妖精が育む処
レイカと共に洞穴の外に出て、先に出て行ってしまったアリスとグローリアと合流する。妖精たちが待ち惚けていたからか、二人と会話を弾ませ、私たちの到着に喜びを見せるよう大きく上下に飛びながら、子供が駆けるように私たちの周りを回っていた。
「やっと来たわね!」
「パパ!レイカ君!妖精達ってね、昔っから人間と仲良かったんだって!」
二人はその事実に喜びを見せるも、レイカは苦しみを混ぜた悲哀の表情で俯いた。
「あっ、そういえばあんた、妖精苦手だったわね」
「ちょっとね…色々あったんだ」
グローリアと私とレイカとの間で少し重い不穏な空気が流れる。アリスはそんなことに気づいていないからか、妖精たちと楽しく話していた。
「ニンゲンサマ!ニンゲンサマ!ヨウセイノムラニオイデ!」
「イマネ!オマツリヤッテル!」
「祭り?なんの…?」
「ヨウセイガウマレタカラ!オマツリ!」
もしもそれが先程の妖精の事だとしたら、明らかに準備が早すぎる。生まれてから今に至るまでに一時間は経過しただろうか…
「人間の祭りと様式が違うのかな…」
妖精たちは、どうしても私たちをその祭りに参加させたいようで、まだ帰るつもりはないが、村に案内しようと私たちの周りを取り囲んだ。
「まぁいいんじゃない?私達もまだ用はあるんだし」
「そう…だね」
退路を絶たれた中でグローリアが諦めながら言う。当然、拒否する理由もなく、妖精たちに導かれるまま、村へと案内される。
「ヨウセイガウマレタノ、ジュウネンブリ」
「十年ぶり?それまで生まれてなかったの?」
導かれながら歩く中で、妖精がふとそんなことを呟き、アリスが反応した。
「ヨウセイハマンゲツノヒニウマレルノ」
「デモ、ジュウネンマエカラキョウマデウマレテコナカッタ」
「ダカラキョウウマレタヨウセイハ『キセキノヨウセイ』ッテヨバレテル!」
奇跡の妖精…アリスがレイカと同様特徴をつけて挙げた者と全く同じものが妖精の口から出る。名前は出てこなかったものの、それがリオンであることを確信していた。それはアリスも同じようだった。
「その妖精って今のどこにいるのかしら」
奇跡の妖精を拐ってでも引きずり込みたいからか、グローリアが直通しようと尋ねる。妖精たちはすぐには答えず、何かを話し合ってから例の二人の妖精が話し出した。
「ジョオウサマノトコロ!」
「デモ、ニンゲンサマガハイレルカワカラナイ」
「まぁ、あんた達から見ても私達は部外者だしね。受け入れるはずがないと思っておくわ」
「ニンゲンサマモオハナシシタカッタ?」
私たちのすぐ側を飛んでいる例の二人の妖精のうちの一人がグローリアの前にやってくる。どちらも同じように光に包まれ、特徴が掴めず、どっちがどっちなのかは分からなかった。
「そうね、奇跡がどんなものなのか、見てみたいもの」
グローリアは、アリスが言っていた奇跡の妖精リオンのことは話さずに接触を図る。レイカとリオン、どちらもどんな役割りがあるのか何も分からないが、アリスがこの時代にやってきた理由を考えると、何としてでも引き入れたかった。
「アッ、ツイタヨ!ヨウセイノムラ二ヨウコソ!」
妖精達との会話に花が咲き、時間の流れを忘れている間に目的地に着いていた。
光の玉が縦横無尽に飛び回り、村を囲む木々に装飾が施され、一つ一つを聞き分けることができないほどに会話が飛び交っている。しかし、それはどれも歓喜や興奮といった、有頂天になっているもので占められていた。まさに「お祭り」騒ぎだった。
周囲の小さな家から香ばしい匂いが漂ってくる。アレから時間も流れて夜になり、何も口にしていないからか、四人の腹の虫が怒りを上げた。
「ニンゲンサマ!オナカノオトガナッタ!」
「お、大きな声で恥ずかしいこと言うんじゃないわよ!」
ようやくもてなせると喜びを見せる妖精にグローリアが顔を赤く染めあげて言う。彼女一人だけの音では無いために恥ずかしがる必要はないが、聞かれたくないのだろう。
「ニンゲンサマ、コッチキテ!」
二人の妖精の後を着いていくように村へと入っていく。祭りの準備をしているであろう妖精達の間を横切り、村から少し外れた人間サイズの家へと案内された。妖精達の家と同様に木造のもので、腐った様子もなく、つい最近建てられたかのように綺麗で、立派な二階建ての家だった。
「ココハニンゲンサマガネルオウチ!」
「ニカイカラハムラゼンタイガミエルヨ!」
中へと入ると、明かりも何も無く、当然電気も通ってなく、ほとんど何も分からない。しかし、それでも、テーブルや椅子などの家具の形が、夜目が効かない私でも見ることが出来た。
「ねぇねぇ、明かりはないの?」
寝床まで用意されて厚かましいと思いつつも、アリスがそう聞く。妖精の二人は何かを話し合い、そのうちの一人が家の中心部へと向かった。
「イマカラアカルクスルヨ!」
妖精を包む光の玉が伸縮を始める。真円を維持し、形が崩れることなもく。やがて、人間の拳ほどにまで小さくなった光の玉がそこで止まり、再び大きくなろうとしたところでシャボン玉が弾けるように割れ、部屋中に温かな光が灯った。そして部屋の中心には、ここまで案内してくれていた妖精が、その姿を露わにしていた。
綺麗に整えられたショートの金髪に花弁の髪飾りが一つ、人間が人形で着せ替え遊びをするような、小さなドレスを着ている少女のような顔立ちをした妖精がいた。
「初めまして、人間様!」
今までのカタコトな話し方とは打って変わって、姿を見せてからか流暢な話し方になった。妖精達の間でこれはごく普通のことのようで、レイカは渋い顔をさらに渋くさせ、私とグローリアは賛美に目を輝かせ、アリスは隣にいるもう一人の妖精に、同じことができないかと光の玉をつついていた。
「私の名前はノートリア!そっちにいる妖精の名前は教えられないよ。ルールだから!」
ルールならば仕方ないと素直に納得するも、ノートリアともう一人の妖精の名前…じわじわと興味が湧いてきた。
「人間様たちのお名前も教えてくれる?」
「はーい!私はアリス!」
「ベル・グローリアよ」
「ラクイラだ」
「……レイカ」
最後に視線が集まってしまったレイカが小さく答えた。妖精の村へと足を踏み入れてから私の服を掴んで離さず、他の妖精とも目を合わせようとしてなかった。
自己紹介を終わらせた後に、思い出したかのように腹の音が鳴る。ノートリアはクスクスと笑い、「待ってて!」と一言告げてからもう一人の妖精を掴み、家の外へと出ていってしまった。彼女が灯した光は消えることなく、暗闇に怯える人間の心を安らがせていた。