翼族の国
「どうかしましたか?」
消えたはずの既視感のある景色に呆れている中、微動だにしない私に不審を抱いた彼女が顔を覗き込んだ。
「あ、いや、なんでもない」
きっと気のせいだ。グローリアが壊したのを確かにこの目で見たのだからありえない。なんて自分に言い聞かせながら疑念を振り払ってエルピスの手に引かれる。
「あそこが、私が行きたかった場所です」
広く長く続く草原を歩き、小さな丘のてっぺんで彼女が遠くにある城を指す。窓にステンドグラスが施された白い壁の城の下には街が広がっている。城下町だ。
地面に埋まってしまいそうな程に重たい足を引きずりながら、今にもスキップしてしまいそうな程に軽い足取りの彼女に引っ張られながらあっという間に城下町前に到着する。ワクワクしながら石畳に足を踏み入れたその瞬間、エルピスの表情が一転して緊張感が周囲を支配し、冷や汗が流れるのを見た。
「誰もいない……!?」
ここはあそこで間違いないようだ。グローリアが女王として目覚めさせられ、私と彼女の手で絶滅された翼族の国……まさか再建されているなんて思いもせず、再び足を踏み入れるなんてもってのほかだった。
「誰か!誰かいませんか!」
「ま、待て!エルピス!」
突然危機感に逼迫した彼女が私の手を離して走り出しては誰もいない城下町に声を響かせる。遠くからエルピスの呼ぶ声が聞こえて来るる中、私は石畳の上を歩いてとある宿の中へと入って行った。
受付を横切って階段を昇り、二階にあるとある一室へと入る。部屋の隅に置かれたシングルベッドに腰をかけ、すぐ隣に手を置く。そこに彼女の温もりはなく、冷めきった布にシワがついてしまっただけだった。
この地に未練なんてとうに無くなり、あとはエルピスがここに来て何をするかによってやることが変わってくる。
宿を出て、いずれ彼女がやってくるだろうと踏んで街の中心に鎮座する大きな城へと入る。あの時とは違って門は開放され、自由に出入りが可能となっている。城内にももちろん誰もおらず、島を統治する司祭も誰一人としてここにはいなかった。
「はぁ……はぁ……ら、ラクイラさん!誰か見かけましたか」
静寂と化したこの国で唯一騒がしいエルピスが息も絶え絶えで城内入口で膝に手を付きながら呼吸を整えるよう深呼吸を始める。私はそんな彼女に背を向けながら振り向かずにいた。
「いや、見かけてない」
彼女の姿を絶対に見ないよう目を伏せて首を横に振る。背後から少しずつ静かな呼吸を取り戻しながら城床の大理石を響かせる音が近づいてくる。
「少し待っててください。この城の中も探してきます!」
私の横を通り過ぎたところでエルピスは走って遠くへ行ってしまう。今度はその姿を止めず、見送ることもせずに、その場で怒りと悲しみが入り交じった感情を抱きながら背中の大剣を抜こうかどうかを迷っていた。