霊姫銃プルトガング
あれは私がまだ幼く、黒百合財閥の代表が私の父であった頃。まだ善悪の判別が付かず、両親から厳しく教育を受けてきた私は両親に反抗するように、立ち入り禁止とされていた父の書斎に忍びこんでしまったが為に起きてしまった出来事です。
現在齢二十三、当時三の時にそれは起きました。
両親は決して私を愛していなかったわけではありませんでした。私に学を教え、所作を教え、享楽を教え、世俗を教え、人間を教えてくださったのが両親でした。父は厳格でありながらも人情に厚く、母は温厚で包容力に満ち溢れていました。そんな両親から産まれた私が百怪夜行の原因である故に、死後は天に登ることは無いでしょう。
当時の私は両親のそんな愛など知らず、父を困らせようと、鍵のかかってない書斎に忍び込みました。当然すぐに見つかり、厳しく叱られ、泣きながら書斎を追い出される直前の出来事でした。
「もう二度とするんじゃないぞ」
低くも暖かいそれが最後に聞いた父の言葉でした。
立ち上がりざまに聞こえるはずの布の擦れる音が銃声によってかき消され、父は肺を打たれました。
犯人は会社の人間でなければ身内でもない…
なぜ父の書斎に入っては行けないのか、それは、ここが黒百合財閥だから。黒百合財閥は金融企業であるがために、社長である父に頭を下げる人が多く訪れまず。父はそんな光景を私に見せたくなかったのです。
父を撃ち抜いたのはそのうちの一人に過ぎない人物でした。父は護身のために、私を守るために引き出しから拳銃を取り出し、客人に向けて一発撃ち込みました。
書斎に鮮血が多量に流れ、未だ幼かった私は血臭に吐き気を催し、その場で何度も泣きながら吐いてしまいました。
客人も父も銃弾が身体の力を奪い続ける中、傷の浅い客人は父にトドメを刺しました。目撃者である私に銃口を向けたところで、父が持っていたはずの拳銃が床を滑り、力が抜けて座り込んでいる私の目の前で静止しました。両手でその拳銃を持ち、客人に向けて指をかけたところで全身の力が抜け、拳銃を軽々と片手で扱っていました。
気づけばそこに私の意識などなく、別の意識が私の体を操っていました。
「…こんなものか」
目の前にいる客人の頭を銃で撃ち抜き、確かに私がそう言いました。
翌日、母は自殺し、私の手元に残されたのは、黒百合財閥と父が使っていた拳銃…霊姫銃プルトガングでした。
百怪夜行が始まったのは、さらにその翌日の夜でした。
手放したはずの意識が揺らぎ、また私のものでは無い意識が体を操り、会社の屋上へ歩く…手にはプルトガングが握られ、外に出る頃には完全に乗っ取られていました。
外は曇り夜空より暗く、街頭や建造物から漏れる明かりもなく、異形の怪物が夜街を徘徊し、号哭に溢れていました。
「ハジけて消えろ!!」
響く号哭の中で笑いながら銃口を空に向け、そう言って引き金を引くと、爆音とも取れる銃声が響き渡り、閃光弾が弾けたかのように白い光が夜街を照らし、号哭と怪物が全て無くなりました。
私を操っていた意識もなくなり、本来の私が戻ってきた時、右手に持っていたプルトガングが無くなり、その代わりに両手が血に染まっていました。
五年後、齢八歳…黒百合財閥の舵は両親の没後の私の教育係となっていた副社長が執ることで安泰していたころ、二度目の闇夜の街が訪れました。当然、最初の百怪夜行から人が離れ、今回はすぐには終わりませんでした。
前回同様会社の屋上に出ては銃口を空に向け、あの言葉を叫びながら引き金を引いて異形の怪物と号哭を消すも、私の意識が戻ることはありませんでした。別の私は、突然ビルの五階から飛び降り、普通なら折れるはずの足が全くの無傷のまま道路を走り出しました。
プルトガングの銃声から、閃光から逃れた一般人を襲い、手足を千切り、腹を貫き、内蔵を喰らい、命を奪いました。私の意識が戻った頃には鏡の前。口元までもが紅く塗れた私に嘆く者は…数ヶ月後に会社から出ていってしまいました。
悪魔の子として扱われるようになった私はもうあの街には居れず、残った社員達と共にこの街に移って来ました。
この街で経営するにあたって、黒百合財閥の名を伏せながらの住民の金銭的支援を行いました。そして…人数確保のために誘拐にも手を染めました。この時から…いいえ、私の父の時から…もしやすると、もっと前から黒百合財閥は陽の光を浴びてはいけない会社となっていたことでしょう。
老若男女問わず外から誘拐してはこの街に住まわせる。そして百怪夜行の餌食とさせる…私はとんだ大罪人でした。
齢十三、百怪夜行の前日、とある一人の子供が攫われて来ました。それが名倉様…今のラクイラ様です。
攫ってきた社員の話によると、親はなく、頭部に損傷があるまま街中を倒れて見放されていた所を拾ったとの事でした。
当時のラクイラ様には自分の名前意外に覚えていることはなく、家族も、出身も、最後の記憶も、どれも曖昧なものでした……
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「っと…余計な所までお話してしまいましたね…申し訳ありません。要約するに、この百怪夜行を引き起こしているのは、私であって私ではない…この拳銃からくる私の別人格が引き起こし、終わらせているのです」
時間にして約二十分。ナズナの話を聞き終えた後にどこかやるせない気持ちになっていた。
彼女を殺してしまえば百怪夜行今回で簡単に終わらせることができるだろう。しかし、彼女は霊姫銃プルトガングに操られているだけで全くの無実。ナズナの別人格が百怪夜行を引き起こし、終わらせているのであれば、元凶であるプルトガングからくるそれを何とかしなければならないだろう。
「…ナズナ、今すぐ再開してくれ」
「そんな…!今の話を聞いていなかったのですか…!?百怪夜行で奪われた命が少なければ、私が…私の別人格が誰かを…ラクイラ様やグローリア様を襲ってしまうのですよ!怪異を退かせるなんて…諦めてください!!」
ガラスの向こうから、部屋のスピーカーから彼女の悲痛な願いが響き渡った。この時に私は嘘つきな彼女に怒りを覚えた。
「ならなんで私とグローリアをこんなところにまで連れてきたんだ。あの場で話したっていいんじゃないのか」
決して声は荒げず、彼女の本心を聞き出そうと静かに諭す。
「それは……話しているうちに怪異が来ることだってあったので…」
「確かにその可能性だって大いにある。なら質問を変えよう。なんであんなところにいたんだ」
今度はナズナは黙り込んだ。グローリアが不安になって彼女の顔を覗き込むも、こちらから見える追い詰められたかのような表情に変わりがなかった。
「ナズナ…?どうしたのよ…」
グローリアが聞くも、ナズナは何も答えず、逃げるように部屋から飛び出してしまった。
「ナズナ!!」
呼び止めるも、彼女は聞く耳を持たなかった。
「ラクイラ、私ちょっと行ってくる!」
追いかけるようにグローリアも走り出し、二つの部屋を静寂が支配した。
「…あぁ…頼んだ」
隣の部屋に聞こえないような声量で呟いた。目の前に座り込んでいる人形を一瞥してから隣の部屋にいる社員と目を合わせた。
「起動してください」
私の意図を汲み取ってくれたのか、素直に聞き入れ、間もなくして人形が再び動き出し、私に刃を向けた。
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「ナズナ!!」
装飾のない殺風景な一本道の通路で呼び止める。地上へと繋がるエレベーターが開かれるも、それに乗ることはなかった。今の彼女には寄り添ってあげる人が必要だと思い、ゆっくりと足を踏み出した。
「来ないでください!」
足音を響かせた直後にナズナがようやくこちらに振り向き、泣き顔を見せながら震えた手でこちらに銃口を向けた。
「それ以上来たら…撃ちます…!」
「な…何言ってるのよ…面白くない冗談はやめなさいよ…」
面白くないと言いながらも軽く笑いながら二歩目を出すと、銃声が鳴り響き、弾が私の頬を掠め、一線の熱が伝わった。
「冗談なんかでは…ありません…」
距離にして十数メートル。私の手がナズナに届くにはあまりに遠かった。
「私だってこんなこと…やめられるなら今すぐ止めたいです…ですが…私じゃどうしようも出来ないのです…」
「なら協力するわよ!ラクイラだって今頃あの人形相手に対策を考えてるんだから!」
「止めさせてください…」
「え…?」
「今すぐ止めさせに行ってください…!」
彼女の言葉が聞こえなかった訳ではなかった。真意が全く分からなかった。ラクイラの言っていたように、なぜあんなところに一人で立っていたのか、なぜここに連れてきてまであんな話をしたのか、なぜ逃げようとしているのか、分からなかった。
「嫌よ…そんなの嫌なのよ…!目の前で辛そうにしている人がいるのに放っておくなんて、嫌なのよ…!」
「その気持ちはどこから来るのですか…正義感ですか?慈悲からですか…?とにかく…優しい言葉をかけないでください…私は悪魔の子なのですから…!」
「…それがなんだって言うのよ」
ようやくラクイラの気持ちがわかった。本人は自分が悪いと思っているのに向き合いきれていない。社長という大それた立場に立たされ、責任という重荷をたった一人で背負っている。人を学んだにも関わらず、人を頼らない。そんなナズナは、まだ子供だった。
「周りの人間がナズナをなんて言おうが勝手に言わせておけばいいのよ。あんたは何も悪くない。悪いのは全部その拳銃、違うかしら?」
「だから…私に優しい言葉をかけないでください…」
弱々しく、か細い声でそう言いながら耳を塞いでしゃがみ込むナズナを見て、ゆっくりと歩み寄る。彼女に私の影が被さってもなお、再び銃口を向けられることは無かった。気づけば、エレベーターの扉は閉まっていた。
「もう…私の目の前で人を死なせないでください……」
彼女の今の本心が告げられる。父親は部外者に殺され、母親は自殺。二度目の百怪夜行で自らが人を喰い殺した。どれもまだ心身が発達しきってない中での出来事…心の傷として深く刻まれるのも無理はなかった。
「もう嫌なんです……助けて下さい……!」
あの時からずっと言いたかったであろう言葉がようやくこぼれる。ナズナの手から拳銃が落とされ、気づけば私は彼女の体を、いつもやられるように優しく抱き寄せていた。
「よく言えました…私とラクイラに…任せなさい…」
慈しむように彼女の後頭部を髪が乱れないようにゆっくりと撫でる。
「お父…様…お母様…」
「全く…綺麗な顔が台無しじゃない…よしよし…」
彼女の体を離し、ポケットに忍ばせていたハンカチを取り出してから綺麗な顔をグチャグチャにしている涙を拭き取った。
「もう…大丈夫です……」
しばらく私の体温を感じさせながら拭い続けると、涙が止まったようで、彼女が言った。心の底から安心感に溢れ、半歩だけ下がった。
「怖かったんです…協力を申し上げ、怪異にやられてしまったらと考えると…私に殺されてしまうと考えると…」
大丈夫と言った反面、未だに顔を上げない彼女に微笑みかける。
「殺されないために今ラクイラは私の代わりに頑張ってるのよ…私はそんなあいつの代わりにあんたを呼び止めに来たの…だから今度はあんたの番…あいつの頑張ってる姿見て、心の底から安心させてあげなさい」
「…はい」
ナズナは余計なことは何も言わずに立ち上がり、拳銃を拾っては収め、微笑んでいる私と少しだけ目が合った。
「やはり…まだ顔向けできる気がしません…」
「なら…少しだけ休んでから戻りましょう。まだ落ち着いてないでしょうから」
「…申し訳ありません」
彼女は清潔に保たれている床に力が抜けるように座り込み、私は寄り添うようにその隣に座った。
「…ねぇナズナ」
「はい、なんでしょうか」
「小さかった時のラクイラってどんな感じだったの?」
少しだけ考える素振りを見せ、少しだけ余裕が出来たからか、その余裕を埋めるように微笑んだ。
「…知りたいですか?」
「もったいぶらないで教えないよー!」
「…弟を持ったような感じでした」
私には弟も姉もいない。でも、その一言だけで昔は仲が良かったのだと察することが出来た。
十年越しの再会がこんな形とはお互い思わなかっただろう。私だって、再会は華々しいものが良いから。