贄の祭り
街灯も消え、家屋の電気も消え、月明かりも遮り、ガスコンロも使えない。そして、外に出てはならない。
体長十数メートルもある「何か」が地上に音もなくあらわれ、目を光らせる。街を照らす唯一の光源であり、その「何か」の位置を知らせる指標となる。
「なんなのよこれ…!」
突然真っ暗になり、パニックに陥ってしまったグローリアが音を拾わないように耳を強く塞ぐ。こんな状況でそうなってしまうと、死への直行となってしまうため、見つかる前に落ち着かせようとゆっくりと抱きしめて頭を撫でた。
「安心してグローリアちゃん。ボクと少年はこの百怪夜行を二度経験しているんだ。ボクの言うとうりにすれば生き残れる。だからまずは深呼吸して落ち着こう」
彼女は今の状況に怯えながらも私の腕の中で深呼吸をする。それでもなかなか震えは治まらず、落ち着くまでに五分は要した。その間にも「何か」は移動をして、動く物を探していた。
「やっぱり…怖い…!」
パニックからは抜け出せたものの、やはり恐怖には打ち勝てなかった。ずっと震えながら私の服を強く掴んでいた。
「…時間が惜しい…アレがいつこっちに来るかも分からない。今のうちに状況を説明しよう…」
神様は部屋のカーテンを完全に締切、入口の覗き窓や郵便受けにもガムテープを貼り付けて外から完全に見えないようにした。
「まず、今外にいるのは…ボクは観測者と呼んでいる。奴らの視界に入っている時にほんの一瞬でも動いたら生贄の刻印をつけられ、翌日の本祭に体ごとどこかに連れ去られてしまうんだ。だから外に出ず、こうして窓を閉めきったんだ」
言わば観測者のいる今日は前夜祭。百怪夜行は前夜祭、本祭、後夜祭の三夜に渡って行われる。
「基本的に観測者は外しか見ない…でもあまりにつけた刻印が少なければ家を破壊することもあるんだ。実際にその事例が五年前にあったんだ」
「ちょっと待ってよ…あんたがラクイラと出会ったのって…」
「十年前だね」
「それでその事例があったのは五年前…そしてこの変なのを二回経験しているってことは…」
それはとても単純なことであり、この街に人を集める期間としては十分な時間であった。
「そう、この百怪夜行は…五年に一度、この時期に行われるんだ」
「五年に一度なんて覚えていられるわけないじゃない…!」
部屋の中で声を上げる彼女に神様は慌てて口を塞いだ。
「説明しそびれたけど、観測者は耳もいいんだ…小石を蹴った音でも反応するほどにね…」
神様がグローリアの口から手を離すと、少し落ち着かせてから彼女が話し始めた。
「それじゃ…私たちは何も出来ないってこと…?」
「残念ながらね…」
神様の私との出会いの話で出てきた「執行者」と同様に、人にも神にもどうしようも出来ない存在がいる。百怪夜行にて出てくる「観測者」を含む存在だ。
「前夜祭は単純に外に出ないで動かなければいいんだ。でも問題は明日と明後日の夜にある本祭と後夜祭なんだ」
神様がカーテンの隙間から外の観測者の位置を確認しながら言う。観測者の目は暗闇で眩しいほどに光り、まだこちらに向いていないことがはっきりとわかった。
「本祭は生贄の刻印が刻まれた者たちの命の刈り取り…そして後夜祭はとある人物による後片付け…」
とある人物。私はそれが誰なのか未だに分からない。この街だけの五年に一度の百怪夜行を終わらせる人物が。
「その人って誰なの?」
グローリアが当然の疑問を神様にぶつけた。話の順序を無視するまでもなかったが、観測者や百怪夜行よりも、その人物について気になっていた。
「…その人物は…黒百合ナズナ…あまり表立ってはいないものの、金融会社の社長なんだ」
「へぇ…なるほどね…」
グローリアはそう言って立ち上がり、カーテンの隙間から覗いた後に静かにベランダに出た。
「一体どこに行こうと言うんだい!?」
当然の反応だった。さっきまで突然の出来事に体を震わせていた彼女が自発的に外に出た。観測者はまだこちらに向いてはいないものの、見つかる危険性は大いにあった。
「…探すのよ。ナズナって人を…そしてさっさと終わらせてもらうの」
強気に言う彼女の足は寒さとはまた別のところから来ているもので震えていた。
「そんな…この街にいるとも限らないんだよ?それにボク達が刻印を付けられる可能性だって…!」
神様の言うとうり、迂闊に外に出れば観測者に見つかる可能性があった。街中を走っても十数メートルもあるせいか視野が広すぎる。奴らの視野が光って可視化されているのはいいものの、どこに隠れても上から見透かせそうではあった。
確証はないものの、ナズナという人物がこの街にいる前提として策を考える。やはり隙を探して走り抜けるしかないのかと思った刹那、観測者の前を一羽の鳥が横切るのが見えた。神様はベランダに飛び出し、今の光景に驚きを見せていた。
「そうか…!人間は地上しか歩けないから地面にしか意識が向かないんだ…!空中にいれば刻印が付けられる可能性が低くなるんだ…!」
観測者の視界は項垂れるように斜め下に向けられていた。もしも、空を飛んでいる時に奴らが反応しなかったら。なんて思うと、安全にナズナという人物を探し出せる道が見えてきた。
「…なら…私が適任ね…」
ベランダに出ているグローリアは純白の六枚の翼を広げた。私と彼女とで絶滅させた翼族の女王の象徴である六枚の翼…
この街にナズナがいる確証はない。二日後にある後夜祭を行いに別の街からやってくる可能性だって大いにある。この賭けはあまりに無謀なものだった。
「…グローリア、いいのか?こんな危険を犯してまで…」
まっすぐと真っ暗な街を見る彼女の足はガクガクと震えている。ここで終わってしまう可能性だってある。それでも、背を向ける様子はなかった。
「…ナズナは…この街に居るわ」
グローリアはそう良い、闇夜の中を指さした。