一冊の絵本
むかしむかし、あるところに、大きな羽を持った人達が、ある大切なものを探しながら各地を飛び回っていました。
そこへ、一人の女の子が迷い込み、羽を持った人達は大慌て、泣き出してしまった女の子を慰めようと、「お母さんはどこ?」「どこから来たの?」「お名前は?」と聞いても、女の子はわんわん泣きながら首を横に振るだけでした。羽を持った人達はみんなで話し合い、迎えが来るまで女の子をお世話することにしました。
それから何日、何ヶ月、何年経っても女の子の家族は探しに来ませんでした。気づけば女の子の背中には小さな六枚の羽が生えていました。羽を持った人達は大喜び、探していた女王様がこんなにも近くにいたからです。
「いつになったら外に出ていいの?」
女の子が女王様だとわかった途端、女の子をお城の玉座に座らせ、豪華な食事と優雅なダンスで楽しませようとしていました。しかし、女王様の願いはみんなのように外で飛び回ること…お城の人達は、その願いだけは叶えてくれませんでした。
ある日、女王様の元に一人の旅人がやってきました。旅人は小さなカバンと大きな剣を背負い、羽を持った人達に歓迎されながら城へと入ったのです。
女王様は旅人に「外の話を聞かせて」と言うと、旅人は快く旅の話を女の子に聞かせました。どんなに長くても、どんなに辛い話でも、女の子は旅人の外の話の続きが聞きたいと、一緒に喜んだり、一緒に泣いたり、時に慰めたり、女王様は旅人に寄り添ってあげていました。
お城の人達もみんな寝てしまった夜、旅人は「そろそろ行かないと」とお城から出ていこうとしたその時でした。
「私も連れて行って」
旅人は最初は信じられないと言うほどに驚きましたが、それも直ぐに笑顔へと変わり、そして女の子に手を差し伸べて
「一緒に行こう」
と、言いました。女の子は大喜びし、旅人の手を取って初めてお城から飛び出しました。
二人がお城から逃げる中、空から羽を持った人達が女王様達を呼び止めるも、二人は止まらず逃げ続けました。
羽を持った人達は旅人に怒り、女王様が誘拐されてしまうと襲い掛かりました。旅人は大きな剣を抜き、こう言いました。
「逃げて、外の世界を見ておいで」
女の子は旅人の服を掴んで離れないようにするも、苦しい顔をする旅人に振り払われてしまい、そして旅人は羽を持った人達によって傷だらけにされ、そのまま動かなくなってしまいました。
女の子は旅人の体を抱きしめ、わんわん泣きだすと、旅人はゆっくりと目を開けて、笑顔で言いました。
「逃げて、幸せになっておいで」
小さく聞こえた旅人の最後の声に女の子はさらにわんわん泣きだし、六枚の羽を大きく羽ばたかせ、旅人を連れたまま、追いかける人達から逃げるように雲の下へと消えてしまいました。
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裏表紙に触れている最後のページをめくると、その先にはあと数ページほどあったはずの紙が破かれ、絵の端もなく、物語の結末が分からないようになってしまっていた。
幼少期からこの本を飽きずに毎日のように読んでいるものの、一度もこのお話の結末を見届けておらず、新品の本を探そうと図書館を巡っても、もう既に出版が無くなっていた。
「また見れなかった」と大きくため息を零すと、吐息が冷えて白い雲のように目に映る。気づけば陽は沈み、もうすぐであの時間になろうとしていた。いつかあの旅人のような人に会えると夢を見ながら星を見上げる。一筋の流れ星に願いを込めて、無名作家の無名な絵本をカバンの中へと丁寧に入れ込み、本を破かないようにチャックを閉めた。