妖精の女王と奇跡の妖精
女王に招待され、アリスを連れて、人間の家とまんま同じ大きさの妖精の城へと入って行った。中は既に明るく、綺麗に磨かれた木のテーブルに置かれた湯気の立っている飲み物が既に用意されていた。
「ようこそいらっしゃいました。人間様方」
木の葉で象られたドレスを着こなし、綺麗に整えられた朱色のロングヘアをした、絵画に飾られそうな出で立ちをした女王がテーブルを挟み、軸が通っているかようにブレない姿勢で微笑みを向けていた。それだけで彼女の気品の高さが伺える。私とはえらい違いだった。
「如何されましたか?」
間近で見る女王の美貌に目を奪われ、はっきりとした劣等感を抱く。悔しいけど、ナズナよりも整った顔立ちで、この女に愛される男がいるとするなら、そいつはさぞ優越感に浸れることだろう。
「い…いえ…なんでもないわ…あっごめんなさい」
いくら私たちが招かれた身と言えど、相手は妖精の女王。普段通りの口調で話してしまい、慌てて口を塞いだ。彼女は咎めることもなく、口元を隠して静かに笑った。
「いえいえ、お気になさらす…素の貴女達とお話したいと思っていましたので、どうか肩の力を抜いてくださいませ」
「なら…遠慮なく…はぉ…」
女王に椅子に座るよう促され、気を張りつめるのがバカバカしくなり、大きくため息をついてから木製の椅子に腰掛けた。
「それで…私たちと話がしたいって…一体なんの?」
用意されたいい匂いのするお茶を一口飲み、自然をイメージさせる味に、女王に悟られないよう内心に留め驚く。
「…奇跡の妖精の姿を見てみたいと…間違いないでしょうか」
「合わせてくれるの!?」
アリスがキラキラと目を輝かせ、テーブルに手をついて立ち上がり、驚きと喜びが混じり合ったものを込めて言う。女王はそれも咎めることはなく、寛大に笑みを絶やさずに彼女の方へ目を向けた。
「ええ、あの子もきっと、初めての人間様に興味を示すことでしょう…少々お待ち下さい」
女王は徐ろに立ち上がり、私たちを横切って二階へと歩いて上がって行った。
付近に妖精はおらず、この茶も女王が用意したものなのだろうと推察出来た。そして、二人きりの一階では、奇跡の妖精と言われているであろうリオンや、翡翠の龍レイカのことについて安易に話すことが出来なかった。
「お待たせしました」
数分と経たずに女王が足音を立てて降りてくる。彼女が天に向けて広げている手の上には、奇跡の妖精と謳われているであろう妖精が、座っていた。
「女王様、この人達は誰なのです?」
妖精は女王の手に座ったまま見上げて訊く。お披露目の時のように光に包まれておらず、ノートリアのようにその姿を晒していた。
「この人間様達は貴女とお友達になりたいそうですよ。お名前は…」
「グローリアよ」
「アリス!」
女王と妖精が向ける視線の中で名乗ると、妖精が羽を羽ばたかせ、木製のテーブルの上へと降り立った。
「に、人間サマ!ハジメマシテ?私はニロです!よろしくお願いするのです!」
妖精は拙い言葉で挨拶するも、私とアリスは快く受け入れることが出来なかった。奇跡の妖精と謳われたこの妖精が、リオンでないからだった。
「…違う」
ニロが差し出す小さな手に、私は小指を掴ませて応じる。アリスは狼狽え、妖精から離れるように一歩後ろへと下がった。…
「違う?一体何がでしょうか?」
当然、女王は疑問を抱く。アリスは振り向き、焦った表情で見上げた。
「リオンちゃんは!?リオンっていう妖精はどこにいるの!?」
「リオン…?そのような名前の妖精はいませんが……」
女王はニロと顔を見合わせ、アリスに疑惑の視線を向ける。
「それでは…次に生まれる妖精は…リオンと名付けることにしましょう」
女王はようやく歩き出し、ゆっくりとニロに左手を近づける。彼女は女王に触れてもられると思い、笑みを浮かべていた。しかし、それは、女王が、人間のような大きな手でニロの体を掴んだことで一瞬にして恐怖に怯えるものへと変わった。
「じょ…女王様…?い…一体…何しようとしてるのです…?」
女王は何も言わず、ゆっくりと右手を近づける。ニロはその手から抜け出そうとするも叶わず、露出していた頭が隠されてしまった。
アリスは女王が何をしようとしているのか分からず…いや、分かっているはずなのにも関わらず、それに目をそらす事が出来ずに震えていた。
女王の左手から出ているニロの両足がバタバタと動いているのが見える。その抵抗は虚しいと思いつつ、叶って欲しい気持ちも無い訳では無かった。
女王の右手に力が入り始めたところで硬直しているアリスを抱き寄せ、彼女と女王の間に入り、女王に背を向けた。音を聞かせないよう片腕で耳を塞ぎ、目に映らせないよう自分の胸に顔を埋めさせる。
下手に止めに入っても彼女の命が短命に終わってしまう。入らなくとも絶望が長く続いてしまう。私たちにできることは無かった。グシャリと潰すような音が響き、ニロの嫌がる声が聞こえなくなる。アリスを話さぬまま、女王の方へ視線をやると、露出していた足がピクリとも動かなくなり、女王の右手が紅く染まっている。そして彼女は、微笑みを絶やさなかった。
終わってしまったことに怒りが湧き上がるも、それをどのようにして言葉に乗せたらいいのか分からず、アリスの方へと視線を戻す。腕で耳を塞いでいただけではダメだったのか、彼女は顔を青くさせ、口元を手で抑えていた。その顔を見て慌てて離れると、涙目になりながら急いでここから出ていってしまった。
「あんた…なんでニロを殺したのよ!!」
アリスが出ていってしまったことで冷静になるも、やはり怒りが込み上げてくる。女王の手には何故か妖精の死体はなく、右手から滴る鮮血が、彼女が存在していた証拠にしかならなかった。
「何故と聞かれましても…死とは悪なのですか?」
罪の意識すら感じていないであろう女王の質問にさらに怒りが湧き上がり、限界点がどんどんと近づいてくる。
「寿命で死ぬなら仕方ないのよ!殺すことが悪いって言いたいのよ!嫌がってたじゃない!」
「ですが、あの子の存在を否定していたのは貴女達ではありませんか」
「そう…だけど……だからって殺すことなんて」
「…ですが…あの子は元より殺すつもりでした」