怪異
音楽も空気の流れも聞こえない真っ白でだだっ広い空間の中で二人の人形がタガが外れたように素早く動き出し、私の目の前に刃を振り下ろす。人間の限界の反応速度とほぼ同じ速さで動くそれに意識を向けて避けることが精一杯だった。
「速いッ…!」
自身に触れてからの物質速度変化能力の使用が間に合わない。少しでもその素振りを見せたら腕が切り落とされそうになるほどに余裕が無かった。
「ラクイラ様、それが下級の怪異の力です」
ナズナの声が部屋に響いた後に、人形が魂が抜けたかのように動きを止めた。
この僅か十数秒の一方的な攻撃に手も足も出なかった。私達の百怪夜行を止めさせるという目的が、如何に軽々しかったのかが身をもって知らされた。
下級ですらこの有様。中級、上級となるともう私はこの世に居ないだろう。
「ねぇ、ラクイラ、一つ提案なんだけど」
ガラス張りの壁の向こうに見えるグローリアがナズナの隣に立ちながらマイクに向かって言った。
「今動いてないじゃない?試しに斬ってみたら?」
ナズナが止めるよう声をあげることもなく、彼女の提案を聞き入れて剣を持つ手に力を込めて人形を両断するように振り下ろした。
剣先は確かに人形を捉えた。しかし人形には傷すら付かず、剣先が床に刺さっていた。
「それが…人間や神が怪異をどうにも出来ない理由です」
「実体が…ない…?」
「いいえ…実体は確かにあります。ですが、あらゆる事象を無視するという特性があるのです」
「それじゃどうしようもないじゃない!」
「はい…ですから怪異はどうしようもない存在なのです」
「じゃ後夜祭でのナズナはどうやって怪異を退けてるんだ…?」
私が問いかけるも彼女はすぐには答えなかった。本人にとってものすごく言い難いことだろうと察し、すぐさま撤回をした。
「いえ…お答えします……伝達は大切ですから…」
ガラス越しにでもわかるほどに彼女の面持ちが暗くなる。グローリアが背中を擦りながら彼女を支えていた。
「まず…この百怪夜行は…私のせいで五年に一度に起きることになってしまったのです」
この話をするのは初めてではないからか、周囲にいる職員たちの驚く様子はなく、静かにサインを送りながら各自の仕事をしていた。
「私の持っているこの拳銃…霊姫銃プルトガングが…全ての元凶です」
ナズナはホルスターに収められたままの拳銃を見せて話し始めた。