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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
龍精の章
39/58

 先程まで朗らかに語っていたアサネの表情が曇り始め、目を伏せながら腰に携えていた二本の剣に手をかけた。

「…だからラクイラさんから龍の匂いがしたんだね…」

 憤怒を見え隠れさせて話す彼女から明確な殺気を感じ取る。龍と龍殺しとで板挟みになり、どちらかに視線を向けた瞬間に首が胴体から離れることを覚悟しなければならなかった。

「はぁ…あはは…すぐに気づけなかったなんて…修行し直さないとね…」

 彼女になんて言葉をかけようかと脳を働かせるも、どう転んでもいい結末を迎えることはできなさそうで、最悪、彼女の手で私とレイカの首が飛びそうなまである。剣聖と呼ばれた人の下で育った彼女であれば容易であるはずだった。

「で…ラクイラさんからなにか弁明はある?まぁ、それで私の心が揺らぐとは思わないけどね」

「…何も無い」

 戦意に答えるように背負っている大剣現身鏡を引き抜き、余計な力を抜いて刃先を地面に向ける。視界の端には牙を剥き出しにしている人間と龍がお互いを見合っている。一触即発の殺伐としたこの場に、冷たい横風がひらりと吹く。それでも草木をなびかせるには十分過ぎた。

 風が止む。それが合図と言わんばかりにレイカが大翼を羽ばたかせて飛び上がり、風圧の中でアサネは二本の刀を同時に引き抜く。

「換装…!幻想殺し!!」

 白い柄の刀である聖絶、 黒い柄の斬魔の刀身を顕にさせ、両手を合わせるように刀同士をぶつけ合わせる。お互いがお互いを引き込み合い、放つ輝きの中で刀身を伸ばし、刃渡りが一メートルをゆうに超えるであろう大太刀へと変化を遂げる。彼女はその大太刀を両手で刀身を上に向けて構え、力強く踏み込んで私の方へ斬りかかってきた。当然黙って殺られる訳にも行かず、剣を持つ手に力を込め、振り下ろされる刀を防ぐように、彼女の首を目掛けて振り上げる。

 互いの刃がぶつかり合い、鈍い金属音が鳴り響く。力が均衡しているものの、剣聖に鍛えられたというのは伊達ではないようで、怒りを力に変え、少しずつ押している。その荒々しいほどにまで伝わる力には悔いなき執念が感じられた。

「やっぱりおかしい…!どうしてあの龍を守ろうとするの!」

「レイカは…あの龍は人を殺してないからだ!」

「君に何が分かるって言うの!あの龍は私の父を食い殺したんだ。仇を前にしたこの絶好のチャンスを逃す訳には行かない!」

「ならなんで一度この森から出ていったんだ!」

 その時、彼女の力が一瞬だけ弱まり、押されていた剣を押し返し、再び均衡状態へと戻す。しかしそれもやはり一瞬だけ、彼女の苦悶の表情と共に腕に力が入り、またも押され始めた。

「君には関係ない!ここまで踏み込んでくる失礼な人だとは思わなかったよ!!」

 均衡が破られ、大太刀の刃に押され、振り下ろした風圧と共に遠くにある背後の木まで吹き飛ばされる。一瞬の出来事に脳が追いつかず、こちらへ走ってくるアサネを見てようやく剣を持ち直す。彼女にとって私は、仇を匿っていた罪人としか見えていないのだろう。ならばいっその事そのままで構わない。

「あの龍は本当に誰も殺してない!君の父親を殺したのはあの子の父親なんだ!」

「それが本当だとしても私はあの龍を絶対にこの手で殺す!私を食い殺そうとしたからその自衛のため、これだけでも十分な理由になるんだよ!」

 アサネは木の幹を蹴って飛び上がり、太い枝を瞬時に見定めては飛び移って姿を晦ませる。枝が揺れてガサガサと鳴らす葉の音が唯一の手掛かりだった。

「だからって殺すこと…」

「ここで殺さなければ別の誰かが被害に遭うかもしれないの!」

 森に響かぬよう小さく吐いたそれに彼女の答えが帰ってくる。森中に響き、その位置は分からないものの、近くにいることは間違いなさそうだった。

「龍だって君の父親を食い殺すまでは人間を食べなかったんだ!つまり、人間から襲わなければ龍は人間を食い殺すことはなかったんだよ!」

「なら私が喰われかけたことはどう説明するっていうの!?そういう運命だったとでも言うわけ!?」

「それは……」

 当然返すことが出来ずに言葉が詰まる。否定も肯定もできず、沈黙することしか出来なかった。

「そうか、君は共存派の人間だったんだね、なら匿うのも納得が行くよ。君と一緒に旅をしたかったと思った私がアホらしい…もう分かり合えない!」

 ガサッと真上から枝が揺れる音が聞こえ、大きな気配が近づいてくる。

「さよなら」

 せめてもの手向けとして囁かれると同時に刃が空を斬る音が耳に入ってくる。

 彼女の大太刀、幻想殺しが首を切り落とそうとしたその瞬間、大きな気配が動きを見せ、その尾でアサネの腕を弾き、太刀筋をずらし、失望されたこの命を救った。

 周囲の木々を踏み倒し、怒りに唸る翡翠色の龍が猛々しいその姿を見せた。

「レイカ…!」

 木に背を打ち付けられ、空気の不足に咳き込む彼女を龍は真っ直ぐと睨みつける。この機を狙っていたかのような絶妙なタイミングに惚れ惚れしてしまいそうだった。

『お前の相手はこの人じゃない…!』

 龍化した彼から人間の時の声が脳内に響いてくる。翡翠色の龍の頭は動くことなく、怒りに唸りながら真っ白い牙を見せている。どうやらこの声が聞こえているのは私だけのようで、アサネは大太刀を支えに呼吸を整えながら立ち上がり、声に驚くことなく構え直した。

「翡翠色の…龍…!お前は絶対に私が…!」

『お前は僕が…ここで…!』

「『殺す!』」

 二人にはもう私は見えていない。お互いがお互いの父の仇を討とうと牙を剥く。レイカは森の中で飛び上がり、大口を開けて彼女を食い殺そうと、アサネはそんな龍に恐れずに大太刀を持つ手に力を限界まで込める。

 蚊帳の外となってしまった私は、この二人を止めるべく、大剣を物質構造変化の能力を使用し、二本の刀へと変え、両手に持って走り出す。死に物狂いで二人の間に割って入り、左でアサネの太刀を、右でレイカの牙を押さえ込んだ。

「どいて…!君まで私の邪魔をするというの!?」

『僕はここで殺らないと殺られるんだ…!だから邪魔しないで!』

 無意味な殺意にまみれた無駄な戦いに限界を迎え、無意識の内の能力でこの一帯を炎で包み込む。バチバチと燃える音を上げる静寂と化したこの森に冷たい追い風が吹く。

「お前たちの話を聞いてた時は同情したよ。違いに親を殺されて辛かったろうにな…でも今はどうなんだ。自分の生死に怯えて仇討ちは二の次…お互いに目的を見失ってるんじゃないのかよ…十年経ったせいで忘れちまったんじゃねぇのかよ!!」

 バチバチと燃え続ける森の中に声が響く。二人の力が段々と抜けていき、アサネがその場に膝から崩れ落ち、レイカは口をゆっくりと閉じ、後ろへ下がっていく。

「わた…私は…この龍に父を殺されて…」

「だからあんたの父親を殺したのはこの龍じゃないんだよ!」

『この人の親のせいで…僕が龍に…』

「レイカが龍になったのにアサネは関係ないだろ!!」

「え…?待って……」

 アサネは何かを思い、焼け焦げた靴で立ち上がり、大太刀を二本の刀に戻し、鞘に収めた。もう彼女から戦う意思は感じられなかった。

「この龍って……元は人間…なの…?」

 レイカはゆっくりと首を縦に動かし、力が抜けたからか、人間の姿へと戻った。

「…僕は君のお父さんに、僕を育ててくれた龍を殺され…その血を浴びて龍になったんだ…」

「君…親は……」

 二人が話している光景に私の怒りも収まり、周辺の炎が全て水もなく鎮火される。焼け跡の中、レイカは暗い表情をして俯いていた。

「…僕は…捨て子だよ」

 アサネは何かを思い出したかのような面持ちをした直後、下唇を強く噛み、皮が破れて血が滲み出す。両拳にも爪が食い込むほどに握られ、ぽたぽたと赤い雫が垂れる。

「あれ…おかしいな…もう…君のことを直視できないよ…」

 彼女の目からは痛みからでは無い涙が溢れる。視界が潤み、端が焼け焦げた浴衣で拭い続けるも、とめどなく押し寄せてすぐに収まる気はしなかった。

「…ごめんなさい…さよなら…!」

「待って!」

 呼び止めるレイカの声を聞こえぬふりをして彼女が森の奥へと走って消えていく。落胆した彼にかける言葉がなく、励ますことすら叶わなかった。

「…レイカ」

「……何?」

 彼が反応するこの間が、なんとも寂しげだった。その声もどこか上ずっているもので、アサネのことを話す気にはなれなかった。それでも呼んでしまったからには何か話さなければ彼のためにならなかった。

「…口減らしって…知ってるか?」

「…うん、()()()()

 この答えが、彼の全てだった。そんな彼の手を引き、あの二人を探し出そうと歩き出す。この方向にアサネが走ったかどうかなどは分からなかった。

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