深夜の星空の下で
妖精の二人が何かを持ってこようと出て行った。この場には人間しかいない。
「ねぇ、三人はなんでここに来たの?」
程なくしてレイカが尋ねる。家内にある木製の椅子に腰掛け、木製のテーブルに両腕を置き、それを枕のようにして顔を伏せた。世界図書館からの連続しての移動に疲れてしまっていた。
「レイカ君ともう一人、未来で大切な人がここにいるから」
「僕ともう一人…それって妖精?」
「うん、そうだよ」
アリスが答えると、レイカは暗い表情へと変わり、俯いていた。
「そっか…」
「…さっきから気になってるんだけど…」
グローリアはレイカをまっすぐ見て言う。その視線に気づいたからか、少し怯えるように目を合わせた。
「あんたってそんなに妖精のことが苦手なの?」
「…うん、色々あったんだ」
バツが悪そうに、言いにくそうに視線が外される。その先にはアリスも私もおらず、木目があるだけだった。
「…言いたくないんだったら…いいわ」
「うん、今は…話したくないんだ」
レイカは最後にそう言って腕を枕にして顔を伏せた。彼も気を張りすぎて疲れてしまったことだろう。そのままあの時のように寝てしまってもおかしくなかった。
しばらくすると、外から賑やかな声が聞こえてくる。ここには時計もなく、時間の経過が分からない。それでも腹時計は食事の時間を知らせる。
「人間様!お祭りが始まったよ!」
そんな中、突然ノートリアがノックもなしに家に入り、興奮した状態で言う。妖精専用の入口が取り付けられているのか、小さな長方形の穴から外の寒気が吹き込んできた。
先程のお祭り騒ぎは準備のようで、やってると言っていたのは準備の事だったようで、これからが本当にお祭りの始まりのようだった。
「ご飯配ってる妖精もいるから!おいで!」
お祝いごとの料理に期待で胸を躍らせ、それを動力源に立ち上がる。グローリアとアリスと共にこの家を出ようとしたところで、レイカが動かないことに気づいた。遠目から見ても分かるほどに安らかに規則的な呼吸を行っている。彼はやはり眠っていた。
「二人で行ってきてよ、私はここに残ってレイカを見てるから」
グローリアとアリスは物寂しげな表情を向ける。私はそんな二人を明るい気持ちにさせようと、安心させようと、それぞれの頭に手を乗せて微笑みながら撫でた。彼女らはそれが嬉しいようで、お土産を持ってくると言ってからノートリアに連れられ、行ってしまった。
風が入らないようすぐにドアを閉め、風邪をひかせないよう着ていた上着をレイカに羽織らせる。やはり少し寒かったようで、深い呼吸へと変わり、安心した表情を浮かべていた。
人には語りたくない過去もあるだろう。しかし私にそのような過去は一切ない。覚えていないと言う方が適切だ。それもいつから忘れてしまっていたかすらも分からない。
「家族…かぁ…」
彼が羨んでいたものを同様に羨む。私の両親は今どこにいるだろうか、私に兄弟はいるだろうか、それとも姉妹だろうか。あの街に私は攫われた身、ならば故郷はどこだろうか。そこに私の家族はいるだろうか…そんなことばかりが頭の中でとぐろを巻いていた。
今となってはグローリアやアリス、神様やナズナまでもが既に家族とすら思っていた。そこに、レイカや、奇跡の妖精と言われているであろうリオンも加わるとなると、大変な大所帯になる。それでも退屈しないことだろう。しかし、それは…本当に家族なのだろうか。きっと、私がそう思い込みたいだけなのだろう。
「ただいまー!」
「って…まだ寝てるのね…」
数時間後、二人が大きな果実を両腕で抱えて帰ってきた。そこにノートリアの姿はなく、途中で別れたのだろうと推察した。祭囃子も聞こえてこなくなり、祭りの終わりを静寂が告げていた。
「はい、これ、妖精が生まれた時にはこの果物を食べて祝うらしいわ」
そう言うグローリアから小粒の、手のひらで包める程の果物を受け取る。赤い小さな球体で、ベリーのように艶やかだった。口へと運び、咀嚼すると、やはり甘酸っぱく、目の前にあればまた一つと手を伸ばしてしまいそうだった。
大きな、妖精のあの小さな体では食べきれないような果実は器の代用物のようで、中の実は全てくり抜かれ、代わりに山菜と野菜のスープや、茹でた豆をそのままの味で詰めたものなど、妖精は森と共存しているようで、肉類は何も無く、自然のものだけで作られた食事が、二人の腕に抱えられていた。そのどれもが人間達にも出回っているもので、なんの抵抗もなく口へと運び、腹を満たすことが出来た。
腹を満たした直後に眠気が襲い、ベッドか布団があるであろう二階へとレイカを背負って向かう。アリスとグローリアは祭りの余韻に浸りたいらしく、まだ一階に残るようだった。
階段を上がり、真っ暗な2階へと足を踏み入れると、やはり人間サイズの布団が畳まれ、部屋の隅に置かれていた。彼を背負ったまま布団を敷き、そこに寝かせる。
寒さで目覚めさせてしまわないようにと布団を掛ける。その布団の温もりに限界を迎え、そのまま気絶するように同じ布団で眠ってしまった。
レイカに寒い思いはさせないとかけた布団の上で眠ってしまった私は、その寒さで目が覚める。妙に不思議と目が冴えてしまい、しばらく眠りに着けそうにない。
レイカに羽織らせた上着を引き抜き、袖を通してから月明かりが差し込む窓の外へと出る。あの部屋には、アリスとグローリアまでもが、一つの布団でくっついて眠っていた。
ベランダの転落防止の柵に体重をかけて妖精の村を見下ろす。ノートリアとは別の、もう一人の妖精が村全体を見れると言っていたはものの、それでも村は奥へ奥へと続き、木のある所全てが妖精達の家のようだった。そんな中、一際目立ったのが、このベランダから遠くに見えるもう一つの人間サイズの建物だった。城と呼ぶにはあまりに小さすぎて、家と呼ぶのに丁度いいサイズの建物だった。
深夜でも妖精たちは活動しているようで、家々へと入っていく光の玉を眺めていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「…寝れないの?」
足音の主が訊く。私はその方へは向かず、木々と星空を眺めながら頷いた。
「…風邪ひくよ」
レイカはそう言ってから私と同じように柵に寄りかかり、こちらに密着してきた。今になってグローリアの気持ちがわかったような気がする。人肌はやはり温かかった。
「レイカも寝れないの?」
「…嫌な夢、見たから」
「そっか…」
俯く彼の頭に手を乗せてゆっくりと撫でる。
「僕ね、好きなんだ。星空を眺めるのって」
虫の鳴き声が聞こえてくる中、レイカが気分を上書きするかのように切り出した。
「でも…あまり見たくないんだ」
「どうして…?」
相反する気持ちに思わず尋ねてしまう。
「…お父さん…僕を育ててくれた龍から聞いたんだ。空に浮かぶ星は、この地球を去った人の願いだって」
余計な口は挟まず、彼の話を黙って聞くようにと口に力を込める。決して視線は夜空の境から逸らさず、妖精達が森を飛び交う中、龍の話に耳を傾けた。