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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
龍精の章
32/58

星は願いの数ほど

 人が持っていた願いは夜空で煌びやかに灯り、月とともに世を照らす。満天の星空は綺麗で見ていて飽きないが、眺めていると心のどこかが苦しくなってしまう。

「僕は…龍に育てられたんだ。お父さんは、僕より大きくて、強くて、かっこいい。あんなことが起きる前までは人間とも仲が良かった。だから人間の世界や、言葉について教えてくれたんだ」

「あんなことって?」

 話の繋ぎで言ってしまったがために、もう「ちょっと」では片付けられなくなってしまった。辛くなることを覚悟して、この人だけに話すことにした。

「…龍と妖精の争い事だよ」

 争い事なんて柔らかい言い方をしたものの、要は戦争。龍と妖精は昔から仲が悪い。領土から領空、思想から保有資源に至るまで、そのどれもを争い事によって正当化させようとしていた。最後に起こった戦争は今から十年前、妖精達の勝利で幕を閉じた。

「幻想種での間の内輪揉めみたいなものだからもしかすると記録には残っていないのかもしれない…でも十年前に起きたことはそうもいかないだろうね」

「その十年前に…人間と妖精と龍とで何かがあったんだね…?」

 察しが良いのは嬉しいが、言葉にされると辛くなってしまう。それでもこの人の好奇心が爆発しないように、話す他なかった。

「そうだね…龍と妖精との揉め事だから、当然妖精側は勝てるわけがないんだ。そこで妖精たちは森にやってくる人間たちに噂を吹き込んでは龍に嫌悪感を抱かせたんだ。龍は人を食べる、いつかは人間の領地まで奪いに来る、なんて事実でもなんでもないことを当時の人間たちに吹き込んでたんだ」

「それは一体…誰から?」

「…お父さんだよ」

 僕はぽつりと言うと、それから深く聞かれることも無く、そのまま続きを話した。

「人間たちは確かに妖精達とも仲が良かったんだ。だからそんな噂を半信半疑になりながらも、最終的には干渉して来たんだ。そして龍殺しなんて人間が、人間を守るために龍を殺し始めたんだ」

「人間が…妖精の噂に踊らされて…龍を…」

「そう…そして…龍が最後の一体になった時、初めて人間を食べたんだ」

「初めてってことは、妖精たちが流した噂は本当に嘘だったってことなのか!?」

 驚愕し、ようやくこちらに目線を移したラクイラさんに向かって人差し指を立てる。

「しーっ、起きちゃうよ」

 彼は背後へと目をやり、あの二人が安らかに眠っているのを見てからほっと溜息を零し、夜空の向こうに目を向けた。

「…僕の知らないところで僕の知らない龍が食べてたのかもしれない…でもね、お父さんが、龍は人間は食べないって言ってたんだ。それが龍と人間の仲が良かった証だって」

「…私が知らないだけだったのか…」

 彼が柵に寄りかかったまま、地平線から視線を外し、真下に目線を落とした。

「何が?」

 僕は特にそれに心配するでもなく、思ったことを反射的に口にしていた。

「龍とか妖精とかってさ、幻の生き物で、お話の中でしか出てこないものだって思ってたんだよ」

 僕はもうあの時には龍に育てられていた。だから彼の気持ちは全く理解出来ず、今こうして人間と話が出来るということが、僕にとっての意外だった。

「今はこうしてレイカと話せて、ノートリア達にもてなされて…幻って、実在してるんだなって」

「でも…お話の中みたいに幸せじゃないんだよ…」

「やっぱり…争い事か…」

「…うん」

 気づけば、僕の腕に雫が落ちていた。髪は濡れていないが、腕が濡れていた。

「…人間を食べた最後の龍はね…僕のお父さんなんだ…」

「えっ…」

「その食べられた人間も龍殺しだった。まだ人間だった僕を引き剥がすためにお父さんと戦ったんだ」

 どんどんと崩れていく平常心を誤魔化すようにあの雄姿を思い出しながら、笑いながら(泣きながら)言う。ポタポタと落ちる透明な雫は、月明かりに照らされることなく衣服に染み込んでしまった。

「結果は僕を見ての通り…お父さんは、龍殺しとお父さんの間に入った僕を守ろうと襲いかかる人間を食べてしまった。そして身を呈して外敵から守るように僕を龍の巨体で包み込んだ。その体はボロボロで、所々から鮮血が流れ出て…全身に付着してしまうには十分すぎるほどには流れていたんだ」

「それで…お父さんの血が着いて…龍になったってことなのか…」

 彼は同情してくれているのか、暗い表情をする。月明かりに照らされてもそれは明るくならなかった。

「だから…多分、僕が最後の龍なんだよ…」

 僕は彼と同じものを見ようと顔を上げる。きらびやかな星空が、僕の心を癒しつつも、辛くさせ続けた。

「この星々は死んで行った人達の願い…龍のお父さんがそう言っていた。この意味が分かる?」

「……レイカのお父さんが食べた人間の願いも星になった…?」

「そうかもしれない…でも僕が言いたいのは違うんだ」

 星空を見渡して言う。僕が見たい星は、この世界のどこで見ても、きっと見ることはできないのだろう。

「…お父さんはきっと、僕を元気付けるためにそう言ってくれたんだと思うんだ…でも…僕が一番みたい星…お父さんの星は…この空にはないんだよ」

 地平線から夜空をさらに見上げ、雫をこぼさないようにする。これが全て人の叶わなかった願いだとするなら、この中に食べられた人間の願いがあるとするなら…これ以上この星を増やしたくなかった。これ以上の星空を、見たくなかった。

「こんなにも去っていった人の願いが輝いているんだ。今生きている人達の願いもきっと素敵なことだろう」

 ラクイラさんが僕と同じ星空を見て言う。感じ方は人それぞれと言うが、多分、もしかすると、お父さんが言いたかったことはこの事だったのかもしれない。僕は間違って受け取っていたのかもしれない。

「そんな素敵な願い、叶えてみないか?」

「…どうやって…?」

 率直な気持ちを伝えると、彼は少し黙り込んで星空から視線を逸らした。そして僕が落胆しかけたところで何か思いついたようだった。

「願いなんて人の数ほどあるんだ。だからその願い一つ一つに合わせて方法を考えよう。第一歩として…そうだな、私たちの願いを叶えて欲しい…かな」

 彼は照れくさそうに微笑みながら言う。彼の、彼らの願いはもう知っている。その願いは、僕しか叶えることの出来ないものだ。

「…わかった」

 ようやく、彼のことがわかったような気がする。この人は、ラクイラさんは、きっと悪い人じゃない。僕を正しい道に導いてくれる人だろう。この人になら…僕の全てをあげてしまってもいいのかもしれない。

「…ねぇ」

 僕は一つ決心をして話しかけた。彼はなんの疑いも向けることなく僕と目を合わせてきた。その目はとても真っ直ぐで、夜空のように綺麗だった。

「どうした?」

「…ご主人様って呼んでいい?」

 彼は顔を赤くし、僕から目を逸らした。これが、僕のすべてをあげてしまってもいいと言う思いを言葉した結果だった。

「……レイカが…そう呼びたいのなら…」

「やった」

 心の中でガッツポーズをしながらご主人様へと飛びつき、そのまま抱きしめた。

「これからよろしくね、ご主人様」

 人の体温を感じながら、ご主人様の温もりに安心しながら、僕はそのまま、満足感に包まれた

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