれないけれど、命には代えられないだろう。

 実際、あのように大きな音が響いていたにもかかわらず、警邏に来ているような人の気配はない。

 つまり、姫様が城からいなくなったことに対して、探しに出てこられている人はいないということだ。気づいてすらいないというのなら、そのほうが問題だろうけれど、先の姫様の話からすれば、前者のほうが正解に思える。

 僕は魔力をなるべく漏らさないように抑えつつ、姫様の反応があるほうへ向かう。近くには、三つほど――姫様の反応のほかに――魔法を使う反応が感じられた。

 どうやら、僕のところから去られた後、志を共にしてくれる相手を見つけられたのか。それならよかった。

 そう思ったのは、どうやら早とちりだったらしい。


「おい、こいつで間違いないのか」


「ああ。こんなところでのんきに水浴びなどしているから、間違えたかと思ったが、間違いない。こいつがクレア・フェルティローザだ」


「あっさり見つけちまったな」


「くっ」


 姿かたちからして、明らかに異形、つまり魔族であろう三人(三体? 三匹? まあ、なんでもいいか)に掴まっているのは、たしかに、先程まで僕と話をしていた、クレア姫だった。

 ただし、一糸まとわぬ姿の。

 右腕を掴まれて吊るされたクレア姫様は、均整の取れた、年頃の女性としておそらくは羨ましがられるだろう、そして、異性の注目を浴びるだろう身体を月明かりの元に晒している。

 

「《破――》」


「おっと」


 姫様が魔法を唱えようとした素振りを見せると、魔族のうちの一人が攻撃を加え、詠唱を中断させる。

 詠唱無しでも唱えることはできるけれど、その程度の威力では、しかも相手が僕たち人間よりも余程魔法に精通しているらしい魔族という存在なのであれば、相当の集中は必要になるだろう。あの状態ではそれは不可能に違いない。

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