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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
出会いの章
5/58

人と神

「君のその願い、叶えてあげようかな」

 今まで誰もいなかったはずの背後から調子に乗った中性的な声が聞こえてきた。グローリアと出会うよりも前に、私の命を救った存在がそこにいた。声の主の姿を見るために振り向くと、黒髪頭には狐耳、下半身から伸びている綺麗な毛並みの一本の狐色の尻尾、丈の短い黒地で桜柄の和服に黒単色のネクタイ、肌の色を透かさない黒タイツに黒いスカートといった、昼間に黒で身を包んだ存在が、神がいた。

「やぁ少年、元気かい?」

 久々に聞いたそんな挨拶も、数年ぶりに聞いたかのような感覚に満ち溢れる。突然の出現に私の隣にいたグローリアは呆気に取られていた。そんな彼女を横目に、私は何を最初に話そうかと言葉に詰まっていた。

「久々に起こされたと思えば…少年がボクを差し置いて女の子を連れてるなんて…一体いつそんなだらしない人の子になってしまったんだ…」

 勝手に話を展開しては勝手に落ち込んで泣いているふりをしている神様を放置し、固まっているグローリアに紹介することにした。

「グローリア、えっと…この…人?この方?まぁいいや、この目の前にいるのは本物の神様で…」

「はーい!ボクは神で、少年の命を救った落伊良伊倉でーっす」

 快活に自己紹介をする神様の目には、涙の跡など全くなかった。そんな中、グローリアは名前を聞いた途端に目を丸くした。

「えっ…らくいら…?こいつと…同じ名前…」

「えっ?あっうん。だって少年が名乗ってる名前はボクがあげた名前だからね」

 彼女は私と神様を見比べる。それだけではまだ何も理解できないだろうと踏んだ神様は、私が地面に置いたレジ袋を持って神社の中へと入って行った。

「さ、二人とも、ボクの神社の中に入った入った」

 一体何事かと全く着いてこれていないグローリアの眼前を手を上下させて意識の確認をする。顔を覗き込むも、反応することはなかったため、顔に手を触れると、我を取り戻した、

「はっ…神が居ない…!?それもそうよね。きっと夢よ!神なんているわけないじゃない!いたとして姿を見せるなんてありえっこない…」

「二人ともどうしたんだい?外は寒いから早く中においでよ」

 本殿の戸を開いて顔を覗かせる神様を見た彼女は再び固まり、現実だと信じずにいた。神様の言った通りに外は肌寒く、このまま無駄に外にいると風邪をひいてしまいそうだったため、グローリアを無理やり背負い、神社へと上がることにした。

 しばらく使われていなかったからか、中は埃にまみれ、柱の隅に蜘蛛の巣が張られていた。それでも私たちが上がる前に少しでも掃除をしていたからか、座る場所は確保され、不快感もさほどなかった。

「ふぅ…寒い寒い…こう寒い日ってあんまり好きじゃないんだよね…」

 神様の生活空間、居間に入るなり、こたつを準備しながらそんな独り言を呟いている神様がいた。私たちが入ってきていることには既に気づいているようで、返事が欲しいからか私のことをチラチラと見ていた。それでも私は準備が終わるのをただ待っていた。

「いやぁボクも外に出るのは久しぶりだからさ…汚くてごめんよ」

 埃まみれの畳とは打って変わって、立てられたこたつは新品のように清潔そのものだった。未だに固まっているグローリアをこたつの中に入れて暖を取らせる。気温一桁では無いものの、さすがに露出している手や顔は寒かったことだろう。私も荷物持ちで疲れた体を休めようと中に入ると、その瞬間に極楽気分を味わった。

「はっ!ここどこ!?って何よこれ!?すっごい暖かいんだけど…!」

 冷えた体が暖まったからか、再び我を取り戻し、今度はこたつに驚きを見せていた。

「おや、君はこたつを知らないのか…可哀想に…」

 神様が煎餅や饅頭が入れられた深皿を手に持ち、グローリアと対面する位置に入った。そろそろ慣れたからか、もう固まることはなく、しっかりと目を見ていた。

「そういえば少年、ボクまだこの子のこと何も知らないんだけど…?」

 グローリアと神様がお互いにお互いを凝視する。神様は純粋な疑問の眼差し、グローリアは目の前に座っているのが本当に神なのかと疑う眼差し…

「ええっと…どこから話しましょうかね…」

 出会った経緯、素性、現在…どこを切り取っても話が長くなりそうなため、上手く繋ぎ合わせようと頭の中で説明を考えているうちに彼女が立ち上がり、純白の六枚の翼を広げた。

「ほぅ…?」

 それを見た神様は彼女に多大な興味を持ったことだろう。穢れなき純白の翼は何物にも例え難い程の色を放っていた。

「…私はベル・グローリア。翼族(パラスキニア)の女王にして生き残り…今はこいつと一緒に生活しているわ」

「へぇ…!」

 興味の眼差しを向けていた目がきらびやかになる。

「つまり少年と君は夫婦ということだね!」

「は…はぁ!?」

 神様の不意を突いた発言にグローリアが顔を赤く染めた。それを見た神様はからかうように私を肘で突小突いていた。

「夫婦じゃありませんから…」

「じゃ少年はボクが貰っても…」

「それはダメ!!」

 割り込むようにグローリアがコタツの天板を叩く。その直後、自分が何を言ったのか理解したからか、更に顔を赤く染め上げた。割り込まれた神様は怒りを見せるでもなく、恋路を見守るかのようににやけていた。

「えっ…えと…ちがっ」

「そんなに少年のことが好きなんだー?」

「もうやめてあげて下さいよ…」

「そうだね…流石にからかいすぎたかな」

 神様は珍しく素直に折れてコタツから立ち上がり、比較的綺麗なタンスの引き出しの中から手のひらサイズの小さな箱を二つ取り出し、天板の上に置いた。

「これは…?」

「あぁそれ、まだ開けないで、家に帰るまで絶対に開けちゃダメだからね、いいかい?絶対にだよ。ぜーったいにだよ」

 フリなのかと思わせるように強く念押しをされる。しかしその表情に冗談を言っているようには見えず、今までのおふざけのものとは真反対の、至って真面目なものだった。

 小箱を受け取り、外が暗くなる前に、コタツから出れなくなる前に神社から帰ろうと外に出る。本殿の外にまで見送りに来てくれていた。

「いいかい?二人とも、絶対に家に帰るまで開けちゃダメだからね」

「はいはい、分かったわよ…もう聞き飽きたわ…」

 グローリアには明らかに疲れの色が見えていた。先程の小箱は落とさないようにレジ袋の中に入れ、触れないようにしている。

「…それじゃ、またね、少年、グローリアちゃん」

 鳥居をくぐって外に出ようとしたところで、どこか寂しそうな神様の声が聞こえてきた。本殿の方へ振り向くも、既にそこに神様の姿はなかった。

「全く…なんだったのよあの神は…何もしてないのに疲れたわ…」

 両手にはレジ袋、背中にはグローリアといったあまりに過負荷な状態で隣町にある自宅へと帰る。徒歩の振動で擦れるビニール袋の音がやけに心地良かった。

 グローリアに鍵を開けてもらい、ようやく帰ることが出来た。レジ袋をテーブルの上に置き、中のものをとりあえず適当に冷蔵庫の中へと押し込む。そうして残ったのは、神様から貰った二つの小箱だった。

「…もう家に着いたから開けてもいいのよね?開けるわよ?」

 私に確認を取るも、彼女の手の中には既に開けられた箱があった。その中身は、大切に包み込むクッションの中にある煌びやかな指輪だった。

「え…なに…これ…」

 単純に分からないのか、それとも思考が追いついていないのか…グローリアが目を見開いている中、もう一つの箱を開けると、同じものがもう一つ。このワンペアの指輪を見てあることを思い出す。それは神様とのことだった。

「約束、守ってくれたようだね」

 ここは神社では無いにも関わらず、背後から突然神様の声が聞こえてきた。それはあまりに突然な来訪だった。

「…良かったよ。君達がしっかりボクの言ったことを守ってくれて…その指輪、君達にあげるから、無くさないでね」

「指輪…?これって指につけるの?」

 今度の彼女は神様を見て固まることはなく、指輪と見比べていた。

「うーん…コタツも知らなければ指輪も知らないとは…この先が心配だなぁ…」

 神様はそういい、何も知らないグローリアに耳打ちをする。その間に彼女の視線は手元の指輪に向けられていた。神様が彼女から離れる頃には、指輪を箱から取り出し、左手薬指にはめようとしていた。嬉しそうにはにかんでいる神様の表情がなんだか温かかった。

「ラクイラ!あんたのも寄越しなさい!私がつけてあげるんだから!」

 彼女はこれが何を意味しているかも分からずに私の手の中にある指輪を引き取り、優しく左手薬指にはめた。その時の彼女の表情は十割の嬉しさだった。

「これでお揃いね♪」

 やはり分かっていなかった。そんな彼女を見て私は顔が熱くなり、目を背けた。

「はい、二人とも結婚おめでとーわーいわーい」

 静かに騒ぐ神様を見てグローリアはようやく理解したのか、顔を真っ赤にして神様の着物の襟を掴んだ。

「あんたねぇ!こういうのはムードっていうのが大事でしょうが!!というかなんでこれが結婚のことだって言わなかったのよ!」

「だって言ったら恥ずかしがってやらないと思ったから…いいじゃん別に…満更でもないんでしょ?」

 不貞腐ったと思えば開き直って諭す。神様の自分勝手なところは変わってないが、その勝手さが誰かのためであることも変わっていなかった。

「そうだけど…そう…だけど…」

 彼女は納得しないながらも、指輪を見ては沈みかけている夕日に掲げてその輝きを目に刻む。

 未来へ進めば過去は美化され、今を生きれば未来は変わる。手入れを行えばその輝きはずっと続くかもしれない。しかし、いつかその繋がりが当たり前となってしまい、脆くなってしまう時が来ないとは限らない。その輝きを見ることが出来るのは、今だけだった。

「あ、そうだ」

 物思いに耽っている所を神様が空気をぶち壊す。どうやらこのためだけにきたようではないようだった。

「グローリアちゃんにボクと少年の話ししてなかったね。今の少年の状態に関することだから知ってて損は無いだろうね…」

 そう言って神様は狭い部屋の中に敷かれた丸絨毯の上に座った。

「話そうか…君の知らない少年のこと、そしてボクのこと」

 神様と出会ったのはグローリアと出会う数ヶ月前、事の発端はその十年以上前の出来事だった。

ラクイラの運命はグローリアと出会う数ヶ月前から狂い始めた。人と神が入り乱れてはならない現代で、神は人に加担せざるを得ない事態が起きた。神は、少年に名を与えた落伊良伊倉の体内は、その日から心臓を失っていた。

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