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喪失者  作者: 圧倒的サザンの不足
出会いの章
12/58

時が持たせる属性

 時間は…流れるものではありながらも移動するものでは無い。水は…流れるものであり、移動するものである。この二つの違いが「見えるか否か」であるならばどうだろう。

 怪異に攻撃を加えるのであれば、状態はあまりに非効率的である。ナズナがやったように、裏切らせ、互いを攻撃させるのであれば、「傷つける」という事象が発生してしまうからだ。

 それならば、私が考えついたことは、時間を「使う」ということ。

 時間は流れるだけで、傷つけることも無く、治すことも無い。時間が傷をつけるのではない。傷を癒すのではない。「人間」が持った「刃」が部位に触れた時に「傷をつける」。「動植物」の「細胞」が、時間を使って「傷を癒す」。

 では、「人間」が「時間を使う」とするなら、何が出来るのか。答えは単純。「なんでも出来る」。

 人間には知能がある。しかし、知能だけで時間を使っても何も出来ない。そこで使わなくてはならないのが、元となる媒介だった。

 刃、細胞、そこにあたる部分が必要だった。

「よし…!」

 イメージを巡らせ、目の前で暴れている人形達に人差し指を向け、指先に力を込めた。

「あれは…何してるのかしら…」

「気づいたのです…状態以外の対処法を、能力の応用法を」

 私が媒介に選んだのは「空気」。正確に指すのであれば、「水分」と「気温」である。

 物質速度変化を周囲の水分に限定して使用し、指先に集中させ、物質構造変化を集めた水分に指定して熱を奪い、水の塊を作り出す。突発的に試したからか、精度はまだ最低のもので、小指の爪の大きさ程度の水玉しか作ることが出来なかった。

「これが限界か…!」

 今まで自身にばかり使っていた速度変化を空気を対象にして使い、同時並行で構造変化も使用する。能力の同時使用は体力的に負荷が大きかった。

 全身を震わせるほどに力を込め、ようやく親指とほぼ同じ大きさの水玉が出来上がった。

「貫け…!」

 拳銃を撃つような感覚で水玉を指先から撃つ。勢いはなく、目視で避けられるほどに遅い弾速が、裏切り続けている人形に()()()()

 その水は水としての役割は果たさず、そのまま弾けて消える。スピーカーからグローリア達の驚喜の声が聞こえてきた。

「当たった…!」

「これで怪異対策は…!」

「いや…まだだ…」

 隣部屋ではしゃぐ二人を突き落とすかのように言う。今の水玉は当たっただけ…人形にダメージを与える訳でもなければ、注意を向ける程のものでもなかった。

「まだ…足りない…勢いが…」

 体力は既に限界を迎えている。「空気」を対象にした能力の使用はあまりに範囲が広かった。そのためか、少しでも気を抜いたら、瞬きですら眠りについてしまいそうなほどに疲弊していた。

「あと…少しだけ…!」

 今にも倒れそうな体を無理やり起こし続け、再び空気を対象にとって能力を使用する。

 水を作り出す時に奪った熱を一点に集中させたら何が出来るのか…それを試すべく、指先に力を込めて熱を集中させる。すると、火種を必要としない炎が上がった。

 指先に熱は伝わらず、時の炎が絶えず燃え続ける。

「燃えろ……!」

 指先からマッチの炎程度の火が打ち出される。その火が人形に当たり、燃え上がるまで、私の意識が続いた。

 次に目覚める頃には翌日になっていた。地下にある建物からか、陽の光は当たらず、時間を示す時計があるのみ…針は二時半を指していた。

「あ…お目覚めになりましたか」

 カーテンがスライドされる音と共にナズナの声が耳に届く。隣にグローリアの姿はなかった。

「グローリアは…?」

「ラクイラ様が起きるまで暇だからと…外出されました」

 安全に外出出来る時間帯…ならば今は昼間ということになるだろう。本祭まで残り十時間を切った。急いで精度をあげなければならないと、体を無理やり起こす。疲れはまだ残っていたようで、全身に重りをつけられているかのように自由に動かなかった。

「一体どちらへ…」

 半分眠っている体を酷使して部屋の扉に手をかけると、後ろからナズナの声がした。

「あの人形を壊しに行くんだよ…」

「…そうですか…であれば、ご一緒します」

 振り向くと、彼女の表情がどこか切なげであった。

 ナズナに先導され、節々が痛む体をゆっくりと動かしながら例の部屋へと入ると、既に人形は人型を留めておらず、二体とも氷漬けにされていた。

「一体誰が…!」

「…ラクイラ様です」

 私が最後に見たものと言えば、小さな炎が人形を燃やした程度だった。それでもこのような無惨な状態にさせるまでには至らないはずだ。

「だとしたら…何があったんだ…」

「…一瞬の出来事でした…ラクイラ様が倒れ、それを見たグローリア様が走り出した途端に…部屋の壁や床が一瞬にして氷に覆われたのです…」

 自分にそんな力が残っていたはずがないと反論しようとするも、ナズナは続け様に口を開いた。

「人形も氷に覆われ、動けなくなったところでラクイラ様が起き上がり…炎を纏わせたその剣で…このように…」

「氷って…水じゃないのか…?」

 あの時出せたものは氷ではなく水だった。それが限界点たったからだ。

「はい…恐らく…これが本来のラクイラ様の能力の使い方だったのでしょう…今まで別の使い方でやってきたことで固く押し込められ…昨晩、こんなことにまで…」

 これが本来の使い方だとしたらこの体の重みの説明がつかない。重力が二倍、三倍になったかのようだ。

「…まだ…解放されきっていないとでもいうのか…?」

 ナズナではなく自分にそう言い聞かせ、指先に力を込めるも、小さな雫と火の粉が発生するだけ…彼女が話した部屋を覆う氷など作れる余裕もなかった。

「…夜になるまでまだ時間はあります…今のうちに体を休めて…」

「それじゃダメだ…!」

 ナズナの気遣いをも無下にして言の葉を割り込ませる。

「終わらせるためには…本祭までに使いこなせないとダメなんだ…だから…無理させてくれ…」

 そう言い残し、赤子にぞんざいに扱われたかのような姿の人形へ歩き出した。指の関節を鳴らし、重い体を動かして慣らす。この空間を全て支配したかのような気分になりながら…

「どうして…そこまで……」

 ナズナの小さく呟く声が聞こえるも、私はそれに答える言葉を持ち合わせているはずもなく、彼女は返答を待たずにこの部屋を去っていった。

「…ごめん、ナズナ」

 まだ本来の力の使い方に慣れていないからか、全身に違和感を感じつつ、もう動くことの無いであろう人形に目を向ける。

 人形の傍に立てかけられていた大剣を手にして力を剣に流し込むイメージを持つ。ナズナの話が本当であれば、炎を纏わせることができる。

「気温を一点に集中させ…発火…!」

 小さな爆発音と共に、刀身に炎が宿る。指先で維持するよりも遥かに少ない体力の消費ですぐに実現ができた。激しく振っても消えることはなく、床に切っ先を着きつければ大きな火柱が上がった。

 昨晩行ったことが間違いだったのかもしれない。炎や水を飛ばすことよりも、このように物に纏わせることが本来の使い方なのだろう。

 そうと分かった途端に興が乗り、ほんの少しだけ体が軽くなったような気がした。

 炎を剣に纏わせ、床に纏わせ、壁に纏わせ。水を剣に、床に、壁に…

 いつまで経っても、どんなに思考を巡らせても、氷を作り出すことは出来なかった。だが、使い方に慣れたからか、体力が有り余っていた。

「なによ…これ…」

 聞き慣れている声が背後から聞こえてくる。彼女の声に我を取り戻し、周囲を見渡すと、水浸しの床に炎が上がっていた。

「驚かせてやろうって思ったのに…こっちが驚かされたじゃない…」

 水たまりをゆっくりと歩く音の方へ体を向けると、玉房状の飾りをつけたセーターを着ているグローリアがいた。その服は見るからに新品なもので、とても可愛らしかった。足のシルエットを見せている、彼女の蒼い目と同じ色のスリムパンツも似合っていた。

 お互いがお互いに驚きを見せている中、彼女が私の視線に気づいたからか、ハッとした様子でその場でくるりと一回転して見せた。

「ふふん♪どう?似合ってる?」

 余計な装飾もなければプリントも柄もないシンプルなその服を着ては満足気に微笑んでいる彼女に見とれていた。

「…可愛いよ」

 下手に飾らない言葉を素直に伝えると、彼女は顔を赤らめ、目線を逸らした。

「あ…ありがと…そ、それより!もうすぐで夜よ」

 あれからナズナの姿を見かけることはなく、本祭の夜を迎えた。社員に案内され、外に出た頃には、夕空と月か見えた。

「…行くわよ」

 夕空が夜に飲み込まれる瞬間にグローリアが翼を広げ、私の体を抱いて飛び上がった。

 刻印をつけられた数も、現れる怪異の数も分からないまま、ナズナの別人格を沈静化させるために、怪異を探し始めた。

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