ドワーフと魔封石 5
「そんじゃあ、ちょっくら準備してくるから、待っててくれるか?」
ダンバルが椅子から飛び降り、奥の扉へ向かう。
準備、というのは話の流れからして、仲間に加わって一緒に旅をすることを了承してくれたということだろうけれど。
僕たちが始めた話だとはいえ、そんなに簡単に決めてしまっていいのか? という思いがないとは言わない。
なにせ、戦っている相手は魔王軍だ。つい先日だって、誰が死んでいてもおかしくはなかった。
「どうした、そんなに目丸くして」
「えっ、いや、その、僕たちとしてはありがたい話なのですが、そんなに簡単に決めてしまっていいものなのかと」
ほとんど見ず知らずの相手の提案に乗って、下手すれば死ぬかもしれない旅への同行に了承するなんて、騙されていたらどうするつもりだろう。いや、僕たちは騙すつもりなんてないし、助かるけれども。
こんなに調子よく進むと、逆に不安になってくる。
「ん? おまえさんたちはあれだろ? シュロスの仲間なんだろ? 俺たちにとっちゃ、飲み酒友達は一生の友人だからな。そのシュロスが一緒にいるんだ。それなら、俺がついてくことになんの問題もねえ」
ダンバルが豪快に笑う。
「ルシオン。これが酒の力だ。おまえらは百害あって一利なしって言うけど、ちゃんとこうして特になることだってあるじゃねえか」
シュロスは勝ち誇った笑みを浮かべる。
いや、そんなに決め顔で言われても。
酒が身体に害を及ぼすというのは確かだし。臓器にもダメージはあるし、酩酊状態では隙だらけだし。
「べつにお酒が必須というわけでもなさそうですけれど……」
聖職者のエストが真っ当な事を口にする。
「エストのところでは、酒の類は禁じられてはいないんですか?」
アレスティエル様を信仰している、仕えている身としては、清らかな身体を保たなければならないとか。
「いえ、そのようなことは特に決められてはいません。ただ、教会という場所は、困っていらっしゃる方のいらっしゃる場所ですから、そんな方たちのお相手をするのに、酔った状態でなどいられるはずはありませんので」
それはそうだ。
助けを求めて教会に来て、出てきたのが二日酔いで、内臓がボロボロの人だったりしたら、むしろ、助けが必要なのはそちらでは? となってしまう可能性は高い。
それに、そんな状態の相手に助けられたいとは思わないだろうし。
「それに、カヴァル様はお酒を嗜まれたりはされない方でしたから」
まあ、自分の教会のところの神父様が飲んでいなくて、その弟子ともいうべき立場の人間が積極的に飲もうとするはずはないだろうな。
「そんじゃあ、今夜はぱあっといくか。景気づけにな」
ダンバルはそう言うと、脚立を持ってきて、天井を動かす。
天井の一部は蓋のように取り外して開け閉めできるようになっていて、そこに潜り込んだダンバルは、両手の指と指との間に、できる限りの酒瓶を挟んで降りてきた。
「どうせしばらく戻ってこれんなら、全部開けちまおう」
「おっ、いいねえ」
シュロスが早速受け取り、机に並べる。
僕は女性陣の顔を見まわし。
「あの、よろしければ、今日はまだ比較的暖かいですし、外で食事にしませんか?」
この小屋には魔封石がある。
ここの家主である、おそらくは自身で建てたのだろうダンバルの手前言い出さなかったけれど、僕たち魔法師にとって、魔法とは生まれたときからあって当然のもので、それが長く使えないままにいるというのは、どうにも落ち着かないものだ。
なにせ、探知魔法すら使えないからな。外でどんな脅威が迫ってきていても、まったく気づくことができない。
「それもそうだな。そんじゃあ、薪取ってくるか。ああ、おまえさんたち、料理はできたか? つっても、切って焼く、あとは煮るとか、簡単なことくらいしか、俺もやったことはないが」
基本的に、魔封石というのは希少な物であり、どこにでもあるとか、誰でも持っているというものではない。当然、魔法師の生活に関係しているということは、まあ、ないと言い切って問題はないだろう。
「まあマッチを擦るとか、包丁を使うとか、そのくらいなら」
クレアに包丁を持たせるのは少し不安だけれども。
「ルシオン? 私のことをなんだと思っているんですか?」
それはもちろん、お姫様だけれど。
城には料理人の方もいらして、第一王女であるクレアが自分で料理をするという場面はあまり思い浮かばない。
もちろん、こうして一緒に旅をしてきているのだから、クレアが料理を全くできないということではないということは知っているけれども。
そのことと、刃物を持たせることにまったく不安を抱かないかということとは別の問題だ。
シュロスが肩を組んできて。
「おい、ルシオン。せっかく、女の子の手料理が食べられる貴重な機会なんだから、大人しく待ってようぜ」
「まあ、そうですね、はい、わかりました」
自分でも、普段より過保護かなとは思っているけれども。
とはいえ、魔封石が近くにある状態では、それもやむを得ない感覚だというか。魔法師ではないシュロスやダンバルに説明するのは難しいけれども。
工房のほうには竈もあって、僕とクレア、それにリクリスは、パンを焼く役目を仰せつかった。
僕だって、随分とひとり暮らしをしている。パンの焼き方くらいはわかっているつもりだ。もちろん、本職のパン職人には及ぶべくもないけれど。
「私にも料理の心得くらいはありますよ。それほどの腕前ではありませんが」
そういうリクリスの手際はたいそう良くて、これが年の功というやつか、と感心したりもした。もちろん、エルフは年齢などに無頓着なのでリクリスも気にはしなかっただろうけれど、最低限のマナーというか、デリカシーとして、女性に対して直接言ったりはしなかった。
「焼き上がりました。どうぞ、ルシオン、そんなに疑うというのであれば、食べてみてください」
焼きたてで、まだ温かいパンを差し出すクレアは、ほんのわずかに、その金の瞳に不安の色を浮かべていた。
べつに、クレアの料理を見るのは今日が初めてというわけではなく、こうして一緒に旅をするようになってから何度か見ているのだから、不安に思うことなんてないのに。
「それでは、いただきます」
クレアが持っていた指から直接、パンをいただかせてもらう。
焼きたてだということも相まって、とてもおいしい。
表面はかりっと焼き上げられているし、中はふわふわだ。街のパン屋と比べても遜色ないくらい、などと言うとパン職人の方たちからいろいろと言われるだろうか。
「いや、ルシオン。美人なお姫様が手づから作ってくれたパンが、そんじょそこらの職人に負けるはずねえだろ。フィルターもかかってるし」
「……シュロスはなにをしているんですか?」
たしか、向こうでスープを見ているはずだったけれど。
「ん? ここでこうして待っていれば、そこの姫さんが食べさせてくれると聞いてな。待っていたんだが」
ダンバルまで、シュロスと同じように、むしろ聞いたこちらが変であるかのように首を傾げる。
そんな仕組みはないのだけれど。
「そう心配しなくても、エストがいたから料理のほうはもう済んでるぞ。味も保証する」
「ああ、あれはうまかった。酒の準備もできているしな」
二人はなにやら感慨深げに頷き合っているけれど、全部、エストに任せきりだったんじゃないだろうな。
そんなことだと、またクレアに呆れられるのでは、と思って、クレアのほうに向きなおれば。
「あの、クレア? どうかしましたか?」
クレアはパンの欠片と自分の指先を見つめたまま、ぼうっとして、固まっていた。
僕が声をかけると、慌てた様子で。
「え? あっ、いえ、なんでもありません。それでは、机に並べますね」
パタパタと走っていってしまった。
なんだったんだ、いったい?




