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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
出会いの章
14/58

白百合ナズナ

 逃げ場などなく、グローリアも恐怖に溺れ、体の自由が効かなくなっている。そんな中でも目の前にいる白百合ナズナはゆっくりとこちらに歩き、引き金に指をかけた。

 気づけば怪異の姿は見かけず、阿鼻叫喚も聞こえなくなっていた。

「さようなら、グローリアさん、ラクイラさん」

 刀身に手を触れ、物質構成変化の能力を使用し、私とナズナの間に鉄板を作り出した瞬間に銃声が鳴り響いた。銃弾は鉄板を貫かなかったものの、目視でもわかるほどに凹ませていた。

「ダメじゃないですか…防いじゃったら殺せないですよ…?五年ぶりの外なのですから…自由にさせてください…っ!」

 ナズナが鉄板を叩き、その衝撃が板の奥にまで伝わり、遠くにまで飛ばされる。丸腰になってしまい、頼みの綱はグローリアの反転領域だけだった。しかし、その彼女も本能的に白百合ナズナに怯え、呼吸を荒らげていた。

 そんな中でも、怪異と白百合ナズナの決定的な違いが今判明した。彼女は怪異の姫でありながら、体が()()()()()ということだった。鉄板を()()()のがその証拠だった。当てるという事象を、彼女には無視することが出来なかったようだった。

 黒百合ナズナのためにも白百合ナズナの意識を、この百怪夜行を沈静化させなければならない。そのためにも、彼女の体が人間のものであることを利用せねばならなかった。

「さぁ…私の餌になってください」

 一瞬にしてナズナに接近され、耳元で囁かれる。人間の反応速度を遥かに上回る動きに何も出来なかった。

 彼女が細い指の爪先でゆっくりと肌をなぞると、その部分が傷口となって開き、鮮血が体外に流れ始めた。地面へと滴り落ちる前に舐め取られる。気づけば体が硬直し、痛みに声を上げることも出来なかった。

「あぁ…美味しい…♪やはり生き血は幾ら飲んでも飽きませんね…ですが…私は肉が食べたいのですよ…」

 ナズナが私の腕を目の前にまで持ち上げ、歯を立ててかぶりついた。そこでようやく体が反応し、全身に熱と痛みと力が巡った。

 腕の一部を喰いちぎられかけているところでナズナの動きが止まった。

「か…噛みきれない…!」

 歯を食いしばり、痛みを耐え、噛まれている部分を見てみると、ナズナの歯が私の腕に埋もれていた。

(はっはー!どうだ見たか!これがボクの、生命の神伊倉の力さ!!)

 前日の夜から無言だった神様がようやく私の体内で揚々と喋り始めた。気づけばナズナの爪に撫でられた部分は傷跡もなく治っていた。

(この瞬間を待っていたんだ!ナズナちゃんが少年の一部を食べようとする瞬間を!)

 埋もれていたナズナの歯が段々と押し出され、やがて口元から離れる。血も痛みも、その時に感じ無くなっていた。

「ふふふ…あははは…!治ってしまうなんて…食べ放題じゃないですか!」

 ナズナは私を地面に押し倒し、四肢を押さえつけ、どこから食べようかと品定めしていた。

(それでいい…それでいいんだ白百合ナズナ…!ボクに気づかないまま、少年を噛むがいいさ!)

 痛いことはどうしても嫌だったが、犠牲なくして何事も得られないことは既に分かっているために我慢するしかなかった。

 ナズナと目が合い、彼女は私に微笑みかけた。そんな不敵に、素敵に笑う彼女に、心底恐怖した。

「そんなに怯えないでください…ラクイラさんとグローリアさんは、私が美味しく頂きますから…♪」

 地面に押さえつけられ、指先だけが自由のまま…手首を捻って指の腹を地面に置く。そして一つの賭けに出るように、指先に力を込めた。

(空気中の水分に物質構成変化を使用…!氷よ…!地面から突出しろ!!)

 地面が青白く光り輝き、私を中心に水溜まりが出来上がり始めた。ナズナはその異変に気づくも、気にする程のことではないと判断したのか、私の首筋にかぶりつこうとした。その時だった。視線の横端から伸びる尖った氷柱がナズナの頬を傷つけた。

「…痛い…」

 彼女は私の首筋から顔を離し、傷口を指でなぞってから指に着いた血を見た。

「ああ…痛いって…こんな感じなんですね…ふふ…あはは…!」

 狂ったように大きく笑い声を上げる彼女に恐怖し続け、指先に力が入る。次々と作られる氷がナズナをさらに傷つけ、真っ白なドレスは破れ、その奥の肌は傷つき、血が流れる。滴る鮮血が、半透明な氷に赤い線を描いていた。

「あぁ…ああ…!!ナズナ()は…!生きている!やっと見つけた…!恐怖や…憎しみや狂気よりも…生を実感出来るものが…!」

 彼女の言っていることが理解出来ず、何も考えられなくなる。彼女の言葉が脳内で反復するも、そこに意味が見いだせなかった。

「ふふっ…痛い…イタイ…痛いのは気持ちいい…あはは…痛い…イタイ…痛いことは楽しい…!あぁ…(ナズナ)は本当にずるい…こんなにいい気持ちになるものをさせてくれなかったなんて…あぁ…ずるい…本当にずるいです…♪」

 彼女に恐怖しているのは未だに変わらない。しかし、その根底が変わったような気がした。

 彼女は眼前の氷を砕き、耳元に顔を近づけた。

「また近いうちに…痛いことしてくださいね…♪してくれなかったら…殺しますから…」

 そういった後に、白百合ナズナはそのまま私に倒れ込み、首元に歯を立て、その体を黒百合ナズナに返した。

 空に星が灯り、街灯が灯り、家屋の電気が灯る。血なまぐさい風が、頬をそっと撫でる。そんな風に全身が震え上がった。

「ん…んぅ…?」

 本来三日間に渡る百怪夜行は、白百合ナズナの理解不能な言動により、二日で幕を閉じた。恐らく、恐怖や狂気よりももっといい物を見つけたであろう怪異の姫は、今後二度と百怪夜行を起こさないだろう。

 黒百合ナズナは目を覚まし、状況を理解しては顔を赤くし、すぐさま跳び上がって私から距離をとった。

「ももも申し訳ありません!別の私が何をしたのか存じ上げませんが、誠に申し訳ありません…!!」

 彼女は私の前で土下座を見せ、何度も謝罪の意を述べた。何もしていないはずなのにどっと疲れ、苦笑いを向けることしか出来なかった。白百合ナズナへの恐怖から開放されたグローリアは私の横に立ち、地面に座っている私を見下ろしていた。

「…一体これはどういう状況なわけ?」

「私にも分からない」

 その後、ナズナに手を差し出しては立ち上がらせ、白百合ナズナの件についてこと細かく話した。

「別の私…白百合ナズナは…痛みを受けることで生を実感するようになり、定期的に白百合ナズナに痛みを与えれば、百怪夜行は無くなる可能性がある…ということですか…」

 ナズナは私が話したことをそのようにまとめあげる。百怪夜行に関しては憶測に過ぎないため、五年後を怯えて待つしか無かった。

「…なんだか…奇怪なお話ですね…」

「ただ…白百合ナズナの言う()()()()が私のやったことに限定されるとなると…厄介極まりないんだよね…」

「それでしたら…ラクイラ様とグローリア様が宜しければですが…私の屋敷に住まわれるというのはどうでしょう…ラクイラ様の話によると、白百合ナズナは近いうちにまた出てきてしまうそうなので…その方がすぐに対処できると思った次第ですが…」

 彼女の提案に私は深く考えるも、グローリアは即断即決したようで、

「いいじゃない!ナズナと沢山お話もできるしね!」

と言った。

「ふふっ♪私も、グローリア様からも沢山お話を聞かせて頂きたいです♪」

 私はまだ了承した訳ではないが、楽しそうに話す彼女たちを見ると、反対する理由も思いつかず、心のどこかで安堵しながら答えを出した。

「ナズナ、これから頼むよ」

 彼女達は私を見て微笑み、ナズナが応える。

「はい、ナズナの花言葉にかけて…」

 白百合ナズナ同様に、黒百合ナズナの今の言葉も理解が出来なかった。そうして夜道を三人で歩き出した時だった。

(…楽しんでいるところごめんよ)

 神様が外に出ずに私に話しかけてきた。その声に意識を向けると、神様が本題を話し始めた。

(君が使っている大剣、現身鏡なんだけど…それともう一本、刀がボクの神社にあるんだ。今すぐとまでは言わないけど…出来れば向かって欲しいんだ)

(明日でいいですか?今日はもう…疲れましたよ)

(…もちろん、構わないさ)

 白百合ナズナとの戦いで使った剣を元の形に戻し、背中の鞘に収めた。そうしてナズナに先導される形で、グローリアと共に彼女の屋敷に向かい…そこに住むこととなった。

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