怪異対策
二度目の人形との戦闘。今度は事前に能力を使って自らの移動速度を上げた状態で臨む。ナズナの話の間に体力が戻ったからか、普通ではありえない程の速さで動くそれをギリギリ目で追えていた。
状況は常に二対一、怪異の動きをプログラムした人形をこの不利な状況で壊すことが出来なければ、本祭を生き延びることは到底無理だろう。
やっとのことで入れられた剣の攻撃も意味を成さずにすり抜けられる。
実体はある。しかし、あらゆる事象を無視する。そんな相手に攻略法なんて思いつくはずがなかった。
斬れば切れる。叩けば凹む。貫けば穴があく…火をつければ燃える。冷やせば凍る。電気を流せば痺れる…事象というのは所謂こういうことなのだろう。常識では怪異は倒せないということになる…ならばどうしたらいいのだろうか。
再び人形を止めてもらい、今できることを全て試してみる。物質構造変化を使用して大剣を無数のナイフに変化させ、全方向からの串刺し。とにかく速く動きながらの攻撃…
主思いつく限りの手段を試したものの、一度も傷をつけることが出来なかった。
半ば諦めかけた時、私の能力はまだあと一つあることを思い出した。それを試そうと躍起になり、人形に手をかざした。
「存在消滅…!」
そう言った後に手に力を込めてから押しつぶすように手を下げるも、何も変化がなかった。
大量の翼族を殺害した私の中で眠っていた能力、消すということに事象があるのか、それとも触れるということが事象なのか、どちらにせよ、良い結果ではなかった。
「参ったな…」
疲れた体を壁に寄りかからせて床に座る。このままでは、怪異もナズナの別人格もどうすることもできず、ただ見ているだけになりそうだった。
「ラクイラ!連れ帰ってきたわよ!」
再び諦めかけた時に、スピーカーから陽気なグローリアの声が部屋に響いた。
彼女の報告にいつの間にか疲れが無くなり、内気模様だった心も、元に戻って行った。
「その…申し訳ありませんでした…」
グローリアの後に続いて入ってきたナズナが頭を深々と下げる。謝られる程のことでもないと言うも、上げることは無かった。
「怖かったのです…」
間もなくして彼女がそう切り出した。
「あそこで立っていたのは…怪異の目を掻い潜る程の力を持った人が居ないかと探し…協力を申し出ようとしたため…ですが、ここを案内するにつれ、いつかは私が殺してしまうのではないかと危惧し始めたのです…あの話をしたのも…本当は始末について知っておきたかったため…」
私とグローリア、そして付近にいた社員は何も言わずにいると、彼女はさらに続けた。
「私は…もう…百怪夜行に縛られるのは嫌なのです…目の前で人が死んでしまうのはもう嫌なのです…ですから…助けてください…!」
「…分かった」
目的が、ようやくはっきりした。
初めは、早くこれを終わらせたいという身勝手なものだったが、今のナズナの本心の叫びにより、ナズナの別人格を抑え込むというものに変わった。そのためにも、怪異の対策を取り、別人格のナズナを引きずり出す必要があった。
「まぁ…対策はまだ何もないんだけど…」
私ではまだ力不足からか、仕掛けることは出来ても一撃も入れることが出来ない。事象を無視することへの対策が未だに思いつかない。
「事象を…起こさなければいいのです」
ナズナはそう言いながら近くにあった白い造花を手に取り、その部屋を出る。しばらくして彼女がこの部屋に入ってきた。
「…見ていてください」
止められている人形にゆっくりと近づくと、作動していないにも関わらず、二つの人形がひとりでに動き出し、お互いを攻撃し始めた。しかし、お互いの攻撃はどちらも透かされていた。
「これが私の能力…花言葉を具現化する能力です」
「花言葉を…具現化…?」
「はい…この花の名前はカルミア…花言葉は裏切り…能力により、私の周囲にあるものは、仲間を裏切る状態になるのです」
「事象とはまた違うの?」
グローリアがマイク越しに聞くと、ナズナは少し考え、答えた。
「…例えるならば…氷が熱で溶ける。これが事象です。外的原因が最初にあってなにかが起きる…状態というのは…外的原因なくして継続的に起こるものです。今のこの人形達には私は全く干渉していません。私が洗脳した訳でもなければ、プログラムを変えた訳でもありません。今のこれらは…自らが意志を持って裏切っている。ということなのです」
「じゃぁ…ナズナがその場から離れたら…」
半分程しか理解していないであろうグローリアが言うと、ナズナは何も言わずに部屋から出て行った。人形達の動きが止まることは無かった。
しばらくすると、ナズナがこちらを見下ろす部屋に戻り、マイクに向かっていた。
「事象を起こさないというのはこういうことです。見ての通り正真正銘、私は今も何もしていません。人形を起動させてもいません。それなのに今も尚、人形達は相手を裏切っています…それにこれだけでは対策にはなり得ず、手段の一つに過ぎません…」
事象を無視するのであれば、状態にさせればいい。外か内かの簡単な話…しかし、私の力ではどうしてもそれが出来なかった。
…と思っていたが。その時にとある案が思い浮かんだ。グローリアと出会った際に戦った「私」から貰った能力の応用だった。