ある日の夢の続き(前編)
大聖堂の中で「私」と剣を交える。壁は腐り、天井は崩れ落ち、柱が倒れ、床には血溜まりの跡が残り、腐敗臭のする聖堂の中で。こんな聖堂を神は見捨てた。もしもまだ勝利の女神がいるとしても、私と「私」、どちらかに微笑むことはないだろう。
地中から伸びた生き物のようにうねうねと動く植物の根に足を縛られる。私の能力であり、「私」の能力でもある物質時間操作によるものだ。気がつけば両手も縛られ、まともに動けず、「私」が私の腹を貫き、そこで幕を閉じた。
悪夢の結末を見届けた直後に布団から飛び起き、全身が汗でぐっしょりと濡れていたことに気づく。あの夢を見たのは今日で何度目だろうか、初めはただの夢だと思っていたが、日を追う事に頻度は増し、挙句の果てにその夢はどんどんと現実味を帯び、思い返せば毎日のように見ていた。
目覚まし時計が部屋中に鳴り響き、朝を知らせる。布団をたたみ、汗で濡れた服を洗濯機の投げ込み、外出用の服に着替える。黒いパーカーに白い薄手の上着、体側に白のラインが入った黒のズボンを履き、白い靴下を履く。黒と白のあまりにオシャレとはかけ離れた服を着て、顔を洗い、部屋の隅に立てかけていた剣に目を向けた。夢の中で私が使っていた武器だ。刃渡りは百七十センチメートル。私の身長と全く同じである。それに加えて柄の長さは二十センチ。合計して約二メートルもある大剣だった。見た目ほど重くもなく、片手で力を入れて持ち上がるほどに軽い。
握り飯を作り、タッパーに詰める。この家には私一人。他の家族は居た覚えがない。気づけばこの家に住み、誰が支払ってくれているのるか分からない電気や水やガスで生活している。寝室のテーブルの上に置かれている携帯端末に目を向ける。充電満タンを知らせる緑色のランプが光っている。充電コードのアダプターを引き抜き、検索エンジンを開く。検索欄に「大聖堂」と一単語だけ入力し、画像を調べる。項目に出てくるそのどれもが綺麗に整備され、目的としているボロボロの大聖堂が見当たらなかった。
いくら画面を下にスクロールしても目的のものは見つからず、「大聖堂 荒廃」と単語を追加し、再び検索をかけた。すると、壁が腐り、天井が崩れ落ちていものが一件だけ見つかった。外見は夢の中では出てこなかったため、そこが夢で見たものかどうかは不明だが、あの夢の決着をつけるために向かうことにした。
(物質速度変化を自身に使用。移動速度、五倍速!)
剣を背負い、タッパーや緊急時に役立つであろう消毒液や絆創膏などを入れたカバンを背負い、外に出たところで心の中でそう叫び、能力を使用する。身体能力が向上し、百メートルを三、四秒で走ることができた。風の抵抗を感じることも無く、体力の減りも感じることも無く、一つの密林の近くにある公園に着いた
この公園も利用者が少ないのか、はたまたまだ時間が早いからか、周囲に人はおらず、ベンチに深く腰をかけ、人目を気にせず空を見上げた。太陽はやや東に傾き、もうすぐで南中しそうなところにまで登っていた。いつの間にそんな時間になっていたのかと思うと、能力使用による体力の消費から来る疲れがどっと押し寄せてきた。しばらく休もうと全身の力を抜いて流れる雲を眺めていた。
陽気な温かさに包まれていたからか、じわじわと眠気が体を蝕み、気づけば眠ってしまっていた。
日差しが目に刺さり、眩しさを腕で遮りながら目を開ける。日はやや西に傾き始めていたことから、二、三時間は眠っていたのだろう。ベンチから立ち上がり、体を伸ばす。ポキポキとなる骨の音が妙に心地よかった。剣とカバンを背負い、大聖堂があると思われる公園の近くの密林へと向かった。公園には、子連れの家族が遊具で遊んでいた。
密林へと足を踏み入れたところで、落ち葉を踏み潰す音が聞こえた。伸びた雑草に隠れて見えなかった。この草を利用した罠が仕掛けられているのではないかと警戒し、剣を鞘から抜き、杖の容量で行き先を叩き、罠がないかの確認を中央に向かって歩きながら行った。すると、脛丈まで伸びている雑草が、一箇所だけ不自然にくぼんでいる部分があった。何かが潜んでると思いながらも好奇心がそのくぼみに向かって体を動かす。
「…ぅ…ぁ……けて……たす……けて……」
苦しみ悶える少女のような女の人の声が聞こえてきた。誰かに向けて発している訳でもなく、ただそこで唸りをあげていた。自分の目的を優先するように、その声を後回しにして横切ろうとした。その時だった。
「ねぇ……そこの人……聞こえて…るんでしょ…助けて…お願い…!」
誰に向けて発しているかも分からないその声は、私に向けられているものだとはっきりした。気づけば身動きが取れなくなっており自分の良心がこの場に押しとどめていた。その間に、声の主は私の方へと体を引きずりながら寄り、足首を掴んだ。
「ふふっ…つーかまーえた……」
振りほどこうと思えば容易く振り解ける。しかし、良心がそうさせまいと、金縛りにあったかのように硬直させていた。
「はぁ…離してくれ」
私の足を掴む声に諭す。動けない私にできることができるのはこれだけだった。
「いや…よ…助けてって……言ったでしょう…?」
「そうは言っても…な…!?」
声の主がいる方へ見下ろすと、ボロボロに破れた白いティーシャツに青いデニムを着た、全身が傷だらけで血の汚れが着いた白髪ロングでポニーテールの少女が、少し力を入れただけで折れてしまいそうな細い指で、今にも泣きそうな顔で必死に私の足首を掴んでいた。
「待ってろ…!今助けてやるから…!」
その場でしゃがみこみ、荷物を降ろしてカバンから消毒液とティッシュを取り出す。少女は少し安心したのか、表情を崩した。
全身の傷を治すためにまずは消毒液をティッシュに垂らし、まだ新しい傷口に当てた。
「初めからそうしなさ…い…いぃあああ!!!痛い痛い痛い!!!」
痛みに耐えきれず、暴れる彼女の体を押さえつけて、消毒液を付着させたティッシュで傷口を当てる。背面が特に酷く、故意にやられたかのような傷の量だった。
(物質速度変化をこの子に…成長速度上昇を応用…内部の肉から皮膚にかけて、傷ついている組織、細胞を周りの正常な組織、細胞を参照し再生…速度…5倍速…!!)
雑菌が入らないよう早急に直そうと最高速度で傷口を塞ぐ。手で触れた箇所が次々に塞がり始め、完全に塞がった部分は跡を残さなかった
「ああぁっがっああああ!!!熱いあついぃぃ!!!助けて!!いたいこわい!!たすけてぇぇぇ!!!!」
急激な細胞の復元に痛みを伴い、密林中に響くほどの叫びを上げる。部分的に完治を始め、正常な状態へと戻り始めていた。
少女が涙を零しながら助けの声を上げる、私はその子を抑えるのに手一杯だ……落ち着くのにどれほどの時間がかかったのだろう、日は既に傾き、樹海にはもう殆ど光が届いてない…少女は疲れて眠っている。傷はもう殆ど塞がっている…あとは体に付いている汚れや血を洗ってあげればほぼ元通りだ。
「はぁ…疲れた…もう日が落ちてる…今夜は野宿だなぁ…」
(物質構造変化…剣を私たちを守る薄い鉄板に…変化…)
カバンと一緒に下ろした剣に手を触れ、物質時間操作と枝分かれした能力を使い、刃渡り百七十センチメートルのものを鉄板に変え、私と少女を守るように囲わせた。
「これで多少は安心だろう…何も見えないけど…」
白い上着を少女にかけてからぐったりとした体を木を背もたれにして座り、眠りについた。今日は能力の使用ばかりで体力の消耗が激しかった。
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とても現実とは思えない出来事に遭遇した。私はお姉ちゃんを探しに旅をしていた…毎晩見る夢を頼りに…
ある日は海の見える山の頂上、ある日は光の届かない谷の底、またある日は…そんなことを繰り返しているうちに密林の中にある大聖堂についた。こんなところに聖堂作るなんて変な宗教ね…なんて思いながら進んでいると、ある男が私に刃を向けてきた。私に戦う術を持ち合わせていない…だから私は逃げるしか無かった…長く感じる一本道を駆け抜け、逃げた…突然私の体が言うことを聞かなくなった。具体的に言うと体を動かすことが出来ず、その場で硬直したままだった。誰か助けて…神様でも盗賊でもいいから…助けてよ……!!そんなことを思いながら傷つけられていると、気づいたら大聖堂の外にいた。足が動かない。背中が熱い。意識が上手く保てない。嫌だ…死にたくない…まだお姉ちゃんに会えてない…あぁ…私…最期まで独りなのかぁなんて思いながら半分以上諦めていた。そこに重い金属音とともにこっちに近づいてくる音が聞こえてきた。今度こそ殺されるかもしれない、でももしかしたら助けてくれるかもしれない、そう思った時にはもう、声を絞り出していた。
「…ぅ…ぁ………けて……」「…たす……けて……」
足音が遠のく、お願い…します…行かないで…行かないでください……這いずってでもその人に近づこうとした。その直後、足音が止まった。私はその人を逃がさないように足首を掴んだ。こんなに弱ってるのだから振り解けるはずなのにその人は「離してくれ」と言ってきた。冷たい人なのか、それとも私が見えていないのか…どちらにしても薄情な人には変わりない。
「嫌…よ…助けて…って…言ったでしょう…」
涙が溜まっている。私はこの人に自分の命を賭けた。そこで私の意識は途切れた。
意識を取り戻すと、隣に一人の男が眠っていた…そして、僅かな範囲だが、熱が感じられた。暖かい、お布団にくるまっているほどではないけれど…暖かい…炎を纏う熱さや血の溢れ出る熱さなどではない…布の…人肌の暖かさ…これ…すき…だいすき…すぐそこに誰かを感じられるもの…たとえそれが知らない人でも…お姉ちゃんのものではないとしても…
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寒さで目を覚まし、横で眠っている少女に自分の上着をかけてあげたことを思い出す。大きな欠伸を一つ零し、少しずつ暖かくなってきた鉄板の中でもう一度寝ようと目を閉じた。
「…きて……起きて……起きなさいよ…」
少女の声が聞こえ、体が揺さぶられる。その頃には心地のいい暖かさが感じられた。あまりの心地良さに三度寝しようと試みるも、少女は涙を浮かべているのか、鼻をすすりながら私の体を揺さぶっていた。
「ねぇ…ちょっと……起きてよ…死んだんじゃないでしょうね…?」
少女の追い詰められたような声が心に刺さる。
「体は…温かい…良かった…生きているのね…」
心臓部に手を当てられ、体温と脈を計られる。今までそういう経験がなかったからか、鼓動が早くなっていくのが感じられた。少女もそれを感じられたようだった。
「…それなら…起きてくるまで待ってあげるんだから…あとこの上着…あんたのでしょ、返すわ」
上着をかけられたことで感じられる少女の温もりに身を任せて目を開けた。真っ先に目に入ったのは、鉄板でもなければ陽の光でもない。私の顔をのぞき込む少女の顔だった。
「あ…起きた…ねぇ、そろそろ暑くなってきたんだけど…この鉄板退かせないかしら」
蹴飛ばせるほどに薄い鉄板に手を触れ、能力を使用する。
(物質構造変化…鉄板を元の剣に変化)
光を遮るものがなくなり、日差しが眩しいほどに刺さる。少女は自分の体を見て目を丸くしていた。
「え…嘘…傷が…全部治ってる…!?」
驚くのも無理はなかった。擦り傷や切り傷、中には肉まで切れて血をダラダラと流していた体が翌日には完治していた。そんなものは普通ではありえないからだった。
「ね…ねぇ…これ…あんたがやったの…?」
私は大きく頷き、カバンの中から消毒液を取り出した。
「使ったのはこれだけだ」
少女はさらに驚き、半分怒りが混じっているように問いただした。
「そんなわけないじゃない!そうだ…きっとまだ寝ぼけてるのよ…叩いたら治るのかしら…」
「やめてくれ…使ったのは本当にこれだけなんだから…」
私が半ば呆れながらそういうと、少女はその気が無くなったのか、握った拳を下ろし、服に着いた土の汚れを振り払った。
「見た目上は治っているけど…痛みは無いか?」
少女は足以外の部分を軽く叩き、痛みがないことを確認してから鼻で大きく息を吐いた。
「痛みはないんだけど…私…足が弱いのよ…一応歩けるんだけどね?」
何故それをわざわざ私に言うのか全くわからなかった。「ふぅん」と興味なさげに返し、別れを告げてその場から立ち去ろうとした。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
呼び止められ、聞こえるように溜息をひとつこぼして振り返った。
「ここに来たってことは、あんたも用があるんでしょ?大聖堂に…私もそこに行くから…連れてってよ…」
少女が私の足元を見ながらそう言った。足が弱いと言っていたのは、私に支えになって欲しいとのことだろう。
「着いてこれるのか…?」
「背負えばいいじゃない!これでも軽いんだから!」
自信満々にそう言う少女に押され、私はカバンと剣を前身に回し、その場でしゃがみこんだ。それを見た少女は歩き始め、私の肩に両手を置いて飛び乗った。僅かな体重が体にかかり、不思議な感覚を覚えながら立ち上がり、落とさないように腕を後ろに回す。四十キロあるか無いかの感覚だった。
「軽っ…ちゃんとご飯食べてるのか…?」
あまりの軽さに違和感を覚え、聞いてみた途端、少女の方から腹の虫が鳴る音が聞こえてきた。空腹なのは間違いなさそうだった
「そういえば…四日前から何も食べてなかったわね…近くの公園で水は飲んだけど…流石にお腹空いたわ…」
今までボロボロでそんなことを言っている暇がなかったからか、完治した途端に腹の虫が怒り出す。ゴロゴロと鳴り続けるのに観念し、カバンの中からおにぎりを一つ取り出し、後ろの少女に渡し、大聖堂に向けて歩き出した。
「これ…何…?」
どうやらおにぎりを知らないようだった。一体今までどんな生活を送ってきたのかと気になったが、今はそんなことを聞いている場合ではなかった
「えっと…それはお米っていうのをを炊いてその形に握ったもので…あっ米は分かるか?」
「お米くらい知ってるわよ!その…高級品よね…」
この米が高級品なのかは分からないが、確かに高級な米もある。
「こんな高級なの…私が食べていいの…?」
「あ…あぁ…まだあるから、食べてもいいぞ」
私はそう言って握り飯が入ったタッパーを取り出し、少女に見えるように振った。ラップに包まれたものが、小さな空間の中で暴れ回った。
「ま…まさかあんた…見返りに何かしようって魂胆じゃないでしょうね…」
「下ろすぞ」
脅し半分でそう言うと、少女は黙ってラップの包みを剥がし、三角形の塩むすびにかぶりついた
「おいひぃ…おいひぃよ……」
涙を零しながら美味しいと言ってくれる。悲しみではない幸せの涙。
少女が一つのおにぎりを食べ終わる頃にまた一つ取り出す。五つ作ったため、まだ残り三つの余裕があった。
「ねぇ…あんたの分は…?」
三つ目を受け取ったところで心配そうに聞いてきた。
「私のは…一個だけあればいいから、気にしないで食べてくれ…お腹空いているんだろう?」
「う…うん…」
少女はそれから何も言わずに、静かに三つ目のおにぎりを食べた。全て塩むすびで飽きるかと思ったが、何一つ文句を言わずに食べ、気づけば四つめを渡していた。
「…ねぇ」
少女が四つ目のおにぎりを食べながら聞いてきた。
「どうした?まだ食べ足りないのか?」
冗談半分で軽く笑いながらそう言った。しかし、少女は冗談に笑うことがなく、暗いトーンで話し続けた。
「いいえ…もうおなかいっぱいよ…そうじゃなくて、まだお互い名前を知らないなって…不便じゃない?ずっと『あんた』って呼んでるの…なんかもどかしくて」
私はそこまで今のところ不便だと感じていないが、確かに名前を知っておいて損は無いだろう。少女からおにぎりを包んでいたラップを丸めたものを受け取り、カバンの中に放り込んだ。
「私はラクイラだ。まぁ…これは元の名前ではないんだけどね」
「ふぅん…?私はベル・グローリア。ベルでもグローリアでも、好きな方で呼んでいいわ」
お互いの名前を教え合う…グローリア。栄光、いい名前だ。そんなことを思っていると、グローリアが私の名を呼んだ。
「ねぇ、ラクイラ、お願いがあるの」
その声はやはり暗く、不安事が抜けきっていないようだった。
「私…あんたのその剣みたいな武器がないし…戦える力もないから…もし、もしよ?何かあったら、私を守って欲しいなって…大切な人に会わなきゃいけないから…」
「元からそのつもりだ。ボロボロであんなところに倒れていたんだ。きっと何か危険なものが潜んでいるに違いない。再び襲われたら一溜りもないだろうからな」
グローリアはどこか安心して安堵の息を吐いた。
「なら…私の命、ラクイラに預けたわよ。しっかり私を守りなさい!」
グローリアを背負って歩き、密林の奥へと進む。体感十分ほど歩いた頃だろうか、木の隙間かから人工物が見えてきた。あれが恐らく目的の大聖堂だと踏んで足を早める。
大聖堂の目の前で足を止め、カバンの中から携帯端末を取り出し、検索エンジンを開いた。しかし、ここはどうやら電波が届かないらしく、目の前の建物がそれなのか調べることが出来なかった。
扉のない入口をくぐり、中の一本道を歩き続ける。通路を進み、角を曲がって大扉が視界に入ったところで、通路の真ん中にある血溜まりが目に入った。同じくしてそれを見たグローリアが「あっ」と声をこぼした。
「これ…私の血よ」
外に倒れていたグローリアの血液がなぜこんなところに溜まっているのかと、頭をその疑問で埋めつくした。
「どうしてって聞きたいのよね?簡単な話しよ…逃げてきたのよ」
考えを見透かしたようにグローリアが通路の真ん中で固まった血を見てそう言った。血はここで溜まっているものの、よく見たら大扉から今歩いてきた通路まで血の跡が続いていた。
「一体…何から?」
「さぁ…私を見るなり襲ってきたのよ…逃げるのに必死で…それが男だったってことしか分からないわ」
逃げるのに必死だったと言いつつも、少しでも情報があることはありがたかった。もしこの扉の先が私が見た夢と全く同じ光景だった場合、グローリアを襲ったその男は、「私」である可能性が大いにある。グローリアを下ろし、大扉に両手を置いた。
「グローリア、嫌な予感がする。君はどこかに隠れて…」
私の言葉を遮るように彼女が口を開いた。
「何バカなこと言ってるのよ!私も行くわ。私が会いたい人がそこにいるかもしれないから…!」
全く勇敢なお嬢様だ。もしも私が彼女と同じ年頃だとしたらここまでの度胸はなかっただろう。そんな勇敢なグローリアと目を合わせて頷き、前身に体重を乗せて、老朽化した大扉を開いた。
大扉の先は先程の通路とは比べ物にならないほど凄惨だった。先程の通路は血溜まりこそあれど、建物は言うほど腐敗は進んでおらず血の匂いが気になる程度だった。比べて大扉の先…大広間は…地面には数え切れないほどに人の部位が入り交じった死体の山や固まった血の跡、壁には血飛沫がそこらじゅうにあり、窓は黒ずんでいて外の様子がまるで見えない。天井は吹き抜けになっていて骨組みが丸見え。そして…部屋の中心に男が一人立っていた。私のものと同じものだと思われる、約二メートルの剣を持っていた。
「多分あいつよ。私を襲ったのは…」
グローリアが静かに私に耳打ちをした。男は大扉が開かれた音に気づく素振りを見せず、私が瞬きをした瞬間。それを待っていたかのように拳銃を引き抜き、私とグローリアの間を撃ち抜いた。突然銃を向けられ、一瞬のうちに死にかけたからか、グローリアが突然顔を青ざめて息が荒くなった。二発目を撃たれる前にグローリアの手を掴み、倒れている柱の陰に隠れた。
「落ち着けグローリア!」
「落ち着けるわけないじゃない!!急にあんなの向けられて落ち着いていられる方が異常なのよ!あとちょっとズレてたら私かあんたの頭が飛んでたのよ!?」
パニックに陥ったグローリアの声が大広間の中に響く。男は黙らせようとこちらに銃口を向けて二発目を撃った。遮蔽物となっている柱に当たり、銃声がさらに怯えさせた。
「いやだいやだいやだ!死にたくない死にたくない死にたくない!」
体を大きく震わせ、耳を塞ぐように頭を抱え出す。暴れてしまっては男に殺されかねない。まずはグローリアを落ち着かせることが先決だった。
嘔吐く彼女の背中に左手を当てて擦る。効果は薄いと思っていたが、人肌がどうやら落ち着くようで、頭を抱えていた両手で私の右手を握った。呼吸も少しずつ穏やかになり、まだ息は荒いものの、落ち着きを取り戻し始めた。
「グローリア、ゆっくり息を吸うんだ。もう入らないってくらい吸うんだ。」
「すぅぅぅぅぅ…」
まだ完全に落ち着いてはいないものの、私の声が届いているようで、柱に隠れたまま大きく息を吸い、お腹が限界まで膨らんだ。
「よし、少し止めて全部吐く」
「……はぁぁぁぁ…落ち着いたわ…ごめんなさい取り乱しちゃって」
一秒ほど間が空いたところで息を吐き、そう完全に落ち着きを取り戻してそう言った。それでも私の手を話す素振りはなかった。まだ人肌を感じていたいのだろうと踏み、着ていた上着を脱ぎ、肩に掛けた。
「しばらく着てて。貸してあげる。私は…行ってくる」
私の手を握るグローリアの両手が離され、今度は私が貸した上着を強く握った。
「…絶対返してやるんだからね」
私は何も言わずにその場に荷物を置き、剣に柄を持って柱の陰から飛び出す。それと同時に能力を使用し、移動速度を三倍速にして男の前に立った。幸い、最初の位置から動いた様子もなく、銃は収めていた。
男は私を見て歩き出し、その顔を見せた。鏡がそこにあるかのように、私の顔と姿が酷似した存在がそこにあった。グローリアは未だ陰に隠れているようで、私と「私」の対峙を見届けていなかった。
剣を鞘から引き抜き、二メートルにも及ぶものを片手で持つ。目の前にいる「私」も同様に剣を引き抜き、片手で構えた。お互いに会話はなく、何かを合図にする訳でもなく、地面を蹴り、剣を交えた。お互いの力は同じ。押すことも押されることも無い。お互いの力は反発し合い、その場に衝撃が走り、これ以上の抵抗は無駄だとお互いがその場から後ろに向かって跳び上がった。
大広間の壁に背をつけるまでに後ろに下がり、能力を使用する。
(物質速度変化を自身に使用、移動速度二倍速…!同時に物質構造変化、剣を二本の刀に!)
大剣から作った刀を両手に一本ずつ持ち、「私」に向かって走り出す。「私」も何か終えたようで立ち上がり、剣を構えて私の刀を防いだ。再びお互いの力が拮抗する中、足元から生き物のように動く植物の根が地面を割って現れ、絡みつくように私の両足を縛った。夢の再演が始まった。
少女グローリアとの出会いはまだスタートラインに立ってすらいなかった。彼女の存在が、少年の出会いが、人生を狂わせていく。