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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
時代の章
22/58

到着、世界図書館

「よし!少年!進めー!」

 草原の真ん中に立ち、天まで届く塔を前にして神様が私の肩に飛び乗り、前方を指す。

 グローリアとナズナは私を挟むように横並びに歩き、両開きの扉を押し開けると、外の景色とは打って変わり、灰色の幻想的な室内が塔の中に広がっていた。感嘆の声を零すと、吸い込まれるように中へと足を踏み入れていた。

「ふがっ!?いったぁ!!」

 突然神様が後ろに倒れ込み、顔を両手で押さえて体を左右に揺さぶる。肩車の体勢だったからか、入口の壁に頭をぶつけたことだろう。

「い、伊倉様!?大丈夫ですか!?」

 ナズナが駆け寄り、神様は少しして顔を見せる。鼻血は流れていなかったものの、顔全体が赤く染まっていた。

「大丈夫大丈夫…鼻の骨が折れるかと思ったけど…」

 仮に折れたとしても、神様ならすぐに治せるだろうと思い、隣にいたグローリアと共に溜息を零す。

「あんたね…神様なんだから威厳を保ちなさいよ…」

「本当しっかりしてくださいよ…ぶつかるって分かってたでしょ…」

「ボク悪くない!どっちかって言うと少年が悪い!」

 心底困惑しつつ、顔の赤みが治った神様を引きずり、中へと入る。壁にも、目の前にも、本棚が並べられ、数々の本が隙間なく並べられている。景観を壊さないように表紙は全て白で統一され、題名が分かりやすく黒字で書かれていた。

「おや…お客様とは珍しいですね…」

 私たちの足音に気づいたからか、本棚の奥の方から女の人の声が聞こえてくる。迷路のように配置された本棚を進み、声がした方へ歩きで行くと、壁に背を向けては椅子に座りながら目を閉じて本を読んでいる女性がいた。

 本をそっと閉じるも、立ち上がろうとしない彼女にこちらから近づく。

「ようこそ、世界図書館へ…貴方達が来るのをお待ちしていました」

「待っていた…?ボク達がここに来るのを知っていたのかい?」

 神様がそう尋ねると、ここの司書であろう女性の膝から一匹の猫が飛び出し、デスクの上で体を伸ばす。そして女性はようやく立ち上がり、深々一礼した。

「私は未来を視ることができますので」

 そう言って体を起こす彼女の目が開かれ、黒目には星が散りばめられていた。

「じゃぁ…私たちが何を探しに来たのかも?」

 今度は私が尋ねると、開かれた目がそっと閉じられ、私の方を向いた。

「そこまでは分かりません」

「ふぅん…便利なのか不便なのかわかんないわね」

「未来ですか…私も一度見てみたいですね」

「…あまりいいものではありませんよ」

 司書はどこか寂しげな表情をしながらデスクで佇んでいる白猫の頭を撫でる。気まずい雰囲気になりながらも、彼女がそれを打ち破った。

「何かお探しのものがありましたらご協力しますので、ごゆっくりどうぞ」

 「ありがとう」と一言言ってからその場を去り、私と神様、ナズナとグローリアの二組に別れて別行動を取る事にした。

「広いね…ここ」

 見えてこない天井を見上げながら神様と共に迷路を歩く。武器についての本を探している内に、視界の端で分厚い本が存在感を放っていた。無意識にそこに焦点を合わせると、「異能武器大全」と題名が打たれていた。

「あっ、神様、これじゃないですか?」

 偶然見つけた本を指さすと、神様がその分厚い本を取り出し、通路の真ん中にあったテーブルに乗せて表紙をめくった。急いでいる訳では無いため、流し読みをしながら目的のものが書かれているページを探した。

 どんなに強い力を加えても壊れないガントレット、呼べば戻ってくる槍、溶岩で鍛えられた大槌、血を吸って切れ味を増す剣…どれも現実的ではないにしろ、面白いと思わせるものばかりだった。

「んっ、あった」

 半分ほどページをめくったところで神様が指を置いた。そこには私が使っている大剣と一本の刀があった。

「『在世剣・現身鏡』と…『神刀・現世鏡』…」

 私の使っている大剣、現身鏡には異能などないと思っていた…しかし神様にとっては大切なもの…普通の大剣とは違うことが明白だった。

「『在世剣・現身鏡』。これは信者がいなかったボクがこの世に留まるために必要だった。いわば…依代だったんだよ」

「それじゃ…私がもしも死んだら…」

 説明文には、「魂を穢れなき形で現世に留める剣。所有者の魂は神聖なる加護によって護られる」と書かれていた。

「縁起でもないことを言わないでおくれよ…君はボクが死なせないから」

 そう言った神様に真意をはぐらかすように苦笑いを向ける。それを見て少し微笑んだ神様は繋げた。

「そうだね…もしも君が死んだら…ボクも一緒に死のうかな」

 神が死ぬ時は信者がいなくなった時。依代となる現身鏡を私に完全に明け渡した神様は、清々しいほどの笑顔を私に向けていた。

「……そんなこと言わないでくださいよ」

「ん?今なにか言ったかい?」

 すぐ隣にいる神様にも聞こえないように声を殺して言う。本当に聞こえていなかったようで、どこか悲哀に溺れつつも、ほっとしていた。

「…なんでもないですよ」

 ニシシと笑い、今度は『神刀・現世鏡』の説明文に目を落とした。単略的な現身鏡の説明文よりも、長く、多くの行を設けて書かれていた。

「『これは神が所有するべき刀であり、世界を正しい形に戻す刀である。星の核で打たれたこの刀で危害を加えた生命は、元々の形へ()()』…戻す?」

「そう…正しい形に戻すのがこの刀の力なんだ。ボクがまだこれを必要としていないのは、君以外に戻す必要がないからなんだ」

 私を()()…これが何を意味しているのかが全く分からなかった。

「…どういう…ことですか?」

「君は一体誰の心臓で生きているんだい?」

 その言葉でハッとする。私の心臓は人間のものでは無い、神様の物だった。

「なら…神様がその刀で私を斬ったら…」

「もちろん…君の中にあるボクの心臓がボクに戻ってくる」

 なら今すぐにでも取りに行こうと神様の服に手を伸ばす。その時だった。

「でも君の心臓は戻ってこない」

「どう…して…?」

「単純な話さ…君の心臓は世界中どこを探したってないんだよ…」

 神様の悲痛を受けている表情を見て現世鏡の異能について理解した。これは…プラスをゼロに戻すだけで、マイナスをゼロにすることは出来ないようだった。

「死人を蘇らせることが生命の神であるボクにしかできないように、この刀が死人を蘇らせることは出来ないんだよ」

「なら…なんでこの刀を取りに行こうと…」

「ナズナちゃんを元に戻すためだよ」

 どうにも納得が行かない。今現在も彼女は霊姫銃プルトガングを持ち、別人格である白百合ナズナを体に宿している。食人癖のあるそれを戻すとするなら、早急にしなければならない。それなのに神様は「まだ必要ない」と言っただけだった。

「確証はないけど、もうあんな夜は二度と来ない。君が白百合ナズナに痛みを与えたおかげでね」

「なら…ナズナと白百合ナズナを切り離さなくていいってことですか…?」

「いや、将来的には彼女も元に戻さないといけないんだ。でも今は白百合ナズナも沈静化されているし、ナズナちゃん本人にも影響はないんだ。だからまだ必要ない」

 神様の考えていることがまるで理解できない。利用しようとしているのか、それとも、信者ではないから優先順位が低いのか…どちらにしても、現状を維持するようだった。

()()()()()()()()()()()()()じゃないか」

 きっと今はまだなにかの途中。全てが終わるというのは何を指しているのか…私の人生?ナズナの人生?それとも神様のさじ加減?それがなんであろうと、手遅れになってしまいそうでならなかった。

「この本、どうするんだい?」

 目的のものは読み終え、用済みとなった本を神様が閉じる。複雑に色が混じりあった心なのに、この本の表紙は色あせることすらなく、真っ白だった。

「元の場所に戻しておいてください」

「んっ、わかった」

 分厚く大きい本を両腕で抱え、本の重さに負けないよう汗を流しながら本棚に戻された。そして神様はだらんと垂れている袖で汗を拭い、私の肩の上に性懲りも無く飛び乗った。

「よし!少年!あの二人を探しに行こうじゃないか!」

 どこか憂鬱な気分になり、大きくため息をつく。こんな迷路で来た道を覚えているはずもなく、迷い込んでしまいそうになった。

 神様の曖昧な記憶を頼りに右へ左へ、前へ後ろへ彷徨い続ける。本棚をよじ登った方が早いのではないかと思えてしまうほどに、出口が遠のいている気がしてきた。そんな中、どこからか伸びをしているように、喉から出ているような声が聞こえてきた。それは上からしているようで、目の前にあったハシゴに沿って視線を上げると、ナズナがハシゴから身を乗り出しては、突出している本の背表紙に手を伸ばしていた。このままでは落ちてしまうのではないかとヒヤヒヤするばかりだった。

「取れた…!」

 体の揺れを利用し、やっとのことで目的の本を手にした彼女は歓喜する。しかし、それは一瞬にして後悔のものへと変わった。

「きゃぁぁぁぁ!!」

 本を大切に抱え込み、そのまま落下するナズナの影を頼りに下へ位置を調整し、両腕を伸ばす。

 四階の屋上から突き落とされたかのように、後悔と諦めの渦に巻かれて落下する彼女を足腰に力を入れ、お姫様抱っこの形で抱き留める。神様とは違ってしっかりと体重のある彼女に体が地面に沈み、そのまま尻もちをつかないように堪えるだけだった。

「あ…あぁ…いき…てる…?」

 遠のくことのない天を仰いでナズナが私の腕の上で脱力する。本を大切そうに胴の上で抑えながら、片腕と両足が垂れた。

「怪我はないかい?」

 私の肩の上から降りない神様がナズナを見下ろして言う。そろそろ両腕に力が入らなくなり、脱力している彼女を床に下ろした。

「はい…ありがとうございます…」

 本を右腕で抱え、少し落ち込みながら両膝をついて座り込んでいる彼女の姿はそれだけで絵になりそうだった。

「ナズナー!!」

 手を貸して立ち上がらせると、上の方から図書館には相応しくない程の声が聞こえてくる。声の主は私たちが見上げるよりも早く降り立った。

「さっき叫び声が聞こえたけど大丈夫!?」

 グローリアは六枚の翼を広げたまま、複数の本を抱え、ナズナに怪我がないかと全身に視線を巡らせた。

「大丈夫のようね!」

「はい…ラクイラ様のおかげで…ご心配をおかけして申し訳ありません…」

 ナズナは服に着いた埃を払う前にそう言って一礼をした。変わりない彼女を見たグローリアは落ち着きを取り戻し、安堵のため息をしてから私を見て微笑んだ。

「間に合って良かったわね」

 あと少し遅かったらと思うだけで助けられた喜びが強くなる。それと同時にグローリアが持っている本が気になってきた。

「…その本、なに?」

 三冊ほど重ねられている本に目を落として言うと、彼女は背表紙に書かれている本の題名を確認してからこちらに見せた。

「全部子育てに関する本よ!」

 無邪気な笑顔を向ける彼女を見て、神様はようやく私の肩から降りては肘で私の体を小突き出した。

「キミのお嫁さんは子供に興味があるみたいだよ?」

 神様は私を見てニヤニヤしている。生命の神だからか、興味津々なのだろう。(正式にそうはなっていないが、)妻子との生活の妄想を膨らませると、ナズナと共に赤面してしまった。

「と…とりあえず…借りるか…」

 いつの間にか叱る気は失せてしまい、その場に流されるがままに司書を探すことにした。

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