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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
龍精の章
36/58

失った光と沸き起こる罪の意識

 冷たい風がアサネの赤みがかった茶色の長い髪をなびかせる。その顔はどこか高揚しているようで、ほんの少しだけ赤みがかっていた。あまりに男慣れしているようにも見えた。

 彼女は私が向けている視線に気づいたようで、横目で見てから微笑んだ。案内されたここに座ってから十分ほど経った後の事だった。

「…ごめんね、ラクイラさん」

「何が…?」

 突然話し出したと思えば第一声は謝罪で、戸惑いながらも謝れることがあったかと記憶を遡った。それでも思い当たる節は全くなかった。

「私…男の人と話すの久しぶりだから…距離感が分からなくて」

「ってことは…アサネの言っていた師匠って…」

「うん、女の人。でも男の剣士なんて足元にも及ばないほど強いんだ!」

 目を輝かせながら言う。アサネは余程そのシエラという師匠を尊敬しているようだった。

「師匠は…世界最強の剣士、だから剣聖シエラなんて呼ばれているの」

「すごい人に弟子にしてくれたんだな…」

「この話をするとみんなそう言うんだ。中には羨む人もいるの…でも師匠はそんな堅苦しい人じゃない。もっと優しくて、結構おちゃめで…厳しい時もあるけど、無闇に叱りっぱなしじゃないの…全部…私のために怒ってくれてる」

 彼女が尊敬しているシエラという人物像がどれほど美化されているかは分からない。それでも、美化できる程の人の弟子にしてくれたのは間違いなさそうだった。

「…いい人なんだな」

 無意識に微笑みながらそう零していた。アサネは力強く頷いてから草の上に寝転んだ。

「そう…師匠はいい人なんだよ。でもいい人なだけじゃない、私の恩人でもあるんだ」

 彼女はそう言い、浴衣の中から首にかけていたネックレスを取り出す。飾りを空に掲げるも、ここに太陽の光は届かず、光ることはなかった。

「私の親…主に父の方がね…龍に殺されたんだ」

 アサネは取り出したネックレスを浴衣の中へ戻し、両腕を枕のようにして後頭部に置いた。

「十年前…妖精は龍と争っていた…当然のように勝ち目のない妖精は人間に助けを求めて来たんだ…」

 昨夜レイカから聞いた妖精と龍の争いの話…アサネが切り出した時、私の隣にいる彼はようやくこちらに耳を立てていた。

「人間は…龍とも妖精とも仲が良かった。だから味方をするか否か、迷っていたんだ。でもそれは表向きだけ」

「表向きだけ?実際は?」

「人間達は共存派と排他派の二つの思想に別れていたんだ。妖精と龍の争いに介入したのはもちろん排他派の人達、私の両親も排他派だった。まだ子供だった私は両親から龍は怖いものだと日々言い聞かせられていた…龍は人間を襲う、人間を食べる…当時はそんなことは一度もなかったんだ…父が死ぬまでは…」

 アサネにとっては酷な話だとは思いつつも、彼女が龍殺しとしてレイカを傷つけた経緯がこの話の中にあるような気がして、止めることが出来なかった。

「私は両親が龍の討伐に出ていくのを見送った。人間の介入があったおかげで争いは直ぐに終わったんだ。でも私の両親は帰ってこなかった…討伐隊の人に聞いたんだけど、母は病に倒れて病死…父は翡翠色の龍に食い殺されたって」

 ここでようやく話が繋がった。レイカの父なる龍がアサネの父を食い殺し、出血多量で死んだレイカの父の血を浴び、人間だったレイカは龍へと成った。その後十年の時を経て、アサネは父の仇を討つべく、レイカを、父を殺した龍だと思い込んで殺そうとしていた。

「両親が死んだって聞かされた私は誰かに引き取られるでもなく孤独に生きていたんだ。街を飛び出して、森の中で一人静かに野垂れ死にしようともしていた。父が食い殺されたことで私も排他派になった。でも戦う術なんてない、だから私は死にたかったんだ」

 もう既にアサネの表情に光はなく、やり場のない怒りと悔しさに、歯を強く噛んでいた。

「私はその森で…ううん、()()()で、父を殺したと聞かされた翡翠色の龍と出会ったんだ」

 翡翠色の龍、その龍には心当たりしか無く、レイカと目を見合せた。彼は思い出したかのように目を見開き、涙ぐんでいた。

「当時の私は戦いたくても武器がなくて、でも逃げたくたくて、目の前にいる龍が怖くて…その場で何も出来ずに座り込んでたんだ。龍が私を食い殺そうとした時、師匠が、シエラさんが助けてくれたんだ」

 シエラの名を出した途端に彼女の目に光が宿った。声色も明るくなり、ほんの少しだけ口角が上がった気がした。

「それから身寄りのない私を引き取ってくれて、剣を教えてくれて…この刀をくれて…」

「だから…君の恩人なのか」

「うん…!師匠は私の事をどう思っているかは分からない、でも私にとっては一生を捧げても返せない恩をくれた人なんだよ!」

 アサネは完全に調子を取り戻し、仰向けの状態から起き上がり、体を伸ばしながら高らかにそう言った。

「だから私は、父の仇を取るために、師匠に強くなった姿を見せるために、あの翡翠色の龍を絶対に殺したい!」

 彼女が強く拳を握り宣誓する中、レイカに目をやると、限界まで拳に力を込め、涙を零しながら立ち上がっていた。

「君、どうしたの?」

 不思議に思ったアサネがレイカに問いかけると、彼は涙に濡れていた顔を彼女に向けた。

「ごめん…なさい…!」

 彼は私たちから逃げるように走り、数十メートル離れたところで減速せず飛び上がり、腹から、喉から声を上げ、全身が翡翠色の鱗に覆われた龍へと姿を変えた。そしてその後、森中に轟くような咆哮を上げた。

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