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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
喪失の章
52/58

ゴンドラでの日跨ぎ

「……月が…綺麗ですね…」

 ゴンドラが止まってから何分たったのだろうか、エルピスが遠くの月を見ながら弱々しく呟いた。体をひねり、後ろを振り向くと、そこには確かに綺麗な三日月が夜空を照らしていた。ようやく話し出してくれた彼女に安堵すると自然と笑みがこぼれ、彼女の方へ体を戻すと、月光に輝く一粒の涙を零しながら力なく微笑んでいた。

「ラクイラさんがいても…精神的支柱があっても……声を上げることなんてできないものなんですね」

 先程の地下鉄であったことだろうか、それとも公園であったことだろうか、どちらにせよ自分が護衛という任を全うできていないことで彼女があんな目に遭ってしまったことが事実だった。

「…ごめん」

「謝らないでください…ラクイラさんはナンパから逃がしてくれました…痴漢の犯人を追い出してくれました…私を…安心させてくれました」

 それでも彼女は涙を流し、膝を抱えて震え出す。

「どうして毎度私なんでしょう…私が何をしたのでしょう…」

 心の傷を負った時、なんて声をかければいいのか男の私には分からない。「気にするな」なんて無責任なんてことは到底言えないし、「私がいるから」なんてことも言えない。私が彼女と行動を共にできるのはこの依頼の中だけなのだから。

「私ってばダメダメですね…強くなりたいと飛び出したのに…弱いままで…」

 歯までガタガタと震わせる彼女に、今まで着ていた上着を羽織らせる。心が弱っている時には温めると良いといつだかに小耳に挟んだ。人の波の中を歩いている時だっただろうか。

「あ…ん…温かいですね」

 羽織らせていた上着の襟を掴んで肩から落とさないように着込む。白を主とした彼女の服装に私の黒い上着で統一性は崩れてしまったものの、ようやく目に光が宿って笑ってくれたので良しとした。

「寒く…ありませんか?」

「正直言うと寒い…でも、エルピスが寒そうにしてたから、貸してあげるよ」

 そう言って大きな欠伸を漏らし、少しでも自身を温めようと脇の下に手を入れる。決して座り心地の良くない椅子の上で体を丸め、窓ガラスを枕代わりに体重をかけて目を閉じる。エルピスは自分のコートと私の上着を布団代わりにかけ、二人用の椅子に横になっていた。

 翌日、瞼の向こう側から照らす光よりも、右肩に伝わる熱で目を覚ます。重い瞼を開けると向かいにエルピスはおらず、顔を熱が伝わる方へ向けると、彼女が私の肩を枕にして寝息を立てていた。

「ん…んぅ…あと五十分……」

 アラームがない中、彼女が寝ぼけながらそんなことを呟いて私の腕を抱き枕代わりにしがみついて密着する。未だにゴンドラが動く気配はなく、機械の駆動音ではなく、彼女の寝息と小鳥のさえずりが朝を知らせていた。

「ん…ぅ…」

 右腕にモゾモゾと動くような感覚が伝わり目を向けると、陽光の眩しさにうっすらと開けた目を擦っているエルピスが大きな欠伸をした後にため息をついた。

「もう朝…せっかく心地よく眠れたと言うのに…全く酷いと思いませんか?」

 彼女がこちらへと振り向く前に静かに目を閉じて硬い窓ガラスを枕代わりに頭を寄せる。なんといい朝なのだろう。私の隣にいる人がグローリアだったら百点満点の朝だった。もしもこんな所を彼女に見られてしまったら命がいくつ会っても足りないことだろう。

「む…寝たフリですか…つんつん」

 見てないことをいいことにエルピスは自らで擬音を口ずさみながら不満げに私の頬を人差し指でつつき始める。細くてほんのりと冷たい人差し指に不服を抱きながらも恥ずかしさのあまりに何も出来なくなってしまう。

「あ…えへへっ、つんつん♪柔らかくてプニプニしてて…気持ちいいですね」

 何の変哲もない頬でこんなにも楽しそうに遊ばれながらも寝たフリを続ける。どうにもエルピスはまだ私の腕から離れてくれないようで、そのおかげで目を開けることが恥ずかしくなってしまっている。

 日もだいぶ昇り、暖かくなってきたところでガコンとゴンドラが揺れ、歯車の噛み合って動く音とともに前へ進み出す。反射的に目がカッと開き、横顔が端に映った。こんなにも呼吸がすぐ近くにまで感じてしまいそうにまで接近されていたことに思わず赤面してしまう。彼女が何をしでかそうとしていたのかは分からないが、硬直したまま同様に顔を真っ赤に染め上げていた。

「お、おはようございますっ!ラクイラさん!」

「お、おう…おはようエルピス」

 互いに驚きを隠せずに動揺しながら挨拶を交わす。こんな慌てた朝を迎えたのは初めてだ。

「あのー、エルピスさん?」

 痺れを切らし、今までとは違う呼び方で尋ねてみると、彼女は顔を染めたままピクリと体を跳ねらせた。

「はいっ、なんでしょう」

「そろそろ離れてくれないかな」

「えっ」

 エルピスは目を丸くさせて絡みついていた腕に落とし込む。

「えっとそのこれは、深ーい訳があってですね……」

 冷や汗をかきながら弁明する彼女がなんとも愛らしく、これほどの可愛い悪事ならなんでも許せてしまいそうな気がした。

「要するにですね、この椅子が硬かったのでラクイラさんの肩を借りたということなんですよ。おかげで熟睡出来ました。ありがとうございます」

「ど、どういたしまして?」

 間髪入れずに感謝まで伝えられてこちらのお気持ち表明ができぬまま、ゴンドラは乗降駅に到着する。始動させて程なくして客が降りたことに駅員は驚きを見せたものの、詳しい説明はあまりせずに切符を渡して後にした。

 ゴンドラを降りたらようやく解放されると思っていたが、どうも現実はそうも都合よく巡ってくれない。

「昨晩ラクイラさんが私の恥ずかしいお願いを叶えてくれると言っていたので、離れません」

 昨晩エルピスが言っていたお願いとは立場が逆転してしまっているような気が否めない中、この山頂に建てられていた小屋の裏側へと足を踏み入れる。全く手入れのされていない背の高い草を掻き分けて奥へ奥へと歩を進める。

「ラクイラさんは私の彼氏となったのですから、何かあったら手を取り合って助け合いましょう」

 そう言った瞬間だった。彼女が草で隠れていた小石に足を躓かせて転びかける。しがみつかれていた私も道ずれにされかけるも何とか堪え、産まれたての子鹿のように足をふるわせて手を握っている彼女を引き上げた。

「あ……ありがとうございます……彼氏さん」

「全く、気をつけてよ、彼女さん」

「な、なんだか照れくさくなってしまいますね」

 ようやく直立して歩けるようになったエルピスに再び案内され、誰も足を踏み入れないような獣道をゆっくりと進む。自分の腰あたりにまで背の高い草に囲まれていると、自分の背が縮んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。

「確かこの辺りに、あっ、ありました」

 雑多に伸びた草地の真ん中で彼女が足を止め、周囲をまさぐるように足をぺたぺたと踏ませる。ゴンゴンと金属音のする所を何度も踏み鳴らしたところでしゃがみこんで身を隠し、足元にある金属のそれを触っていた。ボタンが押される音が何度もした後に光の柱が足元から現れ、立ち上がった彼女が手を差し出した。

「行きましょう。この先が、私が行きたい場所です」

 神秘的な光を前にエルピスの手を取り、柱の中へと飛び込む。

 そこは雲より高いところにある島の草原の上、遠くからでもわかるほどに大きな城がそびえたっている。ここには見覚えがある。かつてグローリアが崩壊させたはずの浮き島、翼族(パラスキニア)の国だった。

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