第七話 紅の屋敷
啓とソルテを捕まえたルナメルは空を飛んで屋敷へと向かっていた。眼下に広がる町は小さく、あっという間に流れ去っていく。
「それにしても面白い人間もいるのね、あなたのお兄さんなんでしょう?あなたは何か面白いところないのかしら」
人間とは思えない身体能力を持った奏に興味を持ったルナメルが啓に話しかけてくる。
「僕は何もないけど」
魔法が使えることをルナメルに知られたらどうなるかわからないと、詮索を避けるために啓はそっぽを向いてしまった。
「こんなことして兄ちゃんに何されても知らないからね」
「人間ごときが吸血鬼に勝てるわけないでしょう。まぁ彼は他とは少し違うみたいですが、大した問題ではありません」
啓の忠告を無視してルナメルはさらに加速していった。
(はぁ、兄ちゃんまたすごい勢いで追っかけてくるんだろうなぁ……やりすぎなきゃいいんだけど……)
啓がそんなことを考えているとルナメルは急降下し始めた。突然の急降下に驚いたソルテが啓にしがみついてくる。さっきまで見えていた町は過ぎ去り、落下する先は小さな湖のある森の中だった。
「きゃっ」
「うわっ、だ、大丈夫だから……多分?」
ルナメルは赤い霧の中へと入っていく。そのまま地面に激突するかと思った啓だったがルナメルはふわりと着地した。啓達をゆっくりと降ろしたルナメルはバリアを消した。
「さて、屋敷に着きましたよ。こちらでご主人様、坊ちゃまのお母様がお待ちです」
降り立った啓の目の前には不気味な雰囲気の屋敷がそびえたっていた。今すぐにでも逃げ出したかったが庭の外側、塀の向こう側は生い茂る木々と霧に覆われており逃げられないと思った啓、その後ろで啓の服の裾を掴んだソルテはルナメルについていく。玄関扉の前までやってくると扉は古めかしい音を立てて開いた。
屋敷の中に入った啓の目に映ったのは広間に吊るされた大きなシャンデリア、中央に飾られた今にも動き出しそうな騎士の鎧だった。
「この鎧かっこいい……」
それを見てつい口に出してしまった啓にルナメルは説明をする。
「お目が高い、これはかつて世界の危機を救ったとされる英雄が使っていたとされる鎧ですよ」
「……なんでそんなものを吸血鬼がもってるわけ?」
「それは秘密です」
啓がルナメルと話している間もソルテは啓の服の袖を掴んで隠れたままだった。赤いカーペットの敷かれた廊下を通って階段を上がると、その先の大きな扉をルナメルはノックした。
「ご主人様、坊ちゃまをお連れしました」
「……入れ」
部屋の中にはソルテと同じ金色の髪の吸血鬼が座っていた。ソルテはその威圧に今まで以上に怯え、体が震え始めていた。
「ようやく戻ったか、出来損ないの吸血鬼め。して……なぜ、ここに人間を連れてきた」
「彼は記憶を失くした坊ちゃまを保護してくれていた方です。坊ちゃまも信用しているようでしたので利用価値があるかと」
「ほう、逃げ出して戻ってきたかと思えば今度は記憶喪失か、全く面倒な……まぁよい、ひとまず部屋に連れて行け」
「かしこまりました。行きますよ」
啓達はその独特の威圧感に何も言えずにソルテの部屋に連れて行かれてしまった。
「では、私はやることがありますので、この部屋でおとなしくしていてください」
そう言うとルナメルは部屋を出て行った。
「ふぅ、とりあえず行ったみたいだよ、その……そろそろ離してくれないかな?」
「……ごめん」
ソルテは手を離すと緊張が解けて床にぺたんと座り込んでしまった。
「大丈夫?かなり怯えてたみたいだけど」
「う、うん。なんとか……体が勝手に……」
「メイドさんはまだいいけどソルテのお母さんは……僕も怖くて何も言えなかったよ。すごいオーラだったね……」
「ぼくのせいで巻き込んじゃって……ごめん」
「いいよいいよこういうの慣れてるから」
けろっとした顔で言ってのける啓に驚いて言葉に詰まってしまうソルテ。
「なんでかな、よく攫われるんだよねぇ。もういい加減慣れちゃったよ、吸血鬼に攫われたのは初めてだけど」
「そ、そうなんだ……」
「でも兄ちゃんが助けに来てくれるから心配しないで、まぁいっつもやりすぎなくらいボッコボコにしちゃうのは逆に心配なんだけど」
啓は床に座り込んだソルテの手を取ってベッドの縁に座らせた。ソルテもようやく安心したのかそのまま横になってしまった。
「なんでそんなに強いの?さっきもとても人間とは思えない感じだったし」
「僕も聞いたんだけど気合だーとしか言ってくれなくてはぐらかされちゃうんだよねぇ」
「そ、そうなんだ……僕たちこんなのんきにおしゃべりしてて大丈夫かなぁ……」
「せっかく元居た家に帰ってきたんだし、君が何か思い出せるものがないかこの部屋探してみようよ」
「そう、だね……何かあるかな……」
あまり乗り気じゃないソルテを横に啓は早速本棚の上から順に本を取り出し始めた。
「これは絵本かな、読めないけどこの絵は……」
啓の手にした絵本は日本語とは異なる文字で書かれていた。
「えーっとこれは『かぐや姫』って書いてあるね」
「これ日本語じゃないのに読めるんだ!」
「あ、あれ?こういうのは覚えてるみたい」
「吸血鬼もかぐや姫とか読むんだねぇ、あっ他にもあるよ、これは……」
「これは『桃太郎』だね、こっちは『赤ずきん』かな」
本棚には様々な種類の本が綺麗に整頓されていた。啓とソルテは一冊ずつ本を確かめていった。
「本棚は絵本ばっかりだったね」
「この絵本啓も知ってるやつばっかりなんだよね、どうしてこの家にあるんだろう」
「うーん吸血鬼って実はこの辺に住んでたのかなぁ。でも文字は違うし……」
ソルテの部屋の謎を考えつつも啓は机のライトを点けて机の引き出しを探し始めた。
カチャ。
啓が一番上の引き出しに手をかけるが鍵がかかっていた。続いて順番に引き出しを開けていくがそのどれも中身は入っていなかった。
「この引き出しだけ鍵がかかってるみたい。他の引き出しは空っぽだし、ここに何かありそうだね」
「でも鍵持ってないよ、机にも置いてないし……」
ソルテと啓は部屋中を探したが結局鍵は見つからなかった。
「これ写真立てかな?倒してあるけど」
啓はベッドのサイドチェストに写真が見えないように倒して置いてある写真立てを見つけた。
「この写真……ソルテとお母さんと……あとはお父さん?みんな笑ってるし全然さっきと雰囲気違うねぇ」
その写真立てには屋敷の前で撮影したソルテと母親、父親と思われる家族写真が入っていた。
「ちょっと見せ……」
啓がソルテに写真を見せる。ソルテはその写真を見た瞬間に頭に激痛が走る。脳内に写真を撮った頃の記憶がフラッシュバックする。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い
「痛イ、ナンで、どうシテ、お母サン……」
そこでソルテの意識は闇に包まれた。
〜〜〜〜〜〜
「写真撮りますよー、坊ちゃまー笑ってくださーい」
綺麗に手入れされた庭と美しい屋敷の前でカメラを構えたルナメルが僕とお父さんとお母さんを撮影しようとしている。ボクはとっても嬉しかった、三人一緒に居られることが。ずっとずっとこの生活が続くものだと疑うことなんてなかったんだ。
「はいチーズ!」
これが、最後の、家族三人で撮った写真。
あれ、どうして、これが最後なんだっけ?
お父さんは?お母さんは……どうして……?