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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
出会いの章
3/58

ある日の夢の続き(後編)

 飛び込んだゲートの先は雲の上にある陸地だった。雲の間から見える地上には、先程までいたであろう密林の全体像が見えた。

 あまりの高さに肝を冷やし、下を見ないようにと内陸部に目を向けた。点在する浮遊島が存在し、一番大きな島があるであろう中心部に、遠くからでも見えるほどに大きな城が建っていた。

 一先ずはあの城がある場所を目指し、グローリアを背負い直して歩き始めた。

「あっ、あれ街じゃない?」

 草原を歩き、小さな丘を登りきったところでグローリアが城のある方向を指さす。その先には大きな城の元に建物が広がっていた。さながら城下町と言ったところだろう。

「ラクイラ!早く行きましょう!あの時の動きが早くなるやつやりなさいよ!」

 今まで倒れていたことを忘れたかのように要望が出される。苦笑いをこぼしてお嬢様の期待に添えられるように能力を使用する。

(物質速度変化を自身に使用、移動速度二倍速!)

 あまりに速すぎてもグローリアを落としてしまうため、安全に、かつ速く到着できるように加減し、走り出す。

「きゃぁぁぁあ!はやぁぁぁい!!」

 ジェットコースターに乗った子供のように騒ぐ彼女の声で少し楽しくなりつつも、少し心配になった。

「喋ってると舌噛むぞ…!」

 一人で走る分には差し支えないが、背負っている人にどんな影響が出ているのか分からないため注意を促した。彼女は素直に受け入れ、落ちないように腕と足を私の体に絡めて密着した。柔らかい肌と特有の甘い匂いが感覚をくすぐり、その存在を強く意識させた。私に密着している彼女の表情はどこか安心していた。

 グローリアの熱を感じながら走り、十分ほど走った頃だろうか、丘の上で見た大きな城が近くなり、壁も門もない城下町に着いた。地上とはかけ離れた位置にある国だからか、防壁を作らなくてもいいのだろう。部外者である私達が足を踏み入れても警報音が鳴り響くことも、兵士が飛んでくることも無く、中へ入ることが出来た。

「どうやら入って良いみたいね。それなら早く宿を探しましょ!もう野宿は嫌なんだからね!探したあとは観光に行きたいわ!」

「行きません」

 グローリアに肩を叩かれ、街の中心部を指されながら前に進む。

 宛もなく歩き続けているうちに、この浮島の住人達には人間との決定的な大きな違いがあることに気づいた。ごく少数だろうと思っていたが、ほぼ全員がそれを持っていると思っていいだろう。ここの住人たちは皆、背中に大きな翼を持っていた。そして翼を持たない私達のことを物珍しそうに見つめていた。

 宿らしき看板を探し、彷徨っていると、息を切らしながらこちらに走ってくる一人の修道服を着た青年がいた。その青年は私達を前にして跪いた。突然このような光景を見せられて困惑しないわけがなかった。

「お初にお目にかかります。女王様。私はこの島を取り仕切る祭司でございます。到着をお待ちしておりました」

 祭司と名乗った男は顔を上げずにそう言った。女王と言ったことからグローリアのことだろうと思っていたが、私も彼女もなんのことかさっぱりわからなかった。

「女王様って…私のこと…?なんの事かさっぱり分からないんだけど…」

「なんと…やはりご存知ないようでしたか…説明の前に、ここまでの御足労でお疲れでしょう。宿を取らせますのでお休み下さい」

 祭司はそう言い残し、立ち上がって私達に背を向けて歩き出した。

「ねぇちょっと!ラクイラもいいんでしょうね!?」

 グローリアが歩き去ろうとしている祭司を呼び止めると、彼はその場で立ち止まり、ゆっくりとこちらに向き直った。その表情は少し苛立ちが見られた。

「ラクイラと言うと…その人間でしょうか…わかりました。着いてきてください」

「良かったわね!」

 満面の笑みを見せるグローリアを尻目に、祭司の背中を追いかけた。周囲の民家より一回り大きい建物に入り、受付にいる男性が笑顔で向かい入れた。

 受付を済ませると、料金は祭司が全額払ってくれるそうだった。

「お部屋は…」

「一つで!」

「ベッドは…」

「一つで!!」

 受付中でのグローリアと受付の男性とのやり取りだった。部屋が一つなのはわかるが。ベッドが一つなのはまずいだろうと思っていると、祭司は苦笑いを向けていた。

 部屋に案内され、祭司が一度宿を出ていく。ベッドが一つだけの部屋に、グローリアと二人きりになった。

「「はぁぁぁぁぁぁ…!」」

 大きくため息をつきながらベッドに倒れ込む。グローリアは生地を確かめるように肌を滑らせていた。

「久々のベッド…恋しかったわ…」

「もう色々と疲れた…」

「本当に…ありがと…」

 彼女はそう言いながら、ベッドに埋めていた顔をこちらに向けた。

「なぁに、まだまだこれからだ…ここで全てが分かるかもしれないんだからな」

 私の用件こそ終わったものの、グローリアの用件は、ここがスタート地点であった。

「私…お風呂入ってくるわね」

 彼女はそう言ってベッドから飛び降り、ドアに手をかけた。

「服の洗濯ができるか聞いてきてくれないか?」

 ドアが開かれ、出ていこうとしたところでそう言った。

「ええ、わかったわ」

 お互い血に汚れた服を着たまま外に出ることはみっともないと思い、ついでにとグローリアに頼んだ。

 ドアが閉められたところで頭の中で疑問点を整理し始めた。まずはグローリアそのものの存在。私が見た夢には彼女は出てこなかった、あれが予知夢だった場合、彼女が出て来ても不思議ではない、そしてグローリアがみた「風景の夢」全てがあの大聖堂に関係する夢だったならまだしも山、谷、密林…共通点が思い浮かばない、そもそもどこの話なのかが分からない…話からするに夢の中は風景だけで「私」は出てこなかったみたいだ。つまり私とグローリアは互いにイレギュラーな存在だったことになるだろう。

 次に「私」だ。これに関しては謎が多すぎる。時間の能力、命令、ここへと繋いだゲート、グローリアの家族についての情報…そして私がデータ元だということ…どれをとっても分からない

 最後に…この国の人達…グローリアが女王様と呼ばれていたことに頭がいっぱいだったが、この国の人達には翼が生えていた。有翼族と仮称しよう、あの祭司はグローリアのことを何かしら知っている…つまり彼女はここの国で生まれた有翼族ということになるだろう、だがグローリアには翼など生えていなかった。仮に隠していたとしても、足が弱いのであれば飛べばいい。それなのに彼女には翼を広げて飛ぶという考えはなかっただろう。

 疑問点を整理し終わったところでコンコンとドアがノックされる音が聞こえた。ベッドから立ち上がり、ドアを開けると、受付にいた男の人とは別の、女性がバスタオルを持って立っていた。

「失礼します…女王様からお洋服の洗濯をとお伺いしたのですが…一体その服はどちらに?」

 どうやら無理を言ってしまったみたいだが、どうやらやってくれるようでとてもありがたかった。

「ええっと…とりあえずはグローリアのを…私のは後でドアの前に置いておきますので」

「あっ…はい、わかりました。それでは替えの服をご用意しておきますね」

 従業員の女性は私の服を見てそう言った。バスタオルを受け取り、女性が部屋のドアを閉めた。

 グローリアが戻ってくる前に血で汚れた服を全て脱ぎ、バスタオルで裸体を隠す。部屋に時計があり、体に巻いてから十分後にグローリアが替えの服に着替えた姿で帰ってきた。

「ふぅ…お風呂もなんだか久しぶりな気がするわ…って、何その格好」

 タオルを頭に巻きながら入ってきた彼女は神妙な顔を私に向けていた。

「洗濯してくれるみたいだから脱いでおいたんだよ」

「ふぅん…だから私の服がなくなっててこの服が置いてあったのね…じゃ、替えの服が来たら持ってきてあげるから、あんたも入ってきなさい。この部屋を出てすぐよ」

 グローリアに部屋のドアを指され、そのドアを開けて入る。男女に分けられた脱衣所があり、その向こうが浴場のようだった。他の利用者はいないのか、脱いだ服を入れるロッカーには鍵が全て刺さっていた。バスタオルを浴場から一番近いロッカーに投げ込んで鍵を閉める。引き戸を開いて中へと入ると。シャワーと湯船だけという簡素なものだった。引き戸から一番近いところに座り、鏡に自分の体を映しながらお湯で汚れを洗い流す。

「うわぁ…全部治ってる…」

 身体に痛みはなかったものの、跡なく治っているとは思わなかった。

「ラクイラー!替えの服置いておくわよー!」

 体の隅々まで汚れを落としていると、グローリアの声が浴場に響いた。「ありがとう」と返し、体に着いた泡と一緒に汚れを全て落とし、浴槽に張られたお湯に肩まで浸かった。一体どこから水を引っ張っているのかと疑問に思ったが、そんなことより湯に浸かる気持ちよさを感じていたかった。

 のぼせる前に浴場から出て替えの服をロッカーから取り出した。これは正装だろうか、ワイシャツに白いタキシード、黒いネクタイ、白いフォーマルパンツが綺麗に畳まれたまままとめられていた。体に着いた水分を全てバスタオルで拭き取り、正装に着替える。黒が良かったが、そんな贅沢は言っていられなかった。

「ただいま」

 脱衣所を出てすぐの部屋に戻ると、テーブルに豪勢な料理が並べられ、祭司に勧められるがままにそれを食べているグローリアがいた。

「おふぁえりなふぁい。ふぁいひがごふぁんもっへきへくれははらあんふぁもはべなはいよ」

 口にものを入れながら喋っているも、なんて言っていたのか、かろうじて聞き取れることが出来た。この食事は祭司が持ってきたのだという。彼に鋭い視線も送られながらも手をつけ、食べることにした。グローリアが遠慮なしに食べているから毒が盛られている心配はなかった。

「食べながら喋るなって…喉に詰まらせるぞ…」

「ふぁぁい…はむっあむっ」

 話すことより食べることを優先するなんて余程空腹だったのだろう。おにぎり四つで満腹だと言っていたのが嘘のように次々と皿が積まれていく。

「それではまず、これからについてお話させていただきます。食べながらで結構です」

 食欲旺盛なグローリアがいるおかげか、ほのぼのとした雰囲気で祭司が話を切り出した。その表情はこの空気と裏腹に真剣なものだった。

「女王様には二日後、儀式に参加していただきます」

 儀式。この単語で空気が一転し、重い空気へと変わった。

「その儀式で女王様にはこの国を統治する力に目覚めていただきます」

「それって私に拒否権あるの?」

「…どうかお許しください」

 私に向けられる視線とは真反対に、心から申し訳なさそうに祭司が言う。どうやらないらしい。

「まぁいいわ…で、その儀式ってどこでやるの?」

「この島の中心にある城の大広間にて行います」

「それってラクイラも入っていいの?」

 祭司は少し間をあけて答えた。

「…本来は許されませんが、特別に許可しましょう。お召し物は今のもので結構です」

 今の間が少し怪しさを醸し出していたが、同席できることは下手なことをしないという意思表示でもあるだろう。グローリアは私も同席できることに安堵していた。

「儀式に関しては当日にお話ししますので、今日明日は体を休めてください」

 祭司はそう言い、儀式のこと、グローリアに関することを何も言わずに去って行った。

「時間できたわね…観光!」

「行きません」

「いいじゃない!観光くらい…むー!」

 目の前で頬を膨らませるも、あまりに子供っぽく、その頬袋をつつく。彼女はそのまま不貞腐ってベッドを占領し始めた。それを見兼ねて諦めの境地に達し、ベッドの横でしゃがみ、彼女に背を向けた。

「ほら、行くよ女王様。」

「むー…初めからそうしなさいよね…」

 荷物を置いたままに部屋を出て、受付の人に鍵を預ける。街に出たところでグローリアのことを噂する声が聞こえてきた。女王様の到着を喜ぶ声、こんな少女がそうなのかと半信半疑になる声、私を妬む声、彼女と友達になりたいと思い、話しかけてくる子供までいた。しかしそれに関しては断られていた。彼女曰く、「いつか仲間外れにされるから」との事だった。

 女王様の要望で、儀式を行うであろう城の前に着く。城門はしまっていたものの、中を見れずとも外見だけで一日は装飾を見て過ごせそうな程に豪勢で、圧巻だった。

 背後からコツコツと音が聞こえ、城門がゆっくりと開かれる。音のした方へ向くと、私の剣とほぼ同じ長さの杖を持った祭司が立っていた。

「城の下見でしょうか?案内できるのは入口までとなりますが、それでも良ければ」

「…どうも」

 彼は私の横を通り過ぎ、城の中へと入って行った。外からでも中の様子は伺えた。正面に見える半径三メートルはあるであろう大時計が多大な存在感を出していた。

「この時計の針は、我々翼族(パラスキニア)の時間と下界の人間(ヒューマニアン)の時間、そしてこの惑星の公転周期などを指しています」

「えっ、翼族(パラスキニア)と…ひゅーまにあん?って時間の流れが違うの?」

 グローリアがそう言う。時間の流れが違うのであれば、今ここにいる私もその影響を受けてしまうのだろう。

「いえ、換算の方法が異なるだけで、時間の流れは全く同じです。我々の中での一日は、人間の一年となるのです」

「え…じゃ、寿命は!?まさか翼族の方が長いなんて言わないでしょうね!?」

 彼女がどこか焦りを見せて祭司に問い質す。しかしそれは後に安堵へと遂げることになった。

「ご安心を、我々と人間の時間の流れは全く同じ。数え方が違うだけです。よって、寿命はさほど変わりありません」

 祭司がそう言い、グローリアはため息をこぼした。

「女王様にはこの時計の見方を覚えてもらいます」

 安心したグローリアの心中は祭司の言葉によって一瞬にして砕かれた。

「はぁ!?嫌よ!あんた達とラクイラ達の時間を覚えるのはまだいいわ。でもね!公転周期なんて覚えてらんないわよ!」

「ですがこれも我々のためなのです。どうかご理解願います」

 祭司は深々と頭を下げるも、グローリアは納得してくれそうになかった。我儘な女王様に折れたのか、彼は頭をあげた。

「…時計のことは今はどうかお気になさらずに。儀式の準備をしますので、どうかお引き取り願います」

 出口を手で指され、足早に出ていく。外に足を着いたところで城門が閉まり始め、十数秒で固く閉ざされた。

「何よあの意味わかんない時計…他のやつが覚えればいいじゃない…」

 グローリアが悪態をつきながら街を見て回る。私とグローリアにはない、大きな純白の翼を持った住人が建物の上を障害もなく飛び回っていた。

「ねぇ、ラクイラ、あそこ見て」

 城門から出て少し歩いたところでグローリアが私の肩を叩き、人気のない路地を指した。いつからか整備されていない古い小屋のような建物が路地の最奥に見えた。

 雑多に伸びた雑草に足を取られながら前に進み、中へと入る。天井が所々崩れ落ち、その間から陽の光が射す。もう誰も入ることがなくなったからか、雑草が小屋の中までに侵食し、隅に大きな蜘蛛の巣が張られていた。目立つものといえば、正面にある大きな石版だけだった。文字が刻まれているようだったが、埃まみれで遠くから読むことが出来なかった。

 老朽化した木造の小屋をゆっくりと歩き、石版の前に立つ。グローリアを背中から下ろし、空いた両手でホコリを払って文字を浮かび上がらせる。幸い、人間と同じ文字を使っているようで、読むことは容易かった。

「翼族の女王についてここに記す…だって」

 下の部分にまで埃を払っているうちに彼女がそう呟いた。埃で汚れた手を払い、服の裏側で拭き取った。

「翼族は複数の島の上で生活し、その島を統治する長である祭司が存在する…そして、翼族全体を統治するのが女王である…ふぅん」

 女王様が一番上から順に読んでいる中、私は流し読みをして気になるところで目を止めた。

(「女王に目覚めさせる儀式について」…祭司が言っていた儀式か…「城の最奥にて、女王、祭司、歴代の女王の頭蓋を用いて行う」なんだって…「本来、女王は自ずと力目覚めるものだが稀に目覚めが遅れる、または目覚めない者が存在したためその者にこの儀式を執り行う」つまりグローリアはそのどちらかなんだな…)

 まだ目覚める可能性があるにも関わらず、儀式を強行させようとしていることが分かった。

 儀式については少しだけだが分かった。詳しい方法については当日教えてくれるからいいだろう。再び読み進める。

(これは…?「女王の生誕」…?「女王は歴代全員が直径である。」これは血筋がどうのこうのだろう「女王の代を継ぐために女王は次の代となる女王を産み落とさなければならない」まぁそうなるな。そして、翼族を統治する存在は女王でなければならないため、産み落とされた子が男だった場合は直ちに処刑される。女だった場合は、それを次代の女王とし、産み落とした女王を処刑する」)

「ねぇ、ラクイラ?なんかあったの?」

 しゃがむグローリアの目を急いで塞ぐ。こんなのを見せる訳には行かない

「ちょ、ちょっとねぇラクイラ!何があったのか教えないよ!」

 教えるわけに行かない、恐らくあれに書かれていることは本当のことだ。それを踏まえると…グローリアに姉なんて本当にいなかった。あいつの言ってたことは本当だったんだ。これはグローリアは知るべきだが知ってはいけない事実だ…グローリアが女王になってしまったら…

 いつかは処刑される

 グローリアにこれ以上石碑を読ませないために抱き抱え荒れた建物から逃げるように出る

 宿に戻り鍵を受け取り部屋に戻った。時間は夜時、再びお風呂に入りご飯を食べ、二人で同じベッドで眠る

 夜中、ベッドから起き上がる。震えと汗が止まらない、石碑で見たものが頭の中でグルグルと回る。いつかグローリアが殺されてしまう。

 息が荒くなってしまう、しかし落ち着かせることが出来なかった。

「うぅん…ラクイラ…?まだ起きてたの…?」

 背筋が凍る。起きてしまった。

「だ…大丈夫…ちょっと外の空気当たりに行ってただけ…もう寝るよ」

「そう…それじゃほら…寝なさい?」

 グローリアが布団をめくる。その中に入る

「…おやすみラクイラ…」

「おやすみ……グローリア」

 おやすみとは言ったものの眠れない「四、歌姫出産後、女王は子を宿した者と共に直ちに処刑される」こればかりが頭から離れない

 ふと、左腕が温かみを帯びる。グローリアが抱きついていた

「…戦えなくても……私があんたを…守るんだから…」

 守る…そうだ。私がグローリアを守るんだ。私が守らなきゃダメなんだ

「…ありがとう…」

 おかげで落ち着いた。グローリアの頭を撫で、抱きしめ、眠りについた

 ーーーーーーーーーー

 朝、目が覚めるとラクイラが私を抱きしめていた。顔には涙の跡があった

「…やっぱり大丈夫じゃないじゃない…バカ…嘘つき…」

(私にも…あんたを守れる力が欲しいわ…)

 力ならなんでもいいの、ラクイラみたいな能力、説得力、筋力…

「あんたが私を守るなら…あんたは誰に守ってもらうのよ…居ないなら私に守らせなさいよね…」

 私はラクイラの大きな体に顔を埋める形で抱きつき、あんたの弱い部分は私が補ってあげると誓った。

 ーーーーーーーーーー

 翌日、目を覚ますと、グローリアが既に起きており、手には畳まれた服があった。

「おはようラクイラ、洗濯してもらった服、もう乾いて置いてあったわよ」

 グローリアは変わらず元気だった…女王…儀式…処刑…このことに関してはグローリアは知るべきだが知ってはいけない

「おはよう…グローリア」

「んぅ…もっとシャキッとしなさい!そんな暗い顔するんじゃないわよ!」

 パンッと両頬を挟むように叩かれる。おかげで目が覚め、気持ちが引き締まった。

「ねぇ、隣いいかしら?」

「別に、構わないよ」

「そう、それじゃぁ」

 彼女はそう言って私の膝の上に座った。

「昨日何を見たのかしら?」

 やはり聞いてきた。なんて誤魔化そう、嘘をついても昨日の慌てようでバレるだろう

「………」

「まさか私に言えないことなわけ?」

 まずい、沈黙が逆に怒りを買っててしまった

「…君に姉なんていないみたいだ」

「…本当だったのね…じゃ、お兄ちゃんとか弟や妹は?」

 黙って首を横に振る。

「そう…じゃ私は一人っ子だったわけね?」

 グローリアが産まれる前に男が生まれていた可能性が捨てきれないが、首を縦に振る。

「ふぅん…そう」

 疑いの目を向けている

「…ねぇラクイラ」

「どうし…」

 有無を言わさずグローリアが抱きつく

「…あんたが嘘ついたってことくらいすぐにわかるわよ…私に言えないことなら言えないってはっきり言いなさいよ…」

 グローリアの声が震えている。顔が見えないが涙を浮かべているのだろう

「あんたとここまで来るの、色々あって一言でこの気持ちを言い表せないわ…でもね…最後くらい…気持ちよく終わらさせて…私が女王さまになるところ…笑顔で見守ってて…あんたの笑っているところ…最後だけでも見せなさい…」

 グローリアに笑顔を見せてなかったことを今知らされた。頭に手を乗せる

「そうだな…そういえばまだ笑ってなかったもんな…分かった。最後は笑顔、お互いにな」

「当たり前じゃない…泣いたら一生許さないわよ…」

「あぁ…」

 グローリアを包むように抱きしめ頭を撫でる

「…あんたの体…お布団みたいに暖かいのなんかムカつく…」

「ずっと私に背負われてたのに今気づいたのか」

「べ、別にいいじゃないいつ気づいたって」

 そんなやり取りをしているとグローリアのがいつもの調子に戻った。私も少しスッキリした

「さて…今日は丸一日休み、明日が儀式、何する?観光にでも行く?」

「そんなに観光に行きたいのか…?」

「観光って言っても外をぶらぶら歩くだけよ」

「そうだな、まぁ行くか」

「やったぁ!ラクイラ大好きぃ♪」

 冗談でも本気でもいい、大好きと言われて胸がキュッと締まった

 私たちは昨日と同じく鍵を1度返し宿を出た。

「やっぱりここ変な場所よね…島が浮いてるんだもの…見たところ橋もなさそうね」

 翼が生えているのだし平和もあって橋は必要ないのだろう

「グローリアは覚えがないのか?」

「ええ…だって私物心ついた時からあんたの世界にいたのよ?」

「一人でか?」

「…お姉ちゃんがいたのよ…他人かもしれないけど、その人が私を育ててくれたの」

「見つかるといいな」

「きっとこの国のどこかにいるわよ」

 確証はない、しかしそう願うグローリアがわたしの背中の上にいた

「とりあえずこの島は1周したわね」

「やはり城があるだけあって広いな…」

「どこかで休みましょう?あそこの公園とかいいんじゃない?」

「そうだな、少し休んで宿に戻ろう」

 公園のベンチに座り何気ない会話を交わす。この時何を話しただろうか、明日のことで頭がいっぱいで覚えてない、気づけばベッドの上でグローリアが寝息を立てていた。胸騒ぎがする。グローリアを女王に目覚めさせる儀式…嫌な予感しかしない…そうだ、何かあればやめさせればいいんだ

 まだグローリアが目覚めないと決まった訳では無いのだから

 翌日、体感十時頃に祭司が宿に来ていた。儀式の説明だ

「本日の南中時に儀式を執り行います。これから女王様が行うことについて説明致します」

「分かったわ」

「女王様は私に着いてきて下さり、指定した場所にお立ちになる。それだけで結構です」

「それだけ?ふぅん案外楽なのね」

「ですが、儀式を行う直前にお召し物を全て脱いでいただきます」

「はぁ?あんた何言ってるわけ?」

「お許しください、天に身を捧げることを誓うためです」

「ふぅん…納得いかないわね」

「直ぐに終わりますので、終わりました着て大丈夫です。それでは早めに城に参りましょう」

「じゃラクイラ、行きましょう」

「そうでした…特に持ち物の縛りはありませんがその剣などは持参ならないようお願いします。目立ちますので」

「…わかりました」

 分かるのだが、嫌な予感が拭えない

 城門の前に移動すると、周りは既に人でいっぱいだった。恐らく国民全員がいるであろう規模だ。

 祭司がコンコンと持っている杖をつく。城門が開く、この中で入るのが許されたのは私たちだけだ。大時計の前に立つ、時計は十一時の針を指していた。再び祭司が杖をつく。大時計を中心に十字形に光が入り、その十字形が瞬く間に大きくなりやがて大時計を覆い尽くした。そして…目の前の壁が開いた壁の先にはさらに通路が続いていた。壁際には扉が更にあるが目指すところは真っ直ぐ先、扉がありそこを開いた瞬間、雰囲気が一変。絨毯の敷かれていた床が一面真っ白に、壁に窓はなく部屋の奥にはパイプオルガン、天井には火のついたシャンデリア、床が天井と壁を反射して移している。中には私たち以外に九人、既に人がいた。恐らく他の祭司だ

 後ろの扉が閉められる

「それでは儀式を始めます。女王様」

 グローリアが頷く、祭司達が深くお辞儀をしている中服を脱ぐ

「…それでは参りましょう…」

 グローリアと祭司が奥に進んでいく

「えっちょっと…!何よこれは…!」

 グローリアが見たものは輪を作るように置かれた数々の頭蓋骨、何も知らされていない側からすれば驚くのが普通だ

「これが儀式具なのです。さぁこの中にお入りください」

「い、嫌よ!なんでこんなことしなきゃ行けないのよ!」

 グローリアが泣きそうな声で叫ぶ

「…目覚めない貴女が悪いのです。この出来損ないが!」

 祭司がそういうとグローリアを殴り気絶させ輪の中に放り込む

「この野郎ぉぉ!!」

 私が急いで奥に進んでいくが、途中で祭司達に阻まれる

「そこをどけ!くそ野郎共がぁ!!」

「ふふふっ、儀式を始めましょう!」

 祭司の合図とともにグローリアの体が宙に浮かぶ。力なく座り込んでいたグローリアの体を光の繭が包み込み、円を作っていた歴代の女王の頭蓋が砕ける。それと同時に、城が崩壊を始めた。

 ある時突然崩壊が止まり、私以外の動きが全て止まった。

「みっともないなぁ、データ元?」

「何の…用だ…」

「なぁにお話しに来ただけだ。ほらこれやるよ、お前のだろう」

 目の前にいたのは…大聖堂で私を殺しにきた「私」だ。彼は宿に置いてきたはずの大剣を私の目の前に投げた。

「儀式、止められなかったみたいだな?」

「うるさい…」

「そう言うな、お前じゃあれは止められない」

「じゃお前なら止められたって言うのかよ!」

「あぁそうだ。お前は弱いから止められなかった。俺なら今みたいに時間を止めてあの野郎を直ぐに殺せた」

「クソが…で、話ってなんだ」

「お前…俺の事どこまで知ってる?」

「お前が言ったことしか知らない」

「まぁそうだよな、じゃ俺のことぜぇんぶ教えてやる」

 時間を止めてまで話すことだ。嘘偽りはないだろう

「まず俺は、ここにいる野郎共に作られた実態のないクローンだ。」

「データって言ってたな」

「そうだ、そのデータって言うのはここ、記憶だ」

「私」は頭を指さしそう言う

「で、そのデータはどうやってとったかと言うと、お前に夢を見させると同時にコピーした」

「お前が私を殺す夢か」

「夢の内容までは知らんがそうだ」

「実体のない理由は」

「単にお前の細胞が採取できなかっただけだ。だからお前の記憶から顔や体の形をデータ上でしか作り上げることしか出来なかった。で、今お前の前にいる俺は…ホログラムみたいなものだ」

 ホログラム…実体がなく体に穴を開けても血が出なかったのは理解した。だがなぜものが持てる?

「ホログラムなのになぜ物がって?お前、女王が最期どうなるか知ってるだろう?」

 女王は最期、次代女王を産んだら処刑される

「その女王の遺体から体の一部を拝借して持てるようにしたんだ。訳分からねぇだろう?俺もよくわからん、だが祭司共が好き勝手やったんだ」

「お前が言ってた命令ってなんだ」

「グローリアを生きたままここに連れてくることだ。グローリアはここで生まれたあとすぐにお前たち人間の住むところに降ろされたそうだ」

「なぜ?」

「さぁ知らん」

 どうやら知ってるのは自身のことだけみたいだ

「次…なんでお前は時間の能力が使えるんだ」

「言っただろう、俺はお前の記憶からできている。そして俺はコンピューターのように日々アップデートしてる。だから俺はお前より強い」

 なるほど、AIみたいな感じか

「…なんで私なんだ」

「たまたまだ」

「それだけで済む話じゃないだろうが!」

「事実だ素直に受け止めろ、誰でも良かったんだ。七十三億分の一だぜ?良かったな」

「良いわけ…良いわけないだろう…」

「でもグローリアの命を救ったんだぜ?」

「あんなのを知った以上救えただなんて言えるわけがないだろう」

 グローリアが目覚めてしまった以上処刑されるのが確定してしまった

「グローリアを生かしたいか」

「当たり前だろう」

「じゃぁ答えはひとつだろう?このふざけた種族を全員ぶっ殺すことだ」

 種族を全員殺す…そんなことが今の私にできるか分からないが、この先のグローリアを思うとやらなければならなかった。

「お前には殺す覚悟が無さすぎる。殺される覚悟が無さすぎる。守りたいものがあるなら死ぬ気で守り通せ」

「お前、なんかムカつく」

「くっ…くくく…俺はお前なんだぜ?自分にムカついてるんだぜ?」

「うるさい、知ってる」

「じゃ動かすぜ?覚悟しろよ」

「とっくにしてる」

「私」がパチンと指を鳴らす。その瞬間に時が動き出す。光の球体が割れ、中にいたグローリアが姿を見せる。そして、城だったものが全て崩れ落ち、外に出た

 グローリアの姿は先程までとは全く違っていた。何が違うかは一目瞭然、体全体が成長し、少女だった面影はなくなり、大きな純白の翼が六枚生えていた。

「グローリア!!」

 私は少女の名前を叫び目を覚まさせる

「…ラク…イラ……?」

「何故だ!なぜあの人間の名前を覚えている!全ての記憶がリセットされるはずなのに!」

 全ての記憶がリセット?

「どういうことだか説明してもらおうか」

「お前に知る権利はない!この男を殺せ!」

 一対多か…グローリア以外全員敵、後ろからも前からも横からも殺気を感じる。

 剣を構え、向かってくる翼族を切り伏せる。敵対するもの全てが武器を持っていた。

「なんで…なんで戦っているのよ!」

「グローリア!全部君のためだ!君が生きるためだ!」

「どういうこと…?」

「くそ…こいつ…知りやがったか…なんとしてでもその男を殺すんだ!」

 祭司が号令をする。あの石版にあったことは事実のようだ。

「雑魚が多いのもなかなか大変だな…!」

 体力がどれほど持つのか分からない。だがグローリアを真の意味で助けるために、翼族を全員殺し、女王を解放しなければならなかった。

 城だった物の中にいる祭司たちの元に向かって走り、一人を残して祭司たちの首を跳ね飛ばした。私の元は次々と武装した翼族が押し迫る。一人、また一人と剣を振り下ろすとキリがないため、能力を使用し、剣を変化させた。

(物質構造変化、剣を…無数のナイフに変化…!)

 一本の大剣がナイフに変化し、彼らの頭に雨となって降り注ぎ、翼に傷をつけ、地面に墜落させた。

「ねぇ…ラクイラ!私を生かすためってどういうことなのよ!!」

 城があった場所でグローリアが叫ぶ。目の前のことに集中して答えることに脳を割くことが出来なかった。

「それでは私が答えましょう…」

「黙れぇぇぇぇ!!」

「貴女は女王として生まれた時点で処刑される未来が確定しているんですよ!」

 彼女の中で時間が止まったかのように硬直する。祭司から言われたことが信じられないようだった。

「そこで待ってろ祭司!お前は最後に殺してやる!」

 それを聞いた周囲の翼族が蜂起し、槍や剣を握りしめ、突撃して私の体に突き刺した。怒りに任せて行動した結果だった。

「ラクイラァァァァ!」

 最期にグローリアの泣き叫ぶ声が聞こえた。これでもう約束は守れなくなってしまった。

 ーーーーーーーーーー

「くくくくくくくく…あはははははは!!この人数を相手に戦うなど蛮勇だな!愚か者の体現者だ!」

 反吐が出るほどの高笑いが隣から聞こえてくる。私は新しく手に入れた純白の翼を広げ、空へと飛び上がってラクイラの元へと向かった。他の翼族達は私が降り立つ場所を作り出していた。

「ラクイラ…ラクイラ…!ちょっとあんた達…!何突っ立ってるのよ!早く…この刺さってるもの全部抜きなさいよ!!」

 今の私は本物の女王。だからどんな我儘でもこいつ達は聞いてくれる。傷だらけで穴だらけの体が目の前に一つ。彼が負わせた負傷者達は翼が機能しなくなったが、まだかろうじて生きていた。この場で致命傷を負ったのはただ一人だけだった。

「死ぬんじゃ…ないわよ…!」

 声が聞こえているかなんて分からないが、聞こえるように声を上げる。祭司がラクイラを挟むように降り立ち、私の腕を掴んだ。

「もうこの男のことなんてどうでもいいのです。戴冠式がありますのでどうぞこちらに」

 私は血塗れた手で祭司の掴む手を振り払った。

「触れるな…私に触れるな、この変態」

「ちっ…この不良品が…!」

 こいつのラクイラに向ける目が気に食わなかった。今も私に向けられている悪意に染った目が。

「何よその口、それが女王に対する話し方なわけ?あんたがいつ私より偉くなったのよ」

「このガキ…!まぁいい…お前のことを全て話せばそんな口も聞けなくなるだろう」

 ラクイラの体が私の腕の中でだんだん冷えていく。

「話すなら…早く話せ…!」

「お前が探してた姉はもとよりこの世にいない。お前を育てていたのはホログラムが見せていた存在なのだよ」

「なら…私はそのホログラムを本物の家族だと思って過ごしてたということなのね…」

「あぁそうとも、滑稽だったよ。ホログラムの電源を切った途端に子供のように姉に固執して探しに出るんだからなぁ!」

 祭司の笑い声に怒りが頂点にまで達し、もうこいつの言葉は聞きたくなくなってきた。

「…何故私はここの女王なのに人間の世界にいたのよ」

「実験だよ。不良品であるお前は実験台に最適だったのだ」

 女王を実験台にして何がしたかったのかさっぱり分からない。そもそも私が不良品と呼ばれていること自体に納得が行かなかった。

「私たちは孤独や貧しさを知らない、裕福な種族だ。そんな種族が孤独を知ればどうなるかの実験だ!結果はお前そのものだ!姉だと思い込んでいた物を探しに我々が見せていた風景を頼りに旅に出た!その過程は実に面白かった」

 ふざけてる…私を実験に使って…何が面白いのよ…!

「そう…私を実験に…そのせいで…ラクイラがこんな目に…」

 目に涙が溜まり始め、堪えきれずに零す。それを見た何も知らない群衆が私を慰めようと近づいて手を伸ばした。私は怒りに任せてその手を跳ね除けた。

「来るな!寄るな!ラクイラに近づくな!!」

 怒りと悲しみが私の心を支配する。周りは静寂に包まれ、祭司も気づけば喋らなくなり、私のなく声だけが虚空に響いていた。

「あぁ…傷がこんなに…一体誰がこんなに穴だらけにしたのよ…私が治してあげるんだから…」

 次々に溢れ出す雫を指で掬い、一か八かで傷口に流し込む。あの時のラクイラの言葉は嘘だと思っていたが、流し込んだ傷口がみるみるうちに塞がっていく。

「私が泣いたおかげで治ったって本当にだったのね…あんたが生き返るなら約束破ってでも泣いてやるわよ!だから…だからあの時みたいに生き返りなさい!!」

 倒れている彼を抱き寄せて涙を流し続ける。背中から流れ出す血が止まったところで、ドクンと脈打つのが感じた。微弱だったものの、それは気の所為ではなく、ドクンドクンと少しずつ安定してきた。

「あ…!ラクイラ…!起きなさい!聞こえてるんでしょ!」

 傷口が塞ぎきった体を揺さぶり、呼び起こすと、彼の目が僅かに動き、ゆっくりと開かれた。

「グロ…リア…?」

 途切れ途切れの声で私の名前を呼んだ。ただそれだけが嬉しくて、この場には似つかわしくない程の笑顔を見せた。

「そうよ!ベル・グローリアよ!良かった…!あんたの話は本当だったのね!」

 ラクイラは二度も死の淵から這い上がってきた。もう二度と怖い想いをさせないように、目の前のことを片付けようと両手に力を込めて立ち上がった。

 ーーーーーーーーーー

 再び血まみれの体で起き上がり、剣を構える。三百六十度に敵対している翼族が数え切れないほどにいる。

「さぁて…私もやってやろうじゃないの!相手が同族だろうが知ったこっちゃないわ!ラクイラを傷つけた罪は万死に値するんだから!」

 女王はそう言って六枚の翼を羽ばたかせて飛び上がり、体を丸めた。

「存在反転…領域展開!もうラクイラに攻撃は届かせない!」

 グローリアを中心に黒い半透明の球が広がり、この場を全て包み込む。視界が逆さになり、前後左右の感覚が反転した。そんな中でも果敢に突貫してくる猛者がおり、私の背後から遅いかかってきたが、気づけば私がそれの背後に立ち、体を剣で刻んでいた。

「ふふん♪私もやればできるじゃない♪あんたをこんな大群から守ることくらい不可能じゃないわ!」

 グローリアの笑い声が空から聞こえてくる。飛んでく矢や槍が領域内に入ろうとしたところで跳ね返る。近接戦闘を仕掛けてきた者は私に返り討ちにされる。気づけば領域内にいる者達は逃げ出そうとしていた。それを見た彼女が指を鳴らし、反転する空間を解除する。視界は元に戻り、感覚も全て戻った。そして何より解除されたことで、移動していた者達の方向が元に戻り、お互いがぶつかり合うことが起きた。

「さぁ、ラクイラ…あんたも…体の中の力を呼び起こすのよ…私がやったみたいにね」

 彼女の今の力は儀式によって目覚めさせられた力ではなく、彼女自身の守るための力。頬に口付けを受け、体全体に焼けるような熱が湧き上がる。剣を地面に突き刺し、力を込めた。

 体の中で三秒を数える。三、二、一…

 音が消え、草木や建物や武器や人や地面、光がその場から消えてなくなる。あまりに脆い存在が私の両手で簡単に壊された。

 三、二、一。光が戻り、地面や建物や音が元に戻る。群れていたはずの翼族は、この数秒のうちに四肢を奪われ、臓器を取り出され、組織が機能しなくなり、体に穴が空いていた。使われていた武器は粉々に壊され、修復が不可能なほどにされていた。

 私とグローリア以外に生きてい者がたった一人いた。それは最後に殺すと宣言した祭司だった。彼は腰が抜けて怯えるだけの存在と成り下がっていた。

「…ここまでね、憎むなら私を実験台にした自分を憎みなさい」

「言った通り、お前が最後だ」

 私が剣を祭司の首元に向けるも、諦める様子はなかった。

「まだだ…!おい!出てこい!!」

「うるせぇ、そんなでかい声出さなくても聞こえてんだよ」

 さっきまでそこにいなかったはずの「私」が突然現れた。時間を止めてここまでやってきたのだろう。

「こいつらを殺すんだ!」

「断る」

「何故…だっ!?」

 祭司の体が貫かれ、血溜まりが広がる。

「散々好き勝手やりやがって…お前の命令はとっくに終わってんだ。これ以上俺に指図するな」

「この…データだけの存在が…!!」

 祭司はそういった直後に吐血し、息を荒らげてその場に倒れ込んだ。それを「私」は頭を踏みつけて唾を吐きかける。

「ふん…お前たち、着いてこい」

「私」に先導され、城下町を出て行き、初めにこの地に降り立った島の端っこで足を止めた。

「やり残したことは無いな?」

「あっ、ちょっと待って」

 グローリアがそういい、空高く飛び上がり、城下町の方へと戻って行った。しばらくすると、何かが入れられた袋を抱えて飛んで戻って来た。

「はいこれ…私とあんたの服が入ってるやつ…これを忘れたらもう大変なんだから」

 一体何が大変なのかと疑問に感じているうちに再び飛び上がる。今度はどこへも行かずに手を空に掲げた。空に向けた手のひらに光が次々と集まり、球を作り出す。おそらくこれは女王として目覚めさせられた力、国を終わらせるための力なのだろう。

「…私は翼族の女王ベル・グローリア…ここでは私がルール…もうこんな国なんて終わってしまえばいい!失楽園ペルデール・アルカディア!!」

 ボウリングの球ほどにまで集束された光が城下町に向けて投げられ。地面に着弾する。その光の玉は膨張を始め、城下町を、周辺の島を次々と飲み込んでいく。この国の最果ての場所であるここにその光の玉が届くことは無かったが、中心部が光に飲み込まれたからか、浮力を失って崩れ始めた。

「…さよなら、私の国」

 私の手の甲に一雫の雨が滴り落ち、顔を拭いながら彼女が降りてきた。

「すごいな…よくもまぁあんな力を…って感心している場合じゃねぇ」

「私」は崩れ行く足場の中でゲートを作り出した。

「早く行け。俺はもう…ここで最期だ」

「…そう…さよなら、ラクイラに似た人」

「じゃぁ……」

 ゲートに飛び込むと、グローリアとの全てが始まった密林の中に立っていた。後ろを振り向くと、ゲートが消えかけている中、「私」が私の頭を掴み、自分の持っているデータを私の中へと流し込んだ。何も言わずに手を引くと、その瞬間にゲートが消滅した。

 ーーーーーーーーーー

「…終わったわね」

 国を失った女王がその場に座り込んでそういった。やりきったとでも言いそうな程に微笑んでいた。

「あぁ…終わったよ…」

 男は疲れきった顔でそう言い、女王に背を向けて歩き出した。

「じゃぁ…元気で」

「…行っちゃうのね」

 別れを惜しむように女王がそう言う。男と女王の目には心残りに満ちた涙が浮かんでいた。

「「最後は泣かないって約束…!」」

 男はその場で立ち止まり、霞んだ目を拭った。

「あーあ!私の国なくなっちゃったし、どこに行けばいいのかなー!」

 女王の涙を堪えながら叫ぶ声に男は振り向く。男の表情は、呆れつつも、どこか晴れやかで、嬉しそうで、心からの笑顔だった。

「ほら、乗って…帰ろう、家に」

 その場で背を向けてしゃがむ男を見た女王は疲れきった体で立ち上がり、翼のない彼の背中に飛び乗った。

「落とさないでよね!」

 少女は男の顔に覗き込んで笑顔を見せた。

「落ちるなよ!」

 少年は立ち上がり、密林を抜け出そうと走り出す。

 二人はお互い心からの笑顔を見せ合い、少年の住む小さな家へと帰った。

 少年と少女の物語はまだ始まったばかりだった…

誰かを守るために目覚めた力を使い、自らの国と種族を滅ぼした女王グローリアは、「女王」としてでは無く、「一般人」として生きることを選び、少年の背中へと飛び乗った。

守りたい。支えたい。異なる二人の気持ちは全く同じものから生まれている。少年は守るために手を汚し、少女は支えるために空へと飛び上がった

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