翡翠色の龍、奇跡の妖精
「あれ?いない…みんなどこ?」
あの二人を探しに妖精の村へ戻ってくると、たった一人だけ、ノートリアが木の穴を覗き、探し物をしていた。私たちの訪問に気づいたからか、羽根をパタパタと動かしてこちらに飛んできた。
「人間様、ほかの妖精たち見てない?」
「いや…見てない…」
レイカも首を横に振るだけ、アリスとグローリアを探すに加え、妖精たちの手がかりも探さねばとなると骨が折れてしまいそうだった。
「んー…アリスってばどこ行ったのかしら…」
森の奥から葉草を踏み潰す音を立てながら、森中を見渡しているグローリアがそんなことをボヤいていた。私たちの存在に気づくなり走り出し、私を抱擁しようと飛びつく。突撃する彼女をしっかりと抱き留め、後ろに押し倒されないよう片足を一歩後ろに下げて支えにし踏ん張った。
「もうあんたってばどこ行ってたのよ!いなかったせいで調子狂ったじゃないの!」
「あはは…ごめんごめん」
イレギュラーなことで不調になったという原因を押し付けられ、苦笑いを向けながら何とか宥めようと頭を撫でる。いつもの私に満足したのか、少し不貞腐りながらも不機嫌な様子ば見られなかった。
「あっそうだ、アリス見てない?」
「一緒じゃなかったのか?」
「女王のところに行ってたんだけどね、途中でどっか行っちゃって…そのまま帰ってきてないのよ」
いくら未来から来た私と同い年の娘と言えど、ほとんどが未知の場所で行方を眩ませてしまうと捜索に時間を有してしまいそうで、血の気が引いてしまっていた。
「人間様が探してるのって、金髪の女の子?」
頭を抱える私とグローリアにノートリアが尋ねる。彼女の特徴と合致し、彼女と共に勢いを乗せて振り向いた。
「「どこにいるの!?」」
「つ…着いてきて…!」
気押された彼女は私たちから逃げるように羽ばたいて森の奥へと向かっていく。物言いたげな目をしているレイカの腕を引っ張り、逃げていく妖精を走って追いかけた。
「ゆっくり探せばいいのに……」
ノートリアを追いかけ、木の根を飛び越えて草背を踏み潰す。虫の鳴き声も聞こえない森の中で、息を切らす声だけが耳に伝わる。彼女の向かった先は妖精の聖域、穴の奥には確かに妖精がいた。それなのに彼女は焦った表情をしたまま何かを探している。アリスは見知らぬ少女と共にその光景を目で追っていた。
「アリス!!」
聖域の入口で固まる妖精たちをかいくぐり、光の指す場所で彼女の名を呼ぶと、二人はピクリと体を反応させてこちらに振り向いた。
「あっ、パパ、ママ…」
アリスはあの溌剌としたものを向けてくるものの、その目は到底笑っているものとは思えず、どこか落ち着きが感じられた。彼女の隣にいる少女は、妖精に脅えて私の背で顔を隠しているレイカの顔を覗き込もうと体を伸ばしていた。
「ここにもいない…?でも人間様が探している子は居たね!」
「ノートリアちゃん!何探してるの?」
アリスが顔を空に向け、高く飛んでいる彼女を呼ぶ。ノートリアはこの間も惜しまずにキョロキョロと見渡して飛び回っていた。
「他の妖精たちだよ!みんないなくなっちゃって…」
少しずつ声が沈んでいくノートリアにアリスは疑問符を浮かべたことだろう。何せこの聖域に妖精は沢山いるのだから。
「妖精ならここにいるよ!パパとママの周りに沢山!」
彼女は飛び回るのを止め、アリスが指す私たちの方へ目を向ける。そして首を傾げたあと、アリスの指先に座ってさらに首を傾けた。
「居ないよ…?人間様ってば、私を元気づけようとして嘘ついてたんだね!優しいね!」
アリスは戸惑いながら隣にいる少女と私たちの周りにいる妖精たちを交互に見る。ノートリアの視線はこちらに真っ直ぐ向けられているものの、周りで群れとして飛んでいる妖精たちを追いかけている線は無かった。
「女王様に聞いてみる!人間様!またね!」
「えっ、ちょっと待って!いるよ!ここにも!」
アリスは隣にいる少女を指さすも、ノートリアの耳に届かずに聖域を出て行ってしまった。
「アノコドウシタノカナ?」
「アノコナニサガシテタノカナ?」
周りに沢山いる妖精からそんな話が入ってくる。皆ノートリアのことは見えていたようだった。
「ダレカシッテル?」
「「シラナーイ!!」」
「ソウイエバアンナヨウセイイタッケ?」
「ダレカアノコノナマエシッテル?」
「「「シラナーイ」」」
その時だった。私とアリスの顔が青く染まり、グローリアは顔を伏せてこの場から出て行こうと歩き出した。
「ママ?どこ行くの?」
アリスの呼び止める声に立ち止まるも、振り向くことなく、怯えて顔を埋めるレイカの腕をゆっくりと優しく掴んだ。
「…帰りましょう」
「えっあの子はどうするの!?」
「……どうだっていいわよ、きっと女王が何とかしてくれるわ」
「女王が…え…?なんで…?」
アリスのその問いに彼女は答えず、レイカを引き連れて聖域から出て行ってしまう。女王という単語を出したからか、妖精たちがざわつき始め、巻き込まれてしまわないようにとアリスを連れて外へ走り出した。
しばらく森を走り、久々に感じられる外の景色を拝む。レイカ到着した私たちの元へ歩き出し、アリスが連れていた少女の方へ顔を覗かせた。
「ん、やっほー」
短い黒髪の少女はレイカの視線に気づき、笑顔で手を振る。彼は彼女の背についている虹色の羽を見て顔を隠し、先程と同様に私の身体に顔を擦り付けていた。
「あ…あれれ…もしかして重度の妖精嫌い…?それとも人見知り?どちらにしても傷ついちゃうかも…」
「あぁ…ごめんよ…レイカは妖精嫌いなんだ…」
首をねじって苦笑いを向けると、人間の大きさの妖精は呆れたようにため息をついた。
「そっか…でも良かった。パパさんとママさんは妖精嫌いじゃなくて」
アリスが私たちのことをそう呼んだからそう呼んだのだと思い、彼女が連れ出していた少女へと体を向けた。
「私はラクイラだ。こっちはグローリア」
「知ってる。アリスが教えてくれた」
少女が言うと、アリスは先程聖域で見せたような空虚な笑みを浮かべる。
「それでこっちは…」
「翡翠色の龍、レイカ」
彼女に名を当てられ、レイカとともに息を詰まらせる。安否を気遣おうと彼の表情を伺おうと下を向くと、同時にこちらの顔を見上げる彼と目が合った。絶望に打ちひしがれるような彼はゆっくりと首を横に振るだけでだった。
「パパさんもママさんも、私のこと、知ってるよね?」
「……奇跡の妖精…リオン…」
「だいせいかーい」
リオンは満悦に浸りながら歩を進め、顔を隠すレイカへ腕を伸ばした。彼女の手が彼に触れた瞬間、彼の体が跳ね上がり、その後何をするでもなく硬直してしまった。それを見て面白がった彼女はレイカの耳に顔を近づけ、
「安心して、私は妖精だけど、龍との間柄は何も知らないから」
そう少し低く甘い声で囁いた。そしてやはり彼も男の子、優しくされて疑えるはずもなく、錆び付いた機械のようにゆっくりと首を動かし、彼女の艶美な笑顔を見ては顔を赤く染めて目を背けた。
「だ…だからって…近い…もっと離れて…」
焦りを混ぜながら言う彼には従わず、からかうように頬を突き出した。
「…あんた達、何してるのよ」
蚊帳の外となっていたグローリアがこちらに振り向き、呆れているような目を向ける。この時を境にしてレイカはリオンを押し退けて歩き出し、私たちから少し離れたところで龍へと変貌した。
『乗って、帰るんでしょ?』
彼の声が脳内に伝わり、心のどこかから申し訳なさが込み上げてきた。
「いいのか…?」
『うん、ご主人様達を乗せて、帰りたい』
「なら、お言葉に甘えて」
どうやら彼の声が聞こえているのは私だけのようで、彼のしっぽを足場にして背中に登る私を、三人は不思議そうに見つめていた。
「三人とも、人生初の騎龍だぞ!早く乗って帰ろう!」
真っ白い牙を見せて笑うレイカを見て安堵したのか、グローリアは翼を広げてアリスを抱え、レイカの背中に飛び乗る。リオンも同様に羽を羽ばたかせて降り立った時、彼は翡翠色の大翼を広げ、上から下へと空気を打ち付けてその巨体を飛び上がらせた。
『これから、ご主人様達の願いを叶えるね』