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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
龍精の章
42/58

奇跡の力

 かつて人間にその種の存亡を脅かされ、同系統種である妖精にすら邪険された龍の背中に、乗り込んで今人間の世界へと帰ろうと空の旅を楽しんでいる。

「空の景色ってこんなに綺麗なんだな…」

 上を見上げると、蒼天に浮かぶ白雲の流れを追い越して空を切っていた。そして、今こちらに向かって落ちてこようとしている隕石が、炎を纏ってその巨体を段々と迫らせていた。

 上着の内ポケットに忍ばせていた携帯端末の着信が勢いよく鳴り響き、隕石に目を奪われながら着信元を見ずに電話を繋いだ。

「はい…もしもし」

 隕石を前に怖気付き、か細い声で応答する。

『あっもしもしラクイラ様!?大変です!今隕石がこの星に落下しているとの情報が!』

 着信元は妖精の森に着いて来なかったナズナだった。彼女の声は焦りと絶望にまみれたような、一秒一秒を無駄にせんと早口になっていた。

「あー…うん…知ってる…」

 彼女からの着信でこれが幻覚でないと思い知らされる。スピーカーにはしていないものの、アリスとグローリアもこの空を見てパニック状態へと陥り、この隕石を食い止めようなどと無謀な試算をしていた。

『やはり…最後の日は突然に訪れてしまうのですね…伊倉様も「少年たちなら何とかしてくれる」と虚空を見つめながら脱力していらっしゃいますし…まだ一生を添い遂げる方との運命の出会いを果たしていないというのに…私の人生…幸せを得ぬまま終わってしまうのでしょうか…』

 彼女の声が電話越しでもわかってしまうほどに潤んでいく。その間にも隕石は地上へと接近を続け、レイカが少しずつ高度を下げて飛行していた。

「…わかった…何とかしてみるよ」

 ナズナとの通話を切り、端末を内ポケットへとしまい込む。アリスとグローリアの無謀な算段に私も加わり、彼女の未来の幸せを保証するべく、思考を巡らせた。

「アリス、あんたの創作の能力であの隕石をぶっ壊せる武器とか作れないの?」

「え、えぇ…作れたとしても隕石の破片が飛び散っちゃって危ないよ?」

「その時は…ほら、アレよ、撃ち落とす武器を作ればいいのよ!」

「私への負担が大きいよ!パパからも何か言ってよ!」

 アリスからのキラーパスに返答を困らせるが、この間にも隕石は止まってくれずに接近している。もしかすると、アサネの師匠である剣聖シエラがこの場にいればこの隕石を容易く斬れてしまい、この星の平穏は保たれることであろう。しかし、ここにいるのは三人と二匹、この五人にこの星の命運を背負わされたと言っても過言ではないのだろう。

「とりあえず、グローリアはこの隕石の進路を反転させられないか試してみて、できなかった場合は私が存在消滅で抹消する」

「それも出来なかったら?」

「…とにかくやるしかない!」

 相手は広い目で見た時のただの岩、この巨岩をどうにも出来なかったら、一体なんのための力だろうか、グローリアがレイカの背から飛び上がり、空中で体を丸めてから力を込め一気に体を伸ばすと同時に力を解き放つ。彼女を中心に半透明の球が広がり、隕石と正面衝突する。

「ぐっ…うぐ…!元いた場所に…帰りなさい!」

 彼女は両手を隕石に向け、球の一点に力を集中させるも、巨岩を押し返すことは出来ず、球にヒビが深く入ると同時に彼女の苦悶の表情がさらに険しくなった。

 隕石の大きさと勢いに負け、彼女の半透明の球が、ガラス玉が割れるように崩れ落ちる。それと同時に重力に逆らえずに落下し、レイカの背中の上へと打ち付けられた。

「グローリア!」

「私は…大丈夫…!次はあんたの番…行きなさい!」

 触れてしまえば大火傷は免れないほどにグラグラと燃える隕石に手を向ける。力を入れるタイミングは岩に触れた瞬間。少しでも遅くなってしまえばアリスたちも大火傷を負ってしまい、私の命はなくなってしまうことだろう。最悪為す術なくこの星が終わってしまう。チャンスは一度きり、失敗は許されなかった。

 炎に触れずとも熱が手先に伝わり、溶けてしまいそうなそれに思わず手を引っ込めて熱を払う。大きく深呼吸をして腹を括り、水を能力で両手に纏わせ、炎を恐れるまま腕を伸ばした。

「存在消滅!!」

 溶岩の中に両腕を自ら突っ込んでいるような錯覚に陥り、岩肌に触れた瞬間に力を流し込む。私にはグローリアやレイカやリオンのような翼はなく、彼の背に足をつけて一人で岩を抑えていた。当然持ち上げられるはずもなく、どんどん押されて高度を下げられていた。

『ご主人様…押されてる…!あと熱い…!』

 両翼を大きく何度も動かし、堪えるレイカから熱に苦しむ声が脳内に響き渡る。グローリアのように力及ばずなのか、どんなに力を流し込んでもこの岩を抹消させることが出来ずにいた。そんな中、リオンが私の横に立ち、呆れるように大きくため息をついた。

「奇跡の力、とくとご覧あれ」

 彼女が天高くに向けた手を振り下ろし、私の右肩に叩き乗せるよう勢いをつけて振り下ろす。一瞬の痛みと共にさらなる力が入るも、その力でもまだ抹消するには至らず、右肩が力強く握られると、右肩の内から押し込まれるように私の中にはない力が流動する。流れた力が手のひらにまで伝わった時、隕石を包む熱が徐々に冷え始め、巨岩に触れる指先から岩肌を氷晶へと変化させ、隕石だったものを氷の塊へと変えてしまっていた。そして氷塊は新たに力を加えることなく細々と砕け散り、太陽光を反射させて煌びやかに光り輝いて一瞬にして儚く溶け散って無くなった。

「どやっ」

 リオンは誇らしげに口角を上げ、右手でグーサインを作って見せる。

「すごい…隕石が氷になって砕けた…」

「私はちょっと力を貸しただけ、あの現象の大元はラクイラの力、でも今のが、奇跡の力」

「なんか……しょぼいわね」

 レイカの背の上に寝そべりながら上半身だけを腕を支えにして起き上がらせているグローリアが落胆したように言う。

「もちろんこれだけじゃない、でも教えてあげない。奇跡と謳われるからには期待させておきたいからね」

「なら、期待させてもらおうじゃない」

『あれ?隕石は?』

 和気あいあいと奇跡について期待を膨らませるグローリアに、隕石の消滅に貢献したリオンに言葉もなく目を輝かせるアリス、いつの間にかなんの緊迫もなく氷の力を使えるようになった私を他所に、レイカだけが自分の背中の上で起きていたことに気づかずに戸惑っていた。

「消したよ」

 彼の首が少しだけ上へ動き、辺りに障害がないことを確認すると、翼を羽ばたかせて空を駆けた。

「…すごいね」

 彼が小さな驚きを見せたのはそれから少しした後だった。

 上着の内ポケットに入れていた端末が、振動で腰辺りをくすぐる。着信元を確認せずに電話を繋げるも、誰からなのかは予想出来た。

『あっもしもしラクイラ様!隕石が突如として跡形もなく消えてしまったそうです!』

 ナズナの感涙に満ちた表情が目に浮かぶ。歓喜に染められたその声の下地には、安堵しているものがあった。

「何とかなったよ」

 感涙に満ちている彼女に向けるように、何も無いところにピースサインを向けた。

『あの…アリス様が仰っていた…レイカ…?リオン…という方は…』

「あぁ、いるよ。今レイカの背中に乗って帰ってるところ」

『あ…レイカという方は確か龍でしたね…それではリオンという方とお話させていただけないでしょうか』

 後ろへと体を捻り、私の視線に気づいた彼女らと視線がぶつかる。リオンの方へずらすと、グローリアとアリスはシンクロするように彼女へ目を向けた。

「多分大丈夫だと思う」

 全長二十メートルもある彼の背中の上で足を滑らせないようゆっくりと歩き、彼女の前でしゃがみこんで端末を耳に当てさせる。慣れないものを両手で耳に押さえつけ、何かを待ちながら十秒ほどが過ぎた。

『あ、代わりましたか?』

「誰…?」

 リオンはナズナの声に懐疑を抱き、警戒を強めて応じた。

『申し遅れました。私、黒百合ナズナと申します。リオン様…で宜しいでしょうか』

「なぜ…私の名前を」

 彼女はさらに警戒を強め、羽根と髪の毛が逆立つ。発信者であるナズナはこちらの様子が見れるはずもなく、何事も悟ることが出来ずに繋げ続けていた。

『アリス様からお伺いしました』

「アリスから…なるほど」

 アリスの名を出した途端に彼女の警戒が解かれ、逆だっていた髪と羽根がペタリと寝込む。まだ打ち解けきれてはいないものの、邪険にされないだけで、それだけで一安心だった。

「それで…私に話したいことは?」

『いえ、特にこれと言ったものはございません。ご挨拶をと思ったので代わって頂きました』

「そう…なら、会えるのを楽しみにしておくね、()()()()()()()()

 リオンが最後にそう言ってから電話を切って私に返す。思い出したくないことを思い出してしまい、さぞ驚きと焦りで狼狽えを見せていることだろう。その光景を想像してしまい、静かにクスリと笑ってしまった。それはグローリアも同じようだった。

 一体、ナズナの屋敷から妖精たちの森までどれほどの距離があるのだろう。雲の隙間から見える景色は一面の海に覆われ、陸地が見えてくる気配がなかった。どれほどの時間がたったのだろうか、何度も日の傾きを確認して確かめるも、大雑把な方角しかわからなければ、時間がわかることもなかった。

「なぁアリス…この方向で合ってるのか…?」

「えっ?知らないよ?」

「じゃレイカは今どこに向かって飛んでるんだ!?」

『えっ、わかんない、飛べるのが嬉しくって何も考えてなかった』

 幻想種の領地を飛び出し、海しか見えてこない中で進む方角を伝えていなかったことを思い出す。私とグローリアとアリスもここがどこなのか、進むべき方角はどっちなのか、それすらもわからずにいた事を思い出した。

「はっそうだ!携帯!」

 そう思い立って手元にあった端末の電源を入れようとボタンを押すも、画面は動きを見せることなく、無反応のまま沈黙するだけだった。

 空の上で遭難してしまい、下の雲が少しずつ海を隠していく。両膝をついて項垂れる中、リオンが大きくため息をつき、羽を広げて飛び上がり、レイカの前に立ち塞がった。

「ちょいちょい、君、ここからゆっくりと降下して」

『この雲の下にあるのかな…』

 半信半疑になりつつも、振り落とさないようゆっくりと降下する。雲を天上から突き破り、星の表面を目の当たりにすると、そこには衛星写真で映るような、私たちの住む街が隕石の影響を何も受けずに健在していた。

「嘘…」

「こんなドンピシャなことある!?」

「さっすがリオンちゃん!これも奇跡の力だね!」

 三者三様の驚喜を呼ぶ中、リオンは誇らしげに腰に両腕を当て、レイカにドヤ顔を見せていた。

『この妖精食べてやろうかな』

 私にしか聞こえないことを良いことに彼の妬みが脳内に響く。冗談だと願いつつ、一人苦笑いを向けていた。

 街が見えていればもう帰る場所は目と鼻の先、広大な敷地を持つナズナの屋敷へとレイカを誘導させ、玄関の前に足をつけた。

『ここで合ってる?』

 この街の中で数少ないの豪勢な住宅、その中でもこの龍が降り立てるほどに広い敷地を持つのは、ナズナの屋敷の他になかった。

「うん、合ってるよ、ありがとう」

 試しに氷の力を使い、彼の背中から安全に降りられるように六段ほどの階段を造形する。滑落防止のための手すりもついでに作ったものの、まだまだ精度が足りずに茨だらけの、使わない方が安全とすら思えてしまうものが完成してしまった。

 製造者責任を果たすために強度を確かめるようにアリスたちよりも先に階段を降りる。踏み台に茨や氷柱はないものの、決して全てが平坦であるとはいえず、最後の一段で足を滑らせ、地面に尻もちをついてしまった。

「いってて…」

「大丈夫ー?」

 玄関の方から聞き覚えのある声が私に問いかける。陽を遮られ、遮蔽物を見上げると、腰に刀を一本携えた、全身を黒地の和服で染めあげた神様が、生命(いのち)の神である伊倉がこちらに手を差し出しながら見下ろしていた。

「何とか…生きてはいますよ」

 神の手を取って立ち上がり、痛みを撫で払うと同時に砂や石を振り払う。そして彼女らを彼の背に置いたままだったことを思い出し、急いで振り向くとそこにはすでに翡翠色の龍は居らず、怪我なく安全に地面に降り立った彼女らが嘲笑うかのような視線をこちらに向けていた。その場には私が作った危険な階段が残っているだけだった。

「あんなことしなくても私が下ろしてあげたのに」

「「ねー」」

 グローリアがアリスと顔を見合せ、お互いに同調する。無駄なことではないはずと自分に言い聞かせるも、悔しさに押し負け、不貞腐るように彼女らから目を背けた。

「あはは、全く少年ってば子供なんだから」

 神様はそんな私をからかうように頬をつついて来る。そんな神様からも目を背けると、視界の端にあの一本の刀が目立つように映った。どうしてもそれが気になってしまい、悔しさなど振り払った。

「神様、その刀は」

「あぁこれ、この前少年に話したボクの刀、神刀・現世鏡だよ」

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