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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
出会いの章
6/58

神の心臓

 全ては今から十年程前のこと。あまりに変化の乏しい現代の小道の脇に立てられた神社で、参拝者の居ない神社で、誰の目にも留まることなく、誰にも信仰されることも無く、ただ無駄にここに存在していた。

 ある日、一台の見たことのない車が神社の前を通った。日光が眩しいらしいからか、サングラスをかけてスーツを着込んだ男が運転していた。こんな小道を高級そうな車で動くのは明らかに浮いていた。

 翌日、一人の少年が神社にやってきた。身長が足りずに賽銭箱の向こう側で顔を覗かせる仕草が可愛らしかったのを覚えている。

 少年は小さな手で大事そうに握りしめていた小銭を箱の中に落とした。飛び跳ねて中を覗くも箱の中は真っ暗で何も見えなかった。そして何か願い事をするでもなく出て行ってしまった。彼はそれから毎日神社に通っては願い事をせずに帰って行く。最初は変な人間だと思っていたが、日を重ねるうちに来る時間を覚え、姿も声も届かない彼を見ようとその時間に外に出て彼が来るのを待っていた。

 ある日の朝、いつもの時間に外に出ては少年が鳥居をくぐってやってくる。どこで教わったのか、賽銭を入れては願い事を始めた。

「ともだちができますように」

 そんな少年の願いが届く。そこで初めて少年がいつまで経っても独りだったことに気づいた。思い返せば、ここに毎日通っているのは見るが、それは独りの少年だけ…彼程の年齢であれば親と一緒に訪れてもおかしくないはず、それなのに彼の同伴者は見たことがなかった。

「ごめん…ボクにはその願いは叶えられない…君自身が頑張るしか…」

 もちろん声は届かない。それでも素直な気持ちを言葉に乗せる。少年は祈りをやめて参道を走り出した。

「学校いってきまーす!」

「…行ってらっしゃい」

 彼の虚勢に同情してしまったからか、少年の背中を見て小さく手を振っていた。

 その日の昼過ぎのことだった。あまりに陽気な天気の元で神社の屋根の上に座って日向ぼっこをしていると、例の少年が神社の前を一人で通り過ぎるのが見えた。同じ年頃の子供たちがグループを作って騒ぎながら帰るところが少年はずっと一人だった。

 次の日、早朝から大雨が降ると風が知らせてくれた。流石に雨の中で来ないだろうと思っていると、外から小銭が箱の中に落ちる音がした。まさかと思って外を覗くと、やはりそこにいた。

「バカだ…なんでこんな天気の中…!死にたいのか…!?」

 カッパを着た彼は大雨の中長靴を履いてやってきたようだった。屋根の瓦から滝のように流れ落ちる雨がうるさかったものの、彼の願いはこちらに届いた。いつもと変わらないあの願いだった。それでもその願いを叶えられる力はない。その願いは本当に少年自身が頑張らなければ叶わない願いだった。

「いってきまーす」

 こんな雨の中で学校へと向かう彼の背中はいつにも増して寂しげだった。帰ってくる時間になっても一人寂しく歩く。親の顔が見てみたかった。

 次の日、昨日とは打って変わって雲ひとつない晴天だった。いつもの時間に少年がやってくる…と思っていたが、十分以上遅れてやってきた。今まで決まった時間に来ていたため、こんなことは初めてだった。鳥居をくぐってやってきた少年の足取りは覚束なかった。フラフラな足で賽銭箱の前に立ち、いつも通りに小銭を入れたところでその場で倒れた。考えるより先に体が動いていた。少年の体を抱き起こし、額に手を当てて熱を測る。即座に離したくなるほどの熱を発し、このまま放置しては死んでしまうと神社の中に運び込んだ。

 息を荒らげ、身体を震わせる彼に布団をかけて氷枕を作る。大昔ならばこんな風をすぐさま治すことができたが、今となって信者が一人となってしまった今ではそんなことはできる気がしなかった。

 しばらく様子を見ていると、少年と目が合っていたことに気づいた。

「だれ……ですか…?」

 体を起こさずに、まだ火照っている体でそう言う少年に何も返答せず、黙って額に乗せたタオルを取り替えた。

「…ボクはここの化け狐…これは君が見ている夢だ」

「ゆ…め……」

 意識が朦朧としている彼を騙すのは容易い、しかし、やはり心が痛むものだった。夢と言い張ればこの出会いはなかったことになる。少年が神と出会うには、まだ早すぎる。

 次の日、彼の体調は良くなったが、それと同時に神のことを視認できなくなっていた。そしてそれから十年が経った。その間にも少年は何があろうと、毎日神社に通っては小銭を投げて学校へと向かって行った。

 随分と成長した彼の背中を見てどこか寂しい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。数多くの彼の願いを聞くも、何一つ叶えてあげられなかった。それでもこの十年間、いつか叶えてくれると信じて賽銭を入れてくれていた。そんな姿に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そして、いつか信仰をやめてしまう時が来るのだろう。それがとても恐くなり、寂しかった。せめて何か、やめてしまう前に何か一つだけでも、叶えてあげたかった。彼が信仰をやめてしまったら、この世から消えてしまうから。

「いつか…いつか叶えてくれるよね…神様…」

 時が経つにつれて少年の帰る時間がだんだん遅くなってくる。初めて見た彼の帰りは昼過ぎだったが、今となってはもう日が沈みかけていた。そんなことを言いながら神社の前を通り過ぎる姿を見ることが、とても辛かった。彼に対して何も出来なかった自分がとてつもなく情けなく見えた。

「ごめん…少年…」

 できたことと言えば、少年の姿を見て謝ることだけだった。

 彼が神社の正面で立ち止まり、なにかに反応するかのように本殿の方へ向いた。

 翌日、彼は飽きもせずにまたやってきた。今日は学校の制服を来ていない。今日のカレンダーの数字は赤かった。

 彼はいつものように賽銭を入れては願い事をする…

「変わろうとしてるのに変われない…変化に追いつけない…いつになったら変われるの…教えて神様…」

「…ボクに変えられる力があるなら今すぐにでも変えてあげたいよ…」

 目の前にいる少年に向かってそう吐いた。すると、声に反応して彼が下げていた頭をあげて目を丸くしていた。

「え…うそ…さっきまで誰もいなかったのに…」

 突然視界に入った姿に驚き、尻もちをついた。自分自身も見られていることに驚き、体が勝手に自分の顔を指していた。

「ボクのこと…見えているのかい…?」

 少年はその姿勢のまま小さく頷く。嬉しさと申し訳なさが同時に込み上げ、どんな顔をしようかと迷っていると、笑顔になりながら流れる涙を拭っていた。

「だれ……ですか…?」

 十年前と同じ問いがされる。十分過ぎるほどに時は流れた。今度は本当のことを言うことができた。

「……ボクはね…ここの神様だよ…大きくなったね…少年…」

 他にも言わなければならないことは沢山あった。それでもこれを一番先に言いたかった。この十年間、毎日彼の成長を見てきたのだから…

「…これで…ようやく私は変われるんですね…」

 少年は今まで何もしなかったボクを責めるでもなく、ただ笑って安堵していた。その表情に胸が苦しい程に締め付けられた。神の姿が見えるようになったからってなにかが変わるわけではないからだ。

「まぁ…とりあえず…ボクの神社に入る…?」

「えっ…そんな…罰当たりじゃ…」

 謙遜する少年を抱き上げて罪滅ぼしをしたいと考えながら本殿へと連れ込んだ。彼は抵抗するでもなく、ただただ困惑していた。

 定期的に掃除をして埃一つ見当たらない畳の上に座布団を置き、そこに少年を座らせる。居心地が悪そうにしながらも、まじまじと部屋の中を見渡していた。

「…なんだか懐かしい気分だな…」

 茶を準備しているところに彼が言う。十年前に夢で見たのだからそれもそうだろう…尤も、十年も前の夢を覚えていたらそれはそれで驚いてしまう。

「初めて入るはずなのに…見たことがあるような場所…」

「きっと…それは少年が夢で見たからだろうね」

「夢……夢と言えば…神様も同じ夢で見た気が…!あの時はたしか化け狐って…」

 まさか十年前の出来事を本当に覚えているとはと内心驚かされた。夢というものはすぐに忘れるものだと思っていたが、そうとは限らないようだった。

「何言ってるんだ君は…ボクはこうして狐の耳と尻尾をしているが、神様なんだよ。決して化け狐とかいう(あやかし)では無いんだ」

 茶を入れた湯呑みを乗せたお盆を持って少年のいる和室に入り、少年とお盆を挟むように座る。

「ほら、お客様は神様と言うだろう?緊張してるかもしれないけど、肩の力を抜いてくれ」

「神様に神様と言われるなんて変な気分ですけど…ありがとうございます…」

 秋風が吹き込む中、湯気の立つ茶を飲んで体内を温める。危うく舌先を火傷してしまうところだった。

「一つ…君に謝らなければならないことがあるんだ」

 熱いのを我慢しながら湯呑みをお盆に置いた。少年は頭にクエスチョンマークを浮かべそうな程に首を傾げていた。

「ボクでは君の願いを叶えることは出来ないんだ…今日まで毎日来てくれていたのに…本当にごめん…」

「そんな…なら私は一生…変われない…?」

 この十年間、少年はずっと孤独だった。友達もおらず、助けになってくれる人もおらず、ずっと一人で生きていた。そんな彼に同情し、気づけば彼の体をがっしりと抱きしめていた。

「こんなことで罪滅ぼしになるとは思わない…でも…もう君を一生一人にさせないことを約束するよ…だから君も…ボクの信者を止めないで欲しいんだ…」

 気づけば大きな尻尾も少年を包み込んでいた。

「罪滅ぼしだなんて思わないで下さい…神様といれば…もう独りじゃ無くなるんですから…」

 少年はボクを受け入れ、背中に腕を伸ばし、抱き寄せてきた。気づけばボクの手は少年の頭を撫でていた。

「…ボクの信者がこんなにも可愛かったなんてね…ボクより大きくなっても、心はまだまだ子供だね…」

 人の子がこんなにも愛おしいと思えたのは初めてだった。まるで少年の親になったような気分だった。

「あの…神様…」

 少年がボクの腕の中でモゾモゾと動く。チクチクと刺さる髪の毛がくすぐったかった。

「そろそろ離れてくれませんかね…恥ずかしいですよ…」

「……やだ…君をもう一人にしたくない…」

 少年はボクの我儘を聞いてくれていた。ボクが安心するまで、感じさせてくれていた。

 翌日、彼が目の前で眠っているところで目を覚ます。寝づらそうにしている様子はなく、安眠しているようだった。彼が起きたのは、昼前の時間だった。誰かと眠ることで孤独ではないと覚え、張り詰めた糸が緩み、ぐっすりと眠れたことだろう。

「おはよう、旦那様」

 冗談一割、九割本気で起きたばかりの少年に言うと、顔を赤らめて目を背けた。

「昨日の夜、ボクに何かしてないかい?」

 もちろん、寝ていたから何をされても分からない。それでも少年の慌てふためく様子が見たかった。

「な、何もしてないですよ!なんなんですか急に…」

「ふふっ、冗談だよ」

 ボクがそう言ったところで少年が布団から退き、畳んで和室の隅に置いた。すると、朝ごはんを食べ忘れてるほどに少年の寝顔を眺めていたからか、腹の虫が怒り始めた。それを聞いた彼が何も言わずに、奥の台所へと向かって行った。この神社はガスも電気も水道も全部通っている。ボクの生活空間とする上で必要ではないが、ただ過ぎ去っていく時間に彩りを加えるためにした事だった。

 少年は慣れた手つきで朝食を兼ねた昼食を作り、盆に乗せて持ってくる。白米にお味噌汁に魚の塩焼きに漬物といった、華はないものの、ボクの好きな物ばかりだった。そして自分で作るよりも断然満足感があった。

「ねぇ、少年…」

 こんな幸せな一時にこんな話はしたくないと思いながらも、今のうちに伝えなければならないと言う思いが割り込み、食事中に切り出した。

「ボクね…いつか君が神社に来なくなるんじゃないかって思ってたんだ。毎日賽銭を投げては叶わない願い事をして出ていってしまう…それでいつか見限られてしまうんじゃないかって…恐かったんだ。変な子供だとも思っていたさ…誰も入らない神社に毎日通うんだからね。でも日を重ねるごとに、いつしか君が来るのを待っていた。雨の日も雪の日も…そして今ではこうして君と一緒にテーブルを囲っている…だからボクは君に感謝しなければならない…君はボクにとっての神様なんだよ…大バカな、ボクの神様」

 少年の目をまっすぐ見ながら心の内を全部吐き出す。今のボクは少年なしでは生きられない。だからボクは少年にいつかお返しをしなければならないと思っていた。

「それを言うなら神様もバカですよ…いつか叶えてくれると信じてずっと賽銭を投げてきた。そして昨日…叶えてくれた。私に変化を与えてくれた。それなのに神様はもうお別れみたいな空気を出して…お礼を言わなきゃならないのはこっちなのに…」

 最初は興味本位で神社にお金を入れていた彼が今ではこうして神と向き合って話している。彼が善行を積んだから見えるようになったから…なのかどうかはボクには分からない。でも、見ることができたおかげでお互いが救われた。

「…ごめんね、こんな話しちゃって」

「いやいや、いいですよ。打ち明けてくれて…嬉しいですから」

「全く…少年はバカだなぁ…」

 少年はバカだ。大バカだ。こんなボクでも笑って許してくれる。受け入れてくれる。技術が発展し、神の力を必要としなくなった現代で、未だに神がいると信じてくれる。神が解決してくれると信じてくれている。愛おしいバカだった。

 味噌汁を飲み終えて皿を片付ける。それから少年と神社の屋根の上に登って陽気な陽の光に当たりながら雲の流れを見ていた。

「ねぇ、少年」

 沈黙に痺れを切らして話しかける。しかし返答は無く、隣を見ると、心地良さに寝息を立てていた。危なっかしいと思いながら少年の体を抱きしめ、目を閉じた。こういうのも悪くないと感じながら瞼の重みを受け入れた。

「……さま…!神様!起きてください!神様!!」

 少年に体を揺さぶられながら目を覚ます。空は夕日に焼け、妙に焦げ臭く、逃げ惑う人々の慟哭や日の前上がる音が聞こえてきた。

 屋根の上で体を起こし、少年と共に街を見下ろす。至る所に火の手が上がっていた。幸いにもこの神社にはまだ燃え移ってはいなかったが、それも時間の問題だった。

「神様!逃げましょうよ!」

「…その前に…やらなきゃ行けないことがある…」

 少年を抱きかかえて地面へと飛び降りる。炎が上がる家屋の上を、鎌を持ちながらこちらに向かってくる一人の影があった。それを迎撃するべく、神社の中へと戻り、一本の大剣である現身鏡(うつしみかがみ)を持って外に出る。その頃には鎌を持って飛び回っていた人影、執行者が少年に切りかかろうとしていた。ギリギリ間に合うほどの距離を全力で走って執行者の鎌を大剣で受け止める。ボクの後ろには戦う術を持っていない少年がしゃがみこんで震えていた。

「少年!ボクはこいつを引き止めるから、君は逃げるんだ!」

 こいつの狙いはおそらく少年。「執行者」は未来の大犯罪者を無差別に殺害し、平和を維持する存在。人間でもなければ神でもない半端者が執行者に割り当てられ、人間も神も執行者を倒すことは叶わない。それでも少年が逃げる時間を稼ぐことは出来る。

「そんなやつ…倒しちゃえばいいじゃないですか!私もやりますよ!」

「来るんじゃない!!」

 その辺に落ちている太めの木の枝を持って立ち向かおうとしている少年に声を荒らげる。少年に生きて欲しいから、まだ消えたくないからこんなことが言える。

「こいつは…こんなやつらは…神でも倒せないんだ…!」

 圧縮、炎上、氷結、感電、斬撃、打撃、刺突、銃撃、爆撃、能力、魔法、権能…如何なる力を持ってしても傷をつけることすら叶わない執行者

 。奴らに狙われると、逃げる以外に術がなくなっていまう。それも誰かが犠牲にならなければ逃げきれないと言うおまけ付き…執行者に殺される。それこそが裁きの前倒しだった。

 剣で執行者の攻撃を防ぐも、段々と力が抜けていき、立っていることが不思議なくらいに全身の力が抜けた。奴はボクの横を飛んで通り過ぎ、逃げようと背を向けた少年の体を鎌で何度も切り裂き、最後に心臓を貫き、血に濡れた鎌をそのままに、慈悲も何もかけずにどこかに飛び去った。

 手も足も出ずに呆気なくやられた悔しさを糧に立ち上がり、境内で血を流して倒れている少年の元に歩き、体に触れる。蜂の巣のように穴だらけにされた少年はもう死んでいた。

 体が少しずつ消え始める。大剣が手をすり抜けて地面に落ち、血が跳ねる。こんな状況でも少年が救える方法が一つだけあった。

 少年の胸を爪を使って中を開き、心臓を切り離して外に出す。そして自分の胸を器用に開く時間も無く、右手で自分の胸を貫き、力づくで心臓を抉り出す。まだ鼓動しているうちに少年の心臓があった場所に自分の心臓を入れて神の権能を使い、血管を繋ぎ合わせ、全ての傷口を塞いだ。そしてボクが消えかける前に少年の目が開かれた。

「かみ…さま……?」

「おはよう…少年…」

 ボクは微笑みかけるも、少年は悲しそうな顔をしていた。

「なに…やったんですか…!」

 彼の掴みかかる手が体を通り抜ける。それでも微笑むのをやめなかった。

「ボクの心臓を君にあげたんだ…これでようやく…君の願いを本当に叶えられるよ…お賽銭はもういらないから…ボクのこと…忘れないでくれ」

 神が死ぬ時は信仰が無くなった時。今日まで何も出来なかった神をたった一人で信仰していた彼に、自分の命を預けた。

 今日から少年の全てが変わる。体質、生活、運命…そして名前までもが…

「君にボクの全てをあげるよ…今日から君の名前は…」

 そうしてボクは少年に自分の名前を告げて目の前から消え去った。現世に残ったのはボクの心臓だけとなり、彼を生かすだけの神に成り下がった。

 ーーーーーーーーーー

「つまり…ラクイラは私と出会う前に既に一度死んだということ…?」

 神様の長話を飽きもせずに聞いていたグローリアが要点を一言でまとめる。彼女の手は私の心臓部に当てられていた。

「その通り、そして…神が人間に命を与えたということは、ボクは生命(いのち)の神である証…君が泣いて少年を生き返らせたのは、半分はボクの力ということなんだ」

「え…待って…なんでそれを知ってるのよ!」

 当時は神様はまだ目覚めず、現世に戻っていなかった。それなのに私が二度目三度目と死にかけていたことを知っていた。

「言っただろう?少年はボクの心臓で生きている。だから少年の体のことはなんでも知っているんだよ…そしてまだ目覚めてなかったからなかなか力を行使出来なかった…君の涙にはボクのように傷を癒す力があるんだよ」

 神様はグローリアの手を取り、自らの心臓部に当てさせた。そこにないことを確認した彼女はどこか納得したくないような面持ちをしていた。

「ラクイラは…三回も死んだのね…」

 気持ちが沈んでいる彼女の頭に神様は手を載せてゆっくりと動かす。私がやっていないからか、少し不満げだった。

「大丈夫…こうしてボクは少年が覚えてくれていたおかげで目覚めることが出来たんだ。これからは少年の傷はすぐに瘉えるし、その左手薬指の指輪のおかげでもっと自分を大切にすると思うよ。君を悲しませないためにね」

 そう聞いた彼女の表情は少しずつ明るくなるも、マイナスがゼロになったようなものになる。神様が頭から手を離すと、隣にいた私に甘えるように体を密着させた。

「…もう、死なないでよね…」

 彼女が私の胸に耳を当てているところを頭を撫でる。神様は部屋の隅に立てかけていた大剣…現身鏡を哀愁漂わせながら眺めていた。

「そうか…君にボクの全部をあげたんだよね…この剣も君の物か…大切に使ってくれよ?」

 神様の所有物ではあったものの、特別なものでは無い大剣。当時、私の前に遺して消えたことがあってからか、刃こぼれ一つもないように手入れしていた。

 それからしばらくして、外が、家の中が、目をギュッと閉じたかのように暗闇へと変わった。突然の事で理解が追いつかず、グローリアが半分パニックへと陥ってしまった。そんな彼女を宥めるべく、強く抱きしめた。

「もうこんな時期がやってきたのか……」

 月明かりすらも遮断した暗闇の中で神様の呟く。この街にだけ定期的にやってくる贄の祭り…

「百怪夜行…」

 この街には人が次々とどこからか運ばれてくる。善良な国民から犯罪者まで老若男女…幼い子供まで…そして私もその一人だった。

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