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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
時代の章
20/58

帰宅、そして、再出発

 私の同級生(?)だった灯織と凪咲から逃げ切り、何とかナズナの屋敷へと帰ることができた。しかし、現在時刻はと言うと、午前四時十分前だった。当然ナズナとグローリアは眠りにつき、こんな夜中に玄関を叩いても使用人も開けてはくれなかった。

「うぅ…なんで夜ってこんな寒いのかしら…」

 一日ぶりに聞いた彼女の声に本能的に体が反応し、声が聞こえてきた背後に体を向ける。月光に照らされている純白の六枚の翼を広げたグローリアが、厚着をして腕を摩擦で温めながら空から降りてきた。そして彼女と目が合い、両腕を前へと開くと、遠慮なく飛び込んできた。

「遅かったじゃない…!どこ行ってたのよ…このバカ…!」

「…ごめんよ」

 彼女の喜びと怒りが混じり合った気持ちを受け止め、許しを乞うことも無く、彼女の体を抱きしめて撫で始めた。

「あんたが居なくて…寒かったんだから…」

「寂しかったんじゃなくて?」

 分かっていながらも加虐心がくすぐられ、彼女を温めるように強く抱き締めながら言った。

「別に…寂しくなんか…寒かっただけよ!」

「ならもうこうするのはやめておこうかな」

 抱きしめていた腕の力を弱め、離れようとすると、今度はグローリアの腕の力が強くなり、離れることが出来なかった。

 それから何も言わない彼女の無言の圧力に観念し、その気が失せた。

「…ただいま」

「…ばーか」

 寒空の下でお互いで暖を取る。彼女からは一向に離れる気配もなければ、私から離れる気もなかった。もうこのまま寝てしまってもいいとすら思っていた。

「…あんたが変なことされてなくて良かったわ」

「心配してくれたんだね」

「そんなの当たり前じゃない!あんたと出会ってから…こんなに離れ離れになったの…初めてなんだから…」

 言葉を繋げるにつれてモゴモゴと喋っているものの、すぐそばにいるからか聞き取ることは容易だった。

 私がどれほど誰かに愛されようと、私が愛することが出来るのは、我儘で、快活で、素直になれないこの女王様だけだった。

「本当…なんであんたってお布団みたいに温かいのよ…」

「…わかんないや」

 それから彼女が大きな欠伸をこぼしては猫のように顔を擦り寄せて来る。何も言われずとも、眠気の限界が来ていることを暗示していた。

「鍵、持ってる?」

「………うん…」

 もうそろそろ寝落ちてしまいそうな程に反応が遅くなる。彼女の目も段々と細くなり、カクンカクンと頭を落としていた。

 彼女が着ていた私の上着のポケットから鍵を取り出し、玄関を開ける。彼女の前で腰を落とすと、眠気にまみれた頭でも理解ができたからか、それともいつも通りな思考ができていないからか、何も言わずに私の首に腕を回し、そのまま背中に体を預けた。

 起こさないようゆっくりとドアを開けて中へと入り、外気が入らないようすぐに閉めては鍵をかける。鍵を壁に付けられているフックに掛けて靴を脱いでは脱がせ、屋内へと上がる。絨毯が敷かれた上を歩くと、足音はほとんど響かず、私の体の浮沈が揺りかごのように心地よかったからか、彼女の規則的な寝息が聞こえてきた。

「…他の女を…好きになる…なんて……許さないんだから……」

 電気の付かない暗がりの中を静かに歩き、部屋へと向かう途中、彼女の寝言が聞こえてくる。どうやら良くない夢を見ているようだった。彼女の体を落とさないように支えている両腕のうち、左腕を動かし、頭をゆっくりと撫でる。それがとても心地よかったからか、それからの寝言は無くなり、熟睡したようだった。

 左耳で囁かれる彼女の寝息に誘われ、私もだんだん瞼が重くなってくる。そういえば、神様がなんか言ってような気がする…そんな程度にまで思考能力が落ちる。ようやく着いた部屋に入り、シングルベッドに二人で入ってはお互いを抱き寄せる。心身共に疲労しているからか、彼女の一回り小さい体を感じながら意識を手放した。

 

 誰かに起こされるでもなく、日差しに起こされるでもなく、自然に目を覚ます。時間は午前九時。グローリアはまだぐっすりと眠っているようだった。

(おはよう少年、元気かい?)

 ベッドから降りて早々体内に棲む神様が脳内で挨拶をする。この場で外に出てこないのは彼女への配慮だろうと思い、私も声を出さずに心の中で会話をする。

(おはようございます神様、まだちょっと眠いですけど、なんとか元気ですよ)

 何も考えずに挨拶を返す。昨晩、神様が何かを言っていたような気がするが、その時の記憶がバッサリと抜け落ちていた。

 神様と軽い挨拶を交わした直後、ゆっくりと部屋のドアが開かれ、家主である黒百合ナズナが入ってくる。ほんの少しだけサイズが大きく見える、花びらがあしらわれたヨレヨレの服を着ていた。その服装が彼女の寝る時の服装なのだろうとどこか納得する。

「ん…ぁ……名倉様ぁ……ナズナお姉ちゃんですよ……」

 寝癖が一切ないにもかかわらず、彼女は完全に寝ぼけてしまっている。千鳥足な彼女がよくもまぁここまで来れたものだと感心してしまう。

 彼女はどうやら私の幼少期を知っているようで、仲が良かったようで、姉弟のような関係だったようで、自らを姉として、何かしでかそうとしていた。

「ん…んー」

 ナズナは両腕を広げ、何かを待っている。一向に目覚める気配のないグローリアと、夢見心地なナズナに私と神様は絶句していた。

「おはようございますのぎゅーをしてください……いつものように…させてください…」

 灯織と凪咲然り、過去の私は一体どれほど天然だったのだろう。才色兼備を漂わせる彼女をこんなにも砕けさせた過去の私はさぞかし罪深い人間だったであろう。

「あー…ナズナ…?」

 声を発し、事故を起こす前に夢見心地からおこそうと試してみる。それでも彼女は頭の中をハテナで埋め尽くすだけで目覚めそうになかった。

「ぎゅー、早くぎゅーしてください…」

 私の中でのナズナのイメージがどんどん崩れていく。このままでは儚き敏腕社長からダメ姉に転覆してしまう。それだけはどうしても避けたかった。

 しかし私から何かしようとすると、グローリアを起こしかねない。ならばここは彼女が起きるのを待ち、成り行きでナズナも起きてもらう他なかった。

(いやぁ、少年も大変だねー…こんなに愛されちゃってさー!)

(こんなの冗談じゃないですよ…)

 蚊帳の外で楽しんでは羨む神様に少し呆れながらグローリアに目を向ける。どうやら既に目を覚ましていたようで、視線がぶつかりあった。

「……なにしてんの?」

「私にも分からない」

 朝一番にこんな光景を見せられる彼女もたまったものではないだろう。まさかナズナがこんなにもギャップがある人物だとは思わなかった。心の奥底で私のことをどう思っているのかと思うと、全身が震え上がった。

「はぁ…とりあえず…ナズナ、起きなさい」

 グローリアがベッドから降りてナズナの目の前で手を叩く。パンッという音が部屋に響き、彼女がその音に目を強く瞑ったと思うと、ようやく夢から覚めたからか、目を擦り、私とグローリアに交互に視線を送っていた。

「えっと…私は一体何を…」

 本人はどうやら、やはり夢見心地だったようで、目覚めたらここに立っていたという現象に陥ってしまっている。

「おはよう、ナズナお姉さん」

 私がただ一言挨拶すると、彼女は嬉しさと羞恥に顔を赤く染め、両手で顔を隠してはその場でしゃがみこんでしまった。

「見ないでください…哀れな私を見ないでください…!」

「いやぁ、可愛かったなーさっきのナズナちゃん。少年に向かってお姉ちゃんを自称するんだもん」

 神様が外に出てきたと思えばナズナの傷口を抉り始める。

「申し訳……ありません……!」

 細々と言うナズナが何故か可哀想とは思わず、ただただ見下ろしてその光景楽しんでいた。ナズナ本人も羞恥に晒されていながらも、どこか楽しげだった。

「まっ、ナズナの意外な一面を見れたわけだし、朝ごはん食べましょー」

 グローリアがこの空気を打破するように話題を転換させ、部屋のドアを開ける。廊下では朝の掃除に精を出す使用人達が居た。

 その話は終わったのにも関わらず、未だに顔を隠している彼女は余程恥ずかしかったのだろう。朝食をとるため、リビングに到着するまでは顔から湯気を出しては神様の手に引かれて歩いていた。

 リビングに入り、椅子に座るなり朝食が出される。キャベツとトマト、きゅうりが挟まれたサラダサンドにコーンスープ、ベーコンエッグとオレンジジュースが四人分並べられた。

「おや、ボクも一緒にしていいのかい?」

 私とナズナの斜め向かい、グローリアの対面に座る神様が自分の前に出されたそれを見て不思議そうにナズナに聞いた。

「は…はぃ…差し支えなければ…ご一緒出来ればと…」

「いやぁ…有難いなぁ…神に食事は必要ないんだけど、華を持たせるためにはあってもいいからね…!その好意を受け取って、いただくとするよ!」

 神様が手を合わせ、それにつられるように私達も手を合わせる。

(君たちの命はボクの中で残り続けるからね。いただくよ)

 神様が今思ってたことが私の頭の中で再生された。その声はどこか寂しげでありながら、慈愛に溢れていた。

「…いただきます」

 神様は生命(いのち)の神、生命を生み出し、最も命を大切に扱う神様。残り続ける命を愛し、自然の都合で失われた命はどのような形であっても弔う。そんな神様のおかげで私の命が救われ、グローリアが生きながらえ、ナズナが解放されることとなった。

「あ…そうだ」

 食事を進めていると、思い出したかのように神様が沈黙を打ち破った。

「今日もまた少年を連れ回そうと思うんだけど、君たちも来るかい?」

「どこへ…行かれるのですか?」

「あの灯織ってやつのところじゃないでしょうね!」

 懐疑の目を向けられる神様は慌てて手を横に振り、ジュースを一口飲んでから話し出した。

「違う違う、世界図書館に行こうかと思うんだよ。ちょっと…ボクと少年の武器について、調べたくてね」

「ラクイラの武器と言うと…あの大剣?」

「そうそう、あれ元々ボクの物だから、神器とまでは言わないけど…まぁボクにとっては大切なものなんだ」

「それがどういうものか…ラクイラ様に知って頂きたいと…」

 ナズナはもう先程のことを気に病むのを辞めたのか、普段通りに話してくれていた。

「ただね…その世界図書館が遠くて…歩いて一週間はかかる場所にあるんだよね。まぁそこで神の力を使うわけなんだけど」

「神の力?神様って生命の神じゃ?瞬間移動なんてできるんです?」

 いくら神と言えどできることは限られていると踏み、疑問を口にすると、神様は再びオレンジジュースを飲み、答えた。

「神なら誰でもできるよ?瞬間移動の力を遊びに行く時に使う神だっている訳だし」

 神の威厳が損なわれかねない神様の発言に困惑しつつも、一週間はかかるはずの道が一瞬で片付くのはとてもありがたかった。

「図書館ね…行ったことないけど…本が沢山ある場所よね?興味あるわ」

「本の表紙を眺めるだけでも興味を引くような発見はあると思いますから、行ってみたいです」

 二人が着いてくるのであれば、その分新しい世界が見えてくるだろう。彼女らの興味があることを知るきっかけにもなるため、非常に有意義な時間を過ごせそうだった。

「よし、そうと決まれば、ご飯を食べたら早速行こう!」

 神様がそう言い、サンドイッチをリスのように口に詰め込んではオレンジジュースで流し込む。コーンスープを飲んで体を温めては私の体の中へと飛び込んだ。

(早く!早く!しょーねん早くー!)

 ウキウキ気分な神様を他所に私達は私達でそれぞれのペースで食べ進める。脳内で駄々をこねるような声が響いているからか、ろくに朝食を味わうことが出来なかった。

 図書館に行くのに武器は必要ないだろうと大剣・現身鏡を部屋に置いて外に出る。玄関の雨よけから日差しに当たりに出た途端、神様が満面の笑みで飛び出してきた。

「いーやったぁぁ!グローリアちゃんとナズナちゃんとお出かけだー!!」

 当初の目的を達成するために世界図書館へ向かうとは言え、二人の同行に神様が一番はしゃいでいた。グローリアとナズナが玄関から出てきたかと思えば、神様が走り出し、二人の手を取って戻ってきた。

「行くよ!少年!世界図書館に!」

 乗り遅れないように神様の体にしがみつき、眩い光に目を閉じる。

 草原をなびかせる暖かい風に目を開けると、塔のように高くそびえる建物があった。

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