同級生
灯織と凪咲の笑顔の圧に押され、気づけば、彼女達と居ることが否定できなくなっていた。
一つ、大きな疑問点をあげるなら、なぜそこまで私に固執するかだった。決して私は好青年でもなければ美少年でもない。性格も決して良いとは言えない。私以外にも同級生はいるはず…なのにも関わらず。彼女達は私を欲していた。
「伊黎君!この写真見てよ!」
凪咲にソファまで引っ張られ、灯織がテレビの置かれている棚から写真立てを持ってきた。その中には、灯織と凪咲…そして真ん中に私の三人がカメラに向かってピースサインをしている物があった。
(少なくとも合成ではなさそうだね…)
体内から神様が語りかけてくる。神様の言う通り、周囲に散り落ちる桜の花びらやたまたま写りこんでいる人の流れに違和感はなく、ごくごく普通の仲良しなスリーショット写真だった。
(…もしもこれが本当だったら…神様のところに毎日通ってないのに…)
誰かが傍にいる。この写真の中の私はさぞ楽しかっただろう。嫌われ者だった余所者の私は、きっと耐えられたのだろう。
(もう…わかんない…私とこの二人の関係性って…なんなんでしょうね…)
(…少なくとも…二人は君のことが好きみたいだ…)
この写真を見せた時、灯織は既に私が伊黎ではなく、ラクイラという事を忘れていた。彼女の頭に別人として植え付けることは不可能のようだった。
「だから…私は伊黎じゃない…」
悪あがきとわかってもなお否定し続ける。写真をテーブルに置き、部屋を出ていこうとしたところで二人に壁に押さえつけられ、顔の横に手を置かれた。俗に言う壁ドンという状態だった。
「違うよ、君は伊黎君なの」
「そう、名倉伊黎。それが名前。君のね」
二人の目の奥に光はなく、黒目に映っている物に、壁の模様や、すぐ隣にあるカレンダーははなく、私だけだった。
凪咲にフルネームで呼ばれ、完全に人違いではないと理解する。同姓同名でドッペルゲンガーと言うことが唯一の逃げ道だったが、その証明はあまりに無理だった。
「ねぇ伊黎君、覚えてる?小学生の頃」
十~五年前の話、この街に連れられては神社に毎日お参りしたこと以外覚えていなかった。
「君はまだ弱くて、やられっぱなしで…私に守られてばかりだったよね」
忘れたと思い込んでいる以前に知らない話があたかもあったかのように灯織に話される。
「その時ね…軽い気持ちで君のことが好きって言ったんだけどね…今はね…本気で」
「ねぇ伊黎、中学の時」
灯織が照れながら言葉を絞り出そうとしていた中で割り込むように凪咲が話し出した。
「いじめられっ子だった私に唯一優しくしてくれたのが、伊黎だったよね。根暗で、友達もいなくて、愛想も良くなかった私に、手を差し伸べてくれたよね」
決して私はそこまで優しくはないものの、その姿に見かねてやったのだとしたら、本当にやりかねなかった。グローリアを助けた時のように…
根暗だと言った凪咲の今の姿は、その面影はなく、両目で真っ直ぐと私を見つめ、私とは真反対な明るい色の可愛らしい部屋着を着ては灯織よりも積極的に迫り寄っていた。
「私が不登校になっても…様子を見に来てくれたよね。いつからか分からないけど、気づけば君が」
「高一の時!!」
今度は灯織が凪咲の話に割り込んできた。二人の中で火花が散っているかのように感じ始めた。
「中学は一緒じゃなかったけど、高校は一緒になって、再会を喜んだよね!」
「それから三人で写真…撮ったね」
「「ねぇ、覚えてる?あの時、何を言ったのか」」
「…分からない…」
闇に染った黒目の奥に映る私は怯えていた。両足は震え、冷や汗を滝のように流している。そんな中、二人はくすくすと笑いながら私の耳に顔を近づけた。
「「君は…私たちの物」」
二人は同時に私の耳元で甘く囁く。脳内がビリビリと痺れ、体が跳ねるように反応してしまった。
「だからね…この指輪、外しちゃおっか…」
灯織が私の左手薬指に嵌められているグローリアとお揃いの指輪に手を伸ばし、親指と人差し指で摘み、ゆっくりと動かし始めた。頭の中が痺れ、何も考えられなくなってはいるものの、それでも抵抗するように左手を強く握った。
「ねぇ…伊黎…なんで他の女の匂いがするの…?」
灯織が指輪をなんとしてでも外そうとしているところに、凪咲が鼻をスンスンと鳴らし、再び囁く。
「私たちじゃ…ダメなの?」
凪咲はそう言い、私の右手に手を伸ばし、自身の頬に触れさせた。
「伊黎…また前みたいに私たちに傷をつけてよ」
「そうだね!指輪を外すよりも…そっちのほうがいいね」
二人はそう言った後に私の手を持っては自分の首筋に持ってきた。彼女らが何をされたいのかがすぐに分かり、気づけば私は二人の首を掴んでいた。
「やっぱり、伊黎君は伊黎君だね…」
「どんなに嫌がっても…体は正直」
二人は笑顔で私の手を両手で押さえつけ、自分から倒れ込む。それに引っ張られ、私も押し倒すように倒れ、床に着いた衝撃で二人の首を押さえつけながら締め付けていた。彼女たちは苦しそうにしつつも、どこか幸せそうな表情をしていた。
「あぁ…へへ…伊黎君に殺されちゃうね…」
「でも…良い…伊黎の記憶に…残れるなら…」
一分が経過し、二人の力が感じなくなり、自然と手が離された。それでも私の力が抜けることはなく、首を締め続けた。
(少年!少年!!早く手を離すんだ!本当に死んでしまうよ!)
神様の声で自我が戻り、慌てて二人から離れる。かろうじてまだ息はあるようだったが、小鳥のさえずりすら聞こえてこない静寂に気が狂いそうになり、この家から飛び出した。
(…少年、さっきのことだけど…)
歯を力強く食いしばり街道を走って神社に向かう。さっきのことを一秒でも早く忘れたかった。
「聞かないでください…!」
(なぜさっき…笑っていたんだい?)
神様は私の意志を尊重せずに切り出した。その問いに私は走るのを止め、ゆっくりと歩き、そして立ち止まった。
「笑ってた…?私が…?さっき…?」
(あぁ…正直…あの時の君はおかしかった…)
神様の言葉が理不尽に突き刺さり、車通りのない道路の真ん中で頭を痛め、しゃがみこんでしまった。
「笑ってた…なんで…?あの時…笑ってた…?」
(…少年?)
「首を締めて…笑ってた…」
(少年!)
「二人を殺して…笑ってた…!」
「少年!!しっかりするんだ!」
殺した殺した殺した。私がこの手で殺した。唯一だったかもしれない友人を目の前で殺した。私は笑っていた。二人に憎しみもなければ恨みもない。それなのに笑っていた。
神様は私を落ち着かせようとするも、私はまた、笑っていた。
その時、視界が暗転し、脳内が全てリセットされたかのような感覚に襲われる。そして気づけば室内で灯織と凪咲に挟まれていた。