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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
喪失の章
44/58

護衛依頼

 それは、ボールペンでその場で書いたような手書き文字ではなく、パソコンで打ち込んだものを印刷した依頼書だった。

 依頼者:????、黒百合ナズナ

 区分:護衛依頼

 依頼内容:本日より二日後の午後六時、天へ登る聖堂の森周辺にある公園から目的地までの護衛をお願いしたいそうです。その方は理由も素性も目的地も明かさぬままどこかへと去って行ってしまいましたが、あまり悪い人では無いように見えます。どうか我社の進歩のためにも、その方のためにも、よろしくお願い致します(^^♪

「最後のこの顔文字のおかげで一気に和やかになったな…」

 依頼内容を頭の中で読み上げ、抱いた疑問を述べようとしたところで最後の顔文字が目に移り、全てが霞となって消えてしまった。興味を抱かれたグローリアに依頼書を横取りされてしまったところでナズナがクスリと微笑み、小さくガッツポーズを見せた。

「伊倉様に助言を頂き、社員の方達と一緒に考えていたら、シンプルなものがいいとのことでこれに落ち着きました」

「これが…顔文字?」

 彼女が背負われるように私の肩の上に乗っ掛かり、依頼書の例の場所を指して訊く。彼女にとっては無関係の記号がなんの法則もなく並んでいるようにしか見えないのだろう。彼女にも私のような端末を所持させないと連絡にも困る頃になってしまった。

「あぁそうだよ…ちょっと待って…」

 ポケットから端末を取りだし、キーボードを表示させて「にこ」と二文字だけ試し打ちする。白い文字で映る予測変換の中に、この紙に書いてあるものと同じ記号の羅列が表示されていた。すぐ後ろで画面を覗いている彼女に見せると、見よう見まねで画面に指を触れては上下左右に画面を動かす。予測変換の中に登録されている数々の顔文字に飽きることなく全て眺めていた。

「ふぅん…私にはこれが顔には見えないけど、面白そうね!私だけの顔を作ってやろうじゃない!」

 彼女は私の背に密着するよう肩に乗ったまま端末を注視し、オリジナルの顔文字を作ろうと模索し始める。重いのだが当然口にすることは出来ず、神様とナズナに微笑ましい光景と捕らえられながらテーブルに置かれた依頼書を手に取り、その内容を読み返した。

「この依頼持ちかけられたのっていつ?」

 内容の一番最初には「本日」と書かれている。その「本日」というのが今日でないのであれば、最悪今晩がその依頼当日ということが考えられた。

「昨日の…伊倉様の刀を取りに向かった帰り…ですよね?」

 ナズナは一人呟いて後ろに座っている神様の方へと体を向ける。神様は昨日あったことを思い出そうと腕を組み、低く唸っていた。

「どっちだったっけ…昨日だったことは間違いないんだよねー」

「あー…昨日ってことがわかったので思い出さなくていいですよ…ってことは明日か…」

 あと一日帰りが遅かったらと考えるだけで、彼女の野望が潰えてしまったかもしれないと心の中で震え上がる。

 護衛など当然やったことは無いものの、協力すると言った手前、もう手を引くことは出来ない。明日のために少しでも体力を戻そうと、早々に切り上げてグローリアを背負ったまま部屋へと戻る。彼女は私の端末に夢中でベッドに寝かせられたことに気づいていなかった。

「グローリア、そろそろ返してくれないかな」

 夢中になれることはいいことなのだろうと諦めつつ、彼女から端末を奪い返そうと手をかけると、体を左右に揺さぶって振りほどこうとしていた。

「やぁだぁ、もっとやらせなさい」

「明日のためにもう寝ようと思うんだけど」

 私の反応がなくなってしまうと踏んだのか、彼女の体がピクリと跳ね上がり、そのまま少しの間固まる。そして静かに電源ボタンが押され、生きたブリキの人形のようにカクカクとした動きで端末が返却された。

 端末をスタンドテーブルの上に置き、同じベッドの上で互いを密着させて布団を被る。自分より大きな体に顔を埋める彼女の姿は、さながら人になつききった猫のようだった。

「…おやすみ、明日の護衛の仕事…頑張んなさい」

 大勢から言われるよりも何十倍、何百倍もやる気が湧き上がる彼女の激励に眠れなくなってしまう。彼女はそんな私の内を知る由もなく、私よりも先に寝息を立てていた。動物的な愛くるしさに加え、狂愛と蔑まれてもなんとも思わないほどに感じる異性としての愛おしさがそこにはあった。こちらからも抱きしめずにはいられなくなり、私よりも一回り小さくて柔らかい体を抱擁し、愛でるように優しく撫でる。彼女はうなされることはなく、それどころかきっと幸せな夢を見ていることだろう。そんな安心感に、疲れに、睡魔が襲いかかり、寝顔を堪能する前に意識を手放してしまった。

 明くる朝、頬に伝わる彼女の冷たい手の温もりとは別に、背中から来る人肌に目を覚ます。

「おはよう、偉くぐっすり寝てたみたいね」

 目を擦り、壁掛け時計を見るために体を起こそうと試みるも、どうにも体が異様に重い。下半身は軽々と動かせるのだが、上半身が異様に重い。その正体は私の背にあることは間違いなさそうなのだが、彼女に頬を触れられ、動かすことが出来なかった。

「今…何時…?」

「午前三十五時ね」

 一日は四十八時間だったかと寝ぼけた頭で洗脳されかけるも、瞬時に知性が修正させた。

「あぁ…十一時か…もうお昼なのか…」

 一体何時間寝てしまっていたのだと自分に呆れる中、どこからか腹の虫が怒る音が聞こえてきた。

「…私じゃないわよ?」

 いの一番にグローリアが否定するも、確かに今回はグローリアではなく。私でもない。だとするならば、私の後ろにいる人物なのだろうと推測できた。

「うぅ…お腹空いた…」

 キュルキュルとなる腹を擦りながら彼が言う。その声はまだ眠気にまみれ、昨日の飛行で消費した体力が回復しきっていないのだろう。寝ぼけた彼はモゾモゾと私の背中をよじ登り、二の腕あたりに牙を立て、服越しに肉に食らいつくようかぶりついた。

「いぃった!レイカ何してるんだ!」

 皮を貫く鋭い痛みに目が覚め、傷口の熱に正常な思考が奪われながらも、かぶりついている彼の方へと力技で振り向くと、既にそこに彼はいなかった。

「いまさっきここにレイカいたよな」

「え…えぇ」

 噛まれたことに対する怒りよりも、突然姿を消した驚きが勝り、彼がいたはずのベッドの端に手を載せる。そこには確かに彼の熱がある。数秒やそこらでは消えない熱に、手を抑えていた。

(あれ…ここどこ…?)

 突然脳内に姿を消した彼の酷く困惑した声が響く。普段であれば神様がそこにいるはずだが、今はどうやらそこに棲んでいないようだった。

(そこにいたのか…)

(ご主人様の声…?た…助けて…ここ暗くて怖い…)

(大丈夫…多分そこ、私の中だから)

 落ち着かせようと考えうる場所を教えるも、彼は疑問に声を漏らして混乱してしまう。模索するよりも、神様に脱出方法を教えてもらう方が早いような気がした。

「おっはよー少年ー!」

 嵐は突然のようにやってくるように、神様が部屋の扉をノックもせず勢いよく押し開いては部屋の中を見渡した。

「あれ?レイカ君は?少年と一緒に寝るって言って、まだ出てきてないからここにいるはずなんだけど」

「…多分…私の体の中です」

 彼に噛まれた傷口を隠していた手を離すと、神様は全てが繋がったと言わんとするように手のひらを拳で叩き、傷口を治してから私の中へと飛び込んだ。

(あっ…狐の人…)

(やぁやぁレイカ君。ボクは少年の神様だよーここからの脱出方法を教えてあげよう)

(え…なんか胡散臭い)

 見知らぬ人が突然神を名乗りだし、己が求めていたものを都合よく提供しようとしてくるのは確かに容易には信じられない。それでも私からはあまり口出しはせず、彼と神とのやり取りを傍聴へと徹した。

(まぁまぁボクが神ってことは信じなくてもいいから、とりあえずここから脱出しようじゃないか)

(……わかった)

(方法は簡単!この場で高く飛び上がるだけ!とうっ!)

 そう言った神様が華麗に私の体から飛び出して床の上に着地する。それに続いてレイカが飛び出し、突然の景色の移り変わりに対応出来ず、神様とは正反対に床に打ち付けられてしまった。

「いってて…何とか出れた…」

「レーイーカー?」

 埃を手で払い、一安心している背中に圧をかける。彼はなんの悪びれもせずにこちらに純粋で無表情な顔を向ける。

「なんで私な腕を噛んだんだ」

「…美味しそうだったから」

 これは一体褒められているのか、食べ物として見られているのか、なんとも怒るに怒れない。

「全く…食べるなら事前に言ってよ、神様宿すから」

「「あっ、いいんだ」」

 レイカと全く同時にグローリアが反応する。まさか彼女も私を食べようとはしていないだろう。ただ驚いているだけなのだろう、うんそうだろう、そうに違いない。

「とにかく…今日は依頼当日、体力は温存させておきたいから、あまり食べないでね」

「うん…ごめんね、ご主人様」

「次から気をつければ良いよ」

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